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新会社法における定款自治の限界?

いとう先生のところで、新会社法における「定款自治」の限界について非常に興味深い考察がされています。

きっかけは営業譲渡における「重要な一部」に関する規定(467条1項2号)の解釈ですが、そこから話が発展して、新会社法29条の解釈について議論がなされています。
問題なのは、定款に記載できる事項のひとつである「その他の事項でこの法律の規定に違反しないもの」の部分で法務省の担当者の論稿によれば、これは「法律とは無関係に定款で一定の事項を定めるもの(たとえば事業年度の定め)を意味する」とされているようです。
これについて、いとう先生が次のように批判されています。

しかし、そのような理解には疑問がある。理由は単純で、そのような理解に立てば、新会社法29条は、新会社法の規定は明示的に条文に示されていない限りすべて強行規定だと定めていることになってしまうからだ。そうではなく、新会社法の規定が強行規定かどうか、各規定についてどの程度の定款による逸脱が許容されるかは、あくまで各規定の趣旨にもとづいて検討すべき問題であり、また、各規定についての解釈は、可変的なものだと考えるべきであろう。新会社法29 条は、すべての株式会社に、つまりは閉鎖会社や、その中でも有限会社型の会社にも適用される規定なのだから、この規定の意味を法務省の役人の解説のように解することはどう考えてもおかしい。

いとう先生のブログにもコメントしたのですが、おそらく条文構造上の問題は、「その他の事項でこの法律の規定に違反しないもの」だけでなく、その前の「この法律の規定により定款の定めがなければ効力が生じない事項」という規定の方にあるのではないかという気がしますが、いずれにせよ立法担当者は次のように述べています(相澤哲=岩崎友彦「新会社法の解説(2)・会社法総則・株式会社の設立」商事法務1738号12-13頁)

会社により②の定款の定め(注:法律においては定款に対する言及はないが、定款で別段の定めをすることができるものを解されている事項(たとえば、少数株主権の要件を緩和する旨の定款の定め))を置くことができるものとすることを許容することは、法的安定性に欠け、実務上の取扱いとしても適切な運用をすることが困難な場合が生じうるものと考えられる。そこで、会社法においては、法律に規定されている事項について定款で別段の定めを置くことができる場合については、逐一、法律でこれを規定することとしている・・・このような整理が行われている会社法の下では、これらのもの意外に、前記②のような定款の定めを置くことは許されないものと考えられる

新会社法にはいろいろと「サプライズ」が多いのですが、これはその中でもトップクラスのサプライズのひとつです。
確かに、定款自治の範囲が明確でなければ、どこまでの定款規定が許されるのかは分かりません。なので、もし可能なのであれば、法律で許容される定款のオプションを全て洗い出し、あとはそれをお好みで組み合わせるようにできれば非常に明確です。特に会社設立時の定款の公証人認証では有害的記載事項がチェックされる実務がありますので、しばしば公証人が定款認証をしぶったり、公証人役場や公証人によって見解が変わったりという、非常に実務的にはストレスフルな事態がありますので、それがなくなるという意味では確かに「実務上の取扱いの運用」は楽になります。(まあ、それだけの話なら、設立時にはオーソドックスな定款を使っておいて、すぐに定款変更すればいい話で、面倒くさいことや定款が汚れることを厭わなければ別にそんなにメチャクチャな話ではありませんが)
ただ、そうした会社法上考えられるオプションの組み合わせを網羅できるのかどうか、これが最初にわきあがる疑問です。買収防衛策の例をあげるまでもなく、定款自治が必要となる範囲や定款の定め方は、経済社会のニーズや他の法制度の変更に伴って変わっていきます。
例えば、「買収防衛策を一律に禁ずる」旨の定款は、どう考えるべきなのでしょう?新株予約権の発行権限に関する取締役会の権限を法律の許容規定なしに縛るものであり許されないのでしょうか?それとも法律の定めていない事項に関するものなのでしょうか?
また、いとう先生が問題提起されていたように新会社法467条は定款自治の範囲を量的なもの(20%を下げるかどうか)ということしか認めていないように見えますが、例えば帳簿価額ではなく「時価と帳簿価額のいずれか高い方を基準とする」場合や、くぼ先生が問題提起されていた知的財産権などについていえば、研究開発費が償却されてしまってストックベースでは割合が小さくてもキャッシュフローベースでは重要なものがあり得るわけで「当該資産からの収入が総収入の20%を超える場合」というフローベースの基準を入れることだって考えられます。
「こうした考えられる選択肢の全てについて検討された結果が、会社法467条の規定なのか?」-これが第一の疑問です。
仮に、上のような可能性も立法過程で全て考慮しているとした場合、そうした他のオプションを排除するという選択をした理由(合理性)は何なのでしょう?
私には、時価ベースやフローベースを会社が任意に採用することを禁ずる理由は見出せません。(ニーズがあるのであれば、法改正を訴えればいい?集合行為問題の典型事例ができそうですね)
更に、何らかの合理性があったとして、その合理性の正当性は何によって担保されているのでしょう?法制審議会の議論は、こうした排他的な定款自治を制限するものとして機能することを前提に議論されたのでしょうか?
デフォルト・ルールを議論する場合と、こうした排他的なルールを議論する場合では、当然議論の深さは異なってきます。そこのコンセンサスはあったのでしょうか?
最後に、こうした排他的な規定の仕方は、本当に「法的安定性」を保証するのでしょうか?
例えば買収防衛策の導入を許容する定款規定については、「買収防衛策については法律に規定がないので、何を定めてもいいのか」、それとも、「会社法の規定を通じて流れる権限分配秩序と反する以上、明確に許容する規定がない限りは、許されない」ということになるのでしょうか?
アメリカでも、どこまで定款自治の範囲を認めていいかについては、延々と争われていますが、未だに決着を見ない領域が多数あります。それも無理なからなぬところで、会社法というのは経済という外部的環境の中で生きているもので、あれほど蓄積のあるアメリカでも一義的にメニューを定めることは難しいわけです。
ファストフードと違ってメニューは固定ではやっていけません。老舗の寿司屋のようなもので、変わらぬこだわりの部分を持ちながら、「旬」の素材を生かすメニューや客の注文にあったものを提供していく技量が問われる領域だというのが、私の会社法観です。
・・・立法担当者の方とは一部面識もあり、実務家として今後もいろいろとお世話にならなくてはいけない身としては、口をつぐんだ方が得かなという気もするんですが・・・やっぱり、疑問に思うところは、疑問として提起することも必要じゃないかと思い、敢えて書いてみました。
というわけで、私としては、新会社法29条の「この法律の規定により」という部分については、今後解釈論として「明文で許容されているものに限る」というのではなく「この法律の規定の趣旨に反しない範囲で」と読み替えられていくことを期待したいところです。

Posted by 47th : | 12:36 PM

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※各自、会社法29条をご覧下さい。 いとうY先生のblogに書かれていた考察は、法人論に興味を持つ私にとっても極めて興味深かった。 新会社法2... [続きを読む]

トラックバック時刻: December 28, 2005 02:55 PM

コメント

こんにちは。「この問題について短い論文でも書こうかしら」という考えが一瞬よぎったのですが、47thさんの記事にすべてが言い尽くされており、「やっぱりやめとこう」と思いかけてます。寿司屋のたとえ話にしびれました。

Posted by いとうY : December 28, 2005 01:16 PM

いとうY先生やGakさんの意表をついて(?)、こちらにコメント。

新法って、「現時点で明らかにできることについては条文上なるべく明らかにするが、すべての問題を明らかにしたわけではない」はずですよね。従来、合弁会社などで有用な、株主の権利・総会の権限を強化する方向の定款規定についても解釈論上の争いがあった(というか、ほとんどの学者は有効と考えていても、論文数が少ないので実務上怖くて踏み切れない)ところ、新法では条文に書いちゃったので実務の萎縮効果をある程度回避できるというのがミソでしょう。

でも、これって実は暗黙のうちに立法担当官の旧法の解釈を立法過程に忍び込ませているともいえます。学者の中には(おそらく少数派だと思いますが)、株主権を拡大する方向でも定款自治を許さないという見解もあったところ、「学説の自由」がこのような形で狭められることについては、忸怩たる思いの方もおられるでしょう。

会社法29条を「官僚的に」解説すると商事法務の記事のようになるのでしょうが、おそらく書いた方々もあまり信じていないのではないかと、邪推するこのごろです。立法責任者が「法の欠缺」を自認するような発言・論文を書くことは立場上難しいのでしょうと、私の上司の某先生がおっしゃっていました。私はさらに、実は彼ら・彼女ら(担当官)が法の欠缺をもっとも良く知っている(体験した)方々であろうと、ひそかに拝察しております。おかしなところを指摘していくことはわれわれ学者の仕事ということで。

論文のネタになりそうなのが、取締役会の権限の縮小を伴うような定款規定です。私は、取締役会の設置が強制されていない(327条1項各号のいずれにも該当しない)株式会社では許されるような気がしています。

私は467条を総会権限を狭める定款規定をおくことを否定するものと読んでいましたが、たしかにいとうY先生のおっしゃるように、解釈の自由は依然残されているような気もしてきました。29条に関しては、47th先生のように「この法律の規定の趣旨に反しない範囲で」と読むことに、私も賛成なのですが、さて577条のほうはどうすれば良いのでしょうかねえ。

最後になぜかGakさんへ。公益法人(って、もうすぐなくなる?)の定款自治について、論文ってあるのでしょうかね。法人本質論よりよっぽど面白そうなテーマだと思いますが。

Posted by けんけん : December 28, 2005 08:15 PM

>いとう先生
是非ご論文を書いてください^^
やはり、こういうことは実務家の思いつきではなく、学者の方のきちんとしたご論稿が大事ですので。
>けんけん先生
ありがとうございます。
法の欠缺をよく知るのも実務家であり、また、「立法担当者の見解」の影響の大きさを知るのも実務家というところで・・・種類株式の発行価額と本来全く関係のない一株一議決権原則の呪いを払拭するのに10年以上の月日を要したようなことが起きるのを懸念するのも、また、実務家の杞憂なのかも知れません。
ただ、bright sideを見るとすれば、少なくとも今のところは会社法の実際の設計に携わった方々の顔は分かるわけで、その分、議論にタブーが少ないことかも知れませんね。

Posted by 47th : December 28, 2005 10:56 PM

>けんけん先生

大変単純な解釈なのですが、29条・577条とも、「その他の事項でこの法律の規定に違反しないもの」を「その他の事項でこの法律の規定の趣旨に違反しないもの」と読むのはいかがでしょうか。大改正のドサクサにまぎれてそういう規定を作ってしまった法務省の役人の責任は重い(そんな規定は「作らない」というのが「立法」論的には正解だった)と思います。

Posted by いとうY : December 29, 2005 01:51 AM

しつこくお邪魔します。

>いとうY先生
私からも、ご論文キボンヌ。です。
>29条・577条とも、「その他の事項でこの法律の規定に違反しないもの」を「その他の事項でこの法律の規定の趣旨に違反しないもの」と読むのはいかがでしょうか。

是非そう読むべきですね。

>47th先生
>法の欠缺をよく知るのも実務家であり、

村上淳一『「法」の歴史』155頁ですね(笑)。
欠缼を知ることとこれに答えること、いずれも実務家と研究者の共同作業だと思います。

で、
>両(いとうY、47th)先生

このあと私信(メール)をお送りします。

Posted by けんけん : December 29, 2005 08:24 PM

立案担当者から一言です。
いろいろご提案されているのを見ていると定款の書き方一つで可能なものばかりのような気がします。
例えば、467条は、5分の1の割合を下げる定款は可能になっています。
時価ベースやフローベースで、この割合以下に下げたければ、定款で定める「割合」を、時価又はフローを変数とするの数式で定めればよいのではないでしょうか?
私達の感覚では、定款自治の範囲が現在より広がりこそすれ、狭まっているとは思えないのです。
もちろん会社法は強行法規が多いですけど、商法だって強行法規は多いですし。

Posted by 葉玉匡美 : December 30, 2005 10:24 AM

>けんけん先生

>欠缼を知ることとこれに答えること、
>いずれも実務家と研究者の共同作業だと思います。

仰るとおりです
後段の立法担当者見解に(必要以上に)呪縛されてしまうという実務家の習性と語呂合わせをしたかっただけです。

Posted by 47th : December 30, 2005 11:38 AM

47th先生、私のblogに訪問して頂き、ありがとうございました。

いとうY先生のblogからこのエントリーを拝見し、大変興味深く読ませて頂きました。そして、こちらのエントリーもTBさせて頂きました。
(最初は私のTBなんぞ、即座に削除されるかと思い、少しビクビクしていました)

けんけん先生が、こちらにコメントをするとは、確かに「意表」を突かれた感じです。

なお、けんけん先生へ
公益法人で定款自治というのは聞いたことがないですし、それで論文というのは私が知る限りでありません(あくまで「私が知る限り」)。
しかし、今後は、営利法人以外の法人法制をどう設計するかによって、変わってくると思われますし、議論の対象になると考えます。
非営利法人における定款自治や機関設計の在り方、それを突き詰めれば、非営利法人法制は、どこまで強行法規なのか、という点に行き着くのかなと思っています。

Posted by Gak : December 30, 2005 02:10 PM

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