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買収防衛策トリビア:フリップ・オーバーの謎

ボストンに留学中のdtkさんのブログで、アメリカの敵対的買収防衛策について、こんな質問が・・・

いわゆるpoison pillの一つにFlip-over planというのがある、とある。内容としては、X社をどこかの会社(仮にY社とする)が買収しようとする動きに備えて、X社が自社株主に対してY社株の購入権を付与するというもののようだ。購入権で購入する価格は市価よりも安価と設定する
(中 略)
1. 何故これがpoison pillとして機能し得るのか?確かに株数の増加によりY社の経営陣がY社に対して有している影響力は低下するだろう。でも、poison pillとしては何だか迂遠な気がする。どうも何か理解を間違えているような気がする。
2. もう一つ。そもそもY社はこれに応じないといけない根拠は何か?買収前にX社が勝手にやったことのはず。買収してX社を支配下においたから拒否できないということか?本人が無権代理人の立場を相続したようなものだとしたら拒否しても良いと思えたりするのだが…

まず、既に敵対的買収防衛策まで話が進んでいることに驚き・・・うちは、まだ取締役の忠実義務なのに・・・
で、次に、至極まっとうな疑問に「うんうん」と頷く。
要するに、フリップ・オーバーというのは、買収が終了した後に、他の会社と合併するときに、ライツを持っている人は、相手会社の株を有利な条件でもらえてしまうという仕組みなんですが、「買収が完了しちゃったら意味ないじゃん」というのと、「他の会社(合併相手)の発行する株式をもらえる権利を、勝手に作ってもいいんかいな?」という疑問があるのは当然のところです。
詳しいところは、「企業買収防衛戦略」の中に書いてるんですが、自分で読み直しても、何かややこしいので、簡単にエッセンスをご紹介いたします。


フリップ・オーバー=盲腸?

フリップ・オーバーというのは、先に書いたように「買収後の合併」のときにトリガーされるので、買収時には一見意味がなさそうなんですが、実は、80年代のアメリカでは「二段階公開買付」というテクニックが使われていて、敵対的買収では、公開買付けと二段階目の現金合併がほとんど不可分一体のものとして仕組まれていました。
これは、ゲーム理論でいうところの「囚人のジレンマ」状態を意図的に作り出す仕組みなんですが、話すと長いので、細かいところは省略しておきますが、フリップ・オーバーというのは、「二段階公開買付」という特定のテクニックを無効化するために、元々生まれたものです。
ところが、①二段階目の買付をやらなくても、買収後に支配会社と被支配会社の取引を巧みに使うことで、同じような効果を引き出す買収者が現れ(Crown Zellerbach)、もっと前の段階で買収者をストップする仕組みとしてフリップ・イン条項(今議論されているポイズン・ピルのスタイルですね)が開発されたこと、②各州レベルで二段階公開買付けテクニックを無効化する法律(公正価格条項、支配株主結合規制)なんかができたことから、今ではほとんどフリップ・オーバーの意義はなくなっています。
いわば、盲腸みたいなものですが、今でもアメリカのスタンダードなライツ・プランではフリップ・オーバー条項が入っています。この理由について、ある学者なんかは、「たくさん条項がある方が、フィーを取りやすいという弁護士側の都合で入っている」なんていう身も蓋もない説明を加えたりしていますが、それはさておき・・・つまり、「昔は二段階公開買付けを防ぐために意味があったけど、今やその役割を終えてしまったもの」というのが、標準的な理解になっています。
ただ、日本では、初歩的な二段階公開買付けを防ぐ法律すらないので、これを入れることには意味がないわけではありません。

どうやって?

ただ、こういう仕組みをどうやって入れるかというところなんですが、実は、Coffee教授というコロンビアの大会社法学者のケースブックなんかでも、「本当にこれをエンフォースできるんかい?」という疑問が脚注でつけられたりしています。
ただ、一応実務的な理解としては、対象会社が自分のところの定款で、「ライツを優遇する割当てにしない限り、うちの会社は合併できまへん」と宣言してしまうと、買収者がその条件以外で買収させることができなくなってしまう・・・か、少なくとも、その合併は定款違反の合併として効力を争うことが可能になるというところで、エンフォースを担保していると言われています。
つまり、合併相手の会社を直接にしばるんではなく、「うちは、ライツの保有者を優遇する合併比率じゃないと合併できないことになってるんで、宜しくお願いします」という形で、実質的に合併条件を縛ってしまうという構造のようです。
ちなみに、日本では、新株予約権について、発行後に合併・株式交換が行われる場合の条件を定めておくことができるので、それを使えば実質的にフリップ・オーバーに近いことができるんじゃないかと思います。
・・・まあ、それにしても、アメリカの連中はいろいろと考えるもんですね(笑)。

Posted by 47th : | 01:22 PM

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コメント

47thさん、はじめまして。いつも拝見しております。何気なく書いた疑問にこうしてお答えいただきありがとうございました。書いてみるもんですね。明快な説明をありがとうございました。言われてみるとなるほど、というところですが、正直思いもよらなかったので…(日本で会社法を勉強してもいないし、仕事も契約とか訴訟対応がメインだったので馴染みがないというのが正直なところです)。

47th Streetを拝見するとこちらもそちらと同じAllen&Kraakmanを使って(あとは法令集ですか)いるのですが、ch5は思いっきり飛ばしたために進みが速いように思われます。授業が12月初旬に終わるからかもしれません。

ともあれ、どうもありがとうございました。
取り急ぎ

Posted by dtk1 : November 5, 2005 03:02 PM

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