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サーベラスによるForum Shopping

米投資ファンド、「名誉棄損」と毎日新聞を提訴・メディア報道 (NIKKEI NET)

ロイター通信など欧米メディアは19日、米投資ファンドのサーベラス・キャピタル・マネジメントが、傘下企業による東京都内での土地取引に暴力団関係者が 関与したとの疑惑報道により名誉を棄損されたとして、毎日新聞社に1億ドル(約115億円)の損害賠償を求めてニューヨーク連邦地裁に提訴した、と報じ た。
毎日新聞は今月12日付朝刊の1面トップ記事で、東京・南青山の土地取引に絡み、サーベラスの子会社が暴力団と親しい関係者に仲介手数料を支払ったとの 疑惑を報道。ロイター通信が入手した訴状によると、サーベラス側はこれについて「悪意に満ちた中傷記事」で、企業評価を引き下げたなどと主張している。

これだけだと分かりにくかったので、少し見てみるとBloombergにもう少し書いています。まあ、とりたてて目新しい話があるわけではありませんが、「地揚げ」って"land-Sharking"っていうんだ、へぇ、とか思います。

この話には、いろいろなインプリケーションがあるんですが、とりあえず、まずは、かなりあからさまなForum Shoppingが目につきます。"Forum Shopping"というのは「法廷地漁り」と品のない言い方をすることもありますが、要するに自分の有利なところで訴訟を起こすというお話です。

余談ですが、これと似て非なるものが「準拠法選択」の話です。英文契約書とかだと、ニューヨーク州法準拠みたいなものが結構あるんですが、準拠法と法定地は必ずしも一致しません。変な話と思うかも知れませんが、日本の裁判所なのに準拠法はニューヨーク州法とか、その逆とかもあったりします。

どこで訴訟を起こすかが、最終的な準拠法にも影響を及ぼすことはあるのですが、アメリカ企業が日本企業を訴える場合にアメリカの裁判所を使うのは、むしろ原告にとっての手続的なメリットが大きいことがあります。「手続的なメリット」というのは、まず、英語が標準語であるというのが一つ。
実務的には、これは馬鹿になりません。例えば、ある申立が出てきて、10日以内に反論しろと言われても、間に翻訳という作業が入ってきたりすると、内部でのミスコミュニケーション発生の確率は格段に高くなります。

まあ、これは逆もまた然りで、日本で訴訟をやるとなると、間に全て翻訳を介在させないといけないので、今度は原告側が大変になります。ちょとドライに見れば、基準となる言語が違う当事者の間で訴訟が起きる場合には言語の違いによる取引費用の増加は不可避的に起きるので、要はどちらがそのコストを負担するかという、押し付け合いの話で、全体の効率性とは関係ないといえそうです・・・まあ、当事者にとっては死活問題ですけど・・・

もっと深刻なのは、アメリカの裁判所で認められているディスカバリー(証拠開示)という手続です。 


ライブドアの件でe-mailも洗いざらい提出させられているのを見て、「強制捜査とは恐ろしや」と思った方は多いと思うんですが、ちょっと極端な言い方をすれば、アメリカでは民事の訴訟でも、相手方に包括的な証拠の提出を求めることが許されています。

例えば、今回のサーベラスの件でいえば、乱暴な言い方をすれば、「問題となった記事に関連する全ての書類や電子データを提出しろ」ということが言えることです。もちろん、実際には当事者間で駆け引きをしながら、出す書類の範囲を狭めようとするのですが、原則としていえば、原告は被告に対して「関連のある一切合切の書類を提出しろ」ということが言えるわけです。

おそらく、今回の件では、この部分が非常に大きいのではないかと思います。ちなみに、訴訟が提起した後で、関連する書類やメールが破棄され(て、それが発覚し)ようものなら・・・正直、考えたくもないぐらい面倒くさいことになってきます。
多分、既に米国の法律事務所に依頼しているとは思うのですが、ともかく、アメリカで訴訟が提起された、あるいは提起されそうといううわさを聞いたら、まずすべきことは、国際的訴訟の経験を持っている弁護士に相談することです。下手に内部調査をして事実関係を確認してから、なんてことをすると、訴訟になってから大変な目にあうことがあります。

もう一つ、手続的に恐ろしいのは、陪審制度です。大体、アメリカ企業ですら陪審のもたらす不確実性には戦々恐々としているのに、ましてや外国企業についていえば、もう何をかいわんやです・・・じゃあ、何のことか分からないと思うんで、少し補足しますと、まず、「外国企業に対する偏見が完全に払拭できるのか?」という問題は当然に考えなくてはいけません。GMの大量解雇でドヨーンとなっているデトロイトで、日本企業が製造物責任のクラスアクションで訴えられたときに、「絶対に偏見がない」と言い切れる人は誰もいないと思うでしょう・・・これは、最終的に偏見があるかどうかというよりも、そのプレッシャー自体が、既に当事者間のパワーバランスに影響を与えてしまって、早期和解のプレッシャーとなったりするわけです。
また、たとえ陪審に当初は偏見がないことを仮定したとしても、言語や文化の違いなどから来るミスコミュニケーションの問題は、特に日本人間のコミュニケーションや日本人の証人の証言態度自体がアメリカ人からみると「どこか怪しい。何かを隠している」といった疑いを生み出す場合というのは、往々にしてあります。
そういう意味でも陪審というのは、日本企業にとっては非常に恐れるべき存在だったりします。

・・・といった辺りが、とりあえずサーベラスのForum Shoppingの典型的な理由かなと思うんですが、もう一つ興味深いのが、これが報道機関の名誉毀損のケースという点です。

もし、これが日本で実施されれば、①報道機関の報道の自由との調整の問題があり、さらに、②勝訴したとしても賠償額は億にいくことは、まず考えられないわけですが、アメリカでは、①’アメリカの修正憲法1条が日本企業の日本での報道に適用されるかよく分からない、あるいは、アメリカ法上、日本の憲法が保障している表現の自由がどこまで尊重されるか分からない上に、②賠償額が今回のように100億という線からスタートするということになるわけです。

この辺りが、実体面として非常に興味深いところではないかと思います・・・と、取り急ぎのインプレッションまで。 

Posted by 47th : | 04:46 PM

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コメント

私もこの報道みてどこで管轄とらえるんだろうなあと感じていました。事実関係によってはひっかける部分があるのかもしれませんが、BarBri限りでの知識では怖くてコメントできません^^。

Posted by neon98 : January 20, 2006 06:04 PM

日経だとアメリカに支局があるでしょうから人的管轄はあるとして、事物管轄は記事がアメリカにも配信されたとか、そういうことで認められるんでしょうか?
日経としては、forum non conveniensで却下を求めていく戦略ですかね。

Posted by 風来坊 : January 20, 2006 06:27 PM

BarBriすらまだの私は、ましてや怖くて何も言えませんが^^;
ひっかけ方は、Bloombergの記事で紹介されているComplaintのこちらの部分ではないかと・・・
"The defamatory statements were disseminated throughout the world, and have resulted in business partners, regulators and media outlets contacting plaintiffs to ascertain the extent of the alleged relationship with Japanese organized crime"
もちろん、この程度で十分かは、今後の一つの争点だと思いますが、風評被害の損害発生を広く捉えれば、被害者所在地という考え方は、あり得ないわけではない気もするところです。しかも、もっと広い意味で外国でのスキャンダルによる名誉毀損ということになると、何か探せばどっかに前例はありそうな気もしますし・・・Westで検索かけろって?それは勘弁してくださいまし。

Posted by 47th : January 20, 2006 09:12 PM

もちろん、風来坊さんご指摘のforum non convenientは、争点なんでしょね・・・ただ、Cerberusが的になっている時点で完全ドメドメという取材でもないんでしょうし、何より、その辺りに関する裁判所の傾向を踏まえて、どの裁判所にファイルするかを考えたんでしょうから、一筋縄ではいかないんでしょうねぇ。
ただ、これまた、潜在的には大きなインパクトのありそうな事件なので、ライブドア事件に比べると地味ですが、引き続き要注目ですね。

Posted by 47th : January 20, 2006 09:23 PM

フィーリングですが、風評被害の損害発生を広く捉えて、被害者所在地でいいような気がしますね。neonさん、Barbriの知識が残ってるだけ凄いと思います。自分は、名誉毀損と聞いて、libelとslanderという英単語だけ思い出せたのですが、肝心のルールとかは、もう全く。。。。

Posted by ぶらっくふぃーるず : January 21, 2006 02:15 AM

いつもトピカルな話題に興味深いコメント、楽しく読まさせていただいております。以前はコモン・ローと法典法の比較のときにちょっとお邪魔させていただきました。

当方、素地がイングランド法、しかも専門はどちらかといえば金融なんで見当違いの発言になるかもしれませんが、今回の件、名誉毀損はTort上の不法行為、といいますかcause of actionなので(えええい!外国法のコンセプトを日本語で論ずるのはめんどい!)、米国の国内法としての国際私法上、NYが管轄権をキャプチャーするために、サーベラスは名誉毀損の損害をNYで受けたということを証明しなければならとおもいます。これがサーベラスにとっては一番難しいと思うんですよね。

よくセレブがパパラッツィや暴露記事を書いた出版社相手に名誉毀損訴訟を起こすとき、アメリカより原告有利と思われているイングランドで訴訟を起こすことがありますが、これは英語を媒介としてかかる出版物が大西洋両岸で等しく読まれているからできる芸当で、毎日新聞とNYを結ぶ線がイマイチ細いような気がしております。

Posted by Yute : January 21, 2006 11:50 PM

>Yuteさん
興味深いコメントありがとうございます。
一つのポイントは、犯罪組織とのつながりというところかも知れませんね。
業務上の風評ではなく、犯罪組織とのつながりということになると、米国内での法的な規制も関連する可能性はあるのかな(Foreign Corrupt Practice Actとか?)と。
あと、Japan TimesやそれこそBloombergで、日本の経済記事も結構英語で広がったりするので、言葉の違いは一時期ほど大きくはないのかも知れませんね^^

Posted by 47th : January 22, 2006 12:58 AM

端的にネットで英文版の記事が配信されたので・・・とかって理屈になるんだとあり得るんとちがいますか?
今回の件は、ホントに大変だと思いますよ、これは47thさんのご指摘のとおりだと思います。

Posted by ろじゃあ : January 22, 2006 08:19 AM

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