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クイズ:あなたが○○だったら(陪審員編)

皆様、軽い思いつきのクイズにお付き合い頂き、まずは厚く御礼申し上げます。

解説編といっても、既に皆さんが色々と書いてくださったように、いろいろな考え方があるんで、答えは一様ではないんですが、ここでご紹介するのは、一つの考え方のモデルということでご了承頂ければと思います。

まずは、P大統領編はひとまずおいて、先に陪審員編をやってみましょう。

設例をながながと書きましたがエッセンスは次の4点です。

  1. シェアだけを考えれば、問題のタクシーがイエローである確率は85%、グリーンであることは15%
  2. 証人はタクシーの色は「緑」=グリーンキャブだったと証言
  3. 証人が正しく色を識別できた確率は80%。つまり、実際のタクシーの色を正確に識別する確率は20%
  4. これらを総合して、最終的に50%を超える確率で問題のタクシーが緑だった場合のみ、請求を認める。

さて、この設問のポイントは、黄色いタクシーを間違って「緑」と言ってしまう確率がどのぐらいあるかというところです。
直観的・・・というか、ナチュラルな感覚としては、黄色の車だったのに緑と言ってしまう確率は20%しかないのだから、50%基準なら無視できる・・・ということになりそうなのですが、実は、そこには、「そこを通った車が黄色か緑かは二者択一であって、同じ確率」という考え方が滑り込んでいるんですよね。
昔、じゃんけんの期待値について考えたときにもあったのですが、選択肢の数と出現頻度というのは、一致するとは限りません。つまり、じゃんけんでとり得る値がグー:チョキ:パーの3種類だとしても、その出現頻度は、個人の性向によって違うかも知れないということです。

今回の話でも、タクシーの色は黄色か緑かは2者択一ですが、その現場における出現頻度は85:15になっています。
ということは、次の図のような関係が成りたっているということですね。(以下の図はBehavioral Economics の授業で用いられたスライドから転用したものです)

Taxi_Chart.jpg


さて、ここまで来ると分かるように、証人が緑といった場合には、A.本当は黄色なのに緑といってしまった場合と、B.本当に緑で緑という場合があるわけですが、A.である確率は、0.85*0.2=0.17 で、B.である確率は0.15*0.8=0.12となっています。

そうすると、タクシーの出現率が85:15である場合で、かつ、証人が通ったタクシーは緑であった、と、いう条件の下で、実際に通ったタクシーが緑だった確率は、B/A+B、つまり、0.12/0.17+0.12≒0.41であって、50%に満たないという結果になるわけです。

これは有名なベイズの定理を事実認定に応用したものです。Wikepediaの説明なんかを見ると、何か数学の苦手な人間には、いやな感じですが、言っていることは、今回のタクシーの例の場合と変わりません。ここでは、タクシーの出現率が「事前確率」で、証人が緑といっているという条件が付いた場合の確率が「事後確率」ということになります。

・・・というわけで、ベイズの定理に従って考えれば、一応棄却という判断をすべきということになってきます。

ちなみに、もう一人同じような証人がいて「タクシーは緑だった」といったとしたらどうでしょう?
先ほど見たようにA=本当は黄色なのに一人目の証人が緑といってしまっている確率は59%、B=本当に緑で証人も緑といっている確率は41%です。そこに、もう一人の証人を加味すると、A'=本当は黄色なのに一人目の証人も二人目の証人も緑という確率は、0.59*0.20≒0.12となり、B'=本当に緑で一人目の証人も二人目の証人も緑といっている確率は、0.41*0.8≒0.33です。
ここではA'<B'となっていますから(あるいは、0.33/0.12+0.33=0.73となっているので)、50%以上の確率で実際にそこを走っていたのは緑だったということが言えるようになります。

同じように、もう一人の証人は緑ではなく黄色だったといったとしたら?
A''=本当は黄色で、一人目が緑、二人目が黄色という確率は、0.59*0.8=0.48、B''=本当は緑で、一人目が緑、二人目が黄色という確率は、0.41*0.2=0.08となり、ある意味当然ですが、証言がなかった場合の事前確率に戻っていきます(0.08/0.08+0.48=0.14)。

あるいは、もう一人の証人も緑といっているけど、その証人の見た場所が悪く確率が60%に落ちる場合はどうでしょう?
同じようなやり方でA'''=0.59*0.40=0.236、B'''=0.41*0.60=0.246ということで僅差ですが、確率は50%以上にあがります。

・・・と、こんな感じでベイズの定理を使って、個々の証拠の評価と最終的な結論(判決)の関係をモデル化した上で、いろいろな制度のインプリケーションを考えるというのが法と経済学です。

いろいろな例があり得ますが、例えば、そもそも個々の証拠の信用性の数値化をどうするという問題があります?
例えば、ある証人の証言がどれぐらいの確率で「信用」できるのか?
そもそも、証拠の信用性というのが判断する人によって変わってくるとすれば、「全く同じ証拠関係」でも、最終的な結論は変わってくるわけです。制度の安定性からいうと、事案によって証拠自体は変わるとしても、証拠の評価の基準は統一化される方が望ましいはずで、こういう点から考えると、職業裁判官制度と単独裁判をできるようになるまで5年間は待たなければならないといった制度の合理性は、主観的にならざるを得ない証拠評価の基準をなるべく統一しようという試みと理解できるかも知れません。

また、最近判決文の長短が問題となっていますが、ベイジアン的な見方からすると、大切なのは判決文の長短ではなく、その判決から当該裁判官が用いた証拠への評価を読み取ることができるかどうかであって、短くても証拠評価が適切に示されていれば「いい判決文」だし、長く書いていても肝心の証拠評価の部分が曖昧模糊としているものは「悪い判決文」という見方があり得るかも知れません。

さらには、陪審制度の意義は、複数の一般市民において共通する証拠評価基準を裁判に持ち込むというところにあるということも言えるかも知れません。もちろん、その一方で、訓練を受けていない陪審員の用いる基準がまちまちになる可能性や、陪審員の中でも評価基準が決定的に異なる場合のデッドロックの危険があるということになります。

・・・と、こんな感じで、ああいう他愛のないクイズから法制度に対する色々なインプリケーションを導き出すことが可能というところが、なかなか面白いと思いませんか?

というわけで、次回はP大統領編ですが・・・こっちは、難しそうだなぁ(笑)

Posted by 47th : | 10:48 AM

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ふぉーりん・あとにーの憂鬱: クイズ:あなたが○○だったら(陪審員編) 間違えました。 こういう初歩で間違う程度じゃたいしたことないな。 ... [続きを読む]

トラックバック時刻: January 22, 2006 11:06 PM

コメント

こんにちは。

ご指摘の通りでベイズの定理の含みはとてもシンプルで有益でお気楽に使えるものなのですが、どの教科書見てもWikipediaみたいな説明で、あれが普及を遅らせていると思います。わかってしまえば「ただそれだけのことを数式で書くと、こんな風になっちゃうの?」と。

たとえば引用されたTreeや集合(ベン図)を使って図示すれば、数式なしで、どなたにでも理解していただける話ですよね。たとえばベイズの定理を利用しようとするときに、あの定理の式がそのまま頭に入っている人は少なくて、まずTreeや集合(ベン図)を描くのではないでしょうか。それなのにたとえば「数式が覚えられないから俺はダメだ」と凹んでいる人がいたら大変に罪作りなことです。

そういうわけで定理なし数式なしの日本語で説明してみた次第。

Posted by bun : January 22, 2006 08:27 PM

>bunさん
仰るとおりで、私も、あの数式を見て凹んでいた口です。
bunさんの使った、実際に100台の車が通らせてみて、実際にどういう具合に緑に見えるかを考えるという例は非常に分かりやすく、なるほどと思いました。
日本の場合、法律家のほとんどは生粋の文系のところに、正確性を優先する余りに文系には直観的に理解しがたい数式を用いた表現の解説が多いという辺りが、日本の法律家の中にある苦手意識を助長しているところがあるような気がします。

Posted by 47th : January 22, 2006 10:40 PM

「答えは一様ではない」とされ、「一つの考え方のモデル」であり、「ベイズの定理に従って考えれば」という前提は存じ上げておりますが、すっきりしない感を覚えたので、疑問をコメントさせていただきます。

説例の条件が下記の場合、どう判断するか?
①証人の証言は緑だったが、イエローキャブに損害賠償を請求。
②証人が正しく色を識別できた確率は40%だが、証言は黄だったので、イエローキャブに損害賠償を請求。
③「タクシーであることは間違いな」いが、証人は色は見ていない。イエローキャブに損害賠償を請求。
④実は殺人事件で犯人を特定しなければなりません。タクシーは100台あり、そのうち黄が99台で、緑が1台です。色を識別できる確率90%の証人2人が、緑と証言しました。グリーンキャブの運転手を犯人と特定できるか(車が特定できると運転手も特定できるとします)。

単なる疑問ですので、出題の意図ではありません。
ご迷惑でしたら、削除してください。

Posted by 門外漢 : January 24, 2006 10:43 PM

>門外漢さん
僭越ながら・・・Good Point!だと思います^^
実は、このエントリーにTBをしてくださっているtockriさんの記事のコメント欄で、①~③に関連することを若干書いていますので、そちらも是非ご参照下さい。
せっかくなので、その話も書きたいのですが、その前に宿題もあるのでしばらくお待ち下さい。

Posted by 47th : January 24, 2006 11:05 PM

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