« 遵法闘争の前に証拠づくりはいかがでしょう | メイン | 貸金業法改正案の全容? »

友野典男『行動経済学』

これも各所で話題となっている友野典男『行動経済学~経済は「感情」で動いている』を読了。


新書ということで、かなり一般の人向けに書かれているものを想像していたのですが、いい意味で裏切られました。

今年の前半にロースクールでBehavioral Law & Economics という授業をとって、関連論文も色々と目を通したりしたので、一つ一つのバイアスについては馴染みがあるものが多かったのですが、その全体的な位置付けについては非常に掴みにくいと思っていたので、研究の歴史的経緯にも触れながら(※)、それぞれのバイアスを直観的にも分かりやすい形で提示している本書は、非常に参考になりました。

新書で値段も手頃ですし、多くの方に触れて欲しい本であることは間違いないのですが・・・ちょっと微妙な感覚を持ったのは、筆者が折りに触れ批判する「標準的経済学」について、そのバックグラウンドを欠く人々は、この本を読んで、「標準的経済学は現実には存在しない「ホモ・エコノミカス」を前提としてモデルを構築しているものである」という、それ自体は、ばりばりの「標準的経済学」の論者ですら(おそらくは)争わない事実を基に、「『ホモ・エコノミカス』を前提としたモデルは、実際には役立たない」という、「経済学全否定」論と等値してしまうんではないかという点です。

経済学者ではない私がいうのも何ですが、よき経済学者は、元々モデルは不完全性なものであることをよく知っています。その上で、モデルによる予測が現実の行動を実用に耐えるレベルで説明しているかは、実証の問題として、計量経済学の分野が発展し、そこで得られたモデルと現実の乖離を説明する因子や理論が、また検討されてきているわけで、本書でとりあげられている「信頼」の機能や限定処理能力は「標準的経済学」の道具立てでも有用な研究がなされています。
実際、著者がそうした「標準的経済学」の系統からの業績を否定しているわけではないことは見て取れますし、「行動経済学」の体系の設定自体が、「標準的経済学」の枠組みに依拠していることや、「経済学」が現実の政策決定のための学問として役に立つことを否定はしていないわけで、この本を読んで、「だから『標準的経済学』だけでは不十分だ」と言われれば本望でしょうが、「だから『標準的経済学』は不要だ」と言われてしまうと著者も面食らうんではないかと思うんですが・・・何となく、その辺りの誤解を招いてしまわないかなというのも、新書なだけに気になったところです。

と、その辺りを注意した上で、私と同業の法律家にこそ、この本は読んで頂きたいという気がしました。

それは何故かといえば、例えば、「公正」とは何か、「処罰」は人間の行動にどういう影響を及ぼすのか、あるいは、そもそも「法」や「規範」とは一体何なのか・・・日々それを取り扱わなければならない法律家の下地となる「法学」の領域で、「標準的経済学」と「行動経済学」の論争に匹敵するような真摯な掘り下げがなされているのかどうか・・・

隣接分野である経済学の貪欲さと比べて、「法学」とは何かを省みる機会を与えてくれる一冊ではないかと思います。

 

(※)もっとも、この本では、心理学との関わりについては日本人研究者も凄かったというお話が抜けているんじゃないかとうい点は、田中秀臣先生の補注が参考になります。(私も全く存じ上げませんでした。勉強します)


Posted by 47th : | 19:22 | Book Review

関連エントリー

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://WWW.ny47th.COM/mt/mt-tb.cgi/525

このリストは、次のエントリーを参照しています: 友野典男『行動経済学』:

» 経済学の方法としての、「合理的人間」。 from Taejunomics
 日本は、格上のクロアチア相手に頑張ったと思います。    僕は、高校時代から川口選手のファンです。  スパイクもグローブも川口モデルでした。 ... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年09月02日 19:36

» 安部銘柄買い気配一本。応援団のポスト争い、先物なら売りだろうに・・・ from 現役雑誌記者による、ブログ日記!
 安部政権9月発足。株でいえば買い気配一色。だれか、ここでどーんと空売りでもしかけないものか?先物で、いえば「買いじゃないだろう、売りだろう」とうちのボス... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年09月04日 19:51

コメント

 トラックバックさせていただきました。

 この本、ちょっと前に、レポートのネタ本として読んでいました。 行動経済学の議論を俯瞰してインプリケーションを得るにはとても良い本ですよね。
 反面、従来の経済学に対する批判には、かなりの誤解を招きそうだと言うことにも共感します。 既存の枠組みに対する批判が、多くの場合ラディカルなものとして現れるのはとても多いですよね。

 

 それと、以下の部分、とても勉強になりました。 僕には全然気づかなかった視点でした。 有難うございます。

 >それは何故かといえば、例えば、「公正」とは何か、「処罰」は人間の行動にどういう影響を及ぼすのか、あるいは、そもそも「法」や「規範」とは一体何なのか・・・日々それを取り扱わなければならない法律家の下地となる「法学」の領域で、「標準的経済学」と「行動経済学」の論争に匹敵するような真摯な掘り下げがなされているのかどうか・・・

Posted by Taejun : 2006年09月02日 19:43

どうも。
私もTeajunさんのブログ(別記事)にコメントしたところでした。奇遇ですね(笑)
最後の部分は、私が法律家として歯がゆさを感じていることを書いてみました。まあ、でも、その前にドウォーキンとかロールズ嫁、とか怒られそうですけど。

Posted by 47th : 2006年09月02日 19:57

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
このブログをご覧になる際の注意点や管理人の氏素性についてはAbout This Blogご覧下さい。