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買収防衛とゲーム理論

楽天とTBSの件には、種々のしがらみがあるんでコメントできないんですが、色々と人のブログを見ていると勉強になります。
ただ、ふと思うのは、技術論的なところで議論もさることながら、全体のパッケージで考えれば、NPIが2000円で引き受けても、その後3000円で楽天に株を売れるなら、別にそんな決定的な障害にはならないわけで・・・まあ、あんまり個別案件に踏み込むのはやめますが、敵対的買収のように各プレイヤーのとる戦略によって利得が変わってくる状況には、ゲーム理論がかなり有効な分析用具として機能するわけです。
例えば、ゲーム理論のごく基礎的な知識を使って、ある防衛策が「機能する買収防衛策」として備えるべき「最低限の条件」は何かということを考えてみましょう。


まず、モデルとして色々と単純化が必要なわけですが、重要なものの一つとして、取締役の意思決定は買収者以外の株主(一般株主)の利益の最大化という目的で行われることと、一般株主の利益は一致しているという仮定を置く必要があるでしょう。他にも、単純化のための仮定をおかなくてはいけないのですが、とりあえず余り深くは立ち入らないことにして・・・
今、ある会社の株式に対して買収者は自分が買収すれば500の価値を実現できると思っていて、もし会社の株主が買収に応じてくれるのであれば、300のプレミアムを払ってもいいと考えているとします。
ところが、この会社には買収防衛策があって、発動されると買収者に300の追加コストを要求するようになっているとします。(したがって、買収防衛策が発動されると、買収者は500-300-300で-100の損をすることになる)
さて、ここでシナリオを単純化して、買収者(A)が、まず買収を決行するかしないかを決めるとします。
次に、買収者が買収を行うことを決めた場合には、対象会社(T)が買収防衛策を発動するかどうかを決めるとします。そうすると、次の3つのシナリオがあり得ることになります。

  1. そもそもAが買収を行わない
  2. Aが買収を行う。Tが買収防衛策を発動する。
  3. Aが買収を行う。Tは買収防衛策を発動しない。

この場合、Aにとってのペイオフの関係は、シナリオ3(200)>シナリオ1(0)>シナリオ2(-100)という関係になっています。したがって、Aにとって、最初に買収を行うかどうかは、買収を行った場合に、Tが買収防衛策を発動するかどうかによっていることになるわけです。
では、Tはどう反応するんでしょう?
シナリオ2(買収防衛策発動)とシナリオ3(買収防衛策撤回(不発動))を比べてみると、まず、シナリオ3の場合には、少なくとも300のプレミアムが払われるわけです。
従って、いったんAが買収を決定した場合には、Tとしては買収防衛策を発動することによって300以上の利益が期待できなければ、買収防衛策を発動できないわけです。
ここが買収防衛策のボトム・ラインになってきます。
つまり、買収防衛策は「防衛策を発動することによって、発動しない場合よりもより大きなペイオフをもたらす場合にのみ」発動されるわけです。
逆にいうと、そうじゃない買収防衛策というのは、買収者(A)から見ると、単なる「ブラフ」にしか見えないので、買収者は、シナリオ2を考慮の外に置いて意思決定すればいいということになります。つまり、この場合は買収防衛策があっても、買収者は買収を決行するわけです。
ゲーム理論的にいうと、買収防衛策を行使するという選択肢が信頼できる(credible)かどうかは、買収防衛策が発動された場合の一般株主のペイオフが、発動されない場合よりも高いかどうかにかかっているということになります。
・・・こうしてみてくると、少なくとも、この単純なモデルの世界の範囲では、買収防衛策を発動した場合に一般株主のもらえるプレミアムを減少させるような買収防衛策というのは、余りcredibilityがないということになります。
もちろん、最初に書いたように、実際の世界の利害状況はもっと複雑です。ただ、エッセンスはこういう話で、買収防衛策とか買収の戦略を分析する上では、ゲーム理論というのは、結構有効なツールになります。
今回の楽天やTBSの行動も、買収防衛策の技術的・法的な側面だけでなく、こうしたゲーム理論の文脈で見てみると、いろいろと面白いことが見えてくる・・・かも知れません(保証はしませんが^^;)。
では、ただいまコーポレート・ファイナンスの授業中なので、今日はこんなところで。

Posted by 47th : | 03:27 PM

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コメント

こんにちは。不特定多数による完全競争の話や政策にかかる厚生経済学はミクロ経済学の一般均衡論で一応の達成をみましたが、特定少数による不完全競争の話はまだまだこれからですね。私法とゲーム理論の時代だと思います。

Posted by bun : October 18, 2005 12:59 AM

>bunさん
一般均衡分析には全く歯がたたない私でも、ゲーム理論なら何とかとっつける(ような気がする)のは、実際に自分が出会うシチュエーションを重ねることができるからのような気がします。
メチャクチャ奥の深い領域ですが、実務への適用の限界を意識しながら活用すれば、とても有用なんじゃないかと思って、(まあ半分以上は趣味ですが)勉強してます^^
これからも、色々教えてください。

Posted by 47th : October 18, 2005 07:23 PM

おはようございます。西村ときわの「M&A大全」の冒頭にもゲーム理論に関する考察がありますね。やはり「ゲーム理論」的な考え方を実務にもとりいれられているのでしょうか。読んでいてかなり新鮮でした。
情報が二者、三者間でどこまで「共通化」されているんだろうか、とか企業価値把握の方法が当事者間で共通なのかどうか、などいろいろと疑問もありますが、M&Aだけでなく、和解交渉など、裁判分野にも広く応用できたらいいですね。

クィーンですか・・・・、いいですね。私は一昨年、25年ぶりに「KISS」の旧メンバーによる大阪城ホール公演みました。腰が痛くなりましたが(笑)

Posted by toshi : October 18, 2005 10:11 PM

>toshiさん

>やはり「ゲーム理論」的な考え方を実務にもとりいれられているのでしょうか。

うーん、どうなんでしょうね。あの冒頭部分を書いている草野弁護士は、そういう話が好きなんですが、全体的に見ると「経済学なんか勉強して役に立つの?」という雰囲気も・・・
私自身は、自分の直感的な結論を検証したり、状況の整理に使っていました。ゲーム理論は、事実関係の記述的な分析にとどまらず、さらに相手方の結論に対する見込みをどう操作するかとか、どういう形のコミットメントを行うかといった将来の行為規範としても応用がきくので、実は法律家の世界には非常に有用だと思うんですよね^^

Posted by 47th : October 19, 2005 10:16 AM

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