言葉遊びのきらいがあるかも知れませんが、日本の近代化は「短期間」の成果ではなく、江戸時代の250年間という助走期間を必要としたことになってしまい、これを現在の途上国開発理論に接合させることは非常に難しくなってしまいます(※2)。
しかも、ここでのパラドックスは、従前の東アジア・モデルに対する含意とは異なり、江戸時代における上記の前提条件における中央政府の役割は決して大きくなかったという点です。大野氏は、政治権力においては中央集権的である一方で「経済活動についてはより分権的であった。およそ幕府の経済政策は近視眼的で首尾一貫しないものが多く、経済運営全般への関心もあまり強いとはいえなかった。一方、各藩は、幕府の禁止事項に触れない範囲でという条件付だが、領国内での行政、徴税、教育、産業振興、諸規則、紙幣発行などの権限が与えられていた。」(24頁)とします。
では、地方政府(藩)の産業振興策が成功したかといえば、徳島藩の藍のような成功例もある一方で「こうした成功の影には、さらに多くの藩が目立った成功もなく借金地獄に陥っていたことも忘れてはならない」(34頁)わけで、成功するものもあれば失敗して財政破綻もあるという意味では、政府の政策遂行能力が特段に優れていたというわけではないことになります。
本書は13章からなりますが、江戸時代については、うち1章が割かれたのみですが、昭和初期までの日本の躍進の多くが、江戸時代に育まれたとされる初期条件に依存する部分が大きいことからいうと、途上国発展へのインプリケーションを考える上で、これらの初期条件の形成過程については、もう少し掘り下げて欲しかった気もします。(もっとも、経済学的な分析には資料が乏しい、あるいは、入手困難という事情はあるので、余り多くを望むのは酷であるという点は否定できません)
もっとも、その点を措いたとしても、本書は、実に多くの有益な示唆を含んでいますし、語り口も平易で、最後まで非常に興味深く読み進めていくことが可能です。
明治以降の日本の発展に関して、本書で指摘されている点で特で興味深かった点について、思いつくままにいくつか挙げてみると・・・
まず、輸入技術の内部化(第4章)の過程において、高額な報酬(※3)で外国人技師を雇用し、その下で日本人技師を育成するというパターンがとられた点は、今でいう人的資源(human resource)に対する投資が極めて重視されていたことを伺わせます。
現在の途上国での人的資源の育成は、海外企業の直接投資による滲み出し(spillover)やボランティアによっている面が多いような気もしますが、成長戦略としては、商業ベースで海外のトップレベルの専門家を招聘するような方法ももっと検討に値するのかも知れません。
また、同じく輸入技術の内部化の過程では、在来技術と輸入技術が並行的に発展を遂げたという点が指摘されています。日本の近代化のスピードが比較的速かったにもかかわらず、それが都市部と農村部での大きな所得差につながらなかったのは、こうした在来技術との接合が上手くいったという面があるのかも知れません(※4)。
経済面に目を向けると、明治時代の資本蓄積はほとんど国内貯蓄で賄われていたという点も驚きでした。もっとも、これは多分に「外国貯蓄の役割が少なかった」という事実からの推測です。
現在途上国支援における主流的見解であるファイナンシング・ギャップ・モデルに従えば、途上国に対する一定の開発支援は不可避とされますが、明治期の日本の発展にうまく当てはまるかについては疑問の余地がありそうです。
整合的な説明は、既に江戸時代において、その後の急激な成長をファイナンスするのに十分な貯蓄が形成されていたということになるのかも知れませんが、産業革命を迎えていない日本でそれだけの貯蓄がどうして形成可能であったのか、また、そもそも本当にそれだけの貯蓄があったのかということは検討の余地がありそうです。
もう一つ経済面でいうとマクロ政策の迷走ぶりが目立ちます。
こうして時系列で負うと(松方デフレを除いて)、数次に亘る財政危機が、何れも戦争で乗り切られた様が分かります。最近注目を集めているのは、大恐慌前後の井上vs高橋の経済政策対立ですが、そこに至るまでのマクロ運営の原体験の影響というのも、(マクロ音痴の私がいうのはアレですが)考えてみないといけないような気がしました。
最後に、元々この本を読み始めたのは、東アジアモデルの源流というか、その普遍性の限界を見極めたいという思いからだったわけですが、この本を読んだ後に感じたのは、やはり明治より更に前に遡る日本という国の置かれた歴史的条件の特殊性と重要性でした。また、そうしてより大きな時間軸の中に置いたとき、日本の発展を「優れた政府に指導された経済」と性格付けることができるのかという疑問も残りました。
ただ、そうした疑問に至る途を示してくれるという点で、この本はやはり読む価値のある本ですし、これからも、折りに触れ何度となく手許にとりそうな予感のする良書です。
開発に興味のある方は勿論、日本の先人たちが、外から来るものと内にあるものを調和させた上で、前に進むために絶え間ない努力をしてきたことを思い出させるという意味で、開発に興味のない方にも読んで頂きたい本です。
(※)何故、こうした発展が可能であったかについて大野氏は梅棹忠夫氏の理論を紹介します。梅棹理論によれば、日本と西欧は共にユーラシア大陸の長短に位置し、気候も温暖であり、ユーラシア大陸の中央乾燥地帯を移動する遊牧民族からの激しい攻撃に対して比較的よく隔離されており、とりわけイギリスと日本は、大陸から少し離れた島国であるという特徴を有する点で類似しており、これらの地理的・気候的条件は、社会が自発的かつ連続的な発展を遂げるために決定的に重要であるとされます。
大野氏は、地理的・気候的な初期条件に多くを負う梅棹理論に対して、「21世紀における工業化過程はきわめてダイナミックかつ学習可能であると信ずる。梅棹理論は、近い過去にいたるまでの状況を説明することができるように思われるが、いま我々は航空機やインターネットの時代に生きている。中心国からの物理的距離がそれほど決定的であるとはいえまい」として、これに全面的に賛成するものではないとしつつ、他方で「ただし梅棹理論が説得的な場合もある。たとえばそれは、なぜ欧米列強に出会う前の日本が、他国にはないユニークな社会構造をすでに実現していたのかを解く鍵を与えてくれる。それは、二千年に及ぶ日本社会の有機的で連続的な展開の結果であった。それは、日本が新たな外来文化を柔軟かつ重層的に受け容れ、欧米思想と欧米技術の翻訳的適応を行う素地をつくった。これは、なぜ日本だけが成功したのかという問いに対する、少なくとも部分的な答えになるかもしれない。」(12頁)と述べます。
(※2)実際、大野氏も①~⑦について「ここで重要なのは、現在においてもこれらの条件を満たさない国が世界に数多く存在するという点である。実際、これらの条件のすべてを備えた途上国はきわめて少ないとさえ言ってよい。」(23頁)と述べています。
(※3)鉄道局のお抱え技師であったカーギルは、政府の最高役職であった右大臣岩倉具視の月給が600円だった時代に、実に2000円の月給をとっていたそうです。また、1874年の工部省経常予算の34%は外国人技師への俸給だったそうです。
(※4)Easterlyも、技術革新が在来技術を陳腐化させてしまうために世代間コンフリクトを激化させてしまうという点を指摘していました。