« Classes of Spring 2006 | メイン | Second Thought about Spring 2006 Classes »

交渉と弁護士と囚人のジレンマ

ゼミの関係で読んでいるRonald J. Gilson, Value Creation by Business Lawyers: Legal Skills and Asset Pricing, 94 Yale L.J. 239 (1984)は、ビジネス・ロイヤーの存在意義について考察を加える非常に興味深い論文です。
その中に、大要、こんな感じの記述がありました。(あくまで要約です。原文では244-246頁をご参照下さい)

 

すぐれた弁護士は、交渉において依頼者の取り分を増加するという形で貢献するということが言われる。
事後的にみれば、一方が優れた弁護士を雇い、他方が能力の劣る弁護士を雇っている場合には、優れた弁護士を雇っている側が、交渉においてより大きな取り分を手に入れることができることが事実であろう。
しかし、事前の観点からみれば、弁護士を雇うことが依頼者にとって合理的とは限らない。
なぜなら、両方が弁護士を雇えば、弁護士費用などのコストの分、トータルの利益が減少してしまうから、両者にとっては弁護士を雇わない方が合理的だからである。
自分が雇う弁護士の方が優秀で、両者の弁護士費用を上回る追加の利益を得られると信じる場合にのみ、依頼者は弁護士を雇うはずであるが、そのような場面は限られている。
したがって、交渉において弁護士が雇われる理由としては、弁護士が雇われることによってトータルの利益が増加するということがあるはずである

 

 確かに、交渉力がある、あるいは、相手を出し抜くことができるというだけでは、弁護士の存在意義というのは限られますし、そもそも弁護士にとって主要な素養は交渉力だという結論にもなりかねません。
そうではなく、取引全体のパイを大きくすることがビジネス・ロイヤーの意義である「べき」ということについては、全くもってその通りだと思います。

・・・が、もしGilsonが、引用部分のロジックを、現実の弁護士が雇われている行動を説明するために(記述的に)用いているのであれば、このロジックはちょっとおかしいと思いませんか?


非常に簡単な設例として、AとBがある取引を交渉していて、取引が成立した場合には双方合わせて100の利益があるとし、弁護士がいない場合の交渉力は対等だとします。つまり、弁護士を雇わなければ、お互いの得られる利得は(50,50)となります。

今、弁護士を雇う場合には、それぞれ弁護士費用として取引全体の価値の5%を支払わなければならないとします。つまり、弁護士費用はそれぞれ5です。

弁護士を一方が雇い他方が雇わない場合には、雇った側のグロスの(弁護士費用差引前の)利得は60になり、雇わなかった方は40になるとします。ただし、双方が弁護士を雇う場合には、同等の能力の弁護士を雇うためにグロスの利得は(50,50)のままだとします。

以上のような設例の下で、A、Bの得られる利得を表にすると、次のようになります。

Table 

この表からするとA,B何れの側からしても、相手が弁護士を雇った場合でも雇わない場合の何れにおいても、自分は弁護士を雇った方が得になります。このように、相手側が何れの戦略をとった場合にも、自分の利得を最大化する戦略を支配戦略というのですが、この場合には、A,Bの何れにとっても弁護士を雇うことが支配戦略になっています。

ということからすると、この設例においては、Gilsonの説明とは異なり、A,Bの何れも弁護士を雇うという状態が最も安定的な状態(Nash均衡)ということになるわけです。

これは典型的な「囚人のジレンマ」状態で、1984年という時代を考えても、Gilsonほどの学者にしては初歩的な理論ミスのような気もしないわけではありません・・・というわけで、ひょっとすると、Gilsonはこのゲームを非協力ゲームではなく、協力ゲームと考えたのかも知れません(論文の中でも"joint decision"という言い方がされていますし・・・)

ただ、協力ゲームとして考えたとしても、この設例ではA,B共に合意を「裏切る」ことで簡単に自らの利得を増やすことができます(「裏切り」の手法は色々と考えられますが、例えば、表の交渉には弁護士を出さないで、裏で弁護士のアドバイスを逐一求めるというやり方は典型でしょう・・・実際、たまーに弁護士を表に出したくないというようなこともありますし・・・)。したがって、そもそも協力関係は安定的ではない(コアがない)ということになりそうです。

あとは繰り返しの仮定や評判を仮定することによって克服するということが考えられますが、Gilsonの論文では、そうした囚人のジレンマ解消のために通常求められる仮定についての言及はありません。

・・・というわけで、論文全体のトーンにけちをつけるわけではないんですが、何とも気になったので、ご紹介でということで。 

Posted by 47th : | 08:53 AM

このエントリーのトラックバックURL:
http://WWW.ny47th.COM/mt/mt-tb.cgi/220

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
このブログをご覧になる際の注意点や管理人の氏素性はこちらにありますので、初めての方はご一読を。