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ジニ係数から分かることと分からないこと (3)

初回はジニ係数自体は規範的な価値基準ではない(少なければ望ましいとは限らない)という点を、前回はジニ係数は相対的な尺度基準であって、必ずしも直観的な「不平等感」や「格差」を適切にあらわしているとは限らないのではないかという点を考えてみました。

・・・と、ここまでのところは、ジニ係数から分からないことばかり考えてきましたが、最後にジニ係数から分かること、あるいは、ジニ係数が有効に機能する場面というのを考えてみたいと思います。

いびつな分布とジニ係数

これまでは所得分布が正規分布の場合で、いろいろとインプリケーションを考えてきたわけですが、もちろん、現実世界の所得分布が正規分布になっているとは限りません。
例えば、低所得層と高所得層が分かれている分布(下の緑の分布)を考えてみましょう。
 


直観的にみても、赤の分布や青の分布に比べて緑の分布が「不平等」な分布であることは明らかだと思うのですが、実は、平均所得は赤と緑は一緒ですので、単純な平均所得を比較で、この2つの所得分布の違いを説明することはできません。

このような場合には、ジニ係数は有効な指標になります。 

具体的な数値を提供できず申し訳ないのですが、一見して青・赤のロレンツ曲線と緑のロレンツ曲線が異なり、従ってジニ係数も異なることが分かると思います。

政策評価指標としての意義

このようにジニ係数が所得層の分断、特に構造的な貧困層の存在を数値的に表現できるとすれば、「開発」にあたっての政策評価の指標としては有用ではないかと思われます。

既に、これまでにも見てきたように「開発」は理論的に極めて複雑である上に、その理論は、単に記述的であるのみならず、政策決定に役立つものでなくてはいけません。その意味で、政策の有効性の評価・フィードバックは極めて重要です。

そして、「開発」ということを考える上では単に成長のみならず、成長の成果の分配にも関心を持つ必要があります。この点で重要なのが、「トリックル・ダウン」は存在するのか否かということですが、これは単に所得分布図をながめているだけでは分かりません。こうした分析の場面においては、平均所得とジニ係数との相関関係を調べたり、特定の援助政策がジニ係数に与える効果を分析するといった手法は非常に重要ではないかと思われます。

以上、ジニ係数のインプリケーションについて自分なりに色々と考えてきましたが、あらゆる指標がそうであるように、その指標の有するインプリケーションを的確に理解した上で、適切に利用すれば非常に有用な指標である一方、そうした点を離れて「不平等さの指標」という言葉の意味だけが一人歩きすると、逆に誤ったメッセージが伝わってしまうということではないかと・・・まあ、何せこの分野を勉強し始めたばかりの人間なんで、とんだ勘違いもあるかも知れませんが、まあ、多少の間違いがあっても、まずは色々と考えてみることが大事ということで。

Posted by 47th : | 00:04 | Law & Development

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コメント

専門外の方にこれだけ語られてしまうと、専門の私の立つ瀬がない、という感じです。短期間にも関わらず、これだけきちんと理解されるというのは凄いですね。ジニ係数に関するご理解は非常に的確で、付け加えるにせよ専門的過ぎますのでやめておきます。

むしろトリックルダウンのほうが大きな問題だと思います。マクロの経済政策をやっておけば、ミクロの所得再分配政策は必要ない、という結論にもなりかねないので、この仮説の採択は非常に大きな問題です。

そこで、Dollar and Kraayの論文を読んでみました。こちらで紹介されるまで、恥ずかしながらこの論文の存在を知りませんでした。

ざっと読んでみましたが、世界中すべての国をデータとしてこの論文はトリックル・ダウンを検証しているのですが、もう少し分析の対象を細かくする必要があるように思います。たとえば、ラテンアメリカにおいてはトリックルダウンが成立しない、と思われる分析結果が出ているのですが、彼らは論文の中ではこの可能性に一切言及していません。

しかしグローバルな意味でのトリックルダウンの成否を実証するという点から見れば、この論文は非常に手堅い論文です。(修行中の人間が何を偉そうな・・・、とお叱りを受けそうですが)

ただ、この著者は世銀のエコノミストですので、基本的に彼らの主張は、彼らの政治上の立場を反映したものにならざるを得ないという点に関しては強調してもよいのではないでしょうか。世銀やIMFの考える経済発展のあるべき姿と、日本人の考えるその姿の乖離を私なんかは感じてしまいました。

うーん、すさまじく長くなってしまいましたね。すいません。色々書きたいこともありますが、長すぎると見ている方に迷惑がかかるのでこのくらいで留め置きます。

Posted by rs250y : 2006年02月02日 03:00

>rs250yさん
ありがとうございます。どうぞ、長さは気になさらないでください^^
直接にダラー=クレイの論文を批判したものではありませんが、Foreign AffairのNovember/December 2005のThe Ethical Economistというエッセイで、Stiglitzが個別家計調査データに依存した分析に対して批判を加えています。
自分で確かめたわけではないのですが、個別家計調査ベースの調査とマクロベースの数字の間にはかなりの不一致があり、家計調査側の過少申告が疑われているところ、従来の分析では、その格差分は全所得層に均一に帰属していることを前提としている。しかし、高所得者層には通常所得の過少申告に対する強いインセンティブがあることからすれば、この均一な調整によって得られた結果は正しくない可能性がある・・・というものです。
ご指摘のように、この分野の調査というのは、どこか政治的な文脈と結びついてしまっているので、その辺りの見極めがとても重要という気がします。私自身、自分でできないまでも、統計的手法を使った分析を見る目を鍛えないとと改めて思っているところですので、これからも宜しくお願いいたします^^

Posted by 47th : 2006年02月03日 16:55

私はミクロの経済分析を専門にやってきた人間ですので、stiglitzのような批判は思いつきませんでした。しかし指摘されれればまったくその通りで、従来のミクロ経済分析(特に家計調査を主体とする)の研究者はほとんど見過ごしてきた点だと思います。非常に勉強になりました。foreign affairsも読んでみます。ありがとうございました。

Posted by rs250y : 2006年02月07日 05:11

 
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