過剰取立のローエコ的アプローチの方も完結していないくせに何ですが、neon98さんのコメントとgo2cさんの「ローエコ、経済物理学とウシジマ君、萬田銀次郎」を拝見していて、ちょっと気になったことがあるんで、忘れないように問題提起だけ。
まず、neon98さんのコメントで触れられている「借り換え」に関するところを。
職業柄多くの債務整理事例にあたってきましたが、取立ての手口というのは概ね借り換えのすすめです(やり方はかなりやばそうなものまで色々ありますが)。
私の乏しい経験の中でも確かにこれは思い当たる節があって、いわゆる「債務整理」という名目で、デフォルト状態に陥っている債務者に対して遅延利息よりは低いが元の貸出金利よりは高い、とか、元の貸出金利よりは高いが返済期間が長期のため月々の支払額そのものは少ない借入に切り替えさせるという手法が現に存在します。
結果として、最初は10%台の金利で借りていたのが、最後は30%弱の金利の借入になっていくという現象が少なからず見られます。
ということで、neon98さんとgo2cさんは、上限金利規制に次のような意味合いを見出されています。
ちなみに私自身は債務者に早くあきらめさせるために一定の上限金利(固定か、どの程度の利率かはともかくとして)を法で強制すること自体は合理的と考えています。(neon98さん)
上限金利の引き下げは、「自転車操業」の債務者の破綻を早めることになるかもしれませんが、それは社会として周りが見えなくなってるであろう債務者に「この金利が返せないとしたらもう無理だよ」と引導を渡すと言う意味で有意義だと思います。(go2cさん)
・・・さて、この「自転車操業モデル」に対する私の最初の疑問は、これでは単なる「リスクの押し付け合い」であり、借り手が近視眼的とかどうとかいう前に、リスクを押し付けられる側の貸金業者の方が先に破綻してしまうんじゃないかということです。
この「リスクの押し付け合い」が意味をなすのは、「前の貸し手」よりも「後の貸し手」の方が、相対的にリスクの評価や負担能力に優れている場合です。ただ、リスクの負担能力というのは、基本的にはポートフォリオによるリスク管理が主流になるのでしょうから、直観的には大手の方が有利にも思えます。とすると、むしろ借り換えの信用を提供する業者は、高リスク債務者のリスク評価能力において大手にはないノウハウを持っているということではないかという推測が成り立ちます。
元々、融資時点では債務者の信用能力に関しては大きな情報の非対称性が生じます。前から不思議だったのは、にもかかわらず、大手の消費者金融の与信審査は極めて簡易という点でした。普通に考えれば、これでは逆選択が生じ、リスクの高い借り手が集まりビジネスモデルが成り立たないはずです。
しかし、「借り換え」というプロセスを通じて、リスクの高い消費者が順次高リスク債務者のリスク評価に優れる中小の貸金業者に流れるとすると、この「逆選択」の問題が一部解消されるんではないでしょうか?
この場合、大手業者が最終的にとらなければならないリスクは、中小業者ですらとれない高リスク債務者か、あるいは、事後的に財務状況が悪化してしまった誠実な不履行者のデフォルトリスクに限られる点で、リスク管理は遙かに容易になりますし、提供する金利水準も押さえることが可能です。
仮に、この「借り換え」が禁じられたとすると・・・大手業者は、本来金利に見合わない高リスクな債務者が申込みをしてくるリスクを引き受けなくてはいけません。これを排除するためには審査をより厳格化せざるを得ませんが、それでも完全にリスクを排除することはできません。これはダイレクトに大手業者のポートフォリオリスクを高めることになるので、それを埋め合わせるためには金利を高く設定せざるを得ません・・・その高い金利でも借りたいと考えるのは、これまた高リスク債務者ですから、ポートフォリオはますます悪化していきます。
さすがに、このプロセスが無限に続くとは思いませんので、どこかで均衡するとは思うのですが、結果としては、例えば、これまで大手から10%で借りることのできた消費者も15%でしか借入ができなくなるといった具合に、リスクの高まりに応じた金利の上昇が生じる可能性があります。
こうした点も考えると、上限金利を設定することによって、この借り換えプロセスを禁ずることは、単に供給サイドの提供できる上限を切るだけでなく、実質的な供給コストの高まりによって供給曲線自体を上方にシフトさせる効果を持ち、ますますアウトプットを減少させてしまう可能性があるように思われます。
もちろん、個々の債務者の非合理性を利用した「借り換え」行為もあり得るとは思いますが、そうしたプロセスがどのようにして生じるのか、そして、それを抑制するのに上限金利規制を利用するのが適切かは、かなりつっこんだ議論が必要なのではないでしょうか?
・・・と、とりあえず思いつきだけ残しておきます。何せ思いつきですので、忌憚のないご意見・ご批判を歓迎いたします。


















