こちらも一応閉鎖ということで

表と同じく、こちらもしばらく閉鎖というか、コメント・TB受付中止ということで。

まあ、こちらの話題は元々殆どの人にとっては興味のないものなんで、表の復活の有無にかかわらず、帰国してしばらくぶりに対面したCDに感激して、予告なくフィル・ライノットマンセーとか戯言を書き連ねるかも知れないけど、全く未定なんで、全国10人ぐらい(推定)の読者の皆さんも余り期待しないように。

では、また。 


Posted by 47th : | 17:29 | コメント (0) | トラックバック (0)

ゾンビ議論

表ブログの話のサイド・ストーリーだけど、議論に負けない方法なんて実は簡単だ。

負けそうになったら論点をずらすというのは、ごく初歩的だが、それなりに効果がある。
論点ずらしだと反論されたら、また、そこから論点をずらすということを続けていると、何だか議論が続いているように見えるし、相手が専門家で権威を持っていると、外から見る限り、その専門家と対等にわたりあっているように見せることができる。

もう一つは、表ブログに書いた、絶対に相手に証明できない命題の立証責任を相手に押し付ける類の話だ。
これも結構効果的で、特に相手を一旦持ち上げて風呂敷を広げさせておいて、「そんなあなた(あるいはあなたが拠り所としている権威)なら勿論○○を証明するなんて簡単ですよね」とやるわけである。
で、相手が「それは自分の(あるいはその権威の)射程外だ」といえば、「何だ、そんな素人でも思いつくような疑問にも応えられないんですか?」とやって、相手やその背景にある権威をおとしめる。
もし、相手がくいついてきたら、次々に相手が疲弊して何もいってこなくなるまで無理難題を投げ続ける。
すると、ギャラリーからすると、何だか専門家を「言い負かした」かのように見えるわけだ。

もちろん、こういうテクニックは、判断者のリテラシーが高い場合には限界がある。
訴訟でも、裁判官にとって馴染みのある論点について、この手のだらだらした反論をやっていると、却って裁判所の心証は悪くなる。(逆に、裁判官が疎い話では、粘ってみる価値はあるわけだが(苦笑))

つまり、リテラシーの高い判定者を持たない議論では、こうしたゾンビ議論が可能で、往々にして、こうしたゾンビ議論では、一見の議論の勝ち負けは内容の当否ではなく、当事者のガッツ、というか執念深さとかプライドの高さ、それとこうしたゾンビ議論のレトリックを扱うちょっとばかりの知恵によるわけだ。

真っ当な議論をしたいと願う人間にとっては、こうしたゾンビ議論に付き合うことは疲弊するだけなので、何れは根負けして撤退する・・・そうすると、何だかゾンビ議論をしている人間が、専門家を言い負かしたヒーローのように見えてしまうわけで・・・

結論は、触らぬゾンビに祟り無しで放置するのが正しいんだろうね。

ただ、やっぱり余りにひどいことを言われていると、その誤解を解きたくなるわけで・・・その兼ね合いが難しいところだ。

 


Posted by 47th : | 15:10 | コメント (5) | トラックバック (0)

 
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