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「経済物理学(エコノフィジックス)の発見」を読んで

昨日、日本から本や雑誌をまとめて送ってもらったのが届きました。3か月分ぐらいの商事法務もまとめて届いたのですが・・・何か余り興味は惹かれず、真っ先に手にとって、早速読み終わってしまったのが高安秀樹『経済物理学の発見』(光文社 2004年)です。

Econophysics_image.jpg

アマゾンの評価なんかも高かったので楽しみにしていたのですが、個人的には2つの点がもの凄くツボでした。


一つめは、少なくとも外国為替市場に限ってみれば、為替レートの変位の分布が正規分布ではなくて、ベキ分布に従うという点です。これが、どこまで証券市場に適用可能なのかは、今後の課題のようですが、証券のリスクを正規分布を前提とした分散の比較のみで捉える手法には直感的に違和感を感じていたので、その意味で、今後の研究に期待したいところです。ただ、これって必ずしも物理学だからということでもないような気はしますが・・・
もう一つは、市場における裁定機会の存在とディーラーの行動原理という、超ミクロ的な市場の動きが解析されている点です。効率市場仮説は、あれほど有名にもかかわらず、なぜ、どういう過程で情報が市場に織り込まれていくかというのは、どうもブラックボックスなところがあって(Gilson/Kraakmanなどは、MOMEというメカニズムを提唱しているわけですが)、これまた直感的には違和感を感じていたところでした。一日辺りの取引内容をより詳細に分析することで、市場に情報が織り込まれていく過程と機構がわかっていくと、イベント・スタディなんかも更に有効に使えるような気がします・・・でも、これもよく考えると、「物理学」そのものというよりは、データ分析の細かさの産物なので、敢えて「物理」ではないかも・・・
逆に、事実分析を超えて、予測モデルの提示や政策提言の段階になると、「インフレ誘導策が円暴落をもたらす」といった主張や「電子バスケット通貨制度」は、論理的飛躍が大きいような気がしました。
あと、経済学が「学問」たりえていないといった主張もあるのですが、経済学の素人の私が見ても「それはちょっとご無体な・・・」という部分も。経済学というのは、理論モデルに現実が一致しないことを知りながら、近似できる前提条件や、逸脱する原因を特定していく「枠組」を与えてくれるわけで、カオスが発生するからといって、価格という単一指標による資源配分が機能するという洞察のすばらしさが否定されるわけではないはずです。
とはいえ、情報処理技術の飛躍的な発展を背景によりミクロ的に情報を分析するアプローチや、「くりこみ」の手法(もっとも、この手法自体は、何か従来の経済学にもあったような気もしますが・・・)やミクロとマクロの関係をフラクタクルとみてミクロとマクロを結合するアプローチなんかは非常に興味深いところで、知的興奮を覚えさせてくれることは確かなところです。
語り口も平易で、特に経済学や物理学の基礎知識は不要ですので、特にファイナンス理論に興味のある方にはご一読をお奨めいたします。

Posted by 47th : | 05:17 PM

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» パレートの大人買い法則 from 404 Blog Not Found
このグラフ、どこかで見た事があるなと思ったら.... 経済物理学の発見 高安 秀樹 404 Blog Not Found:大人買いは... [続きを読む]

トラックバック時刻: November 26, 2005 09:04 AM

コメント

 面白そうな本ですね。 時間をみて是非読んでみたいと思います。
 ベキ分布って対数線形の分布のことですよね? 以前、ブラックショールズ式について勉強していたとき、ベキ分布のグラフを見かけた気がします。 「オプションの期間が分割されればされるほど、起こりうる株価の変化は対数分布に近づく」といった内容のもので、ベキ分布のグラフがかかれていました。 それとこれとは、また別の話なのでしょうか? 著者は、BS式を批判されているようですが。。

 いつか、アメリカのビジネスローのオススメ書籍のエントリーを書いてくださらないか、ひそかに期待しています。

Posted by Taejun : October 29, 2005 09:34 AM

>Taejunさん
私も正確に理解しているわけではないのですが、対数正規分布とべき分布(対数線形分布?)は、確率分布をプロットすると値が小さい部分ではほとんど同じなのですが、値が大きい部分では対数正規分布の傾きが大きくなる(垂れ下がってくる)のに対して、べき分布は一定という性質があるようです。
そのため、①極めて大きな値をとる事象の出現確率がべき分布ではそれなりにあるので平均値が余り意味を持たない(分散の性質を代表しない)、②分散が理論上は無限になってしまうといった点で違いがあるようです。
具体的なところでいえば、この本で挙げられている外国為替市場の例では、対数正規分布では6σを超えた事象が起こる確率はほとんど無視できるのですが、べき分布では0.1%の確率(1000回に1回)で生じてしまうので、この部分を除外するとリスクを過小評価してしまうことになってしまうという問題があるということのようです。

>いつか、アメリカのビジネスローのオススメ書籍の
>エントリーを書いてくださらないか、ひそかに
>期待しています。

ローの本は、結構味気ないものが多いのと、実際には論文にあたってしまうんですが、何かまた手頃なのを思いついたら書いてみます。

Posted by 47th : October 29, 2005 02:29 PM

 なるほど。 議論の骨組みがある程度理解することが出来ました。 読んでみないことにはだめだな、と感じたので、今週中に読んでみます。 丁寧な返信ありがとうございました。  

Posted by Taejun : October 31, 2005 02:39 AM

こんばんは。未読ですので早速拝読したいと思います。為替市場と株式市場では規模や流動性に大変な差がありますものね。為替市場くらいの規模になると「ゆがんでいる」とはちょっと考えにくい。

いわゆる「限界革命」が物理学のアナロジーでそこで得られた成果が大きかったのでその後も物理学で新しい成果が出るたびに経済への応用可能性がしばしば検討されていますね。少し前には経済時系列解析でウェーブレット解析(原油の採掘で開発された物理の理論です)が流行りました。

正規分布は・・・感覚的に言うと「天国の扉」であります。たどり着いてしまえばあとの理論的な含みは解析されつくしているのであとの処理がどうにでもなるけれど、そこに帰着させる道筋に説得力をもたせるのがどうにも大変。直感的には無理筋と思える仮定をおかないといけないことが多いです。

ご指摘の経済学の学問性(科学性)についてはケインズ本人がこんなことを言っていると知り、折り合いのいい説明だと思いました。いわく「経済学とはモデルで考える科学と、事情に適しているモデルを選ぶ芸術の組み合わせだ」

Posted by bun : October 31, 2005 12:02 PM

>bunさん
法と経済学もそうですが、全く別の視点から光を当てることで見えてくるものも多いんでしょうね。まあ、余りブームに乗りすぎるのもいけないんでしょうけど^^;
最後のケインズの言葉は至言ですね。色々と考えさせられます。

Posted by 47th : November 2, 2005 11:13 AM

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