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ジニ係数から分かることと分からないこと(1)

最近、日本でも所得格差の広がりが問題ということで、ジニ係数がしばしば話題にのぼっているようです。ジニ係数というのは、一般にある社会の不平等さ(inequality)を測定する基準といわれています。

別に私もそんな昔から知っていたわけでもなく、こっちに来てから開発とかに興味を持っている中で知るようになった概念なので大したことが言えるわけ ではありませんが、開発関係の実証研究を見ていく上では無視できない基準ですので、ジニ係数のインプリケーションをちょっと考えてみたいと思います。(なお以下の記述のうちジニ係数に関する一般的な説明については、もっぱらRay, Development Economics (1998)に依拠しています)

ジニ係数はいくつが望ましいのか? 

さて、最近のブログの記事で山口浩さんが世銀の統計を、bewaadさんがOECDの統計をベースに日本社会の位置付けについて考察を加えていらっしゃいます。ソースによって数字が若干違うのですが、そもそもジニ係数というのは、どのぐらいが望ましいのでしょう?

そもそもジニ係数というのは、大ざっぱにいうと全ての国民の所得が平等だとした場合の所得分布と実際の所得分布の状況の差を表す指標です。つまり、ジニ係数0(ゼロ)は完全な結果平等社会を意味します

これは、匿名性の原則(Anonymity principles)といい、誰が所得を生み出したかは問われないという性質のもたらす帰結です。つまり、アリとキリギリスだけの社会において、アリが稼いだ100万円をアリ自身が保持するのも、アリから100万円をとりあげてキリギリスに渡してしまうのも、不平等さという意味では全く同じということです。

別の言い方をするとジニ係数で図られる「不平等さ」(inequality)は、分配の「公正さ」(fairness)とは何ら関係がないということです。一生懸命働いた者も、そうでない者にも、全く同じ所得が分配される社会は「平等」ですが、「公正」とはいえないかもしれません。

この意味で、ジニ係数は、単に社会における所得配分の状態を単一の指標で比較するための基準というだけであって、その数値の高低そのものには、規範的な意味はないということになります。


もう一つ例をあげてみましょう。

一つの「公正」な所得分配のあり方としては、能力に応じた分配ということが考えられます。

例えば、bewaadさんの着想にならって、ある社会における能力の分布は正規分布となっているとしましょう。このときに所得と人口の分布の関係を図にすると次のようになります。


さて、この所得分布を次のように変形してみます。
 

ここにオレンジで描かれた曲線はロレンツ曲線(Lorenz Curve)と呼ばれ、X軸は累積人口、Y軸は累積所得を表しています。より直観的にいえば、所得の低い人から順番に所得を積み重ねていったときに描かれる曲線ということになるでしょう。

これに対して緑で描かれた曲線は完全な結果平等の曲線、つまりジニ係数が0(ゼロ)の状態を表しています。乱暴にいってしまえば、この緑の曲線とオレンジの曲線の間の弧の面積がジニ係数の直観的な意味合いです。この弧が大きいほど、不平等さは大きいということになるわけですが・・・既にこの図からも明らかなように、能力に応じた分布を徹底した場合にも、依然としてジニ係数はある程度の値を示すことになります(本当は、この場合のジニ係数の値を計算できればイメージが湧きやすいと思うのですが、エクセルで計算する方法が分かりません(- -))。

というところからすると、ジニ係数というのは、あくまで「不平等さ」の基準であって、「公正さ」や「望ましさ」とは基本的には関係のない(中立な)指標ということがいえるのではないかと思います。別の言い方をすれば、どの程度のジニ係数が望ましいのか、あるいは、ジニ係数の増加と減少何れが望ましいのかということは、ジニ係数とは別の基準から導かれなければならないということではないかと。

さて、連載にするつもりはなかったのですが、長くなったので1回目はこの辺りで。次回は、ジニ係数で用いられている人口や所得は絶対的な数値ではなく「相対的な」数値が用いられることから、比較に際して注意すべき点について考えてみたいと思います。

Posted by 47th : | 12:49 AM

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このリストは、次のエントリーを参照しています: ジニ係数から分かることと分からないこと(1):

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コメント

純粋に日本語の話、「平等」「不平等」という言葉に、fair, unfair のニュアンスが含まれてしまっているからやっかいですね。

Posted by Apricot : January 31, 2006 08:26 AM

>Apricotさん
英語でも一般的な意味では、equalityの方がinequlaityよりも望ましいという無意識的な価値判断はあるような気がします。少なくとも、「より不平等(inequally)な社会の方が公正(fair)かも知れない」というのは、普通にきいたら、何じゃそれという感じですよね・・・

Posted by 47th : January 31, 2006 01:44 PM

こんにちは。

分配についてはあまり考えてない(苦笑)マクロの国からやって来ましたbunです。

「やって来すぎだ貴様」
「申し訳ございません」(笑)

ジニ係数については、名前だけでほとんど知らなかったので、いろいろ勉強しながら拝読したのですが、ご指摘ごもっとも。
ジニ係数0となる所得分布を考えてみると、一様分布(!)ということになってしまいますね。にわかには受け入れがたい。

EXCELについては「Just simple! それならNORMDIST関数でいけます」とかいうと、誰かがやらなければいけない空気を生じてしまうので遠慮しましょう、というのが、日本の学校で育ち、かつ、常日頃「平和な放課後」を望む者がもつ不文律であります(笑)。

能力の分布ということについて情報がほしいところですね。直感的には同じ正規分布だとしても、日本人の能力分布は(望ましい推定量のごとく)「平均が高くて分散が小さい分布」であり、アメリカ人の能力分布は「それに比べれば平均が低くて分散がはるかに大きい分布」であろう、と思われます。

#なのでたとえば青色ダイオードの中村教授その他、平均をはるかに超える優秀な人は住みにくく感じるのでしょう。私も同じ理由で住みにくいのだと思っていたら分布の右でなく左にいる可能性が棄却できないので怖くなってきたところです。

冗談はさておき、能力分布の形状というのは日本の社会・文化を考える上でインプリケーションの多い情報だと思うのですが、こんな基本的な点ですら議論の余地のない前提とすることがなかなかできない。「社会科学の悩ましくかつ同時に面白いところであります」などとお茶を濁して筆をおく癖がついておりまして、よくありませんな。

長文失礼しました。

Posted by bun : January 31, 2006 09:29 PM

>bunさん
これからも、ブログの平和を守るためマクロの国から来てください^^
能力分布といえば、そもそもそれが所得に結びつくものなのかどうかというところもありますよね。資本主義社会が爛熟してくると、今まで所得には結びつくことのなかった怪しい才能も大きなビジネスチャンスになることもあるわけで・・・いや、社会科学って、本当に面白いですね・・・と、自然科学のできない奴がいってみました(- -;)

Posted by 47th : February 1, 2006 05:34 PM

こういう問題が生じるのは努力しない人と弱者を混同する輩がメディアの中に多過ぎるから?

Posted by デジ1工担者 : February 16, 2006 08:32 AM

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