高金利均衡について補足 (1)

先日の上限金利規制の論拠を考える: 情報の非対称性についてというエントリーに対して、法学徒のfujiさんから、次のようなコメントを頂きました。

「借り手の返済能力に関する情報の非対称性から(貸出金利=高金利、借り手の信用力=低返済能力)という形で均衡が成立している」とのことですが、この逆 選択の問題と貸出市場での割り当ての発生との関係が分からなくなりました。すなわち、銀行なら金利引き上げをする代わりに資金の割り当てをすることで市場 を調整しようとするはずなのに、消費者金融では銀行のような割り当ては発生せず金利は高金利で均衡しているのですよね。これは消費金融の経営者は倒産して も資金の調達先に自分のお金で賠償する必要がない(エージェンシー問題)からなのでしょうか。それとも消費者金融はやはり回収ノウハウが非常に高いからで しょうか。

実は、前回のエントリーを書いたときに、えらくあっさりと書いて終わってしまったんですが、それは、皆、掲示板の議論をさっと見て、あっさりと理解してしまったのか、はたまた、余りにもマニアックそうなんで、そもそもあっさりと読み流されたのか、何れにせよ、経済学徒の方はともかくとして、一応、法律系ブログであるこのブログ(笑)に少なからずいるはずの法学徒の方には、必ずしも直観的になじむ議論じゃないような気もするんだけどなぁ・・・と思っていただけに、fujiさんのコメントは我が意を得たりのところがありました。

また、非常に興味深い問題提起も含まれているので、「情報の非対称性」が借り手と貸し手の行動にどのように影響するのかというロジックを、法学徒を意識して、なるべく直観的に分かりやすい形での解説を試みてみましょう。
なお、fujiさんにとっては、既に理解されている辺りのところから話が出発してしまうので、多少、迂遠かも知れませんが、前回のエントリーでは何のことかよく分からなかったという人のため、と、議論の前提の確認ということで、多少丁寧にロジックを追ってみたいと思いますので、その辺りはご容赦を。

ただ、前回のエントリーでも触れたように、「情報の非対称性」を現実の消費者金融の金利引下げ問題に応用するには、実証的にも理論的にもなお多くのハードルを抱えています。その意味で、今回のエントリーは、あくまで頭の体操とか、ファイナンス理論への理解を深めるという観点で見てもらって、現実の金利引下げ問題とは少し距離を置いた方がいいかも知れません。

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Going Privateのメリット?

1週間、ネット環境から切り離されていると、自分のブログが更新できないのは勿論のこと、他の方のブログも見ることができないので、その溜まったエントリーを拝見しているだけで、あっという間に夕方になってしまうわけで(笑)、本当にインターネット時代の情報量たるや恐るべしですね(※)。

色々と興味深い話はあったのですが、個人的な関心からいうと、やはり米ヘッジ・ファンドAmaranthの巨額損失事件に関する話(※2)が面白かったところです。そもそもヘッジ・ファンドをどう捉えて、どういう形で規制の枠組みをつくっていくのかという辺りは、それ自体として非常に興味深いテーマなわけですが、とりあえずこの辺りは実際に現場で活躍されている方々の考え方を拝見しているところで(※3)、まだアウトプット段階にはないのでパスします(笑)。

次に興味深かったのは、harry_gさんのウォールストリート日記でのMBO(LBO)関連記事3連発。

harryさんが書いているように、キャッシュフローが不安定でLBOには不向きというのが教科書的定説であったIT企業にLBOマネーが向かっているというのは、非常に興味深いのと同時に、若干の不安も感じないわけでもありませんが、何れにせよ、数か月前にharryさんとソフトバンクによるヴォーダフォンのLBOは謎が多いという話をしたのが思い出されます。

続いて、harryさんは、LBOによるGoing Private (非上場化)が増えた要因として言われていることのうち、「(短期の業績ばかりに注目する)ウォールストリートが嫌いだから」という理由と、「監視されるのはコリゴリだから」という理由に着目して、「現実はそんなに甘くはないのでは」ということを指摘されています。

harryさんが指摘されているように、私も非上場化によって経営者がより大きな自由を手に入れる、とか、よりのびのびと経営できるといった類の話は、かなり眉唾だと思います(※4)。

ただ、他方で、マネッジメントが自らの懐を潤すというのが主たる動機というのも、ちょっとシニカルに過ぎる気もしますし、非上場企業の増加はSOX法の施行による上場費用の増加とも相関関係があるという話もあるので、もう少し別の角度から、あり得るGoing Privateのメリットについて考えてみたいと思います。

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帰ってきました。

7泊8日、総走行距離約2300マイル(約3680km)の旅から先ほど帰還しました。

今回は、Denverを起点に、まずは美しい山並みのGrand Teton National Parkに入り、

 
続いて、その北に隣接するYellow Stone National Parkで、空高く噴き上がる間欠泉を眺め、

   Old Faithful Gayserの噴出

それから、「未知との遭遇」でも使われた壮大な岩の塊、Devils Tower National Monumentに立ち寄り、

 

  Deep PurpleのIn Rockのジャケットの元ネタということでも有名な(?)、Mount Rushmore National Memorialへ。


で、最後はRocky Mountain National Parkを回ってきました。


 と、そんなこんなで、ネット環境が今ひとつだったり、一日400マイル以上のドライブでへとへとになったりということで、この1週間、全くブログの方には手を触れておりませんでした。

そんな時に限って、日経新聞の夕刊で紹介いただいたりしました(※)。
本来なら、ここぞとばかりに新規読者をつかむ気合いの入ったエントリーでもアップすべきだったのかも知れませんが、 すっかりタイミングを逸してしまったようですので、頂いたコメントへのお返事も含めて、また、明日以降旅の疲れをとりながら、ぼちぼちとやっていきたいと思いますので、引き続き宜しくお願いいたします。

 

(※)ちなみに、記事ではライブドア事件で増えた5000件のアクセスがそのまま続いているような感じにとられた方もいらっしゃるかも知れないので、ちょっと補足ですが、このテーマの定まらないマニアックなブログでその読者を維持することはままならず、今のところは平日で1500-2000件ぐらいのユニーク・ビューに落ち着いています。まあ、それでも大変な話ですが、何だか小心者としては少し気になったので、念のためということで。

旅に出ています

1週間ほどNYを留守にしています。

ネット環境が読めないので、更新・コメントへの対応、TBの反映(※)等遅れるかも知れませんがご容赦下さい。

(※)MTのスパム設定を厳しめにしているので、TB、コメントがすぐには反映されないことがあります。こまめにチェックして反映させているつもりですが、長らく反映されていない場合には、NY47th2004@@@yahoo.co.jp (@を一つにして半角にしてください)宛てまで「ブログのコメント/TBの件」ということでメールを頂ければ幸いです。

上限金利規制の論拠を考える: 情報の非対称性について

night_in_tunisiaさんが「利息制限法 金利を制限することでむしろ需要が増える可能性あるいは社会的厚生が増す可能性」というエントリーで、いちごbbsの掲示板に興味深い議論があるということでおそるおそる(※)拝見しました。

何だか、私のブログでの議論についても色々とお叱りを受けたりしていて(後述)、心臓には悪かったんですが、night_in_tunisaさんがお薦めされていた247氏と夜逃げ屋氏のレスは確かに参考になりましたので、情報の非対称性と上限金利規制との関係について、思いついたことなどを・・・といっても、既に掲示板の方は900個もレスがついていますし、一つ一つを細かく読んでいったというよりは、議論の流れとか雰囲気を眺めただけなので、私のコメントも印象レベルのものであることは、予めお断りしておきます。

また、やはり気の弱い私には、掲示板で自分のブログのエントリーが色々な形で扱われていると思うのは心臓に悪いので、多分、そんなに頻繁には掲示板を覗くことはできないと思いますし、ましてや、掲示板に書き込む勇気はないので、どうかその辺りはお許し下さい。

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大野健一『途上国ニッポンの歩み』

以前、大野健一「市場移行戦略」を読んだ際に、次にこれを読んでみたいと言っていた『途上国ニッポンの歩み―江戸から平成までの経済発展』を読了しました。

元々大学院での留学生向けの講義だったものをまとめたものということで、高校で日本史選択だった人間には馴染みの深い話も含めて、江戸時代からの近代・現代日本史の流れが、開発・発展(development)という観点から整理されて提示されています。

といっても、単なる近現代史の解説書ではなく、著者は開発経済学の専門家として、江戸時代以降の日本の発展を、外部的な影響がその社会で内生的に育まれてきた内的展開と接合して発展していく「翻訳的適応」という視点から見つめ、そこから現在の途上国開発に向けたインプリケーションを引き出すことを試みています。

個人的には、非常に漠としたものですが、以前から、江戸時代あるいは室町に遡る商人層の発展というのが明治維新後の日本の急速な発展を支えたのではないかという印象を持っていたのですが、大野氏は江戸時代における①政治的統一と安定、②耕作面積と生産性の両面における農業の発達、③運輸交通システムの発展と全国統合市場の成立、④商業・金融の発展及びそれに伴う富裕な商人層の台頭、⑤手工業の発展、⑥地方政府による産業振興、⑦教育の普及という要素をとりあげ、これらが明治以降の発展の基礎をなしていたと評価しています(※)。

しかし、これを受け容れてしまったが故に、実は帯に書かれている「日本は、なぜ、どのようにして短期的な近代化に成功したのか」という問いに対する答えは遠のいてしまった感があることは否めません。

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MBOの危険性への対応

(追記あり) 

harry_gさんのウォールストリート日記で、New York Timesの記事について「MBO」の違法性?という興味深いエントリーを書かれています。
詳しいことについては、harryさんのエントリーを読んで頂くこととして、その記事の中でNYTの記者がMBOについて、①経営者の義務違反の可能性、②利害相反の可能性、③ディスクロージャー違反の可能性、④インサイダー取引の疑いをあげ、MBOには違法の疑いがあるということを指摘しているわけですが、ルールという面からみれば、こうした問題は古くは1970年代から意識され、SECによる証券取引規制と判例の積み重ねで一応の線が引かれているところもあります。

というところで、私の理解している範囲で簡単にMBOに関するアメリカのルールの現状を。

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コスト無視の「経済効果試算」の意味は?

駐車取り締まり民間委託、経済効果1810億円・警察庁試算(NIKKEI NET)

駐車違反取り締まりの民間委託がスタートして以降、全国の主要幹線道路で渋滞が緩和され、年間約1810億円の経済効果を生み出していることが13日、警察庁の試算で分かった。

まず「警視庁試算」というところで微妙さが漂うわけですが、その「試算」方法もなかなか。

渋滞緩和による運転時間の短縮効果は、運転時間が平均10%短くなり、車1台当たり時給約2200円の人が1.3人乗っていると仮定して年間約1720億 円。燃料の節約効果はガソリン1リットル140円として年間約90億円。両方を合わせると1810億円に達する計算だという。

「10%」や、そもそもの母数とか、「時給2200円」の根拠も興味がありますが、決定的なポイントは、取締厳格化の「コスト」が考慮にすら入れられていないことです

以前、「違法」駐車のコストとベネフィットというエントリーで書いたように、取締りの厳格化は渋滞の減少というベネフィットの一方で、物流や沿線経済活動にコストをもたらします。

いやしくも「経済効果」を謳うなら、こうしたコスト面についても相応の考慮をした上で、差し引き後のネットとしての効果をみなくてはいけないはずです。
また、こうしたコスト面を全く顧慮しない「試算」は、政策評価や今後の政策へのフィードバックという観点から見ると、無意味などころか、「取締りは厳しくすれば厳しくするほどいい」という過った政策インプリケーションにつながるという意味で有害とすら言えます

施行後、物流コストや沿線経済にどのような影響があったのか、どのような政策的調整(時間指定、事前届出、etc・・・)がコストとベネフィットのバランスをうまくとっているのか・・・こうした情報こそ、政策評価・フィードバックに当たって求められる情報であって、それを全く度外視した「渋滞が減って1810億円の『経済効果』」という自画自賛の評価を平然と出す行政官庁(警察庁)と、それについて、特に疑問も呈さずに記事にしてしまうメディア・・・こうした中で有効な政策監視を期待するのは虚しい願いなんでしょうかねぇ・・・

上場・買収防衛は何のため?

(9/14 追記あり) 

東証に買収防衛策要求、金融相懇談会の最終報告書で(YOMIURI.ONLINE)

与謝野金融相の私的懇談会「証券取引所のあり方等に関する有識者懇談会」が13日にまとめる最終報告書で、東京証券取引所に対し買収防衛策の導入検討を求めることが明らかになった。
欧米の取引所などによる経営支配の懸念を未然に解消するためだ。しかし東証は、上場企業の買収防衛策について「株主利益を損なう恐れがある」として慎重な対応を求め、自らの防衛策導入にも否定的な姿勢を示しており、東証の対応が注目される。

まず、東証の擁護からするとすれば、東証自身は買収防衛策について「市場の評価を向上させることにより当取引所の基礎体力(足腰)を回避することで被買収リスクを回避」というのを基本方針とした上で、括弧書きで「他の上場会社が導入している一般的な買収防衛策の導入についても検討」としていたようですから(懇談会に西室社長から提出された8/29付け資料(pdf))、「欧米の取引所などによる経営支配の懸念」対策としての買収防衛策というアイディアは東証のイニシアティブによるものではないのでしょう。

当たり前といえば当たり前なのですが、私自身は買収防衛策そのものにはネガティブではありません。ただ、買収防衛策は単なるツールに過ぎません。

何のために上場を目指して、何のために買収を防衛するのかが、明確に意識されているのであれば、買収防衛策もありだと思いますが、そこが曖昧なままだと、そもそも防衛策をどう設計するかも定まりません。(一切支配権の移転を認めないのであれば、黄金株のようなものが簡便でしょうし、買収過程のコントロールであれば既存のライツ・プランが適しているでしょう)

何れにせよ、これを受けて更に東証の中でも議論がなされるのでしょうし、その中でツールの部分ではなく、そもそも論の部分で議論が深まっていくことが期待されます。

(9/14追記)

金融庁から「わが国証券取引所をめぐる将来ビジョンについて(論点整理(第三次))」が公表されています。

実際に公表されたものについては、上の報道とは違って、次のように大分穏当なトーンになっているようです。ちょっとフライング気味の報道だったようですね。

いわゆる買収防衛策導入の是否については、法令による主要株主規制 の下で、市場評価の向上や安定的な株主との関係構築により対応するこ とを基本とすべきとの考え方が取引所側から示された。他方で、この問 題については市場関係者等の意見も交えながら検討を継続し、実際に上 場する時点における市場環境等も十分見極めた上でその導入について 改めて判断していく必要性も認められよう。

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Who Monitors a Judge (in Tennis and others)?

昨日は延々とテニスのUS Openの話なんぞ書いたんですが、このブログの普段のテーマ的にみて今回のUS Openについて興味深かったのは、Challengeと呼ばれている(※)システムです。

大ざっぱにいうと、コートサイドの線審によるIN/OUTの判断に対して、プレイヤーが異議を申し立てると、その打球の軌跡がCG処理されてスクリーンに映し出されて、線審の判断を争えるというシステムです。
といっても無制限に異議を出せるわけではなく、1セットにつき各プレイヤー原則2回まで(タイブレークになると1回追加。異議が正しかった場合には(判定が覆った場合には)、その回数は減算されない)になっています。

US Openの公式サイトには、このChallengeに関する統計も掲載されているのですが、13日目までにチャレンジ総数が130回(男子)/53回(女子)で、線審の判定が覆されたのが38回(男子)/19回(女子)で、チャレンジ成功率が29.32%(男子)/35.85%(女子)、1試合当たりの平均チャレンジ数が3.42回(男子)/1.71回(女子)となっています。

これを見て誤審を多いと評価するか少ないと評価するかは難しい問題ですが、①プロのテニス・プレイヤーがチャレンジするのは余程自信がある場合だということと、②平均チャレンジ数にチャレンジ成功率をかけた1試合当たりの誤審数(※2)は1.00(男子)/0.613(女子)であること、③1試合当たりの平均ポイント数は217.6(男子)/134.9(女子)であることを考慮すると、相当に正確といっていいのではないかという気がします。(今日の男子準決勝の試合でも解説者が30%しか判定が覆らないというのは驚きだという話をしていました)

これだけなら、「テニスの線審って凄いね!」で終わってしまうわけですが、昨年のUS Openでは、(どっちか忘れてしまいましたが)ヴィーナス姉妹のどちらかの試合でミスジャッジが多発してちょっとした騒ぎになったりもしたわけです。
あの試合が特殊ケースだったとか、その試合でも今年のUS Openと同様の判定システムが導入されていれば(※3)意外と判定は覆らなかったという可能性も当然棄却できないわけですが、もう一つの可能性として考えられるのは、プレイヤーからの異議申立てシステムそのものが審判の判定の精度を高めたというものです。

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Tips of US Open (Tennis)

月曜日の夜にUS Openに行ってきたのですが、今年でNYを離れることもあって、もう一度最後に見てみたいなぁと思っていたのですが、ちょっとした巡り合わせで、間近でトッププレイヤーのプレイを見るチャンスがあったので、今回は、そんなTipsを。

Evening Sessionに行った月曜日は快晴だったのですが、その翌日の火曜日は、一転してじとじととした雨。
今年のUS Openは9日目までのうち6日は雨と天気に呪われてしまい、火曜日もメイン・スタジアムでの1試合が終わったところで雨脚が強くなって後の試合は延期・・・その時点での天気予報では、火曜日は夜までは天気は持ち、水曜日は一日雨ということだったので、予報は外れ・・・それをテレビで見ていて、ふとあることを思いつき、急遽翌日のDay Sessionのチケットを入手。
しかも、水曜日のDay Sessionについては、AMEXの会員向けに正規料金の半額で入手可能な分が残っていたので1枚30ドル弱で入手。もちろん、席はメイン・スタジアムの遙か上の方、選手の表情なんかはとても見えない場所ですが、それは気にせず。

結局、火曜日はそのまま一日中雨で残り試合は全て順延。

・・・で、順延するとどうなるかというと、日曜日決勝というスケジュールをずらさないために、翌日に試合が詰め込まれます。

そうすると、本来はメイン・スタジアムで行われる予定の好カードも、二番目に大きいコート(Armstrong Stadium)で行われます。これが一つめの肝。

そして、基本的にはArmstrongも前売りの指定席なのですが、10日目、つまり水曜日からはQuater Finalの試合は全てメイン・スタジアムで組まれるため、Armstrongでは指定席は販売されません。となると、早い者勝ち。これが二つめの肝。

三つめの肝は天気。火曜日の昼時点の予報では水曜日は一日中雨、降水確率80%だったのですが・・・NYに2年も住んでいると、当たらない天気予報とどう付き合うか多少は学習します。
基本的にアメリカの天気予報というのは、周辺の雲の流れから天気を予報しているようなのですが、その精度は大変に悪く、「晴れ時々曇りところにより雷雨」なんていう無茶苦茶な予報もザラ。
ただ、私なりに発見したのは、予報の「外れ方」は「早いか遅いか」・・・つまり、週間予報が前倒しになるか後ろにずれ込むかというパターンが多い・・・と、本当にこれに法則性があるかどうかは知りませんが(単なるheuristic biasの可能性も高いのですが)、今回の場合は、予定よりも早く火曜の昼から雨になったということは、雨雲は早めに去って水曜日は天気が回復する(木曜日が晴れ予報だったので)と踏みました。

・・・で、この3つが見事にはまり、水曜日は朝こそちょっと曇りだったものの昼頃からは陽射しがきついぐらいの好天(前日の降水確率80%予報は何だったんだという話ですが)。
その好天の中、これまた狙い通り、試合開始直前にArmstrong Stadiumに到着し、Court Sideの前から8列目の席を陣取り(※)、丸一日好カードを堪能することができました。

一言で言えば、雨の日の翌日のDay Sessionと大会10日目(Armstrongの指定席が解除される)は狙い目、あるいは、天気に恵まれないUS Openは安くでいい席をゲットするチャンスではないかと思った次第です。

で、以下は当日見た試合についてテニス素人の分際で好き勝手書いている観戦記ですので、興味のある方だけどうぞ。

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貸金業法改正の迷走

貸金業法改正の全容が明らかになったと思ったら・・・

貸金業法改正案、自民が結論先送り 特例金利に批判噴出(asahi.com)

貸金業の金利引き下げ問題で、自民党の金融調査会や法務部会などの合同会議は7日、時限的な特例の高金利融資などを認めた金融庁の貸金業規制法の改正案を 協議したが、特例金利の存続期間などを巡って批判が続出したため、結論を持ち越した。11日の合同会議で再協議する予定だが、金融庁案が修正される公算が 大きくなった。・・・
この日の合同会議では、議員から「灰色金利の撤廃が遅すぎる」「全体的に期間を短くするべきだ」との批判が相次いだ。また、金利引き下げに前向きな議員からは「特例が規制の抜け穴になる」と反対する意見が出た。
一方、金利引き下げに慎重な議員も「特例は制度を複雑にする」として、段階的な金利の引き下げを求めた。このほか、利息制限法の金額区分を物価上昇を考慮して5倍に引き上げる案にも「利息制限法は変えるべきでない」と反発の声が出た。
金融庁は、特例金利の容認や期間について「急激な金利引き下げで借りられなくなる人が出る可能性がある」「業者のシステム整備などに時間がかかる」と説明しているが、了承を得られなかった。

今年1月の最高裁判決のロジック(返済のインセンティブを与えるための延滞利率も「任意」ではないとした)に驚きを覚えたことから継続的に関心を持ち始めた貸金業法改正論議ですが、今回のこの改正を見ていると、日本の政策決定メカニズムの抱えている課題が非常に明確な形で浮かび上がっているように思えます。

これまでにも論じてきたように、私自身は上限金利引下げ(※)には依然として賛成できませんが、たとえ結論として上限金利が20%になったとしても、そのロジック自体に一応の合理性があり、そのロジックが事後的な政策評価によって検証され得るものであれば、一度その方向へと舵を切ることもあり得るかも知れません(※2)。

しかしながら、今回の貸金業法改正の過程では、金利引下げによって多重債務者が救済されているロジックが十分に検証されないまま、どちらかといえば「消費者金融業者が高金利で消費者をむさぼっている」というイメージや、実際に存在する多重債務者が高金利に苦しんでいるというそれ自体は単なる状態の叙述に過ぎず金利と多重債務の因果関係を示すものではない事実(※3)に依拠して金利引下げが議論されてきたように見受けられます。

元々がロジックによらないものであれば、少しでも立場の違う人間を説得するにも論拠に乏しく、また、どこまでが許容範囲かという線引きも明らかにはなりません。
今回の迷走は、元々の政策立案過程におけるロジックとデータの積み重ねがおろそかであったことの裏返しのように思われます。
ましてや、検証すべきロジックもデータも存在しない政策については事後的評価やフィードバックを望むべくもありません。


・・・と、最早ロジックの世界でも何でもない政治家の宣伝活動のためのアドバルーン化(※4)してしまった貸金業法問題を傍目に見ながら、この問題に対する自分の関心が急速に冷めていくのを感じるのでした(・・・と、放置してある昔の記事の続きをさぼっているのを正当化してみたりする) 

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貸金業法改正案の全容?

昨日は、Labour Dayというアメリカでは夏の終わりの象徴となる休日でしたが、久々に天気もよかったので、昼間は買い物がてらチャイナタウンまで足を伸ばし、安い・汚い、でも美味いチャイナタウンの店で昼食をとり、夕方からは、NYの夏の終わりの風物詩US Openへと足を運びました。

テニスについては何も知らないに等しいんですが、何でも敷居の低さがアメリカのいいところで、会場も気持ちのいいところなので、一昨年も去年も一度は足を運んでいるので、今年も一度はということで、夕方からのセッションへ。

これまた毎年恒例なんですが、スタートが日没の7時半頃からで男女2試合なんですが、ちょっと長引くと12時を過ぎるのはザラ・・・ということで、昨日は男女ともフルセットまでもつれ込んだので、終わったのは1時少し前。
そこから地下鉄で家に帰り着いたのは2時・・・ということで、昨日、次の記事を見かけたのですが、とりあえずクリップだけしておいたものなので、速報性は全くありませんが・・・

灰色金利、過払いは「任意」を明記 貸金業法改正案(asahi.com)

貸金業の規制強化に向けて、金融庁が自民党金融調査会に提出した貸金業規制法などの改正案の全容が明らかになった。利息制限法の上限金利を超えるグレー ゾーン(灰色)金利については、撤廃までの3年間、超過分の支払いは義務ではないことを契約書に明記させる。借り手にとっては任意の支払いとみなされ、あ とで返還請求が難しくなる懸念がある。このほか少額・短期の融資に特例で高金利を認めるなど、業者側への配慮が目立つ。一方、借り手1人あたりへの貸付総 額は「年収の3分の1」という新たな上限を導入する。

ということなんですが、何だかコメントが難しいですね。
一言で言えば、玉虫色というか弥縫策というか・・・将来の政策立案につなげることが極めて難しい制度になってしまった感があります。

そもそも、少額・短期融資特例といわれているもの自体、どういうものになるのかよく分からないところがありますが、既に他に借入のある人を排除する制度という噂も聞きますし、そうだとすると、実際にはほとんど使われない可能性もあるとすれば(※)、私のように上限金利引下げによる供給不足を懸念する人間にとっては、供給サイドのボトルネックの緩和には余り意味がないような印象も受けるところ。

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友野典男『行動経済学』

これも各所で話題となっている友野典男『行動経済学~経済は「感情」で動いている』を読了。


新書ということで、かなり一般の人向けに書かれているものを想像していたのですが、いい意味で裏切られました。

今年の前半にロースクールでBehavioral Law & Economics という授業をとって、関連論文も色々と目を通したりしたので、一つ一つのバイアスについては馴染みがあるものが多かったのですが、その全体的な位置付けについては非常に掴みにくいと思っていたので、研究の歴史的経緯にも触れながら(※)、それぞれのバイアスを直観的にも分かりやすい形で提示している本書は、非常に参考になりました。

新書で値段も手頃ですし、多くの方に触れて欲しい本であることは間違いないのですが・・・ちょっと微妙な感覚を持ったのは、筆者が折りに触れ批判する「標準的経済学」について、そのバックグラウンドを欠く人々は、この本を読んで、「標準的経済学は現実には存在しない「ホモ・エコノミカス」を前提としてモデルを構築しているものである」という、それ自体は、ばりばりの「標準的経済学」の論者ですら(おそらくは)争わない事実を基に、「『ホモ・エコノミカス』を前提としたモデルは、実際には役立たない」という、「経済学全否定」論と等値してしまうんではないかという点です。

経済学者ではない私がいうのも何ですが、よき経済学者は、元々モデルは不完全性なものであることをよく知っています。その上で、モデルによる予測が現実の行動を実用に耐えるレベルで説明しているかは、実証の問題として、計量経済学の分野が発展し、そこで得られたモデルと現実の乖離を説明する因子や理論が、また検討されてきているわけで、本書でとりあげられている「信頼」の機能や限定処理能力は「標準的経済学」の道具立てでも有用な研究がなされています。
実際、著者がそうした「標準的経済学」の系統からの業績を否定しているわけではないことは見て取れますし、「行動経済学」の体系の設定自体が、「標準的経済学」の枠組みに依拠していることや、「経済学」が現実の政策決定のための学問として役に立つことを否定はしていないわけで、この本を読んで、「だから『標準的経済学』だけでは不十分だ」と言われれば本望でしょうが、「だから『標準的経済学』は不要だ」と言われてしまうと著者も面食らうんではないかと思うんですが・・・何となく、その辺りの誤解を招いてしまわないかなというのも、新書なだけに気になったところです。

と、その辺りを注意した上で、私と同業の法律家にこそ、この本は読んで頂きたいという気がしました。

それは何故かといえば、例えば、「公正」とは何か、「処罰」は人間の行動にどういう影響を及ぼすのか、あるいは、そもそも「法」や「規範」とは一体何なのか・・・日々それを取り扱わなければならない法律家の下地となる「法学」の領域で、「標準的経済学」と「行動経済学」の論争に匹敵するような真摯な掘り下げがなされているのかどうか・・・

隣接分野である経済学の貪欲さと比べて、「法学」とは何かを省みる機会を与えてくれる一冊ではないかと思います。

 

(※)もっとも、この本では、心理学との関わりについては日本人研究者も凄かったというお話が抜けているんじゃないかとうい点は、田中秀臣先生の補注が参考になります。(私も全く存じ上げませんでした。勉強します)

遵法闘争の前に証拠づくりはいかがでしょう

先日「悪法への挑戦と戦略」にコメントを頂いた新小児科医のつぶやきのyosyanさんが、その後、「遵法闘争の方が前向き」、「やっぱり勝算は乏しい」というエントリーを立ち上げておられます。

法的にいえば、今回の件で厚労相の通達を直接に訴訟対象とすることは、行政訴訟における有名なハードルの二つである原告適格と通達の処分性の問題があるために難しいことは確かなののですが(※)、たとえ、実際に訴訟という形で争えなくても、今回捜査された医師の方や、今後、何らかの不利益処分を蒙った方のために、側面支援的に医師の方ができることは色々とある気がします。

もちろん、署名や訴訟費用のための募金といった直接的な支援もあるのでしょうが、弁護士の立場からすると、「証拠づくり」の面でのサポートというのが非常に重要です。

裁判官、検察官、弁護士という実務法曹は、「主張」と「立証」というのを、かなり厳格に分けて考える思考法を持っています。
なので、いくら「言い分」(=主張)が正しくても、それが「証拠」で裏づけられない限りは、その言い分を正しいものとして受け容れません(※2)。
余談になりますが、「裁判所は世の中を理解していない」という批判がなされるときに、時々、この「主張」の問題と「立証」の問題の混乱が原因になっているんじゃないかと思うものも見られます。例えば、「言い分」はもっともかも知れないけど、それを裏づける「証拠」を提出できなかった場合に、裁判所が、その「言い分」自体を理解していないかのように扱われる場合ですが(※3)。

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神田秀樹『会社法入門』

さて、既に各所で話題になっている神田先生の『会社法入門』ですが、この本も日本から送ってもらうのを心待ちにしていた本で、評判以上の面白さに一気に読み終わってしまいました。

Kanda_Kaisyaho_Nyumon

 

アマゾンのレビューなどを見ると、巷にあふれかえっているあんちょこ本と同じレベルで評価しようとしている人もいるようで、それを見て、大学院時代に岩原先生が院生向けに開講した『アメリカ会社法の基礎』というゼミを受講しながら、そのレベルの高さに、兄弟子と「この『基礎』は"Basic"じゃなくて、"Fundamental"のことだったんだ・・・」と話し合ったのを思い出したりしました。

これは、まさに「入門」書ですが、その「入門」の意味は、これから「会社法」という領域に、学問的に、あるいは、実務的に足を踏み入れていく人に対して書かれたものです。

実際、あんちょこ本や単なる解説本を、一心不乱に読み耽るほど、私はマニアではありません(笑)。
山のようにある商事法務の会社法関連記事や会社法の解説書に、帰国前に目を通さないといけないかと思うと憂鬱な気持ちになるんですが、この本が私を引き込んだのは、会社法の今の立ち位置と、これから会社法に携わる者が直面しないといけない問題が、まさに簡にして要を得て提示されているからです。

今までお世話になったり論文を拝見している中で、私なりの神田先生に対するイメージというのがあって、その中で非常にひょうひょうとした方だというイメージがあったのですが、この本からは、非常にストレートな熱さを持ったメッセージを感じました。

どの辺りがそうなのかは、ある程度、会社法そのものに対する理解や今回の会社法成立の過程についてのバックグラウンドの知識がないと分からないかも知れません。
ただ、第2章から4章の解説部分だけでも、これだけの(少ない)ボリュームに、あれだけ整理された情報が入っている類書は、ちょっと期待できないところです。会社法について、これまで余り学んだことがない人でも、2章から4章を丁寧に3回ぐらい読めば、かなりイメージがつかめるんじゃないかという気がします。

その上で、第5章を読み、その後で第1章に戻ると、この本の味わいの深さが多少なりとも分かってくるんではないでしょうか。入門書にもかかわらず、行間に込められたものの深さはさすがに神田先生で、するめのように噛めば噛むほど味が出るんですって、いや、本当に。

・・・と、抽象的な話ばかりになってしまって申し訳ありませんが、具体的なところでも、非常に興味深い話がところどころあって、それは、また別途とりあげるかも知れません。

何れにせよ、会社法の世界に「入門」したいと思っている方には、是非お薦めしたい本ということで(・・・って、多分、このブログを読んでいる方の多くは、私よりも前に読み終わっているんでしょうが・・・)

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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