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開発におけるPrivate Normsの可能性と限界 (2)

そもそもPrivate Normsとは?

まず、Private Normsということを議論する上では、定義と議論の射程を明らかにしておく必要があるでしょう。

消去法的に定義すると、まず、国際慣習法も含めて国家によって制定され履行が確保される「法」は除きます。(もっとも、制定あるいは履行の何れかに関して国家が関与することは考えられます)

次に、ここでいうNorms(規範)は、その規範の名宛人となっているプレイヤーの行動を「規制」する効果を持つものであり、いわゆる"Obligational Norms"を対象にします。また、規範の名宛人としては、途上国に直接投資を行う多国籍企業(Transnational Corporation(TCN))、あるいは、途上国へのファイナンスを行う国際的金融機関(Transnational Financial Institutions(TFI))を念頭に置くこととします。

最後に、この規範が義務的(Obligational)であるメカニズムとして、内部化された義務感(internalized duty)は検討の対象外とします。
このペーパーで分析したいのは、ある一定の政策目的の達成との関係においてPrivate Normsの意義を考えることです。もちろん、「環境に配慮すべき」というスローガンを長期にわたって訴え続けることによって、環境に対する意識が内部化されるといった過程も考えられますが、こうした心理的な義務感の内部化の過程は極めて複雑で予測やコントロールも困難です。
従って、可能性として、民衆レベルでの反対運動やNGO、マスメディアの働きかけが、ある種の義務感を内部化する可能性は否定はしませんが、このペーパーでの分析対象からは意図的に外します。

従って、このペーパーで検討されるPrivate Normsとは、「法」以外のものであって、何らかの外部的なサンクションの畏れによって、TCNあるいはTFIによる途上国への投資活動行動に一定の規律効果を有するものということになります。


Private Normsの具体例

では、こうした定義にあてはまるPrivate Normsの具体例はというと・・・

Private Normsの実効性確保メカニズム

こうしたPrivate Normsの分類にはいくつかの視点が考えられますが、Private Normsの限界を明らかにするという意味では、Private Normsの実効性確保メカニズムの観点から見るのが適切だと思われます。

このような観点からの分類を提供するものの一つとして、Kandori(1992)による"personally enforced norms"と"community enforced norms"の分類があります。
前者は直接の被害者(victims)による報復によって規範の実効性が確保されるメカニズムであり、後者は直接の被害者ではないcommunityが規範からの逸脱者を罰することによって実効性が確保されるメカニズムと説明されます。

このカテゴリー分けが有効に機能するためには、定義上「被害」が適切に画定されることが必要があります。「被害」が対立当事者構造の下で発生する場合(例えばダイヤモンド取引における売り手と買い手のような関係)や、「被害」が財産状態に対する負の影響として発生する場合(例えば相手の財産をだまし取る場合)には、「被害」の画定は容易ですが、「被害」が外部性として発生する場合(環境被害)や、機会損失の場合(より高い賃金を得る機会の喪失)には「被害」の画定は単純ではありません。

また、ここで取り扱う規範の名宛人は個人ではなく多国籍企業です。多国籍企業の行動原理やインフォーマルな規範が与える影響は必ずしも個人と同一ではなく、また、多国籍企業の活動の基盤となっているcommunityは極めて多層的です。

そこで、社会規範との関係で検討されてきた標準的な実効性確保メカニズムを念頭に入れつつも、多国籍企業がプレイヤーであるという特殊性を念頭に入れた分析が求められることになります。この点、企業行動の規律については、コーポレート・ガバナンスの分野を中心として、既に相当の蓄積が見られるところであり、そこで培われた枠組みを用いることが有用でしょう。

  1. 製品市場(Product Market)からの制裁

    例えば、途上国の低賃金労働を利用して製品を生産するアパレルに対する不買運動がこれにあたります(梶ピエール先生が紹介されていたSweatfree Campaignが典型例ですね)。

  2. 資本市場(Capital Market)からの制裁

    最近注目を浴びつつある社会的責任投資(SRI)は、投資家による投資先の選別等において企業の社会的責任(CSR)を指標として用いるとされていますが、これが有効に機能するとすれば規範からの逸脱に対する有効な歯止めになる可能性があります。

  3. 資金調達市場からの制裁

    現在のところEquator Principlesはプロジェクト・ファイナンスに対してのみ適用されていますが、より広範な金融手段において金融機関はモニタリング機能を発揮すべきという声もあり(Missbach(2004))、仮にそうした規範が定立された場合には、資金調達市場からの制裁を受ける可能性もあります。

  4. 生産要素市場からの制裁

    典型は労働市場ですが、フェアトレードによる生産者組織の試みは他の生産要素市場におけるプレッシャーを作りだす試みとして理解することが可能かも知れません。

  5. 他のステークスホルダーからの制裁

    例えばNGOなどによる抗議活動などが、これに当たるでしょう。ただ、どちらかというとNGOの抗議活動は、1.~4.のような他の企業の収益性に直接影響を与えるサンクションを増幅させる役割を持っていると見るべきでしょう。

  6. サークル・メンバーからの制裁

    表現が少し難しいのですが、Equator Principlesが従来の枠組みに比べて画期的なのは、国際的金融機関が一つのサークルを結成して、規範遵守の履行確保を図っているところです。
    この場合、メンバーが逸脱した場合の制裁手段は、1.~5.に比べるとより強力な手段をとることが可能となります。例えば、(それを公にやるかどうかは別として)規範を逸脱したメンバーに対して、ボイコットなどの手段をとることによる規律付けも考えられます。

  7. 公的エンフォースメント

    最後に、民間で設定した規範が法的責任の判定基準に採り入れられることによりエンフォースメント力を持つ場合が考えられます。
    例えば、業界において成立している規範に従ったかどうかが過失責任の下での過失の判定に採り入れられるような場合が、この範疇に入ると思われます。

とりあえず、今のところは、上のようなサンクションルートが考えられます。

本来はこれらの一つ一つについてその理論的な枠組みと限界を検討すべきですが、ペーパーの紙幅と時間の制約から、製品市場による規律とサークル・メンバーからの制裁に絞って検討していくことにしたいと思っています。

Posted by 47th : | 20:06 | Law & Development

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コメント

拙エントリに言及していただきありがとうございます。この件については補遺のようなやり取りがhttp://d.hatena.ne.jp/dojin/20060419#p1でありましたので、参考までにご紹介しておきます。

Posted by 梶ピエール : 2006年04月23日 21:37

>梶ピエール先生
興味深く拝見させていただきました。
今書いているペーパーにとっても、大変に示唆に富む内容でした。
ご指摘されているように外国資本/内国資本、フォーマルセクター/インフォーマルセクターの二重構造と制度間での裁定の可能性を考慮に入れないと開発への影響は語れないところが難しいのでしょうね。
また、「法」が開発の場面で最も大きな役割を果たす場面も、そうした二重構造との関係においてなのだろうという気がしています。
実は消費者金融の上限金利規制問題に強い関心を寄せいているのも、開発における法政策立案のあり方が念頭にあるからだったりします。
これからもご指導宜しくお願いいたします。

Posted by 47th : 2006年04月24日 10:19

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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