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インサイダー取引の被害者?

先日紹介したNYTが大々的に採りあげたアメリカの上場会社M&Aでのインサイダー疑惑ですが、その記事で記者は次のような締めくくりをしています。

When stocks gyrate because nonpublic information about deals has leaked out, many people are harmed.The most affected are those who sell shares in the company before it is taken over at a significant premium. An investor who sold Georgia-Pacific shares on Nov. 9, just before the unusual trading, missed a 46 percent gain. Those who sold the Andrx Corporation, just before unusual trading began last February missed, a 36 percent gain

(この文章の中ですら支離滅裂なところがあるのですが)どうも公表前に売却した株主はプレミアムをもらえないじゃないかと主張しているようなのですが・・・そもそも、インサイダー取引があってもなくても、公表前に株式を売却してしまえばプレミアムは受け取れないわけです
むしろ、公表前であっても、NYTが主張するように違法なインサイダー取引のせいで(この主張自体、疑うべき点があることは前の記事で述べましたが)株価が上昇するとすれば、公表前でも株価には一定程度のプレミアムが織り込まれるわけで、その意味では、公表前に株式を売却してしまった株主は、むしろ公表前の株価上昇のおかげで本来は得ることができなかったプレミアムを受け取ることができるわけですから、むしろ公表直前に売却した一般投資家は、情報の滲み出しのおかげで救われている側面があります。
NYTの記者も記事を書きながら、その矛盾に何となく気づいたのか、最初の文章では「買収によるプレミアムが受け取れない」といいながら、次の文章では「異常な株式取引の直前に株式を売却をした場合には」と微妙に表現を変えているのですが、「異常な株式取引の直前に株式を売却した人」は、インサイダー取引のない状態で株式を売却しているわけですから、インサイダー取引の被害者のように扱うのは、そもそも文章として意味をなしていないように思えます。

ここで言っているのは、せいぜいが「M&Aの公表のタイミングが遅れることによる投資家の損害」であって、直接にインサイダー取引から生じる問題ではありません。
何とかインサイダー取引とこじつけるとすれば、インサイダー取引によって利益をあげるために会社が公表を遅らせた場合ですが、アメリカの場合は、M&Aに関する開示のタイミングを不必要に遅らせれば、それだけで証券訴訟のリスクに曝されてしまうわけで、制度的にそうした意図的な公表タイミングの引き延ばしに対する相当の抑止力があるわけで、この抑止力ではインサイダー取引による利益取得の誘惑に対して不十分なものかどうかは、それ自体議論と実証の対象となるべきものであって、因果関係は自明ではありません。

そもそも、極論を言ってしまえば、株価が実際の企業価値の変動を的確に反映させることこそが一般投資家保護になるわけで、原因がインサイダー取引であれ、市場での噂であれ、公表すべき段階には至っていないが、買収が実行される可能性の高まりにつれて株価にそれが織り込まれるのであれば、それは投資家保護につながるとすら言えるわけです(※)。

だからこそ、インサイダー取引規制の制度設計には悩ましい部分が多く、アメリカでは法学と経済学の両面から論争が繰り広げられているわけですが、このNYTの記事は、そうした部分の消化が不十分だったようです。

・・・と、こんなことを思ったのは、私だけではないらしく、Business Law Prof Blogというブログを書いているOhio State UniversityのDale Oesterle教授も次のような感想を述べているので、ご参考までに。

The story does, however, struggle to define why insider trading is illegal, and Ms. Morgenson's list of "victims" is problematic. Her argument that stock sellers are injured, because they could have held their stock until after the announcement and recieved more value, makes no sense unless one assumes that only the higher price, created by insider trading, induced the sale, that the sellers would not have sold at the lower pre-announcement market price had there been not insider trading before the announcement.  This is a stretch for many sellers, who had decided to sell pre-announcement and get the market price, whatever it was.  Those that sold only on the rise, refusing to wait, accepted the risk that they would give up any more increases in the price.  Victims?  The real reason for the illegality of insider trading (the disadvantaged buyer who wanted to buy and could not at market prices pre-announcement) remains elusive to even educated reporters.

 

(※)もちろん、世の中はそれほど単純ではなく、インサイダー取引は情報伝達効果がある一方で、現在の株価水準が誤っているというシグナルも発してしまうので、一概にインサイダー取引を情報効率性の観点から肯定できるわけでもないのですが、インサイダー取引=悪という決めつけも同じぐらいに短絡的です。


Posted by 47th : | 12:22 | Securities

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