« 医療法人の株式会社化雑考 (4) | メイン | スキルとセオリー:Tirole"The Theory of Corporate Finance" »

アメリカのM&Aの4割でインサイダー?

今朝のNew York Timesのトップ記事は、"Whispers of Mergers Set Off Suspicious Trading" ということで、NYTがカナダの調査会社に依頼した独自調査の結果、M&A公表の直前に対象会社の株価が上昇することが確認されたということで、40%以上のM&Aで違法なインサイダー取引がなされているとして、ネット版で4頁に亘る長目の記事を掲載しています。

日本語でも時事通信が、次のように伝えているようです(Yahoo!ニュース)。

27日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、過去1年間の大型企業買収を調べたところ、インサイダー取引の疑いがある不審な株価の動きがその4割で見られた と報じた。一般投資家が買収情報を知らないうちに関係者だけが「ぬれ手で粟(あわ)」の巨額の利益をむさぼる違法行為が横行していることになり、同紙は制 度的な問題になりつつあると警告した。

ただ、元のスタディでのサンプルの選定法やアブノーマル・リターンの算出法を見ないと何とも言えないんですが、対象会社の株価の動きだけで「違法なインサイダー取引」があったと主張するのは、ちょっと強引と言う印象も拭えないところです。

いくつかの要因がありますが、M&Aの場合には、公表前の買収者(あるいは、その意図を受けた者)による対象会社株式の買付けは、ほとんど不可避です。
"Toe Hold"と呼ばれたりしますが、買収に先立って、対象会社の株式の一定割合(多くの場合、日本で言う大量保有報告書の提出義務にしっかからない5%未満)を取得することは、①実際に買付を行うことになった場合には、先に取得した分についてはプレミアムを支払わないでよく、②ホワイト・ナイトや競合する買収者が買収に成功した場合には、先に取得した分についてはプレミアムをもらうことができるので交渉費用の一部を回収できる、といった理由から、M&Aの教科書ではむしろ推奨されています(※)。
こうした買収者自身によるToe Holdの取得は、もちろん違法なインサイダー取引に当たりません。

また、(対象会社からではなく)買収者から情報を得て株式を取得する行為も、ストレートにはインサイダー取引規制には該当しないはずです(※2)。

あと、M&Aというのは、具体化すればするほど、資金調達やデュー・ディリジェンスなどで関係者は増えていきますし、直接に情報を受領していなくても、そうした活動を見て、市場はさまざまな憶測をします。NYTの記事では、サンプルから、そうした事例を除いていると言われていますが、市場に憶測が流れているかどうかを画定すること自体、それほど簡単な話ではありません(※3)。
(あと、時事通信でも4割がインサイダーと書かれていますが、そもそもサンプル数を90個に限定して、そのうち37個ということなので、4割というのは、そのうちのものでしかありません。アメリカの上場会社の買収案件は年間400-600件ぐらいあるので、例えば母数を500件とすれば、37件は7%強でしかないので、その意味でもミスリーディングですね)

というわけで、公表直前に株価の上昇があるとしても、それだけでは、その株価の上昇が違法なインサイダー取引によるものかどうかは、何とも言えないと言わざるを得ません。

それが対象会社からリークされた情報に基づくということであれば、M&Aの場合だけでなく、他の重要な情報開示にあたっても異常なリターンが観察されるかどうかということを見る必要があるでしょうし、買収会社側の方の株価の動き(※4)とも比較することで見えることもありそうです。

また、こうした「滲み出し」の現象自体は、決して新しい話ではなく、昔からよく知られています。
ただ、この「滲み出し」が「違法なインサイダー取引」に直結するかどうかは微妙な話ですし、SECや取引所にとっても、それほど目新しい話ではないはずです。

その意味で、記事に書かれていた次のSECの反応の冷たさは、何となく理解できるところがあります。

The S.E.C. would not comment on the study but said that it had looked at Measuredmarkets’ system and concluded that surveillance techniques of self-regulatory organizations like the New York Stock Exchange were more sophisticated.

 ・・・というわけで、NYTは鬼の首をとったような感じなんですが、個人的には、ちょっとチグハグな感じも受けたところです。

私だけが感じるのかも知れませんが、この記事には、「何だか分からないが機関投資家が怪しげなことをやって個人投資家を食い物にしている」という印象操作的なものを感じてしまいます。
例えば、この記事は、最後の部分で「インサイダー取引が被害者なき犯罪である」という学者の主張に対して、「いや、公表前に株を売ったたくさんの人と、買収会社は被害者だ!」と結んでいるわけですが・・・そのロジックがNYTにしては、ちょっとプリミティブ過ぎるような。
どの辺りがプリミティブかという話は、また次の機会に。

 

(※)もっとも、Toe Holdが、実際に、どの程度用いられているかについては議論はあります。 

(※2)もっとも、対象会社と買収会社との間で守秘義務契約が締結されていて、買収会社自身も自らが買収を計画していることを公表することに制約がかけられている場合には、信認義務違反が認められる可能性はあるかも知れませんね。

(※3)情報の種類にもよりますが、アナリストがレポートに書いていない情報であっても(あるいはアナリストがレポートに記載するよりも早いタイミングで)、機関投資家の間で市場動向に関する情報はやりとりされているでしょうし、その情報のやりとりを外部からトレースするのは通常は難しいんではないでしょうか。

(※4)一般にM&Aが公表されると、買収会社側の株価は下落することが知られているので、買収会社と対象会社の株価の動きを比較することで、投資判断の基礎となっている情報の精度を推測することもある程度できるかも知れません。


Posted by 47th : | 19:24 | Securities

関連エントリー

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://WWW.ny47th.COM/mt/mt-tb.cgi/516
 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
このブログをご覧になる際の注意点や管理人の氏素性についてはAbout This Blogご覧下さい。