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証券取引と民法95条適用の可否 (1)

UBS「契約無効」で返上打診 誤発注巡る巨額利益 (asahi.com)

みずほ証券による誤発注問題で、約120億円の利益を出したUBSグループが「契約の無効という形で利益を返上できないか」と日本証券業協会などに打診していることが、明らかになった。同協会は利益を得た証券会社が日本投資者保護基金に自主返上する形で決着を模索しているが、「それでは海外の株主に説明しにくい」というのが打診の理由とみられる。ただ、今回の取引を「契約無効」と見なすのは法的に難しく、調整にはなお時間がかかりそうだ。
(中 略)
関係者によると、同グループは返上方法として基金への拠出ではなく、もともとの売買契約を無効にすることを要望しているという。いったん確定した利益を「世論」や「業界団体から要請」に応じる形で返上した場合、海外の株主に対して合理的な説明が難しいと判断している模様だ。

契約を無効にする場合、民法の「錯誤による契約」にあたることを理由にするとみられ、一般的な取引でも、売るつもりのないものを取り違えて売ってしまった場合などに適用される。

ただ、無効が成立するためには、売った方に重大な過失がないことが条件になる。専門家は「異常を知らせる警告を無視して発注したみずほに重過失がある可能性が高く、無効が成立するのは難しい」(野村修也・中大法科大学院教授)とみている。

仮に、契約無効が成立するとなると、特定の投資家の契約だけでなく、個人を含むすべての投資家との契約が無効と見なされ、UBS以外でも利益の返上の義務が生じることになる。実現は困難な状況だ。

もうやめておこうとも思ったのですが、一度自分の頭を整理する意味で、ちょっとこの問題について、問題の所在を整理してみる気になりました。ただ、論点は多岐にわたるので、少しずつやっていきましょう。
ただし、私の手許には日本の民法、商法総則、証券取引法の文献は一切ありません(江頭先生の会社法ぐらいはありますが^^)。なので、これから書くことのほとんどは、おぼろげな記憶が頼りです。なので、その辺りは割り引いていただき、また、思い違いがあったら遠慮なく指摘していただくということで宜しくお願いしたいと思います。


証券取引における民法適用の可否

まず、基本的なところとして、証券取引において民法の意思表示規定の適用があるかという点ですが・・・証券取引も売り手と買い手の意思表示の合致の上で成立する売買契約であって、民法の意思表示規定の適用を排除する規定がない以上は、原則どおり適用はあると考えられます。ただ、いくつかの疑問も出てくるところです。

証券取引の「匿名性」

証券取引は取引所という「場」において時間優先・価格優先という取引所のルールに従って行われるため、基本的には、相手を選ぶことはできません。「基本的には」と書いたのは、にもかかわらず、クロスや時間外取引を用いることによって、実質的に相手を選んだ取引は可能だからです。
また、相手を選ぶことができないということは、取引を事後的にトレースすることができないという意味でもありません。私も実際の取引所のシステムに精通しているわけではありませんが、少なくとも証券会社レベルでは、どの売りとどの買いがマッチしたのかは、後でトレースができるようになっているのではないかと理解しています。
その意味では、証券取引の「匿名性」というのは、イメージでとらえられているほどに絶対的なものではないように思われます。これは、次に述べるように、証券取引法の構造上、事後的な取引介入が予定されていることとも密接に関連しているのではないかと思われます。

取引所取引の「安定性」

理論的には、「無効」「取消」といった法的効果(救済)の手法と「違法」「適法」という判断は分離して考えることが可能で、実際、証券取引法の中では、いくつかの取引については「違法」という評価を下して、当該取引の効力を「実質的に」否定することが行われています。
典型的なのは、いわゆるインサイダー取引ですが、たとえ市場を介した取引であっても、インサイダー情報を用いた取引については、インサイダーから収益を剥奪し、刑罰を科すという形で取引の効力を実質的に否定しています。より一般的にいえば、証券取引法157条以下の規定は、一定類型の取引については、市場での取引であっても、これを違法と評価して、その効力を「実質的に」否定しています。
この違法認定→実質効果否定の過程においては、当然のことながら、個別の取引の態様について主観的なものも含めて検討・審査され得ます。
その意味で取引所取引の安定性は固よりそれほど絶対的なものではありません。アメリカほど執行が盛んでないので目立たないわけですが、今回のようなシステム的な誤発注がない事案でも取引の効力というのは意外と絶対的ではありません。

有価証券の特殊性

もう一つ取引所取引が有価証券であることから特殊という面があるのではないかという話もあるようです。
これも分析的に考えてみると、それほど強い話ではありません。まず、成約と決済との間には、今でもタイムラグがあるわけで、決済が完了するまでの間は、取引当事者の間にあるのは債権的関係(証券の引渡請求権・義務)であって、通常の取引と変わるところはないように思われます。
その意味で、有価証券としての特殊性が現れるのは、あくまで決済が完了した後の話であって、決済完了前の処理については、必ずしも有価証券としての特殊性は問題とならないのではないかという気がします。
もう一つは、よしんば有価証券が決済され、更に善意の第三者に譲渡されたとしても、だからといって元の取引の効力が有効になるわけではないことです。
善意取得の保護効は、あくまで、「善意の第三者」のみに及ぶものであって、元々の取引当事者間の債権債務関係に影響を与えるわけではありません。簡単にいえば、種類物の売買で、売り渡したその物が第三者の手にわたっても、同種同僚の物が入手できるのであれば無効・取消後の原状回復は容易ですし、仮に、原状回復ができない場合には、それに代わる金銭的回復がなされるわけであって、有価証券だから、元々の当事者間の取引の効力が強く保護されるべき理由にはなりません。

とはいえ、実際には・・・

というわけで、あくまで理屈の世界では、証券取引に民商法の意思表示規定を適用することができないということはないように思われるわけです。
とはいえ、実際のところには、いくらログを辿れば分かるといっても、通常の場合、取引当事者を特定して、その主観的要件を問題とすることは、現実的には大変なことで、普通の場合は、そんなこと誰もやろうとしないわけです。
ただ、普通ではない場合に、それだけのコストをかける価値があるということで、当事者が無効・取消を主張しようとする場合には、それを禁止することが法的にできるかというと・・・現行法には、そうした根拠は見あたらないと思われます。
(ちなみに「こうした試みを禁止すべきか」という問いに対しては色々な意見があるとは思います。私自身は、「法的に禁止できないし、また、禁止すべきではない」という立場に立っていることは、これまでのエントリーで明らかかと思います。)
・・・と、これだけでも、相当長くなってきましたので、ひとまず、こんなところで。
(しつこいようですが、手許には民法の文献も証券取引法の文献もなく、記憶が頼りなので、私の思い違い等あればご指摘頂けると助かります<(_ _)>)

Posted by 47th : | 00:08 | Securities

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トラックバック時刻: 2005年12月18日 12:21

コメント

こんにちは。TBありがとうございました。
UBS証券が利益を返還するにあたって、「代表訴訟のおそれ」をどう、かわすのか、そしてみずほ証券の「錯誤無効を主張できるのか」までは問題を提起できましたが、このふたつが関連してくるところまではちょっと想定外でした。またまた、47thさんの分析に納得したような次第です。
昔、司法試験を受験したころに勉強した鈴木手形法の「創造説」(47thさんなどはご存知ないかもしれませんが)や、最近議論されております信託法改正における「信託宣誓」のように、民商法といいましても、現実の問題を解決するための道具だと思えば、かなり変容させて使用することも可能だと思いますし、証券市場といった高度に取引のシステムが複雑な世界においても適用は可能ではないか、というのが私の意見です。
私も、いま朝日のニュースを見たばかりですので、また事実関係が明確になりましたら、続きのエントリーを書いてみたいと思います。
そういえば、オフ会をされるのですね。またご報告を楽しみにしております。

Posted by toshi : 2005年12月18日 04:50

>toshiさん
「創造説」は勿論知ってますよ^^
受験時代は手形・小切手は刑法と並んで好きな科目でした。直接に役立つかどうかというよりも、あの理論的精緻さと事案毎の利益衡量の微妙なバランスは、法律家にとって非常に重要なセンスのひとつなんではないかという気がします。
何だか、証券市場に事後的な介入はすべきでないという風潮?に対して、結構な違和感を感じてしまっており、引き続き色々と考えてみるつもりですので、これからもどうか宜しくお願いいたします。

Posted by 47th : 2005年12月19日 00:21

さすがに47thさんは議論は視点が斬新ですね。証券取引についても民商法の適用が排除されない、という点は基本的に賛成です。他方、証券市場での取引に同じようにその原理がそのまま変容されることもなく適用されると考えるのは不適当と小職は考えていますので、どのようにそれが変容されるか、されるべきか、という観点での議論があると面白いと思います。
さらに、市場慣行としては、取引参加者がそのような証券の特殊性を前提として、通常の商取引とは異なる面のある取引形態として参加している面があることを無視することはできないのではないでしょうか。慣習法と呼ぶか、事実たる慣習と呼ぶかなどの面はさておき、実態面をふまえた法規範性についても考えておく必要があるはずでしょう。それを一概に証券取引について、一方的に「特殊性はおかしい」と断ずるのはいかがなものでしょうか。

現在なされている議論は、双方ともちょっと極端な面があるように思っています。その点、いいところをついているんだけど、まだしっくりこない、違和感があるのは否定できません。
これからの議論の進化・深化に期待しています。47thさんの今後のご意見にも大いに期待し楽しみにしています。

P.S.
夢真対日本技術開発の株式分割の件で、東京地裁決定の中で、裁判所が「公開買付制度に関する証券取引法の規定は,あくまで株式等の大量買付けを行うことに関する取締法規にすぎず,未だ公開買付制度そのものが民法90条にいう「公の秩序」を構成しているとはいえない。」と述べている点、違和感があったのですが、どう思われますか。公序良俗違反という90条の枠内に入れたのが適当であったかの問題はあるでしょうが、公開買付の規制に違反しても取引は有効ということもおかしなもので、取締法規という考え方はそぐわないように思っています。証券取引法には業者規制や技術的な規定もあるので、その場合に取締規定ということはあっても、としているがそうであっても、公開買付規制についてこの考え方はないでしょう!と思わず叫んでしまいました。。。あまりどなたも論じていないようです。

Posted by 辰のお年ご : 2005年12月19日 19:03

>辰のお年ごさん
コメントありがとうございます。
ご存じかと思いますが、アメリカでは証券取引自体にもコモン・ロー法理の適用があるとしながら、具体的な要件の認定レベルで証券取引の特殊性が配慮されています。日本でも、そうした意味で「通常の」証券市場取引に関しては意思表示規定の適用の要件が満たされないことが多いのだろうと思います。ただ、そのことと、要件の充足の主張・立証が可能な事案まで排除することは別の問題ではないかと思っています。
逆に、公開買付規制については、取締法規→90条という枠組でいいのではないかという気がしています。というのも、公開買付規制違反自体は、さまざまなレベルで生じ得る話であり、取引の効力に及ぼす影響の強弱を勘案して濃淡がつけられているわけでもありません。例えば、1/3ルールを潜脱して行った市場買付を公開買付規制違反ということで無効にすることには意味がないはずです(1/3ルールが買付機会を与えられなかった株主への保護が目的だとすれば、実際に売却できた取引を無効化することは意味がないので)。逆に、公開買付届出書自体の記載は適切であっても、記載事項でないことについて誤導的な内容をプレスに話し、株主がそれを信頼して取引した場合には、民法96条の適用による取消の余地を考えていいのではないかと思っています。
お尋ねの趣旨を正解していなかったら、お許し下さい。

Posted by 47th : 2005年12月20日 11:13

残念ながら、ご趣旨がクリアでありません。

質問1
「公開買付規制については、取締法規→90条という枠組でいいのではないかという気がしています。というのも、公開買付規制違反自体は、さまざまなレベルで生じ得る話であり、取引の効力に及ぼす影響の強弱を勘案して濃淡がつけられているわけでもありません。」このロジックが私にはどうつながるか、理解が難しいです。もうちょっと、分かりやすくご記述いただくと助かります。

質問2 
公開買付規制は取締規定で強行法規性がない、という裁判所の考え方に賛同されるということですか?

質問3
47th さんの回答では、常に有効でないような表現がありながら、公開買付け規制の違反とは異なる場面の議論を提示して、民法96条での取り消しを述べておられます。もう少し一貫してコメントいただけるとクリアだと思いますが。。。

ちょっと理解が難しいなと思っているのが、公開買付けは多くの投資者、マーケットに多大な影響を及ぼす取引形態であることから、そのルールを策定したと考えていたのですが、違反しても私法上の効力に影響しない、そのような規定、単に取締目的の規定なのでしょうか。市場に多大な影響がある取引であっても、それは強行法規性を付与するには及ばない、破っても効力を否定されない取引というお考えですか?
大きく考え方が違うことはどうも明らかですが、一応念のためご意見を確認させてください。

Posted by 辰のお年ご : 2005年12月20日 12:26

>辰のお年ごさん
ご意図に添えなかったようで申し訳ありません。きちんとご説明するには、「法律違反行為と私法上の効力一般」について私の立場をご説明しなくてはいけないような気がしますので、また何れ別エントリーを立ててみたいと思いますが(・・・こうやって宿題がたまっていく・・・)、エッセンスだけ述べますと、「市場関係者への影響」ということだけでいえば、公開買付けと公募・売出し、あるいは流通市場への開示などを区別して後者よりも前者の方が「マーケットに多大な影響を及ぼすので強行法規とすべきである」という形の区別は可能なのでしょうか?更にいえば、例えば、食品や薬事関係の法規は人の生命・身体に関連し、しかも、証券市場以上に多数の関係者が潜在的にあり得るわけですが、それらよりも証券規制、公開買付規制の方をダイレクトに私法上の効力に結びつけるべきという根拠も私には見出せません。
また、効力という面でも、証券取引法自体からは、どのような場合に、どの限度で取引が無効になるのかは暲かではありません。(法律違反の撤回事由を付した場合には公開買付けそのものが無効となるのか、それとも当該撤回事由部分だけが無効となるのか、後者だとすれば、全部無効と一部無効の分水嶺はどこにあるのか等)
その意味で公序良俗というフィルターを通じて事案毎に私法上の効力(契約の全部・一部無効・損害賠償請求権)を確定するというアプローチは合理的ではないかというのが私の基本的な立場です。
ただ、これは証券取引法違反の行為の私法上の効力を問わないということではありません。公序良俗の認定の中で立法目的や他の救済手段とのバランスなどを考慮して個別に効力が否定される場合はあるでしょうし、民法96条の例を出したように、「証券取引法違反」を持ち出さなくても、詐欺を立証して契約の無効化を主張できる場合もあり得ます(もっとも、この場合、既に証券取引法が用意している金銭賠償の方が簡便だと思いますが)。
その意味で、公序良俗をフィルターとして介する裁判所の「アプローチ」には賛成です。ただ、どのような要素を勘案すべきかや、結論については、判示部分をそのような観点から仔細に検討していませんので、コメントを差し控えさせていただきます。

Posted by 47th : 2005年12月20日 15:43

 
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