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neon98さんに反論してみる・・・の巻

「借り換え」行動の合理性?をアップしてゼミに出かけていたら、入れ違いでneonさんから「上限利息規制は必要?」というTBをいただきました。で、最初は前のエントリーの追記として書き始めたんですが、長くなってきたので、独立したエントリーにしてみました。(・・・っていうか、1日に3つもエントリーをアップしている間にゼミのペーパーを書けという話もある(汗))

本来は貸金業懇談会で、こういう議論がなされて欲しかったという願いも込めて、今回はbewaadさん風にneonさんのエントリーに対して正面から反論を試みてみようと思います。 

年率29.25%は「高い」のか?

まず、neonさんは、次のように述べて既に従来の29.25%の上限でも十分に高かったのではないかという疑問を挺されています。

か つては銀行による個人に対する無担保融資というマーケットが欠如しており、個人に対する無担保融資といえば消費者金融会社からの高利融資だったようです が、現在は銀行系列会社による消費者金融市場への参入もあり、また大手消費者金融会社自身も融資金利を引き下げてきています。例えば銀行系のモビットなどでは実質年利15-18%などのローンがあるようですし、大手消費者金融の武富士でも実質年利27.375%としながらも信用力にあわせて実質年利10%からの融資商品があります。こういう状況の中でまず思うのは、現在の日本の金利水準を考えると年利29.2%って相当高い金利水準だという点です。

まず理屈の問題からいうと、モビットや武富士が10%-20%の領域を主戦場としていることは、その領域の顧客が中心であるという推定が働くものの、そこを 中心とした分散の大きさを見ない限り、29.25%を超える部分の顧客層については何らデータを与えてはくれません。むしろ、磯崎さんが紹介されていた堂下助教授の「上限金利引下げの影響に関する考察」(pdf)では、現在の29.25%の水準の下でもヤミ金融の利用者を80万人、市場規模が1.4兆円と見積もられています。この推定はヤミ金融ということの性質上極めて荒っぽい推定ですが、29.25%を超える金利への需要がそれだけ存在することを示しています。

また、本文で示したように「借り換え」のメカニズムが、情報の非対称性から生じる逆選択の問題を緩和しているとすれば、武富士やモビットが10%台で貸付ができるのは、適切なリスク層へのたターゲッティングができているからという可能性もあります。

何れにせよ金利水準-さらにいえば消費者金融機関の提供するスプレッド(貸出金利と調達金利の差)はそれぞれの市場の需要と供給で決まります。これまた磯崎さんが紹介されていた「上限金利規制が消費者金融市場と日本経済に与える影響」では、金利が25-30%帯において相当の超過需要が生じていることがデータで示されています。

仮に25-30%台の金利帯が「相当高い」金利帯で、貸し手側にとって「おいしい」金利帯であれば、むしろ供給超過が起きるはずです。この点からも、29.25%が「高い金利水準」であるという主張はサポートされないように思われます。

なお、neonさんはアメリカのクレジット・カードの金利と比較されますが、クレジット・カードの利用者はある程度のクレジット・ヒストリーを有する層なので、その意味でアメリカの借り手層の中では必ずしも高リスク層ではありません。(ちなみに日本でも例えばJCBカードのカード・ローンは15-18%ですから、これを比較すればアメリカと比べて高いというほどのものではないように思われます)。むしろ、アメリカでは消費者金融の2層化が進んでおり、借入手数料も考慮に入れるとPayday LoanはAPR470%、還付税金を引き当てにしたRefund Anticipation Loan(RAL)で70-700%になるとされています(Hellwig, 80 Nortredam L.Rev. 1567 参照(なお、この論文自体は、借り換えの問題に着目して、上限金利規制が必要という主張の論文であって、その意味では上限金利規制賛成論ですが、その水準は1か月ものの国債金利+50%です)。

というわけで、29.25%が「相当に高い」という主張はサポートされない・・・むしろ、データ的には「上限としては低すぎる」とすらいえるのではないかと私には思われます。


高利市場の損失?

何が「高利」かという点における意見の相違をひとまず措いたとして、「高利」市場を認めることについて、neonさんは次のような損失を指摘します。

日 本社会での債務者の破産手続等に対する道徳的嫌悪感やら、家族や親しい知り合いが「追い込み」をされている時に抱く心情やらを考慮すると相当数の経済的 に不合理な「最後の貸し手」が存在するのも事実です。貸し手が、ある一定の金額に至るまでは破産手続きをとらない確率が高い、ある一定の金額に至るまでは 親族が肩代わりをしてくれる確率が高いというデータを蓄積しているとすれば、システマティックに借り換えの可能性を組み込んだビジネスプランを有するはず です。
この場合に上限金利を無限に拡大してしまうと、親族や知り合いに与える経済的損失が拡大するほか、夜逃げ、家族離散、一家心中といった弊害も発生するおそれがあります。

ま ず、もしこうした「親族・知り合いによる肩代わり」がビジネス・モデルに組み込まれているのであれば、貸し手は十分に「合理的」であって、「非合理な貸し 手」ではありません。本文では、借り換えによるリスクの転嫁が意味を持つメカニズムとして、リスク評価能力の高さを想定しましたが、確かに、大手業者が用 いることのできない返済原資にアクセスする術を持つことで借り換えスキームが成り立っている可能性もあります(これは「な」さんの追加コメントでも触れられている点ですね)。

た だ、こうした親族・知り合いによる受信能力の拡大自体が、効率性の観点からは損失と言えるかは微妙です。親族・知り合いは、主債務者に関してより情報を持 ち得たり監督を行うことができる立場にあり、こうしたリソースへのアクセスがなされることによって与信・受信がスムーズに行くこともあり得るからです。
も ちろん、日本人は「情に弱い」面があるので、本来は引き受けるべきではない保証人を引き受けてしまうという事態も大いにあり得ますし、そこに貸し手がつけ 込んでいる可能性までは否定するつもりはありませんが、そうした合理性を欠く保証引受がどの程度なされているかについては慎重な検討が必要なところです。 特に、実際に起きる消費者事件を見聞きしていると、そういう「悲惨な事例」を目にすることが多く、あたかもそれが「割合」としても多いという印象を持って しまうのですが、そうした「悲惨な状態」に陥ることなく、保証人の保証が得られたことによって融資を受けられ、生活の立て直しや事業に成功する事例もあり ます。そうした事例は事件にならないので目立たないわけですが、そうした「成功事例」における親族・知り合いリソースが用いられることのベネフィットとの 比較をしなければ、トータルで社会的に望ましいかどうかは判別できないはずです・・・ただ、これを強調すると、 「情」の部分として反発を受けることも容易されますし、私もベネフィットの方が大きいはずという裏付けを持っているわけではないので、この点はせいぜい痛 み分け止まりだろうと思います。

ここでちょっと視点を代えて、高利市場がない世界で夜逃げ・一家離散・心中といった「悲惨な事態」は措きにくくなるのか考えてみましょう。
そもそも、高利市場が存在していたとしても、そういう悲惨な状態に陥るよりは自己破産を申立をできる人であれば、そこまでいかないわけです。このレベルで の判断は、経済学的な意味で合理的でなくても可能ですし、自己破産の申立人数は2003年に24万件ということですので(坂口=坂野「消費者金融顧客の自己破産ーその特徴と原因ー」(pdf)から)、これに比べれば一家離散やら一家心中までいく人の割合は十分に小さいといっていいんではないかと思います。
neon98さんの問題提起は、こうしたレベルでの判断力を欠いてしまった人々を上限金利規制で救済できるかということになりますが、①こうしたレベルで の判断力を欠いてしまっている人々こそ、むしろヤミ金融の餌食になりやすい-つまり上限金利規制による表ルートの遮断は救いにならないか、また、②個人レ ベルでの支払不能状態は日々の生活に必要な家賃や電気・水道・ガス代、食費などからも生じるのであって、こうした人々に高利金融の途を閉ざすことは単に生 活が立ちゆかなくなってしまう時期を早めてしまうだけではないか、という疑問が生じます。
確かに、親族・知り合いに害が及ぶ可能性は低くなるかも知れませんが、ヤミ金融に手を出す確率が高まれば、逆に働く可能性もあります。

経済学的な合理性ではなく、自己破産申立という途を選ば(べ)ずに悲惨な状態に陥るレベルの人々をoutlierと呼ぶことは、感情的な反発を招くのかも知れませんが、こうした人々を救うのは政策的な枠組みではなく消費者教育や無料相談などの法的サービスの間口を広げることではないでしょうか?

ヤミ金融と上限金利規制

次に、上限金利規制を厳格化した場合に人々がヤミ金融に走る可能性につい、neonさんは、て次のように指摘されます。

た だ、法外な金利の世界を「闇金融」というとすれば、上限金利を撤廃することにより「闇金融」を合法化することによるメリットって何なのでしょうか。「闇 金融」が現実的に返済しきれないことを前提になお金を貸しているのは、脅迫等の不法な手段による取立てによって儲かるからであり、金利が合法であるとして も実態として99%以上の確率で違法な業態になるような気がします。それよりは闇金融の取締りが難しいとしても民事でも刑事でも違法であるとして抑止効果 を期待する方がマシでしょう。

「ヤミ金融」を合法化することのメリットは私にとっては意外と簡単です。

法 定金利内では、ヤミ金融は表の金融業者と競争しなければいけません。同じ金利で借りることができるのなら、借り手は評判の高い表の金融機関の下に向かいま す。裏の金融機関は苛酷な取立を行うことで期待回収率を高めることができるかも知れませんが、上述の堂下論文で触れられているように苛酷な取立手法は摘発 リス クを高めます。
また、表の金融機関、特に高金利層で勝負する業者たちにとっては、金利の側面だけでなく評判を高めることによって競争上の優位性を高める インセンティブを持ちます。

堂 下論文では上限金利の引き下げがヤミ金融を増加させる結果となったことが示されていますが、この結果は、法定金利内の競争においてはヤミ金融業者が表の金 融業者に対して有効に競争できていなかった、あるいは、少なくとも表金融業者の存在がヤミ金融業者の防御になっていたことを示唆しているように思われま す。

また、neonさんは「闇金融の取締りが難しいとしても民事でも刑事でも違法であるとして抑止効果を期待する方がマシでしょう」と仰っていますが、過去の上限金利の引下げがヤミ金融の増加をもたらしているというデータからすると同意できません。

も ちろん、常に市場が100%機能するとは限りませんし、高金利貸付に関しては、官庁によるモニタリングや利用者からの申立制度、開示、説明義務などの面で 制度的に工夫する余地は残っています。ただ、上限金利規制の厳格化によるヤミ金融の増加は、そうした工夫の余地すら奪ってしまうのではないでしょうか?

「立ち位置」の差

以上のようなところから、私は、やはり上限金利規制については反対の立場をとります。
理屈として、neonさんにはまた反論もあるのだと思いますし、それを楽しみにしていますが、何となく、最後に残るのは、neonさんの仰っている「立ち位置」の問題だという気もしています。

法 律家は人間が合理的な判断をしないことを前提に規制を正当化したがり、経済学者は人間が合理的な行動をすることを仮定して議論したがるという傾向があると すれば、私はやっぱり典型的な法律家なんですかね。政策論を論じるときの統計やら経済学の知識というものをもっと勉強したいような気もしますが、それを 現実的なものにもしたいとも思うので、立ち位置が難しいところです。

私は法律の人間であって、経済学者では ないんですが(笑)、法律家故に、「法」の有効性とその限界に対しては人一倍センシティブです。「法」は「正義」と同視されるとき、あたかも個々人の正義 感や価値観と同一のような顔をしますが、その本質は人々の行動を規制するものであり、「政策」手段の一つとしての性格を有しています。

ある 「政策」をとることは、必然的にその「制度」によって利益を受ける人と損失を受ける人をつくり出します。全ての人が幸せになる「政策」をとることが、現実 的には不可能であることは古くから意識されてきました。今、目の前で損失を受けている人々を救う政策は、どこかで新たな被害者をつくり出します。上限金利 の場合は、それがなければ高い金利であってもお金を借りてきちんと返済することができたはずの人たちです。

金貸しは大昔から忌み嫌われてき ましたが、逆にいえば、それほどに人間の生活において必要とされてきたシステムです。たとえ高利でも、その信用にアクセスできることで救われる人々もたく さんいます。ただ、その一方で、やはり大昔から返済ができないために苦しむ人はいました。

金銭の貸借に関する「政策」は、そのバランスをと ることです。そのバランスは、目に見える苦しみと目に見えにくい苦しみの両者を見なければいけませんし、目に見えない苦しみを見るためには、「客観性」 と、ある意味では「非情さ」が必要だと思うのですが・・・その客観性と非情さは、現場で目に見える苦しみを取り扱う人からは机上の空論と見えることもある んだろうと思います。その意味で、「立ち位置」の差は残るような気がします。

・・・ただ、そうした「立ち位置」が違う者同士が、正面から意見をぶつけ合い、議論することによって、よりよい知恵が生まれることはあるはずです。
消費者金融の場面に限らず、日本のさまざまな政策決定の場面において、実は私がフラストレーションを感じているのは、そうした「立ち位置」が違う者同士のぶつかり合いの化学反応の不足なんですよね。きっと。

Posted by 47th : | 00:24 | Law & Economics

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コメント

どうもです。正面から打ち返していただいてありがとうございます。前言撤回のミーハーぶりを発揮してオペラ行ってきたところでして、アルコールも入って上機嫌ですので今は何も考えたくありません^^。直球にはやはり(引退後さらに速度が低下していると思われる)星野の超スローボールで対抗したいので、ちょっとまた考えたいと思います。

Posted by neon98 : 2006年04月21日 00:56

度々のお目汚し、申し訳ありません。
過剰取立ての件を検討するには、ヤミ金については借り換え先という以外は触れない方が良いような気がします。と申しますのは、管理人様の仰せのような「ヤミ金の合法化」はちょっと現実的には難しいかと思われるからです。

現在のヤミ金の金利水準は、「ヤミ金の帝王」事件を参照するとトサンからトゴです。つまり、最初から元利合わせて返済させることなど考えていないということです。支払い原資の親族への拡大も、保証人を付ける形では行われません。自発的にそうせざるを得ないよう、追い込みをかけるだけです。ヤミ金とは、徹頭徹尾違法であることを前提としたビジネスなのです。

管理人様が想定されているような、適度(?)な規制金利の超過や、保証人等制度の活用などは、一部のマチ金業者が相手を見て、契約上の元本を大きく取るなどの手段で行う以外は、空白に近い状態なのではないかと思います。ここを合法化して供給を充実させ、ヤミ金に至るまでのバッファとして活用するのは、それなりに意義があることかも知れません。議論の対象となるのは、恐らくこのような形態の業者を公に認めるかどうかでしょう。

ただ、例えば年複利50%といった業者が公認されたとしても、その金利を賄うだけの超過利潤を生み出せるような人にはもっと金利の安い業者が幾らでもいるのではないでしょうか?結局、それだけのCF創出能力を持たない一般の多重債務者予備群にとっては、地獄の一丁目にたどり着く前にバス停がひとつ増えるだけ、ということになるような気がします。
結局、貸し出し対象層の所得水準から見て継続性が担保できる貸し出し上限と金利上限を超えているのであれば、それが50%だろうがカラス金(翌朝にカラスが鳴いたら1割~倍返し)だろうが、時間の差はあれ行き着く所は同じではないでしょうか。

ところで、聞いたところによると、多重債務者の心理というのは、今日の返済さえ出来れば金利なんてどうでも良くなってしまうらしいそうです。とすると彼らの行動基準は、金利水準ではなく、アクセスのしやすさと「今日貸してくれるかどうか」なのでしょう、きっと。

Posted by な : 2006年04月22日 01:06

>なさん
コメントありがとうございます。頂いているコメントはどれも大変参考になるものですので、これからもどうぞ宜しくお願いいたします^^

>ここを合法化して供給を充実させ、ヤミ金に至るまでのバッファとして活用するのは、それなりに意義があることかも知れません。議論の対象となるのは、恐らくこのような形態の業者を公に認めるかどうかでしょう。

私が考えているのは、まさにそうしたルートです。上限金利を抑えてしまうことは、「適度な高金利」(ちょっと変な表現かも知れませんが)の供給ルートを立たれた債務者をヤミ金融に向かわせるだけだろうと考えています。
そう思う理由は、isoloueであげられていた論文のデータからは、上限金利の引下げは、①自己破産者の減少に役立っていない上に、②ヤミ金融業者の数と規模の拡大をもたらしているからです。これらのデータを無視するのであれば別ですが、利息上限引き下げ論者は、このデータとそこから導かれる「上限引き下げが多重債務者の救済やヤミ金融の活動縮小に役立っていない」という結論に対して、どう反論するかを示す必要があるだろうと考えています。

Posted by 47th : 2006年04月22日 08:28

 
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