リハビリ中

ごぶさたしています。暑い日が続きますね。

・・・と、何から書いていいか分からないぐらいに、ブログ勘(?)がにぶっていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

ここ3週間、夜の中の流れから取り残されていたので、溜まっていたブログの記事にぼちぼち目を通したりしていますが、Bloglineの記事数が(200)とか表示されていると、それだけで萎えてしまいますね。

時事ネタも全く追っていなかったんですが、総会が終わった直後の紙をめぐる戦いとか、ガスのお話とか、ゼロ金利解除とか、テポドン発射とか、イスラエル=レバノン紛争とか、いろいろ世の中話題はつきないようです。

わずか3週間で浦島太郎状態ですが、ぼちぼちリハビリしていきたいと思います、ということで、取り急ぎ。

しばらくお休み(予定)

ワールドカップの決勝も終わったのに、記事はアップしないし、コメントに返事はしないし・・・で、生きているのか、それとも決勝の日程を間違えて見逃して自己嫌悪に陥っているのか、とご心配をおかけしたかも知れませんが、ちゃっかりマテラッツィ・ショーは堪能させていただきました。

まあ、試合の面白さだけで言ったら、ドイツ戦の方が上という気もしましたが、最後のアレも含めて、両軍のモチベーションの高さはやはり素晴らしかったですね。

・・・と、1週間も前の話をしてもしょうがないんですが、諸般の事情によりひじょーにばたばたしていまして、おそらく7月いっぱいブログの更新はお休みさせていただきます。

実は、他の方のブログ巡回も控えている次第で、しばらく潜行してしまいますが、また2週間ほどしたら、覗いてみていただけると幸いです。

では、また2週間後(ぐらいに)お会いしましょう。

ピルロと中田

皆さんご存じのとおり、イタリア=ドイツ戦は素晴らしいゲームでした。

前半はイタリアが完全にペースを握って、ドイツにチャンスらしいチャンスをつくらせなかったのが、後半になるとドイツもピルロとデフェンス陣の間にできたスペースをドリブルで突破していい形をつくるのを、カンナヴァーロとブッフォンの鉄壁のデフェンスが立ちはだかるという見応えのある展開。
それにしても、カンナヴァーロのポジションどりと当たり方は見ているだけで、うっとりしますね。
守備でここまで魅せられる選手というのは、イタリアならではというところでしょうか。
あれで身長は175cmですから、DFは身長ではないんですよ。やっぱり。
(まあ、コンビを組んでいるのは、縦も横もでかい人ですが)

イエローも両軍合わせて3枚、それもまあひいき目に見てもしょうがないものばかりで、両軍とも累積出場停止になる選手はなし。当たりはそれなりに激しかったし、少し流しすぎというところもありましたが、120分間、試合が荒れることもなく、倒れた選手にお互い手を差し伸べたり(ガットゥーソが親愛のつもりかバラックの頭をしつこく抱えていやがられたシーンはありましたが(笑))、その意味でもいい試合でした。

そして、誰もがPK確実・・・というよりもイタリアはPKに持ち込むつもりと思った時間帯でのピルロのあの芸術的なパス・・・グロッソも、あれしかないという見事なシュートでしたが、本当に一瞬ドイツ守備陣の時間が止まってましたね。

更に、その後のジラ→デルピエロの、これまた芸術的なゴール。
トニとトッティの連携が今一つつながらないところを見ると、この二人のコンビを決勝でも見てみたいという気もするところです。

相手はフランスかポルトガル、ジダン・アンリ(とリベリーかな)とイタリアDF陣の対決も見てみたいし、フェリポンとリッピの知恵比べも見てみたい気がするし、まあ、何れにせよ素晴らしいカードになるはず。頼むから、フランスが勝ち上がったけど、ジダンに黄紙で累積出場停止というオチだけはやめて欲しいものです。

・・・と、さて、今回の一戦で、ミランの司令塔ピルロの素晴らしさが、(更に)知れ渡ったんではないかと思うわけで、ミラニスタとしては、北から「シェヴァだけでなく、ピルロもとるスキー。ついでに、8番もとるスキー」とか、西から「ピルロもギャクティコに」とかいう怪しい勧誘が始まらないかが非常に不安なところもあるわけです(※)。
中盤の底から厳しいマークをすり抜けながら、ここしかないという長短のパスをぴったりと合わせる能力と創造力は、本当にゾクゾクするんですが、その一方で体格的な問題から、前線での当たりには弱く、ゲームメーカーでの定番であるトップ下としては余り大成しなかったという過去を持っています。

そのピルロを俗にいうボランチのポジションに配置して、そこから試合を操る役割を与えたのがミランの監督カルロ・アンチェロッティなわけですが、本来守備要員であるはずのボランチの1枚にフリーなスペースを与えて攻撃参加させることが可能になったのは、マルディーニ・ネスタのDF陣とピルロのスペースを補うガットゥーソの存在です。
今回のイタリア代表でも、デ・ロッシの一件や直前での負傷ということもありましたが、ガットゥーソが入ることでピルロがいっそう攻撃参加できるようになったのはご覧のとおりです。

・・・と、今やピルロがこうやってイタリア代表の要として認識され、おそらく、世界で最高のプレイヤーとしての名声を今大会で揺るぎないものにする一方で、中田が引退を表明・・・

既に色々と語られているところもあると思うのですが、才能的に中田とピルロとの間に天地ほどの差があったのかと言えば・・・あったのかも知れませんが、日本人としてのひいき目で見ているせいでしょうが、中盤でのキープ力やパスの創造性、正確性という面では、中田もやはり相当のプレイヤーだったような気がします。

ただ、両者の決定的な違いは、ピルロはアンチェロッティに出会ったが、中田は出会えなかったことではないか・・・ふと、そんなことを思ってしまいました。

アンチェロッティは、ミランというチームで、トップ下としては成功しなかったピルロの才能を信頼して、半ばピルロのためのシステムを構築し、それを機能させたことで、ついにはリッピにすら、ピルロを中心としたチームづくりを促した・・・中田は、逆に自分を信頼してくれる将に恵まれなかった・・・(※2)

伯楽がいなければ、名馬は名馬たらず・・・もっとも、そうした「不運」は中田だけのものではなかったのでしょうし、それでも、それなりの才能があればプロ・サッカー界で生きていくことは可能でしょう。
ただ、中田は、やはり賢すぎたのでしょう。
伯楽がいなければ、自分は名馬にはなれない・・・中田にとって、今回のワールドカップは、まだ見ぬ伯楽と出会うための最後のチャンスであること、それを知ってしまっていた・・・そして、その最後のチャンスは掌から滑り落ちていった・・・

ジーコは、選手の個を大事にするといいながら、アンチェロッティがやったように、その才能が機能するために必要なシステムを用意することはできませんでしたし、おそらく中田自身のコミュニケーション能力の問題もあって、他の選手たちも中田の才能を活かすという方向で結束できなかった・・・残るのは、ただひたすらに走り回り、その場その場でプレーをしていくことだけ・・・

そのプレーから、名馬を見抜くことは、いかな名伯楽でもできない・・・中田は、そう見切ってしまったような気がします。

「個」の力が足りなかったと総括する人々は、中田という傑出した「個」を活かすことができないまま、失ってしまったことを直視しないといけないはずです・・・などと、ピルロへのスポットライトを見ながら、中田の引退について、そんなことを思ってしまいました。
 

 

(※)それでなくても例のスキャンダルでセリエBに降格したら、主力選手の契約がどうなるか不安なのに・・・

(※2)その意味では、中田を中心にチームをつくるだけの価値があると思ってくれたのは、マンツォーネだけだったのかも知れませんね。 

日本代表における「組織」と「個」の不幸な関係

ワールドカップは、いよいよベスト4ですね。

個人的にはイタリアが順当に勝ち上がり、開催国ドイツとの決戦というのがたまりません。
デコの復帰したポルトガルとキレキレジダンを擁するフランスの対戦も中盤での攻防が楽しみ(但し、ゴール前ではイライラが募りそうな予感が・・・)。

とワールドカップは盛り上がっているんですが、個人的には、7月いっぱいは、てんぱった状態が続くので、ブログの更新も滞りがちになるかも知れません。予めお詫びを。

ところで、Vaboさんの教えてくれた日本戦終了後の川渕会長のインタビューについて、書こう書こうと思って放っておいたので、このまま旬を過ぎてしまう前に、ちょっとメモ程度に思ったことを。

例の「史上最大の失言」については、色々な方が至極真っ当なことを仰っていますし、うっかりにせよ意図的にせよ、ご本人たちは「しょうがない」とか「許される範囲」と思っているんでしょうから、何れ笑い話として語り継がれていくんでしょう。
ちなみに、上場企業、例えばソニーの取締役が次期CEOの名前をうっかり記者会見で口にしようものなら、会社から正式なプレス・リリースを発表するまで会見は打ち切り、選任過程や情報管理の妥当性についてコンプライアンスの観点から検討がなされ、失言をした取締役の責任問題・・・ということになるぐらい重大な話ですが、日本サッカー協会は上場もしていないし、意思決定は全て会長の胸先三寸で決まるんだから、問題にならないということなんでしょう。

上場会社と違うといえば、「試合内容そのものについての分析は、技術委員会が分析をしてリポートを出すので、私自身の感想はここでは控える」と言いながら、ジーコ・ジャパンの4年間の総括は展開するというのも不思議は不思議です。論理的に考えると、①ワールドカップという総決算の3試合は、ジーコ・ジャパンの評価には関係ないので技術委員会のレポートを待つ必要はないのか、②そもそも技術委員会のレポートはジーコ・ジャパンの評価には関係ないということなんでしょうか。
上場企業でいえば、新事業のプロジェクトが赤字であることは確実で、その要因の分析はまだだけど、プロジェクトは成功だったと会見で言うようなもんでしょうか?
まあ、何れにせよ、上場会社的なガバナンスの常識は通用しないんでしょうから、いいんでしょうねぇ。

・・・と、本論と関係ない愚痴が長くなりましたが、本論は川渕会長の次の発言部分について(下線は筆者)。

ジーコ監督は、選手自身が考えるサッカー、自分たちが試合の中で臨 機応変に対応する力をしっかり身に付けさせようとした。「自分たちは強い」と自信を植え付けさせる4年間だったと思う。選手自身が失敗を恐れずに思い切っ てトライする初めての大会だったが、残念ながら成果には表れなかった。われわれも当然分かっていたことだが、組織だけで勝ち切るのは限界があって、個の力 を高めた上での組織力が、(W杯を)勝ち抜くためには絶対に必要不可欠なものであると、明確な形で見せ付けられた大会だったと思う

ジーコ監督がやってきたことは、ネガティブ・シンキングではなくて、「君たちはやれるんだ」という自信を植え付けさせるポジティブ・シンキングだったと思 う。今後もその方向を変えてはならないと思うし、それがジーコ監督がこのチームに残していったものだと思う。選手がそれを理解し、実現するレベルまでは残 念ながらいかなかったが、この方向性をわれわれサッカー協会は重く受け止めて、新たなチーム作りをしていきたい。今度の日本代表監督も、そのことを理解 し、監督のやりたいサッカーではなく、選手自身が判断し思い切ってトライする人を選ぶために今、交渉をしている

さすがに後段の部分については、記者からつっこみが入って、次のように弁解しています。

「監督のしたいサッカー」でなく、「選手がしたいサッカー」と言う と表現が極端に聞こえるが、選手を重視する――やはり監督にも「チームのあり方」があるので、それを全部無視するわけじゃない。しかし、その時々で選手が ベンチ(監督)を見るのではなくて、いろいろな局面でも自分で判断できることが大事であって、選手たちが思い切ってトライし、自分の考えで難局を突破して いく、そういうものを植え付けてほしいという意味。監督の作りたいサッカーはなくていい、というわけではまったくない。ジーコも決してそうじゃない。「選 手自らが考えるんだ」ということを強調して表現しただけ。

と、この発言を見ていて、非常に不安になったのが、川渕会長に依然として残るトルシエ・アレルギーと、非常に根本的なところに存在する「組織」と「個」との関係に対する誤解です。

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