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MBOの危険性への対応

(追記あり) 

harry_gさんのウォールストリート日記で、New York Timesの記事について「MBO」の違法性?という興味深いエントリーを書かれています。
詳しいことについては、harryさんのエントリーを読んで頂くこととして、その記事の中でNYTの記者がMBOについて、①経営者の義務違反の可能性、②利害相反の可能性、③ディスクロージャー違反の可能性、④インサイダー取引の疑いをあげ、MBOには違法の疑いがあるということを指摘しているわけですが、ルールという面からみれば、こうした問題は古くは1970年代から意識され、SECによる証券取引規制と判例の積み重ねで一応の線が引かれているところもあります。

というところで、私の理解している範囲で簡単にMBOに関するアメリカのルールの現状を。


非公開会社化に伴う厳格な開示:ルール13e-3

まず、NYTの記者がこぼしているディスクロージャーについてですが、既に1970年代にはSECは発行会社自身(とそのaffiliate)が関与する非公開会社化("going private transaction")に際して(※)、特別の開示ルールとしてRule 13e-3 (pdf)を定め、Schedule 13e-3(pdf)というフォームに従って一定の重要な事実("material" information)の開示を求めています。

特に重要なのは、「取引の公正性」(Fairness of the Transaction (Itme 8))と「レポート、オピニオン、評価及び一定の交渉」(Reports, Opinions, Appraisals and Certain Negotiations (Item 9))に関する開示です。

「取引の公正性」に関しては、単に「諸事情を考慮すると公正と考えられる」というようなものでは足りず、 具体的に考慮したファクターとその重要度について具体的に開示することが求められています。

また、「レポート」については、外部専門家から取得した評価書は、その要約を株主に送付すると共に、 リクエストがあれば全文のコピーを交付するものとされています。

但し、正式な評価書ではなく「メモ」の類に留まるものについては、この限りではありません。
若干文脈は違いますが、Flynn v. Bass Brothers Enterprise Inc., 744 F.2d 978 (3d Cir. 1984)において、巡回控訴裁判所は、ある情報が開示されることの有益性と、それが投資家をミスリードする危険性を比較した上で「重要性」を判断するというアプローチをとっています。
この判決の発想からすると、案件検討段階のラフな「メモ」については、なお「重要性」を有するものではないとされる可能性がありますし、実際問題としても、例えばファイナルになる前のドラフト段階のものも全て開示しろという話は現実的ではありません。

取締役の厳格な義務: Entire Fainess

また、MBOのように支配権移動に関して取締役が利益相反関係に立つ場合には、取締役は、株主に対して「公正な取引」を提示する厳格な義務を負います。
俗にEntire Fainessと呼ばれますが、原則として、株主が取引の公正性を争った場合には、利害関係のある取締役は手続面での公正性と価格面での公正性(fair dealing and fair price)の両者を立証することが求められます。
これは、「価格」という内容面に踏み込むという点で、取締役に対して極めて厳しい義務となっています。俗にアメリカは経営判断原則(business judgment rule)で取締役の判断に対する保護が厚いと言われますが、これは利害関係のない取引の場合だけであって、利益相反の疑われるシチュエーションでは、かなり厳格な義務を課しています。
とはいえ、このままだと実務的にはMBOに関する取引費用が極めて大きくなってしまうので、バランスをとる手段として、利害関係のない取締役からなる特別委員会が交渉を担当した場合には、「取引が不公正であること」の立証責任が争う株主側に負わされる形となっています。

というわけで、実務では、ほぼ必ず特別委員会が組織されるわけですが、これだけだと特別委員会さえ組織すればいいという話にもなりかねないので、最近は、この特別委員会が実質的な交渉力を持って有効な交渉を行ったかどうかというところまで踏み込む傾向もありますが、この辺りになると具体的な線引きはアメリカでも依然として曖昧な部分が残っています(※2)。

何れにせよ、MBOに当たっては、少なくとも特別委員会が組織され、そのイニシアティブの下で交渉が行われるという限度では、利益相反問題に対して一定のセーフ・ハーバーが用意されていることになります。

支配権市場の存在

さて、このようにアメリカでは、厳格な開示義務と取締役に対する厳格な法的義務で、NYTの記者があげるような「MBOの問題点」に対して既に対応をしてきているわけです。
それでも、このNYTの記者だったら、「実際にTOB価格の数倍の値段で売り抜けているんだから、こんなルールでは不十分だ」と主張するのかも知れませんし、一見、その主張はもっともに見えるのですが・・・

もし、そんな「ぼろもうけ」が分かっているなら、何故、他の買収者が現れないんでしょう?

アメリカにはLBOファンドは数多くありますし、最近はヘッジ・ファンドもLBOに参入している時代で、もしTOB価格の数倍の価値が簡単に実現できるなんていう「うまい話」があれば、皆、我先にオファーを出すんではないでしょうか?

敵対的買収だからやりにくい?・・・と思われるかも知れませんが、こうした非公開会社化の文脈では有名なレブロン義務が取締役には求められます。
レブロン義務の下では、取締役は対抗オファーを差別的に取り扱うことは原則的に禁じられるわけで、一旦非公開会社化を宣言した場合には、買収防衛策としてとり得る手段は非常に限定されます(※3)。

これに関しては、昨年コロンビアに留学していたももんがさんが、Coates教授がコロンビアで発表したディスカッション・ペーパーを紹介したときに少しコメント欄で議論したのですが、実証的にみても、MBOについて支配権市場がうまく機能していないという結論にはなりにくい話に見えます。

NYTの記者から見ると、余程頭に来たのかも知れませんが、その記者の実体験というのは、ひょっとしたら誇張されたものか(※4)、それとも、何らかの事情で潜在的企業価値の実現が非常に難しい案件で、そのマネッジメントと資金提供チームのノウハウがあったからこそ事後的な売却価格が実現されたのかも知れません。

通常の株式市場ほどではなくても、アメリカの支配権市場は、ある程度競争的に機能しているというのが私の印象ですので、その意味では、支配権市場が実効的に機能している限りは、MBOで一般株主が損をする可能性も押さえられていることになります。

もっとも、これまたharryさんが書かれている「クラブディール」のリスクを拝見すると、今後は支配権市場の競争性による一般株主の保護機能についてはもう少し懐疑的になるべきなのかも知れません。

こちらの方は、何れSECか、あるいは競争当局が何らかの対応をしてくる可能性もあるような気がします。(※5) 

そして、日本は・・・

最後に、日本についてですが・・・

正直に言って、開示ルールの点でも、取締役の義務という点でも、まだまだ未整備というのが現状です。

個人的には、支配権取引に関しては、証券取引法(金融商品取引法)を中心に大きな見直しが必要なのではないかとは思うのですが、それはこれからの課題ということになりそうです。


(追記)

ということを書いていたら、日本時間13日に公表された証券取引法施行令の改正案(金融庁HP) で、次のような改正が提案されていました。

(別紙 1)
2.改正の概要
(1)公開買付制度の見直し
②投資者への情報提供の充実
イ公開買付届出書における開示の充実
・・・また、MBO(経営陣による株式買取り)及び親会社による子会社株式の公開買付けについては、経営陣等が買付者となり、株主との関係において経営陣等の利 益相反が問題となることがあり得ることから、買付価格の算定評価書を第三者から取り、それを踏まえて実際の算定をしている場合には、公開買付届出書に当該 算定評価書の写しの添付を求めることとする。

ざざっと見た限りでは、発行者以外の者による株券等の公開買付けに関する内閣府令13条1項が改正されて「買付け等の価格の算定に当たり参考とした第三者による評価書、意見書その他これらに類するものがある場合には、その写し( 公開買付者が対象者の経営者、経営者の依頼に基づき当該公開買 付けを行う者又は当該対象者を子会社(会社法第二条第三号に規 定する子会社をいう。以下同じ。)とする会社その他の法人であ る場合に限る。)」が届出書の添附書類になるようです。

趣旨は、上述のRule13e-3と同様なのでしょうが、①MBOの定義として「公開買付者が対象者の経営者、経営者の依頼に基づき当該公開買 付けを行う者又は当該対象者を子会社・・・とする会社その他の法人であ る場合」で適切か、②添附書類の範囲として「価格の算定に当たり参考とした第三者による評価書、意見書その他これらに類するもの」という定め方が広範に過ぎないかといった辺りは検討の要がありそうです。

10/13までパブコメを受け付けているということなので、最終版ではないようですが、色々と実務に及ぼす影響は大きそうです。(そもそもTOBの範囲についても、1/3ルール自体の合理性や公開買付け制度の意義をきちんと省みないままに「脱法対策」が講じられているので頭の痛いところで、おいおい自分の勉強がてらブログでも採りあげるかも知れません)

 

 

(※) 逆に言うと、文言上は、発行会社が全く関与しない非公開会社化は、このルールの対象外となっています。ただし、MBOのように既存経営陣が引き続き地位を保つ場合には、ルール13e-3の適用があり得るというのがSECの見解のようです。

(※2)よく引用されるのはKahn v. Lynch Communication Systemですが、これに関して、昨年Coatesに対して、「支配株主に対してもライツ・プランを維持して交渉することまで求められるのか?」と聞いたところ「そこまでは求められないと思う」という話でしたが、この辺りの限界は、実務家の間でも感覚が分かれそうなところです。

(※3)もちろん、最初に手をあげた買収者は違約金条項を設けることはできますが、これも判例で、余りに高額な違約金は実質的に他の買収者の登場を妨げる効果があるとして否定されており、最近のトレンドでは取引総額の3-5%程度でしかありません。

(※4)意図的ではないとしても、人間の記憶というのは実に宛てのならないものですから、「損をした」という印象が先に立って、後で自分自身の認識が修正されてしまった可能性もあるかも知れません。

(※5)特にアメリカの競争当局は、証券市場が反トラスト法から半ば聖域化している現状を必ずしも快く思っているわけではないので、潜在的には高い関心を持っているのではないかという気もします。 

Posted by 47th : | 09:33 | M&A

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取締役が株主・会社に対して信認義務(Fiduciary Duty)を負っていることは先に見たとおり。 では、取締役が株主から信認義務違反の責任を問わ... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年09月26日 18:47

コメント

いつも勉強させていただいてます。
本件とは、「利益相反」という意味以外、あまり関係ありませんが、M&Aのアドバイザー、特に証券会社の利益相反に関する欧米のルールは、どのようになっているのでしょうか。
日本では、弁護士は、弁護士法で規定されていますが、証券会社は野放し状態と思います。(コメントしにくい内容だったら、無視してください。)

Posted by Thomas : 2006年09月15日 00:08

今日は、妙にアクセス数が多いな、と思っていたら、こちらでご紹介されていたのですね。光栄です。ちょうどタイムリーに公開買付に関する政令の改正案がパブコメに出ていたので、チェックしていたところです。

ロンドンのFTでも、最良執行義務の話題や、ロンドン取引所の監督の話(日本でも取引所のあり方についてはFSAやTSEでここ数年、議論されていますよね)など、興味深いものが多く、引き続き、頭に溜め込んでいこうと思います。

Posted by ももんが : 2006年09月15日 07:05

>Thomasさん
Broker/DealerやInvestment Advisorなどの典型的金融仲介機関以外に関する規制は私も調べたことがないので分からないのですが、M&Aのアドバイスを受ける顧客は一般に大企業やファンドであって、彼らは利益相反問題には敏感ですので、市場における競争や評判によって一定の歯止めはあるんではないかと思います。
最近では、買収アドバイザーと買収資金調達を同じ金融機関が担当することについてのコンフリクトへの意識が高まり、両者を別にしたり、セカンド・オピニオンをとるという慣行も一般化しているようです。

>ももんがさん
ヨーロッパの状況も、従来型とアメリカ型の金融規制の接合が課題という点で日本と似ていますよね。
また勉強の成果をブログでも公表されることを期待しています。

Posted by 47th : 2006年09月15日 09:35

 
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