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ペッキング・オーダーの「もやもや」

月曜日のCorporate Financeのテストは、一応終了したんですが、手応えが前回ほどはなく・・・まあ、βを使った残差の推定方法の基礎やイベント・スタディの基礎なんかはつかめてきたんで、NPVの計算に終始した前回よりは「実」はあったので、よかったということにします。
ところで、Corporate Financeの世界は、非常にパラドックスの多い世界なんですが、その中でも個人的に未だに納得した説明を見たことがないのがペッキング・オーダー理論のパラドックスです。
・・・そもそも、何でペッキング・オーダーの話を突然持ち出したのかといえば、toshiさんが「内部留保と企業価値」に関して研究してらっしゃるというのを書いていらっしゃったからです。文面からすると、かなり実証的な方向からのアプローチをしてらっしゃるようで、成果が公表されるのが非常に楽しみなんですが、理論的にみても、「なぜ企業が内部留保をしたがるのか?」というのは、いろいろと謎が多いところです。
・・・というわけで、その「内部留保」に関するファイナンス理論で、一応、今のところ標準的に受け入れられている「ペッキング・オーダー理論」について、私がいっつも感じている「もやもや」を、なるべく分かりやすくというのが今日のテーマです。
「内部留保」に関するファイナンス理論として、古典的なのは、モジリアーニ=ミラーの定理という奴があって、詳しいことははしょりますが、一つの含意として、企業レベルでの法人税効果を考えれば、負債利子は益金から控除されるので、企業の資金調達は負債を用いた方が有利であるというのがあります。
これからいくと、「内部留保」というのは、一種の「株主資本」なわけですから、資金調達は内部留保でやるよりも、節税効果のある負債を用いた方が好ましいという話になります。


また、もう一つの見方として、もし有効な(つまり、NPVのある)投資プロジェクトがない場合には、内部留保を株主に返した方が、株主はその資金をより望ましいプロジェクトに使えるから好ましいというのもあり・・・そうすると、内部留保は望ましくないという結論になりそうです。
ところが、実際には、米国でも資金調達の中心は内部留保が一番多く、負債比率は低いという結果があって、この現実との間で最初の「パラドックス」が起きるわけです。ちなみに、米国の負債比率は世界的に見ても低い水準にあり、特に日本企業に比べると遙かに負債比率が低い(=内部留保率が高い)ことになっています。なので、「内部留保を株主に返還すべき」というのは、別にグローバルスタンダードとかアメリカ流というわけではなく、あくまで「アメリカで発達したファイナンス理論の一つの見方」に過ぎません。
で、話を戻すと、何で内部留保を高めるかというと、経営陣と投資家の間で「情報の非対称性」があって、要するに会社が「株を発行したい」という時は、(a)株が割高な状態だと経営陣が判断した時であって、(b)投資家は「経営陣が株が割高な状態だ」と判断したと予測して、株式に対する評価を下げる(株を売却する)ことになる。そのために、(c)株式の発行は、株価を下げてしまい、(d)結果として、経営陣はそうした「情報の非対称性」の心配のない内部留保で資金調達を行うということが言われています。(負債についても、同じような理由で、負債よりも内部留保が好まれると言われています。)
実際、資金調達のパターンには、内部留保→外部資金(負債→株式)という固定的な順序(ペッキング・オーダー)が観察されるので、これはペッキング・オーダー理論などと呼ばれて、上に書いたモジリアーニ=ミラーの定理から生じる「パラドックス」を解消する理論と言われているのですが・・・
どうも、私にとって、よく分からないのは、このペッキング・オーダー理論の前提として、「経営陣は株価が割高な時に株式を発行する」とされていることです。これは、「経営陣は(新株主よりも)既存の株主の利益を図るから」とされているんですが、法的にみれば、こんな動機付けは極めて怪しく・・・寧ろ、公募直後に株価が下がるような事態の方がよっぽど株主訴訟(証券訴訟)のリスクは高いんじゃないかと思うんですよね。もちろん、現実には、「株価が高いから新株発行のチャンス」と考える経営者は少なからずいるんでしょうが、これだと、何か投資家は極めて合理的だけど、経営者は非合理性であることを前提に構築されたモデルのようになってしまって、何かファイナンスの理論としては「美しさ」が足りない気がするんですよね・・・
もう一つは、「情報の非対称性」で新株発行で株価が下がる結果になる(上の(c))まで経営陣が予想したとしたら、ゲーム理論的にいうと、経営陣は「株価が下がる」という結果まで予測して行動し、更に投資家は経営陣がそう予想して行動するだろうと予想し、更に経営陣は投資家が経営陣がこう予想すると予想するだろうと予想して・・・・結局、(1)経営陣は「情報の非対称性」で投資家を出し抜けず、株価が適正な場合にのみ発行を行うという形か、(2)永遠にダウン・スパイラルに入っていく形の、どちらか一方で「均衡」してしまうんじゃないかと・・・これも、経営陣と投資家は、どちらも相手の手番を1回しか読まないという前提を置いてモデルを構築しているような感じで、何だか気持ちが悪いところです。
ここらについての、すっきりとした説明は、勉強不足で今まで見たことがないんですが、どうもいっつもひっかかるんですよね・・・どなたか、いい研究をご存じの方がいらっしゃったら教えて頂けると幸いです。

Posted by 47th : | 00:35 | Corporate Finance

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トラックバック時刻: 2005年12月01日 11:50

コメント

TBありがとうございました。

とんでもございません。本格的な研究をされている方に、取り上げていただくほどのものではございません。(^x^;)
ただ、村上さんを含め、報道機関が「内部留保」という言葉の解説もなく、ただ「悪いもの」のような印象で汎用されているのを聞いていると、「バブルがはじけて」という言葉を、なんの説明もなく汎用して「わかったような気分に浸っていた」あの1995年ころを想いだします。おっしゃるとおり、実証的な調査ということになりますが、「なんで調査するの?」といった動機のような部分につきましては、また近日中にエントリーしたいと思っています。

Posted by toshi : 2005年11月09日 07:19

Myers-Majluf (JFE 1984)のことですよね。オリジナルは読まれましたか?

一つだけ直感的なコメントをしておくと,「エクィティ発行により下落した価格は,『真の価格』(情報が明らかになった状態の価格)だ」ということです。で,経営者も投資家も,どっちも合理的です。

Posted by もりた : 2005年11月09日 09:15

”研究”を御所望のところ、素人考えで恐縮ですが、内部留保はプロスペクト理論で出てくるsカーブの右の方の評価関数の寝たところにある、リスクに鈍感なお金なので、Equity向きだって言う事ではないですか?

企業の内部留保って、株主から見るとカジノで増えたチップというか、パチンコの出玉というか、”自分の金”という意識が低く、(特に”一部を”)スッちゃってもあまり腹が立たない、逆に経営陣から見ると、裏目が出たときにあまり怒りを買わないですむ、資金なので、本能的にか、意識的にか、優先してEquity部分に充てているだけのような気がします。

限りなくアノーマリーな世界の話を、MMに対するパラドックスの説明に持ってきても、「もやもや」の解消にはつながらないでしょうか。
(あれ、これじゃ、ペッギングオーダー理論は間違いだといっているようなものですね。原典を読んですらいない、いや語学力の問題で読めない、素人が、こんな傲慢なことをいってはイカンですね。)

Posted by 獏 : 2005年11月09日 10:00

>もりたさん
去年、SSRNで読もうと思ったら、有料だったので、読んでなかったんですが、大学からなら読めるかも知れないので試してみます。
ただ、何か、84年の時点と、ストック・オプションの利用や証券訴訟がブームになった今では、取締役のインセンティブには違いがあるんじゃないかという気もするところです。
>獏さん
行動ファイナンス的な説明の付け方もあるのかも知れませんね。それはそれで、実証的にそうしたアノマリーが観察されるかを調べたりする必要がありそうですね。

Posted by 47th : 2005年11月09日 12:54

Myers-Majluf送信しておきました(っていいのか...)。
上に書いたように,モデル上は,
- エクィティ発行のアナウンスの瞬間に株価が下落し(「真実の株価」まで),そのequilibrium priceで新株発行がなされる
ので,①新株発行後の株価下落は発生するわけではない,②株価の下落が発生しても,それは,「真実の株価」が,時期的に早く明らかになっただけのことであって,代表訴訟の対象になるような株主の損害(既存株主)が発生しているわけではない,③ダウンスパイラルは発生しない,となります。
モデルの設定は,オリジナルにあるように,
- project/asset-in-placeのNPVのdistributionは一般に知られている
- time 0で,realized valueがmanager=old equity holderには判明するが,outside investorには判明しない
です。もちろん,前半の仮定はかなーり強い仮定。

それと,取締役のインセンティヴは,大きな問題です。オリジナルでも,"old shareholders"の"old"のところが,何度も繰り返し(←しつこいくらい)イタリックで出てきて,Myers-Majluf自身も,この点の現実性を強く意識していることが分かります(それでも,現実に存在するpecking orderをうまく説明できるから,モデルとしては上出来だ,と考えたのでは)。

Anyway, このペーパーで,エクィティ・負債と情報との関係とが明らかになった――エクィティは情報に反応しやすく,負債は反応しにくい――ことで,以後のファイナンス経済学には大きな影響を与えました(僕の「セキュリティ・デザインと法学」民商10月号(もうそろそろ日本で出ているはずでは)の最初の方に少しだけふれてあったはず)。

どうでもいい横やりですが,
> 企業の内部留保って、株主から見るとカジノで増えたチップというか、パチンコの出玉というか、”自分の金”という意識が低く、(特に”一部を”)スッちゃってもあまり腹が立たない、逆に経営陣から見ると、裏目が出たときにあまり怒りを買わないですむ、資金なので
というところは,僕にはちょっと理解不能ですねぇ。

Posted by もりた : 2005年11月09日 13:48

>もりたさん
ありがとうございます。
なるほど、「肝」は、客観的なバリューは「いずれは」明らかになる=タイミングの問題ということなんですかね・・・丁度、イベントスタディの方法論についてサーベイをしようと思っていたので、その練習もかねてオリジナルを読んでみます。

Posted by 47th : 2005年11月09日 14:37

獏さんのコメントは、まさに、ペッキングオーダー理論と内部留保の点で評価を異にするエージェンシー理論に沿ったものではないかと素人的に理解していたので、もりたさんの横やりが気になってしまいました。。。。

Posted by ぶらっくふぃーるず : 2005年11月09日 19:30

もりたさん
理解不能とおっしゃっているのが、ご指摘の部分で描写したメンタリティーそのものであれば、不合理な心の有り様なので、そう思われ方があるのも当然と思います。(というかそのほうが正常なのでしょう。)

申し上げたかったことが理解不能ということであれば、
下記のような比較の結果、経営陣が、内部留保による資金調達を選択しているのではないか、という意味です。
・(例えば設立時からの)株主は、営業報告書を見て、企業が順調な営業成績を収め、内部留保を積み上げた事を知っても、評価の基準を自身が行った出資に固定し続ける傾向がある。(かも知れない)
・事業の不振によって、内部留保が減少したとしても、それまでの順調な経営成績との通算して評価を行い、その結果が満足すべきものであれば、寛容な評価を下す傾向がある。(かも知れない)
・公募増資に応じた株主は、その後の経営成績のみを評価するので、公募増資により資金を調達した会社の、営業成績が不振で株主資本が毀損された場合、確実に厳しい評価を下す。
・経営陣にとっては、不幸にして営業成績が不振であった場合でも、(既存)株主による寛容な評価を受ける事を期待できる(可能性がある)内部留保による資金調達の方が、(新)株主により確実に厳しい評価受けざるを得ない、公募増資による資金調達より有利である。

いずれにせよ、47th様ご指摘の通り、実証的な研究/観察に支えられた議論ではないです。”気がする”レベルの思い付きです。

Posted by 獏 : 2005年11月10日 09:01

ただの横やりなのであまり深い意味はなかったのですが(感覚が分からないというところもあるのですが――内部留保にも資本コストは当然あるので):
- 株主が内部留保部分と資本部分を分けて考えるということは,その内部留保部分が蓄積される前からの株主しか存在しないということが前提で,その後に市場で株式を取得した株主のことは考えなくていい,という前提に立っているように見える(=株価は,エクィティ部分全体で決まるので,内部留保部分をディスカウントする形で決まるわけではない)
という点が,「理解不能」と書いた趣旨です。それってかなり不自然な(というより,経営判断原則で守られるにしても,クロに近い経営者の行動でしょう)assumptionに思えるのです。非公開会社で設立時からの株主しかいない,という状況を考えるのなら,問題は緩和されますが。

Posted by もりた : 2005年11月10日 09:21

もりた様

"理解不能"の意味するところについて、"もやもや"していましたので、明示いただきありがとうございました。

余り、ご興味もないでしょうが、申し上げたかった事を、おっしゃる文脈を考慮して、補足させて頂きます。

ご指摘の仮定は少なからず置いております。
設立以来株主構成が変わっていないというような状況は、非現実的に過ぎますが、(PBRが常時1のマーケットを想定すればの話ですが)長期保有の株主にとっては、自身の株式取得後の内部留保は、"勝ち分"なので甘い査定が期待できる(可能性がある)ことになります。又、確認したわけではないですが、上場企業の株式はそこそこ長期保有されているのではないかという前提です。(イメージ的には、時価総額ベースで上場企業の今日現在の株主の保有期間の平均(メジアンでも良いです)で、5年とかそれ以上とか)

付言すれば、海外の事情は存じませんが、日本では、経営者は短期の株主の利益を意図的にに無視するかの如き発言を行っていますし、謂所"有識者"もこれを、応援乃至黙認していますので、社会通念として、そもそも短期株主の利益は無視して良いことになっているのではないでしょうか。(本パラグラフは。今考えました)

経営陣の意識の上では、
・内部留保は自分たちの貢献によってつみあがった(株主の)金(=最悪スッても割と許される。)。
・最近勝手にマーケットで高値で株を買った奴の事なんか知らない。
・公募増資したら、これに応じた新株主に対して責任が生じる。
となっているように思います。

あくまで不幸にして営業成績が悪かったとき保険の話で、経営陣がプルーデントに株主の利益を追求している前提でも、成り立ちえる議論と思っています。

Posted by 獏 : 2005年11月10日 10:58

一点追加。

確かに,短期株主よりも長期株主優遇というのは一般的ですが(例えば,USでも,long term capital gain tax rate 一点追加。

確かに,短期株主よりも長期株主優遇というのは一般的ですが(例えば,USでも,long term capital gain tax rate

(ちなみに,獏さんhypothesisを検証できる枠組みが作れるかな,とちょっと考えてみましたが,難しそう)

Posted by もりた : 2005年11月10日 15:03

不等号入れたら,タグと解されてか,途中で切れてしまったので,もう一回書きます。

long term cg tax rate < short term cg tax rateという形で,長期保有のインセンティヴを与えている),「最近株主になった者」と「短期株主」はイコールではありません。例えば「今日,蕪を買ったのだけれど,これから10年間保有するつもりです」という人もいるので。もちろん,correlation(現在までの保有期間 - 長期性)はありますが(なんか,hazard model regressionのright side truncationみたいだ)。

Posted by もりた : 2005年11月10日 15:07

おお、ちょっと放っている間に凄いことに^^;
直接的ではないんですが、「長期保有の株主が多い」≒「株主の所有割合が集中している」という前提を置いて(この前提自体の妥当性も検討しなくちゃいけませんが)、資金調達における内部留保の割合(これも、具体的にどう出すかは難しそうですが・・・)を、保有の集中度(HHIみたいに上位大株主10人の保有割合の二乗の和を使うとか)で説明できるかを見てみるのも一つの手かも・・・と、思ったけど、機関投資家の投資先選定の選定基準でバイアスがかかっていたりしそうなんで、相当慎重にやんないと難しそうですね・・・うーん、実証研究は難しい。

Posted by 47th : 2005年11月11日 01:37

”検証を経たものでは有りません”って、言いだしっぺが開き直っているのに、検証する方法を考えてくださる、もりた様、47th様の姿勢に感動すると主に、大いに反省しております。
そうですよね、検証不能な"仮説"というか"思いつき"というかでは、寝言ですね。
ない知恵を絞って検証できる方法がないか考えて見ます。

>「最近株主になった者」と「短期株主」はイコールではありません。
確かにそうですね。
そもそも、そうでなければ、短期株主の利益を意図的に無視する、と同時に、公募増資に応じる株主(保有期間=0)には責任を感じるという、私の想像している、経営者の頭の中身が、思いっきり支離滅裂になってしまいますね。

Posted by 獏 : 2005年11月11日 08:52

 
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