今回の旅行中に読んだもう1冊は、大野健一「市場移行戦略―新経済体制の創造と日本の知的支援」(1996)です。
これは、以前梶ピエール先生に教えて頂いた本で、「開発援助の社会学」と並んで試験が終わったら真っ先に読もうと思っていた本の一つで、これまた大当たりでした。
L&Dの授業でDevelopmental Stateについて学んだときには、日本をはじめとした東アジア政府の能力を賛美する一方で、「こうした優れた政府は他の地域には存在しないので、東アジアのモデルを一般的に適用することはできない」と結論において切り捨てる議論に、何だかしっくりこないものを感じていました。
大野先生のこの本では、市場を持たない途上国が市場化経済に移行するにあたっては、東アジア諸国の政府が試みたような市場経済の「育成」が必要という基本認識の下に、日本モデルの利点と並んで、その限界と将来的な適用にあたっての前提条件、派生的な示唆が書かれます。
「日本モデル」の移植は決して簡単な話ではありませんが、さりとて、簡単に切り捨てられるべき性質のものでもないわけで、西欧のエコノミストによる「褒め殺し」ではなく、こうした地に足の着いた分析こそもっと求められるべき性質のものですし、こうした分析は今後の日本の経済が向かっていく方向を考えていく上でも非常に示唆に富むものです。
勿論、読んだ後で、いくつか疑問も湧き上がってくるわけです。例えば、日本モデルの中心として採りあげられているのは、やはり戦後の驚異的な復興ですが、個人的には、明治維新後太平洋戦争前の政府による経済政策や財閥のような強力な民間プレイヤーの形成こそが、日本の「市場化」の大きな原動力であった可能性があり、その時期の日本モデルの方が今の途上国が抱えている問題と親和性があるように思われます。更にいえば、明治維新以前から、日本では士農工商の身分制の上では最下位に措かれながらも民間プレイヤーはかなり大きなプレゼンスを持っていたわけで、その辺りの社会構造と市場化との親和性も存在していたのではないかという印象を持っています。そうした戦前における政府や、あるいは民間プレイヤーの側の前提条件について、もう少し掘り下げて欲しかったような気がする・・・と、思っていたら、大野先生は近著で「途上国ニッポンの歩み―江戸から平成までの経済発展」という本を書かれているようです。
まあ、私程度が思いつくことは、既に専門家は考えておられるということで、今度はこちらを読んでみたいと思います。
もう一つは、日本の政府は、どのような面で「賢く」、そして何故に賢かったのかという点にもやもやが残るという点です。
「結果」としてみれば、日本の政府は「うまく」立ち回ったことは事実としても、それは朝鮮戦争特需や東西対立構造といった外生的な追い風に乗ったというだけなのか、それとも、それ以上に特殊なノウハウを持っていたのか、もしそうしたノウハウがあったとすれば、それはどのようなものなのだったのかという辺りです。
これは、もう少し個別の産業政策のあり方に関わってくるのかも知れませんが、具体的に日本モデルを途上国の発展に適用していこうとする段階ではやはりもう少しつめて考えないといけない問題ではないかという気がします。
もっとも、これは民間プレイヤー側のガバナンスのあり方や競争法政策とも密接に関連してくるところでしょうから、人任せというのではなく、自分でも勉強すべきところなんでしょうが。
何れにせよ、西欧中心の開発の流れの中で日本人だからこそ見えることがあるという自信を持たせてくれる一冊です。



















