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郵政民営化に見るデジャビュ

いまさら郵政民営化ネタもないんでしょうが・・・よく分からなくなったことがあったので、ちょっとメモ代わりに・・・
郵政民営化のメリット・デメリット色々あるのでしょうが、個人的に一番関心があったのは郵貯と簡保の350兆の資金のいきさきでした。この流れが変わると、日本の金融市場の供給サイドの偏りが是正されるきっかけとなるんじゃないかと思っていたのですが・・・
ただ、どうなんでしょう?
何だか最近の議論を聞いていると、民営化すると郵貯・簡保の運用サイドの競争力が高まることを前提に議論がされているようです・・・私の杞憂だといいのですが、この議論って20年前の「系統」の運用自由化の時の議論と重なるものがあるような気がします。


「系統」というのは、いわゆる農協系統金融機関のことで、農家に特化した金融サービスの提供主体として、約70兆円の資産を運用していたのですが、「員外規制の禁止」という形で厳しい運用制限が課されていました。ところが、いわゆる「住専」を通じた不動産ローン市場での資金運用が解禁されたことから、多額の資金が住専に流れ込み、結果、13兆円の住専向け貸出残高のうち5.5兆円が系統金融機関からの貸出しという状況に陥ったわけです。
「住専」問題については覚えている方も多いと思いますが、結局、住専問題があそこまで深刻化したのも「系統をつぶすわけにはいかない」という事情があったからでした。
バブル期の地価上昇を背景に系統が資金を住専に注入する様子は、なかなか凄いのですが、一度、バブルがはじけて住専が傾きだすと、あとは「元本保証」「利払い継続」は一方も譲れないといって、ひたすらに政府と民間金融機関に解決策の提示を求めることとなりました。
民間金融機関なら、これは貸出ポートフォリオの管理の問題で、一つの貸付先のショートで銀行全体が即破綻の危機に瀕するような経営は、「自業自得」なのですが、系統の場合には「元本保証と利払い継続のいずれか一つでも欠ければつぶれてしまう」というポートフォリオの偏りを逆手にとって、「系統がつぶれたら、政権基盤は崩壊する」という政治的圧力を生み出したわけです。(まあ、そうでなくても自民党は一時的に弱体化しのですが・・・)
このときも、法的にみれば政府が系統の預入金を保証しているというわけではなかったのですが、政府は系統救済を至上命題として「母体行主義」を住専処理の原則として設定し、ひたすらに民間金融機関である「母体行」の経営責任を追及することで系統(と更には政府自身)を守ったわけです・・・

・・・と、前振りが長くなりましたが、結局、ふりかえってみれば住専の問題というのは、不動産担保に偏った貸付構造やバブルの崩壊という要因も大きかったのでしょうが、系統に巨額の資金を運用するノウハウが乏しかったということも大きかったように思えます。こうしたノウハウというのは、一朝一夕に培うことはできませんし、既に長らく国際金融市場で活躍している日本の金融プレイヤーたちと運用面でも調達面でも限定された枠組みの中でやってこなかった郵貯・簡保との間ではハード(システム)・ソフト(人材)の両面で大きな開きがあるのではないかという気がします。
この差というのは、民営化による「潜在力の発揮」とか「市場における経営の自由度の拡大」なんていう精神論で埋めるには、ちょっとキツイので、本当は350兆の資金の10%でも使って、欧米のメガ・フィナンシャル・グループをM&Aするのが一番の近道じゃないかと思うんですが・・・勿論、そんなことはできなません。
それなら、市場競争にさらされて瞬く間に郵貯・簡保が姿を消すというのであれば、それはそれでまたいいのですが・・・これも政治的な文脈から考えると許されない選択肢のような気がします。
とすると、結局、350兆の資金の大半を抱えたまま、比較優位性を持っているわけではない運用面での市場に飛び込んでいくことになるわけですが・・・何だか、これはコンピュータ相手の麻雀しかしたことのない学生が大金を持って万札が飛び交うプロだらけの雀荘に飛び込むようなもので、「高い授業料」を払って、終わりになるというストーリーが目に浮かんできます。
・・・まあ、それでも痛い目を見るのは素人さんと、彼に金を渡した見る目のない友達だけならいいのですが・・・結局、住専のときのように「郵貯・簡保の失敗は郵政民営化を強引に推し進めた国の失策」であり、「郵貯・簡保をつぶすことは国民全体を敵に回すに等しい」ので、「政治的に郵貯・簡保破綻という結果は受け入れられない」・・・したがって、「民間金融機関と税金の負担の下に『金融システム安定のために』痛みを分かち合いましょう」というシナリオに陥っていくというのは、ちょっと悲観的にすぎるんでしょうかねぇ?
個人的には、郵貯・簡保に関しては、いかにして大きな混乱なく縮小解散させるかが腕の見せ所であって、逆にいうと、こうした混乱なく縮小解散が達成されるのであれば、手法そのものは民営化でなくてもいいのではないかという気がします。
今ひとつ私が郵政民営化を理解していないところもあるとは思うんですが・・・正直、株の持ち合いとかで議論がされているというのが、私には全くちんぷんかんぷんです。
ともかく「住専」と「系統」の二の舞はごめんなので、民営化されるんであれば、どうか国民の皆さんが新規預金を郵貯に預けるなんていう経済合理性にもとった行動をとらないように、よく啓蒙していただきたいものです・・・といっても、そんなことはなく、それこそ預金維持・獲得に国を挙げたキャンペーンをはることになるのでしょうが・・・その結果、最後は賢くも預金しなかった人のところに税金とか民間金融機関の財政悪化という形でしわ寄せが来ないことを祈ります。
・・・そういえば、郵貯が預金保険機構に加入した場合の保険料率って、どうするつもりなんでしょう?・・・これも、かなり深刻な問題という気もするんですけど・・・

(16:40 追記)

書いた後でbewaadさんと田中秀臣先生が郵政民営化について書いていたよなぁと思って確認したら、何のことはない、お二人のところで既に言い尽くされた話でした(・・・まあ、っていうか、今まであんまり関心持ってなかった人間がぽろっと思うことなんで、既に言われていて当たり前なんですが・・・)
お二人がお書きになっているところを引用させていただくと・・・

田中先生

ちなみに政府の試算では、新規事業で3000億円の増益が発生するとしている。しかしこのような赤字が想定できるケースが試算されるのであれば、あてにならない新規事業の収益に期待した民営化などは行うべきではないであろう。むしろ最悪の事態を想定して、その損失を最小にする、という「ミニマックス基準」で政策決定を行うできではなかろうか。

 ここ数年あまりでも規模が巨大すぎてつぶすにつぶせず、結局、公的資金を投入して救済した、というケースは枚挙できないほどではなかったか。最悪の事態を想定するならば、長期的に赤字が発生する事業体をわざわざ民営化する意義はとぼしい、とさえいえる。政府が最悪のケースを算出しておきながら、新規事業のバラ色に賭けるというギャンブルをすること自体が、まさに前記した政府のもたらす国民の資金の歪みそのものの行いではないだろうか?

bewaadさん

運用利回りについて信用リスクをとらず国債イールドカーブとほぼ同様のものとならざるを得ず、それによってスプレッドが縮小し経営が継続できなくなる場合、確かに著者たちの主張するように信用リスクをとってリターンを上げ、スプレッドを確保するというのは一つの選択肢です。しかし、もう一つある選択肢をなぜ著者たちは無視するのでしょうか。

その選択肢とは他でもありません。郵貯の調達コストを下げる、つまりは郵貯の金利を下げることです。民営化により信用リスクをとることを可能としなくとも、制度的に国債等によるローリスク・ローリターン運用と、その利回りに対する十分なスプレッド確保義務を課せば、郵貯としても金利を下げざるを得ませんし、そうなれば民営化などしなくとも規模の縮小を図ることが可能です。

興味深いのはお二人とも郵貯と資金循環の歪みは関係がないと仰っているところです。
私も郵貯から銀行に資金が流れれば日本経済が活性化するわけではないだろうと思うのですが、他方で郵貯という安全で利回りのいい資金運用手段がなくなった場合に、期待収益率を維持するために個人レベルでのポートフォリオ選択として株式や投信といったリスクのより高い資産を組み入れる動きにはつながるのかなと考えていました。
この辺りは例の「貸し渋り問題」にもつながっていくのでしょうから、もう少し考えないといけなさそうです。
とはいえ、それだけの話なら、bewaadさんの仰るとおり、民営化でなくても郵貯のナローバンク化で足りるだろうという点には全くもって同意です。

Posted by 47th : | 02:10 PM

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コメント

系統の員外貸付禁止規制に「デジャブ」を感じるのは、ちょっと若年寄(?)すぎるのではないでしょうか?本や仕事で見知ったのであればともかく。

Posted by ねむねむ : June 28, 2005 10:28 PM

>ねむねむさん
実は法律家にとっては員外貸付規制というのは、民法のはじめの方で出てくるので意外となじみがあったりするんですが^^、それは別として、お察しの通り、昨年12月に最高裁判決が出た興銀の住専向貸付債権絡みの税務訴訟で住専の誕生から最後に至る歴史にどっぷりと浸っていたので、もっぱらその頃の経験から生まれるデジャビュだったりします。

Posted by 47th : June 28, 2005 11:09 PM

弊サイトの「直近のtrackbacks」でお見かけしたとき、最近は法学ネタが多かったのでそちらかな、と思いきやこちらでしたか(笑)。

個人のポートフォリオについては、デフレが解消しない限りは多くが個人向け国債に流れるのではないかと思います。インフレになれば、それに連動してリターンがあがっていく資産にも配分していこうという気になる人が増えるのでしょうけれども。

Posted by bewaad : June 29, 2005 05:14 PM

>bewaadさん
裁判員制度の経済合理性については、突っ込もうかと思いつつ、手持ちでいいネタがなかったので^^・・・
結局、リスク・マネーの供給にいかないのもデフレということになるんでしょうかねぇ・・・path dependenceからいえば、いきなり家計のポートフォリオが調整されることにはならないのでしょうが、デフレと家計の金融資産選択の関係については意外と自明でないような(・・・まあ、日本人の感覚では株に投資するのも「消費」と大差ないということになるかも知れないのですが)、この辺りはまた考えてみます^^

Posted by 47th : June 29, 2005 06:33 PM

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