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自賠責の支払基準否定の経済学的インプリケーション

自賠責、支払い基準超える賠償命令可能・最高裁 (NIKKEI NET)

死亡自動車事故の損害賠償を巡り、裁判所が自賠責保険の支払い基準を上回る賠償を判決で命じられるかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は30日、「基準にかかわらず賠償を命じることができる」との初判断を示した。・・・
判決理由で同小法廷は「国が定めた自賠責保険の基準額は、訴訟外で保険金を公平、迅速に支払うための基準にすぎない」と指摘。「訴訟では個別事案の結果が尊重されるべきで、基準と違いがあっても不合理でない」と述べた。

判決文の一部を引用します(それにしても最高裁のHPの新しいデザインは分かりにくいですね。いとう先生のブログの記事がなければ、探すのを断念するところでした)。


法16条の3第1項は,保険会社が被保険者に対して支払うべき保険金又は法16条1項の規定により被害者に対して支払うべき損害賠償額(以下「保険金等」という。)を支払うときは,死亡,後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従ってこれを支払わなければならない旨を規定している。法16条の3第1項の規定内容からすると,同項が,保険会社に,支払基準に従って保険金等を支払うことを義務付けた規定であることは明らかであって,支払基準が保険会社以外の者も拘束する旨を規定したものと解することはできない。支払基準は,保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準にすぎないものというべきである。そうすると,保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合の支払額と訴訟で支払を命じられる額が異なることがあるが,保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合には,公平かつ迅速な保険金等の支払の確保という見地から,保険会社に対して支払基準に従って支払うことを義務付けることに合理性があるのに対し,訴訟においては,当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されるべきであるから,上記のように額に違いがあるとしても,そのことが不合理であるとはいえない。

端的に言えば、保険によって、どのような内容の損害をどの程度保証するかは損害保険契約の中核的な内容であって、本来は保険会社と契約者との間の契約(保険の場合は約款)によって定められるべき内容です。
ぐぐって見かけた自賠責契約の約款によると、次のような規定があります。

当会社が支払うべき保険金(第1条の規定による保険金をいいます。以下同様とします。)の額は,自動車損害賠償保障法施行令第2条に定める保険金額(以下「保険金額」といいます。)を限度とします。ただし,法第16条第1項の規定による損害賠償額(以下「損害賠償額」といいます。)の支払がある場合には,保険金と損害賠償額の合計額について,保険金額を限度とします。

おそらく、ここでいう「自動車損害賠償保障法施行令第2条の定め」が最高裁判例でいう「死亡,後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準」だと思うのですが(間違っていたらご指摘頂けると幸いです)、そうすると、この支払基準は単に法令として存在しているだけでなく、保険会社と被保険者との間の約款としても成立していたということになります。しかも、ご丁寧に裁判による支払と訴訟以外の支払額の合計額が「保険金額」を限度とすると書かれているわけです。

実際の訴訟で、この約款の効力がどのように争われたのかは分かりません。もし、当事者が主張していなかったり、高裁以前の段階で、この約款の効力が何らかの理由によって否定されていて、その部分は当事者が上告しなかったり(あるいは最高裁が上告を受理しなかったり)ということであれば、「最高裁判例」として確定するわけではないのですが・・・仮に、一般的に保険金の支払基準は「公平かつ迅速な保険金等の支払の確保」のためであって、「訴訟においては,当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されるべき」という価値判断には、何か消費者金融のプラクティスを否定したときと同じような経済的なインプリケーションに対する理解の不足が垣間見えるような気もするのが恐いところです。

・・・というわけで、仮に、「予め約款で定めておいた支払基準は訴訟外での支払の際のみ有効であって、それとは別に訴訟において保険金額を定めることが可能である」という制度をとったときに何が起こるのが、少し考えてみると・・・

まず、合理的な保険契約者は、①支払基準による支払をひとまず受けた上で、②弁護士費用等のコストと追加で支払われ得る保険金額の期待値を比較して後者が前者を上回る場合には訴訟を起こすということになるでしょう。

これによって、支払基準で統一的に処理される場合よりも、②に基づく追加的な保険金額の支払が生じる分、保険会社の支払う保険金額の総額は増加するので、損害発生率が一定とすれば、合理的な保険会社側としては、この支払保険金額の増加に対する対応策をとらなくてはなりません。いくつか考えられるのは・・・

  • 保険料率をあげる
  • 予め支払基準を下げておく
  • 実際の損害額が支払基準よりも過小と考えられる場合には、弁護士費用等のコストと訴訟を起こせば返還を請求できる保険金額の期待値を比較して、後者が前者を上回る場合には返還訴訟を提起する

といった辺りでしょうか。

結局、社会全体でみると、訴訟が増える分は厚生損失となってしまいますし、保険料率の上昇や支払基準の変更は、訴訟外だけで処理する契約者から訴訟を提起する契約者への単なる富の移転でしかない可能性があります。

1対1の関係でみれば、被害者が心情的にかわいそうな場合はありますが、そうした部分の救済のためにシステム全体として大きな損失を生む可能性があるという、法と経済学的な議論ではおなじみのテーマの一つです。
最高裁判決の中では、こうした支払基準の一定性や訴訟提起のインセンティブを与えないことによる制度設計のメリットが、少なくとも明示的には考慮されていないところが、1月の利息制限法関連の判決と並んで、ヒジョーに気になったところです。

アメリカだと最高裁判事も経済学的な議論に非常に強い最高裁判事が複数いるし、判決の中でも、そうした対立利益や制度設計へのあり方に目配せがされるものなんですが・・・

Posted by 47th : | 19:45 | Law & Economics

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コメント

朝日新聞の記事
http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY200603300263.html
などを見る限り、
保険金額=法13条第1項=施行令第2条=3,000万円
支払基準=法16条の3第1項=1,800万円
ということで、約款まで判決で覆したわけではないようですよ。

むしろ、約款上は、今回のような事態(国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準以上に保険金を払うこと)を、既に想定しているように思えます。

とはいえ、この判例があることにより、訴訟が増えて社会全体で厚生損失が・・・という本論は変わらないと思います。ただ、「支払基準」によって自賠責で減額される(今回のような)ことは70%以上の重過失がある場合だけらしいので、(以下参照)
http://www2.ocn.ne.jp/~gyotak/jiko2.1.html
数的にあまり影響ないのかも。(ここについては詳しくは知りません)

面白いのは、読売新聞の記事で、
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060330i104.htm?from=main1
「今後は、こうしたケースで早期の解決が図られることになりそうだ」と、この判例によって厚生損失が減るみたいな書き方をしていますね。私はこれは読売新聞が間違っていると思います。

あとはまぁ、(よくある心情的な意見でしょうが)人の命の値段を決めることなので、効率ばかりを追い求めるのもどうかなという気もします。

Posted by Apricot : 2006年03月31日 03:50

最高裁の言う「支払基準」は、施行令第2条ではなく、こちらです。
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/kyusaitaisaku/1icon/kijyun.pdf

Posted by オオタ : 2006年03月31日 06:00

>「支払基準」によって自賠責で減額される(今回のような)ことは70%以上の重過失がある場合だけ

ではないですよ。例えば、支払基準では死亡者本人の慰謝料を350万円としていますが、裁判所は通常もっと多くを認めると思います。

Posted by オオタ : 2006年03月31日 06:17

>Apricotさん、オオタさん
ありがとうございます。
自賠責なんて、修習終わってからすっかりごぶさたなんで、トンチンカンなことを申し上げたようですみません
ということは、保険会社にとって考えられる第一の対応は、約款上も支払基準=保険金と読めるように改正を加えることなんですかね?
厚生損失については、厳密にいえば、保険料率の決め方をどうしているのかを見なければ分からないところもあるんですが、最近の判決の書きぶりでどうも気になっているのは、事前の契約によるリスク配分をリスクが実現化した後で消費者側に有利に変えることによる、事前行動への影響というのが十分に意識されていないような印象を受けてしまうんですよね。

Posted by 47th : 2006年03月31日 10:02

同じく自賠責なんて忘れたぜ!なもりたです。

1. この直接請求って,運行供用者が保険会社に対して持っているものを,被害者が供用者に代位するような形でいくやつですよね。それだったら,直接請求権って,保険契約に縛られてもいいような気が... まぁ,自賠責はいろいろ変わったところがあるので,ちがうかもしれません。

2. 支払基準だけでなく,保険料率も決まっていませんでしたっけ? (決まっていなくとも,再保険プールとの関係で,事実上一致していたような記憶が)

3. 訴訟が増えるにしても,膨大な自動車事故&支払件数からすれば,ごくmarginalであんまり気にしなくてもいいような気が... 保険会社からすれば,個別の額の予測まで付かなくとも,distributionが分かっていれば十分です。

4. これは,apricotさんに対してですが,「経済学的インプリケーション」を考える際は,人の命の値段を考えてるというよりは,むしろ,「どうやったら,こういう事故を減らせるか(のためのインセンティヴを設定できるか)?」ということを考えている感じですね。蛇足です。

Posted by もりた@今夜はwalk the lineを見るぞ : 2006年03月31日 12:38

>もりたさん
"walk the line"?
・・・よく分かっていませんが、楽しんできてください^^
1.と2.について、私もそういう「気」がします・・・が、何せ長いこと触れてないし、手許に資料もないんで(笑)
3.については、私も、自賠責だけのだったら、そうは言っても大した影響はないかもという気はします。ちょっと恐いのは、何かそのロジックが契約による支払基準の設定にネガティブな匂いを漂わせているところで・・・まあ、杞憂だとは思いつつ、利限法での流れなんかも見ていると、ちょっといやな予感もしたんですよね。
4.は、私宛ではありませんが、付け加えると、社会全体としてスムーズにシステムが動くにはどうしたらいいか(「取引費用」の低減)ということを考えるというところですかねぇ。

Posted by 47th : 2006年03月31日 18:47

成年男性なんかの場合、自賠責の支払基準で計算すると保険金額を超えてしまうケースが多いのではないでしょうか? となると支払基準と保険金額の差が出て訴訟になるのは、老人とか子供かもしれませんね。さらに、例えば共同不法行為などで2台の車が事故に関与した場合には、限度額も2倍になりますね。

Posted by R40 : 2006年04月11日 09:32

>R40さん
幸い、というか、自分では自賠責のお世話になったことがないんで、詳しく約款も見たことがないんですが、何れにせよ自賠責だけの世界に留まれば、この判決の影響は限られるんでしょうね。

Posted by 47th : 2006年04月11日 17:54

 
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