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制度設計論としての日銀総裁の運用規制

結果だけ見れば、イングランドとスウェーデンの順当勝ちなんでしょうが、どちらも見応えがありました。
ジョン・テリーの神業的サポートがなかったら、トリニダート=ドバゴ先制で試合の流れも変わっていたでしょうし、パラグアイもスピードのあるカウンターからいいミドルを何本も撃ってましたからねぇ。
もっとも、トリニダート=ドバゴに関していえば、まだ予選通過の一縷の望みは残っているわけですから、頑張って欲しい、けど、スウェーデンがここで消えるのも勿体ないんですが・・・いずれにせよ予選最終戦ではスリリングな同時進行が今から楽しみです。

と、最近は、ワールドカップネタで入るのが恒例になりつつありますが、日銀総裁の利益相反行為規制問題について、ちょっと。

まず、そもそも個別株も持っていたとか、そういう話も出てきているようですし、(個別株をどこまで禁止すべきかは議論があるとしても(後述))そういう意味では「脇が甘い」どころか、 デフェンスの意識すらなかったようですから、世間の非難を一身に浴びてしまっているのは仕方ないのかなとは、私も思います。
結局、アイドルに彼氏がいてはいけない・・・というのが古ければ、アイドルは飲酒喫煙してはならないという価値観を持っている人々をファン層に抱えているアイドルが、それを不用意にもスクープされれば、アイドル生命の危機に直面するのは自然の流れなんで、既に成人していたとか、法律には反していないとかそういうことは何ら問題ではないんでしょう。

なので、そうした価値観を持っている方々が総裁辞任を求めることに異を唱えるつもりはないんですが、その「価値観」をベースにルールを組み立てようとするのは、いかがなものかというのが、法律家から見た違和感の全てです。おそらく、bewaadさんが、珍しく田中(秀臣)先生を始めとした経済系の論客の方々と真っ向から対立しているのも、その辺りにあるのではないかと思う、今日このごろ。

今回の件が大きな話になったのは、普通に見れば、「それ」が村上Fだったからですが、それでは村上氏をバッシングしているマスコミ・検察の流れに乗ってしまっているので居心地が悪い・・・そこで、そもそも日銀総裁としての利益相反規制に反している、あるいは、現行ルールでは反していないとしても、本来規制されるべき行為であるという問題の立て方で議論をする・・・そのこと自体は、利益相反ルールの規制に関する議論として精緻に詰められるのであればいいのですが、その段になると、「たとえ村上F以外のファンドに対する出資であっても許されなかった」という結論に持っていくために相当無理な立論をされているというのが正直な印象です。

前回も書いたように、日銀総裁の職務というのは、およそあらゆる金融活動に影響を与えているので、全ての資産を現金化してタンス預金とした場合ですら「世間から些かなりとも疑念を抱かれること」はあり得ます。

そういう意味で、この規程は訓示以外の何者ではなく、これを規範として適用することには無理があります。(規範性を認めたとしても、福井総裁の行為が該当するかどうかに関する議論はbewaadさんが、いつものように精緻にやっておられますので、そちらをご覧頂くのがいいと思います)更に、「適用」の場面もさることながら「制度設計」の段階において、この服務規程が参照されて「疑念を抱かれるからファンドはだめ」といった議論をすることには、ほとんど何の意味もありません。
別の言い方をすれば、日銀が今回の一件に懲りて、この服務規程を削除したり、「世間から些かなりとも」を「諸般の状況に照らして著しく」に変更すれば論者の方々は納得するという話ではないのでしょうから、その意味でも日銀総裁の利益相反規制に関するあり方を考えるにあたって、この服務規程の「些かなりともの疑念」をベースに論じるべきではありません(※)。

従って、日銀総裁の利益相反規制問題を、きちんと論じるのであれば、問題とされるべき利益相反の内容は何で、どのような規制手段が望ましく、それを規制することのコストとベネフィットはどうなっているのかという点が論じられなければいけないわけですが、ファンドは勿論のこと、個別株に至ってすら、こうした基本的な論点についても分析は十分になされていないのではないでしょうか。

ちなみに、ちょっとFRBのHPを見てみたら、次のようなQAを発見しました。


Is it legal for Board employees to own stock or to trade in the market?

Yes, generally. Board employees, and their spouses and minor children, are allowed to own or trade stock,except the stock of depository institutions or affiliates of such institutions.Also, employees who have ongoing access to the most sensitive Federal Open Market Committee information, and their spouses and minor children, may not own stock in primary government securities dealers or their affiliates, and they are restricted as to when they may buy and sell securities. (下線は引用者付加)

これが職員だけでなく委員にも適用されるのかは、はっきりとは分かりませんので、違ったら申し訳ありませんが、情報量や利益相反性ということでいえば、職員と委員とを区別する理由はないので、とりあえず同程度だと仮定して話を進めますが、FRBでは預金取扱金融機関や国債引受取扱い金融機関(primary という言葉に一瞬引っ張られてしまいましたが、あくまで公開市場操作のときに使われるディーラーということなので引受やるとは限らないですね)以外であれば、個別株についても堂々と適法だと言っているわけです。

制度論として日銀総裁がファンドに出資することや、その解約を問題視される方々は、FRBのこの線引きをどうお考えになるのか、非常に興味があるところですが、私からみると、一つの線の引き方としては十分にあり得る話だという気がします。

そもそも、「利益相反」の問題は常に悪とは限りません。
企業におけるストック・オプションがそうであるように、一定の利害関係を有することによってインセンティブにつながることも十分にあり得ます。
まあ、株式評価モデルの話を持ち出すまでもなく、個別株のキャピタル・ゲインの源泉は、大きくわければ企業固有の要因と市場に共通の要因があるわけで、前者について中銀が影響を与えることができるのは連邦預金準備制度の対象となる預金取扱機関か国債引受公開市場操作に際しての国債の売り買いに限られ、それ以外については基本的に後者にしか影響を与えることができません。
そして、後者については、市場要因によるキャピタル・ゲインの向上が起きるということは、つまり経済全体が成長トレンドにのっていることであり、これは中銀の職員のみならず、国民全体にとってハッピーなお話です。
そういう意味において、これを規制することによって追加で得られるメリットというのは、それほど大きいとは思われません。

でも、それでも「何だか一般国民から疑念の目で見られる可能性はある」ということで、個別株の資産運用を禁止したらどうでしょう?
資産運用の機会の制約は、もしそうした制約がなければ得られたであろう利益を失うという意味で機会費用の損失をもたらします。
従って、資産運用の手段を制約すれば、報酬額自体は変わらなくても、機会費用相殺後のネットでの報酬価値は減少してしまいます。中銀職員と官僚はパンのみに生きるにあらず、と言われれば、それまでですが、実質的な報酬価値の減少は放っておけば、魅力ある人材の獲得や引き留めは困難になりますし、それを防ぐためには名目報酬額を増やすしかありません。

このコストと一般国民からの疑念の払拭というベネフィットを天秤にかけて規制のバランスをはかったときに、FRBのような線引きの仕方というのは大いにあり得る話です。

もちろん、アメリカと日本では、年金資産のあり方の差や、市場情報インサイダー取引に対する規制のあり方(アメリカでは(多分)中銀職員が職務上知り得た情報を下に株式の売買をすればインサイダー規制にひっかかるはずです)の差があるわけですが、最低限、上のようなレベルでの「利益相反」と言われているものの中身の画定と、その規制のあり方についてのコスト=ベネフィット分析を提示しないと、制度論としては説得性を欠くんではないかと思います。

というわけで、最後に、baatarismさんからのコメントで頂いたファンドへの出資を信託に入れて、しかも任期中は解約できないようにすべき(※2)という話についてですが、ファンド自体の運用の指図はできない立場である場合に、更にポジションの解除まで規制することの意味を考える必要があります。
上の個別株の話はファンドの場合も同じで、ファンドのキャピタルゲイン(ロス)には、ファンド固有の要素と市場一般の要素があるわけで、前者については日銀はコントロールできません。後者については、市場全体の動きの話であって、この場合には高リスク資産から無リスク資産にポートフォリオを構成し直すことでロスを少なくすることは可能になります。
ただ、中銀の総裁のインセンティブは基本的には市場全体の成長であり、意図的に市場を下げるインセンティブはありません。その意味で、ファンドの解約という防衛策をとることを認めても、インセンティブに大きな歪みを与えることは考えにくいところです。

これに対してポートフォリオの組み替えを禁じた場合には、こうした防衛的なポートフォリオの組み替えができずに発生するロスが大きくなるため、思い切った(リスクの高い)金融政策の発動を躊躇するかも知れません。
また、ファンドの解約=流動化を禁じるということには、それなりの機会費用が生じます。
ちょっとシニカルな話をすれば、手持ち資産の流動性に制約が加えられた場合には、借入の柔軟性を増すことで対応することになるわけですが、この場合の借入金利こそ、もっとも中銀が直接にコントロールできるところであって、厳しい流動性制約に直面させられた場合には低金利継続を望むかも知れません。(まあ、そんなことを言い出すと、そもそも預金でも同じなわけで、だからこそ利益相反性の程度と何を規制しようとしているのかという本質を見極めないと議論ができないわけです)

こういうことを考えると、一律にポジションの凍結を義務づけることのベネフィットがコストにまさるとは思えませんし、結局、職務上知り得た情報を実際に用いてポジションの解約を行ったことが判明した場合の対応(事後規制)を厳格化すれば足りるんではないでしょうか?
(もっとも、これだと今回の福井総裁の対応を難じるのは、大分難しくなってしまうかも知れませんが)

そもそも、「信託」というとア・プリ・オリにいい響きがありますが、長年にわたる規制の影響で、日本における信託業の中心は信託「銀行」です。まあ、それ自体は預金取扱機関ではありませんが、日本では金融グループが形成されているわけで、中銀の総裁が、どこぞの金融グループの信託銀行に一任信託で財産管理を委ねているという方が異常な気がするのは気のせいでしょうか?
まあ、受託した信託銀行としては、中銀の総裁の覚えめでたくあるように、一生懸命に財産管理にせいをあげるでしょうから、ひょっとしたら全部信託せよと言われたら、それはそれで喜ぶのかも知れませんが(笑)

というわけで、利益相反規制の制度設計は、およそあらゆるガバナンスの中でも最も難しいものの一つ、ということで、この問題と100年以上にわたって格闘し続けている会社法の世界をホームグラウンドとする人間からの見方でした。

(蛇足)

念のためですが、このエントリーは、巷間で論じられている制度設計論としての利益相反規制の議論に疑問を投げかけることが目的で、別に福井総裁を擁護する意図はありませんし、正直、辞任でもいいような、よくないような・・・この対応如何によって発せられるメッセージ如何は、制度設計の問題ではなく、すぐれて政治的な文脈に依存する問題だと思いますし、正直、その部分については、コメントする能力はありませんので。
 

(※)口説くなりますが、「些かなりとも疑念」を自分の「価値観」に照らして批判されることは全く構わないと思います。ただし、bewaadさんがいみじくも仰られているように「李下に冠を正さず」は人生訓であって、制度設計の道具ではありません。「李下に冠を正さず」が制度設計における指針として正しいのであれば、可能な限り抽象的・広範な文言で責任追及や訴追ができるようなシステムが望ましいことになってしまいます。

(※2)そもそも信託法57条との関係で、どこまでの定めが可能か、とか、信託法としてはOKでも、信託業法上問題がないか(未確認)、実際にそんな形の信託を受けてくれるところはあるのか、といった辺りの話は別途つめる必要がありますが。

Posted by 47th : | 01:46 | 時事

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コメント

Posted by kumakuma1967 : 2006年06月16日 06:06

>市場関係者は落ち着いていますね。

市場関係者がわざわざ日銀ににらまれるような、回答をだすかいな?

Posted by あ : 2006年06月16日 09:29

なんなんですかね、最近のこの流れは。あちこちを叩きまくって一体何をしたいのか。
まあ、私は出るような杭でもないんで打たれることはないですが、それにしても住みにくい国に見えてきます。あんまり日本に帰りたくなくなってきましたが。

Posted by ビビビ×48 : 2006年06月16日 19:39

>kumakuma1967さん、あさん
まあ、火消しに汗を流す人と、燃料を継ぎ足すために汗を流す人の両方がいるんでしょうから、予断を許しませんね。
>ビビビ×48さん
まあ、今回のは、ホリエモンや村上氏の時には冷めていた識者の方々も、非常に熱心に辞職を訴えているあたりで、面白いですね。
ところで、HNをころころ変える人は、そろそろコメント拒否設定でもしちゃおうかな。

Posted by 47th : 2006年06月17日 19:47

 
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