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ピルロと中田

皆さんご存じのとおり、イタリア=ドイツ戦は素晴らしいゲームでした。

前半はイタリアが完全にペースを握って、ドイツにチャンスらしいチャンスをつくらせなかったのが、後半になるとドイツもピルロとデフェンス陣の間にできたスペースをドリブルで突破していい形をつくるのを、カンナヴァーロとブッフォンの鉄壁のデフェンスが立ちはだかるという見応えのある展開。
それにしても、カンナヴァーロのポジションどりと当たり方は見ているだけで、うっとりしますね。
守備でここまで魅せられる選手というのは、イタリアならではというところでしょうか。
あれで身長は175cmですから、DFは身長ではないんですよ。やっぱり。
(まあ、コンビを組んでいるのは、縦も横もでかい人ですが)

イエローも両軍合わせて3枚、それもまあひいき目に見てもしょうがないものばかりで、両軍とも累積出場停止になる選手はなし。当たりはそれなりに激しかったし、少し流しすぎというところもありましたが、120分間、試合が荒れることもなく、倒れた選手にお互い手を差し伸べたり(ガットゥーソが親愛のつもりかバラックの頭をしつこく抱えていやがられたシーンはありましたが(笑))、その意味でもいい試合でした。

そして、誰もがPK確実・・・というよりもイタリアはPKに持ち込むつもりと思った時間帯でのピルロのあの芸術的なパス・・・グロッソも、あれしかないという見事なシュートでしたが、本当に一瞬ドイツ守備陣の時間が止まってましたね。

更に、その後のジラ→デルピエロの、これまた芸術的なゴール。
トニとトッティの連携が今一つつながらないところを見ると、この二人のコンビを決勝でも見てみたいという気もするところです。

相手はフランスかポルトガル、ジダン・アンリ(とリベリーかな)とイタリアDF陣の対決も見てみたいし、フェリポンとリッピの知恵比べも見てみたい気がするし、まあ、何れにせよ素晴らしいカードになるはず。頼むから、フランスが勝ち上がったけど、ジダンに黄紙で累積出場停止というオチだけはやめて欲しいものです。

・・・と、さて、今回の一戦で、ミランの司令塔ピルロの素晴らしさが、(更に)知れ渡ったんではないかと思うわけで、ミラニスタとしては、北から「シェヴァだけでなく、ピルロもとるスキー。ついでに、8番もとるスキー」とか、西から「ピルロもギャクティコに」とかいう怪しい勧誘が始まらないかが非常に不安なところもあるわけです(※)。
中盤の底から厳しいマークをすり抜けながら、ここしかないという長短のパスをぴったりと合わせる能力と創造力は、本当にゾクゾクするんですが、その一方で体格的な問題から、前線での当たりには弱く、ゲームメーカーでの定番であるトップ下としては余り大成しなかったという過去を持っています。

そのピルロを俗にいうボランチのポジションに配置して、そこから試合を操る役割を与えたのがミランの監督カルロ・アンチェロッティなわけですが、本来守備要員であるはずのボランチの1枚にフリーなスペースを与えて攻撃参加させることが可能になったのは、マルディーニ・ネスタのDF陣とピルロのスペースを補うガットゥーソの存在です。
今回のイタリア代表でも、デ・ロッシの一件や直前での負傷ということもありましたが、ガットゥーソが入ることでピルロがいっそう攻撃参加できるようになったのはご覧のとおりです。

・・・と、今やピルロがこうやってイタリア代表の要として認識され、おそらく、世界で最高のプレイヤーとしての名声を今大会で揺るぎないものにする一方で、中田が引退を表明・・・

既に色々と語られているところもあると思うのですが、才能的に中田とピルロとの間に天地ほどの差があったのかと言えば・・・あったのかも知れませんが、日本人としてのひいき目で見ているせいでしょうが、中盤でのキープ力やパスの創造性、正確性という面では、中田もやはり相当のプレイヤーだったような気がします。

ただ、両者の決定的な違いは、ピルロはアンチェロッティに出会ったが、中田は出会えなかったことではないか・・・ふと、そんなことを思ってしまいました。

アンチェロッティは、ミランというチームで、トップ下としては成功しなかったピルロの才能を信頼して、半ばピルロのためのシステムを構築し、それを機能させたことで、ついにはリッピにすら、ピルロを中心としたチームづくりを促した・・・中田は、逆に自分を信頼してくれる将に恵まれなかった・・・(※2)

伯楽がいなければ、名馬は名馬たらず・・・もっとも、そうした「不運」は中田だけのものではなかったのでしょうし、それでも、それなりの才能があればプロ・サッカー界で生きていくことは可能でしょう。
ただ、中田は、やはり賢すぎたのでしょう。
伯楽がいなければ、自分は名馬にはなれない・・・中田にとって、今回のワールドカップは、まだ見ぬ伯楽と出会うための最後のチャンスであること、それを知ってしまっていた・・・そして、その最後のチャンスは掌から滑り落ちていった・・・

ジーコは、選手の個を大事にするといいながら、アンチェロッティがやったように、その才能が機能するために必要なシステムを用意することはできませんでしたし、おそらく中田自身のコミュニケーション能力の問題もあって、他の選手たちも中田の才能を活かすという方向で結束できなかった・・・残るのは、ただひたすらに走り回り、その場その場でプレーをしていくことだけ・・・

そのプレーから、名馬を見抜くことは、いかな名伯楽でもできない・・・中田は、そう見切ってしまったような気がします。

「個」の力が足りなかったと総括する人々は、中田という傑出した「個」を活かすことができないまま、失ってしまったことを直視しないといけないはずです・・・などと、ピルロへのスポットライトを見ながら、中田の引退について、そんなことを思ってしまいました。
 

 

(※)それでなくても例のスキャンダルでセリエBに降格したら、主力選手の契約がどうなるか不安なのに・・・

(※2)その意味では、中田を中心にチームをつくるだけの価値があると思ってくれたのは、マンツォーネだけだったのかも知れませんね。 


Posted by 47th : | 12:39 | Sports

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中田選手の姿が印象的だったとWCブラジル戦の後 書きましたが、今日は中田選手引退の報を聞いて あの時書かなかったことと、いつも勉強させて いただいて... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年07月06日 07:47

コメント

中田を贔屓目なしには見られない。というか、贔屓目なしに見てるのかも知れないけど「ぃゃぁそれはきっと自分が日本人だからだ」とどうしても気にしてしまう。これってきっとみなさんそうなんですよね。だから海外メディアの記事とかが気になって仕方がない(笑)。
やはり同種のバイアスから逃れられないのですが、今大会の稲本の守備に、僕はうっとりしていました。コンディションも良さそうでしたし、広い視野を持った適切なポジショニング、判断の速さ、当たりの強さ加減、攻撃参加のタイミング。
個人競技にはパーソナルベストという言葉がありますが、川口と稲本は良いパフォーマンスを見せてくれたと思います。

Posted by hal* : 2006年07月05日 18:12

こんにちは。ピルロをミランにみすみすあげてしまったのは気づいてみればここ数年のインテルの最大のミスになってしまいました(泣)。
 名伯楽の話で思い出したのですが、確かカペッロは、ローマ時代、中田の適正をメッザーラ(セードルフのポジション)と見抜いてトッティと共存させるべく中盤をダイヤモンド型にしようとした時期があったハズ(プレシーズンだったか)。んで、エメルソンが大怪我してこの構想は流れてしまった(またトッティの控えに)のですが、ガットゥーゾに恵まれたピルロと、エメルソンがいなくなった中田、チームメートの大切さも感じます。
 ピッチにはいろんな教訓が詰まってますネ。

Posted by そらまめRRZ : 2006年07月05日 19:15

ものすごく中田をひいき目に見たエントリですねぇ〜。

僕はローマでのカペッロ、パルマでのプランデッリと監督には恵まれていたように思いますけどね。特に、そらまめRRZさんも指摘されているようにカペッロは今のピルロの役目と同じことを中田にやらせようとしましたが、彼は理解しきれなかったんじゃないかと思います。トップ下に拘ってしまった、というか。パルマ時代も同様です。プランデッリは右サイドに彼を置きましたが、彼はそれを嫌がりました。僕のはそれはただの我が儘だとしか思えません。なぜといえば、それでチームは好成績を挙げていたからです。

ペルージャ、ローマ時代の中田は確かにセリエAでも上の下か上の中ぐらいの高いレベルにいたと思いますが、彼を中心にチームを組まなければならないようなチームは上位にはないでしょう。

ペルージャ時代の中田は好きでしたけど、途中からあまりにビジネス志向なので嫌いになりました。選手としての質の低下と無関係ではないと思います。

Posted by night_in_tunisia : 2006年07月05日 21:39

ご無沙汰です。
「日露戦争と『菊と刀』」(森貞彦著)
という本に司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」が
論じられています。そこに示唆的な一説が
あります。

「日本人の能力は決して一様ではなく、人並み外れて
有能な個人がたしかにいるのだが、その個人が
十分に活躍できる条件が整う機会が非常に稀である。」(p.4より)

う~ん日本に限ったことではないのでしょうが、
なんか今回のエントリと関連して考えさせられます。

Posted by taka : 2006年07月06日 07:56

>hal*さん
パルマ、ボローニャ時代は、動いている映像を見るチャンスがなかったんですが、プレミアはケーブルでやっているので、ボルトンの試合で(それでもたまにしか出てくれないんで放映スケジュールがあったときだけですが)見ていると、技術的には光っている、だけど、チームの動きとかみ合っていないという印象を受ける・・・これは日本人故のバイアスなのか、何なのかよく分からないんですよね。
久々に見る稲本は、時間こそ短かったけど、よかったですね。小野と並んで、優れたタレントなのに必ずしも活かされなかったのが、何とも惜しい限りです。
>そらまめさん
インテルにあのままいたらどうだったんでしょうね?
やはりアンチェロッティとガットゥーソがいたから輝いたし、その輝きがあったからアッズーリでも、あの地位を得たんではないかと・・・まあ、何にせよ巡り合わせですね・・・
>night_in_tunisiaさん
中田に対する評価というのは、結構分かれますよね。
何の根拠もありませんが、中田は外に対しては非常に自信満々で迷いがないかのように見せつつ、実はサッカーにおける自分の適性や、どうやってヨーロッパのサッカー界で生きていくのか、といったごく基本的なことですら非常に悩んでいたんではないかという気がしています。まあ、それも彼自身が選んだ道なのでしょうが、それでも、何とも「勿体ない」という気がしてしまうわけです。
>takaさん
日本に限ったことではないと思いますが、組織と個との関係に対する見方については、文化の差というのは相当にありそうな気がします。
アメリカは個の力を重視するといいつつも、結構、形式的な部分や手続に対して、日本人以上にこだわりますしねぇ。
何れにせよ、色々と考えさせるところの多い話です。

Posted by 47th : 2006年07月06日 11:44

中田はピルロと同じくらいの能力があると思います。

そもそもイタリアでは当初、中田のほうがずっと注目されていて、それに対してイタリア人が、
「イタリアにだってピルロがいる!」
と言っていたくらいで…。

現在の置かれている立場の違いは、47thさんのおっしゃるとおり良い指導者とめぐり合えたかどうかということが大きいと思います。

Posted by kenji47 : 2006年07月06日 11:55

>チームの動きとかみ合っていないという印象を受ける・・・

実は、僕はペルージャ時代の中田にもその点を感じていました。試合展開や対戦チームによって、チームが中田を必要としていないかのような試合があったなぁと。風間さんの解説を聞いていると時に中田のTacticsが正解で他の全員が間違っているという見方になっている事もあったと思いますが、しかし解はひとつではないですからね。
そういう意味では他の欧州選手が馴染みのあるtacticsと中田の考えるそれには違いがあったのかも知れないなぁと思っています。
ですが、先日のドイツ×イタリアの様な展開の試合では、ここに中田がいたらもっと支配率に差がでるだろうなぁなどと妄想していました(笑)。

Posted by hal* : 2006年07月06日 20:16

仰る通り、イタリア=ドイツ戦、何も言葉にする事の無い、凄い名勝負でした。
(フランス=ポルトガルも、また別の味わいがありました。
 PK得点後、往年のイタリアのような落ち着いた試合運び...一瞬アズーリかと錯覚しました^^;)

ついに来た決勝は...
・イタリアは「全員セリエ連合で決勝進出」という事実に心から拍手を送りたいですし
(とにかくミランだけは、セリエAに残って欲しい一心です...)
・一方フランスも、ジダンの眩さ&ボランチ含むベテラン守備陣の輝き...
もう、共にいいチームなので、どっちが勝ってもいいような気分に陥っています。
(いい勝負になること、それだけを祈って...)
それに、3決も「カーン&上川主審」で、なんか目が離せなくなってきてしまい。
今回は、捨てられる試合が少なすぎて、逆に困ります(笑)

<本題>
中田選手についての意見を拝見し、私が感じたことは2つでした。
・WBCでのイチローと王監督(+ベテラン陣)
・『オシム監督』を考えた時の勿体無さ

競技種別は違えど、王さん(選手時代)とイチロー、そして中田選手には、
他者に合わせ妥協しない『求道者』として生きてきた共通項を感じます。
(真剣での素振り vs 自分基準で目標設定しての練習取り組み 等に)
その点、王さんにはダイエー監督時代から監督としても第一人者になった気がしており
イチロー選手にとって、何よりの理解者&指導者だったのではないか、と思います。
更にチームを支える点では、特に宮本選手等の影からのリーダシップも大きかった。
おかげで、イチローはわりと地のままでチーム一丸になれたような気がします。
(中田がジーコに「カズさんをチームに入れて欲しい」と頼んだらしい事とダブります..)

その点、特に現時点で考えると、中田引退は非常に残念に思えます。
『オシムさんなら、中田選手に対しても
 サッカーの楽しさ&厳しさを思い出させ、更にたくましく出来たのでは?』
という気が、してならないのです。
(オシムさんは間違いなく『名伯楽』と思います~あのピクシーも心酔している程ですし)

私には、中田選手は、97年4月の日韓戦A代表デビュー以来 衝撃の連続でした。
今は色々と擦り減ったと思いますし、サッカーの楽しみも見失ったかもしれません。
(一時、バスケから野球へ転向したM・ジョーダンを、連想しました)
今は、お疲れ様とだけ、思います。
また良い邂逅/きっかけが、中田氏を待っている事を、期待しています。

P.S.
上記のようにWBCの王監督を思い出していると、突然入院手術のニュース...
無事回復されることを、心よりお祈り申し上げたいと思います。

Posted by vabo : 2006年07月08日 04:23

>皆様
決勝も色々な意味で面白かったですね^^
中田は引退しても、日本代表は続くわけで、4年後に、今回のWCでの苦い経験と中田の引退がターニングポイントだったね、と振り返られるといいですね。
この1か月、つまらないサッカー・ネタにおつきあいいただき、本当にありがとうございました^^

Posted by 47th : 2006年07月15日 11:36

こんにちは。今回のW杯を決勝まで楽しんだイタリアファンの一人です。
エントリ楽しく読ませていただいています。
ピルロの場合は、ポジションチェンジをすることで才能を発揮できるようになった例ですよね。SBのグロッソもかつてはオフェンシブなポジションにいたと記憶していますが。

>ただ、両者の決定的な違いは、ピルロはアンチェロッティに出会ったが、中田は出会えなかったことではないか・・・ふと、そんなことを思ってしまいました。

この部分を読んだ時に、トルシエのインタビューでの言葉を思い出しました。
「中田は運動量もあるし守備もできるし統率力もあるのでボランチにしたかったが、彼はトップ下をやりたいと言って聞かなかった」
4年前、トルシエの元でボランチになっていれば、今はまた違った展開になったかもしれません。
優れた将も必要ですが、選手自身の将に対する信頼も関係しているかもしれません。
にわかサッカーファンなので不勉強な意見ではありますが、そこはお見逃しを。

Posted by mist : 2006年07月26日 10:35

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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