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消費者金融≠企業金融

消費者金融について経済学的な議論をしようとすると、意外なほど基本的なところで、その「経済学的な」意義に対する理解に差があるのを感じるのですが・・・その中の一つが、個人貸付を企業貸付のアナロジーでとらえて、「20%以上の期待利益を持つ投資機会など個人にはほとんどないのだから、それ以上の金利による貸付は合理的な行動の結果ではない」といった議論です。

前段の「投資機会」の存在については全く争いませんが、そこから導かれる後段については経済学的にいえばナンセンスな議論(のはず)です。(もし間違っていたら教えてください)

分かる人には、おそらく、「消費者行動における貸付は異時点間の消費選択の問題であって、その金融仲介サービスにいくらの対価を支払うかは予算制約線の中での通常の効用最大化の問題に過ぎない。従って、時点選択の効用を高く評価する消費者が、それに高い価格を払ってもいいと考えることは合理的な行動である」・・・あるいは、どうしても「投資」のアナロジーでとらえたいのであれば、「消費者貸付に対するリターンの算定には金銭的な効用のみならず非金銭的な効用を加味しなければならない」というような説明で分かっていただけると思うのですが・・・
(なお、個人でも例えば事業資金としての借入はもちろん、学費なども学歴が将来の期待収益を高めるという点では投資の側面があることは否定しません。ただ、こうした「投資」の側面が強い資金需要については、それに応じた審査と返済スケジュールが用いられるので、消費者金融の上限金利のところでの議論とは直接関連しません。また、企業金融でも、投資ではなく流動性制約を回避するための金融、例えばコミットメント・ラインの手数料などは、時間選好の観点から説明されるので、全く企業金融理論と断絶しているわけでもありません。あくまで、典型的な場合ということで)

誰か、これを分かりやすく説明してくれないかなぁ・・・などと天からの助けを期待しつつ、とりあえず、頭の体操として異時点間の消費選択の問題と、それへの対価のあり方は投資における金利の決定とは全く違う原理で行われるということを示す例をあげてみます。同じような事例を思いついたら、コメントに書き込んでみていただけると幸いです。

Aさんは、2000年式のインプレッサに乗っています。さすがスバルで、6年目に入ってもエンジンも足回りも好調で普通に使っている分には全く不便はありません。ただ、最近、気になる新車も出ています。特に、1年半前に発表されたXという車は、かなり気になっています。
今の実勢価格は250万円ですが、1年待てば200万円になります。
単純化のために貯金(あるいは無リスク資産)の金利は0%とします。(また、念のために減耗は考えないものとします)
Aさんは、今新車を買うべきでしょうか、それとも1年待って買うべきでしょうか?

(答えは追記に)


答えは・・・

今日250万円で買いたければ買えばいいし、それがいやなら待てばいい

何じゃそれ?と思うかも知れませんが、これが異時点間の消費選択の本質です。
現在価値で比べれば、今車を買う場合のコストは250万円、1年後買う場合のコストは200万円です。現在価値で比較しろという「企業」財務の原則からいえば、1年待てるのであれば、1年待てということになるわけですが、消費者行動ではその理屈は通用しません。

消費者にとっては、今日の消費と1年後の消費は違う価値を持っています。どの程度の価値の差があるかは、完全に個人個人の選好によります。
Aさんにとって、今日新車を手に入れることが1年後新車を手に入れることよりも50万円以上の価値があるのであれば、今日買えばいいし、そうでなければ1年待てばいいわけです。
このとき、この50万円が「1年間消費を早めること」に対する対価です。これが、50万円が妥当なのか、30万円が妥当なのか、10万円が妥当なのか、これは人によって違います。

今は値段が下がっていく例を考えましたが、値段は変わらないが、今ローンを組んで買うのか、それとも1年貯金をしてから買うのかという選択にしても本質は同じです。今ローンを組んで買うことは金利というコストが上乗せされるので、実質的なコストは今買う方が高くなるわけです。

この「対価」を決めるのは、どれだけ新車Xが「今」欲しいかというAの気持ち(選好の強さ)です。車は単に通勤の手段であって、こだわりがない人にとっては、タイミングを遅らせれて安くなるのであれば、その方がいいでしょう。あるいは、ある人にとっては、それは宝石かも知れないし、コンピュータだったり、あるいは、CDだったり、ゲームソフトだったり、etc・・・
時間に対する選好の差だけでなく、その物に対する選好の差まで含めれば、この異時点間の消費を可能にできる選択肢の価値はまさに千差万別です。この情報を集約するのに、最も効率的だと考えられるのが「市場」です。

ところで、こうした個々人の時間選好には一定のシステマティックなバイアスがあることは知られています。私もそれは否定しません。ただ、この時間選好の問題は単に消費者金融市場だけの問題ではなく、そもそも現在における物の消費に対する選好がシステマティックに高いという事実から生じるものです。しかも、そもそも消費者行動においいては貸付と貯蓄は極めて連続的なものであって、明日の収入を当てにして、自らの収入のリスクに応じた貯蓄水準を過小に設定する行動は止められません。こうした「貯蓄しようと思えば貯蓄できる層」にとっては、消費者金融市場へのアクセスを制限することはほとんど影響はありません。一方で、「貯蓄したくてもできない層」にとっては、こうしたバイアスへの歯止めは上限金利規制主張者の仰るとおり可能かも知れません。(もっとも、「金融」というのは、本当に奥が深いものです。もし、消費者金融に上限がかかれば、物の販売業者はレンタルやリースといった形態を使って、実質的に消費者の時間選好に対するバイアスを利用するだけなので、おそらく、こうしたバイアスの是正には殆ど役に立たないでしょう。経済学的にみれば、上限金利規制論者の主張する「消費者の非合理性」は時間選好に関するバイアスなので、およそ時間選好に関するバイアスが影響する可能性のある全てのルートを「規制」しないと効果は得られないわけです)

ただ、一方で「貯蓄したくてもできない層」にとっては、消費者金融市場へのアクセスの有無はライフラインに直結します。例えば、事故、急病、身内の不幸、勤め先の倒産etc...これは、「1年待とうと思えば待てるけど、我慢できない」といった類のものではありません。貯蓄がないからこそ、消費者が払ってもいいという価格は高くなり、それ故にヤミ金融に走る・・・これはバイアスでも何でもなく、極めて「合理的」に予想される人間行動です。

・・・と、経済学をきちんと学んだことのない私が言っても、何だかますます胡散臭く見えるだけのような気もしてきましたので、この辺りで。

Posted by 47th : | 12:40 | Law & Economics

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トラックバック時刻: 2006年04月23日 00:28

コメント

 議論を興味深く拝見させていただいていました。今回のエントリで分からないことがあったので、読解力がなくて申し訳ありませんが、質問です。

 最後から二番目の「ただ~」からはじまる段落は、上限金利規制を認める内容なでしょうか?逆にヤミ金に走るから規制はやめた方がいいという意味なのでしょうか?

 読めば分かるだろ!と怒られそうですが、宜しくお願いいたします。

Posted by すべりしらず : 2006年04月22日 21:43

お邪魔致します。関連してコメントされた方々のサイト等も拝見し、いろいろ示唆を頂きました。

市場と規制と、の典型例のような気が致しました。特にローエコが誤解される局面だと感じます。合理的な効用の反映とはいえ、どのレベルの金利を超えると、政府なり何なり別の手段で対応するのが社会的納得度が高い金銭サポートと言えるのか(ここには経済学的判断は入らなくていいと思います)、その一点で規制を見るのが、47thさんご提起の議論で理解する素直な姿なのではないかと思いました。

その水準決定は、それこそ実態から実証的に割り出してもよいでしょうし、経済心理学等で考えることもできるかと思います。

単なる感想を失礼致しました。

Posted by 4thestate : 2006年04月22日 21:56

>すべりしらずさん
すいません。
もう、本当に頭の中に色々と渦巻いていて、全てアウトプットしようとすると論文がかけるぐらいにネタがあって(笑)、ついついそれを短い文章に入れ込もうとすると分かりにくくなってしまうんですよね。
前のエントリーのコメントにも書きましたが、私は少なくとも旧出資法上限の40%までは認めるべきだし、むしろ上限金利規制に頼るのはやめた方がいいのではないかと思っていますので、そういう趣旨で読んでいただければ概ね宜しいかと。
>4thestateさん
最後の段階の「決め」は政治的な思惑が入ることはやむを得ないのだろうと思いつつ・・・そもそも経済的なロジックや客観的なデータを無視して、多重債務者がかわいそうだから、あるいは、消費者金融業者はけしからんから、政府が価格を決めてしまう・・・という、資本主義国とは思えないプロセスに猛烈な苛立ちを感じてしまうわけです。
金利を下げて、かつ、アウトプットを減らしたくないなら、消費者金融業者に補助金を出してみろ、と(笑)

Posted by 47th : 2006年04月22日 22:39

本来商品の性質が 47th さんのおっしゃるようなものなら、すべての対価を借り入れ期間に比例させる利息の形にすること自体に無理があるような気がします。
(その意味で「みなし利息」がかなりこの商品とそれに関する議論を歪めているのではないかと思えます)
実際の制度を大上段から切り捨てるのは行き過ぎかもしれませんが、利息の上限に関する議論ではこの視点は無視できない要素だったりしないでしょうか。

Posted by 通りすがり : 2006年04月23日 02:49

fujiです。
neon98さんとの議論とても勉強になります。基本的には、neon98さんがはじめに仰っておられた、お二人の立ち位置の違いからくる議論かもしれませんが、消費貸借という契約に利息制限という法的規範をどういう形でどう導入するのが妥当か、個別事例として契約当事者間の意思解釈はどうか(借り手は合理的に判断したか、貸し手は優越的な立場を乱用をしていないか等)、という視点に興味をもっている者としてはneon98さんのご見解に共感するのですが・・・。
(それから、なぜ過剰取立は起きるのか?(1)の4つのシナリオの残り3つも楽しみにしております)

Posted by fuji : 2006年04月23日 03:33

 ありがとうございました。これからの議論も期待しております。

Posted by すべりしらず : 2006年04月23日 06:21

>通りすがりさん
仰っているところは、取引される財の境界設定の問題になるのかも知れませんね?
例えば、①time value of money+信用リスクと②仲介サービス部分を別の商品として、価格規制を行うということなのかも知れません。ただ、もしそれが本当に消費者の需要に即したものであれば、サービスのアンバンドリングがなされるはずであり、これを「規制」で行おうとすると非効率性が生じることもよく知られている話ですし、現実的に①と②を外部から明確な形で認識することは難しいので、何れかについて望ましくない価格規制がなされればarbitrageが生じてしまうという問題があるのだろうと思います。
なお、アメリカでは手数料部分も金利に含めた上で、それを開示することに(確か)なっていたはずです。
>fujiさん
私としては、従来の裁判例で取り扱われているような公序良俗基準の下で個別的事情に応じた救済がなされることまでは否定するつもりはなく、制度設計としての上限金利規制の有効性に絞って議論をしている(と、少なくとも本人としては思っている)んですよね。
なお、個別事案における公序良俗規範の用いられ方についてご興味があるのであれば、大村先生の「公序良俗と契約正義」を一読されるのをお薦めいたします。
>すべりしらずさん
こちらこそ、これからも宜しくお願いいたします^^

Posted by 47th : 2006年04月23日 19:20

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