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高金利均衡について補足 (1)

先日の上限金利規制の論拠を考える: 情報の非対称性についてというエントリーに対して、法学徒のfujiさんから、次のようなコメントを頂きました。

「借り手の返済能力に関する情報の非対称性から(貸出金利=高金利、借り手の信用力=低返済能力)という形で均衡が成立している」とのことですが、この逆 選択の問題と貸出市場での割り当ての発生との関係が分からなくなりました。すなわち、銀行なら金利引き上げをする代わりに資金の割り当てをすることで市場 を調整しようとするはずなのに、消費者金融では銀行のような割り当ては発生せず金利は高金利で均衡しているのですよね。これは消費金融の経営者は倒産して も資金の調達先に自分のお金で賠償する必要がない(エージェンシー問題)からなのでしょうか。それとも消費者金融はやはり回収ノウハウが非常に高いからで しょうか。

実は、前回のエントリーを書いたときに、えらくあっさりと書いて終わってしまったんですが、それは、皆、掲示板の議論をさっと見て、あっさりと理解してしまったのか、はたまた、余りにもマニアックそうなんで、そもそもあっさりと読み流されたのか、何れにせよ、経済学徒の方はともかくとして、一応、法律系ブログであるこのブログ(笑)に少なからずいるはずの法学徒の方には、必ずしも直観的になじむ議論じゃないような気もするんだけどなぁ・・・と思っていただけに、fujiさんのコメントは我が意を得たりのところがありました。

また、非常に興味深い問題提起も含まれているので、「情報の非対称性」が借り手と貸し手の行動にどのように影響するのかというロジックを、法学徒を意識して、なるべく直観的に分かりやすい形での解説を試みてみましょう。
なお、fujiさんにとっては、既に理解されている辺りのところから話が出発してしまうので、多少、迂遠かも知れませんが、前回のエントリーでは何のことかよく分からなかったという人のため、と、議論の前提の確認ということで、多少丁寧にロジックを追ってみたいと思いますので、その辺りはご容赦を。

ただ、前回のエントリーでも触れたように、「情報の非対称性」を現実の消費者金融の金利引下げ問題に応用するには、実証的にも理論的にもなお多くのハードルを抱えています。その意味で、今回のエントリーは、あくまで頭の体操とか、ファイナンス理論への理解を深めるという観点で見てもらって、現実の金利引下げ問題とは少し距離を置いた方がいいかも知れません。


情報の非対称性の意味:借り手優位と貸し手優位

まず、最初に確認しておきたいのが、情報が非対称であるといったときの、その意味合いです。
一般にファイナンス理論で議論されるときには、「借り手は自分の信用に関する情報を多く持っているが、貸し手はそれを事前には知り得ない状況」(借り手優位)を前提としていますが、いちご掲示板で議論されていたように、消費者金融の場合には、これとは逆に、「金融のプロである貸し手は信用力判定ノウハウを持っていて、借り手自身よりも借り手の信用に関する情報を多く持っている。他方で、借り手は自分自身の信用力についても必ずしも十分に情報を持っていない」(貸し手優位)モデルの可能性も存在しています。

ここでは、その区別を意識した上で、「借り手優位モデル」を前提として話を進めていきますが、このモデルの違いについては心の片隅に止めておいて下さい(※)。

逆選択と高金利=高リスク均衡

非常に直観的な議論を行うために、借り手の中に、貸倒率が10%の「低リスク群」と貸倒率が20%の「高リスク群」に二者が同じ比率(50:50)でいるとしましょう。

借り手自身は、自分が「高リスク群」か「低リスク群」かを知っているとします。

一方、貸し手は、貸出の時点では、相手が「高リスク群」か「低リスク群」かは判断できません。ただ世の中には50:50の比率で高リスク群と低リスク群の借り手がいることは知っているとします。

今、貸出金利は、純粋に借り手の信用リスクにだけ応じるとして、金融仲介のコストはひとまず外に置きましょう(消費者金融業者の提供する金利の中には、信用リスク相当分のみならず、金融仲介のコストも含まれていることについては、貸金業者が売っているものは何なのか?をご覧下さい)。
つまり、情報の非対称性がない状態であれば、低リスク群の借り手に対しては本来5%の金利で貸出を行うことができ、高リスク群の借り手に対しては20%の金利で貸出ができるという状況です(※2)。

今、ある借り手Aさんが、金融業者Xさんの下に借入を申込みに来たとすると、XはAさんに対して、いくらの金利を提示することになるでしょう?

その1 一律金利提示パターン 

一つの答えは、誰に対しても15%の金利を提示するというものです。
というのも、XはAさんが低リスク群の人なのか、高リスク群の人なのか分からないので、世の中に存在する人のリスクの平均で貸出をしようとするので、10%と20%の半分をとって、15%の金利を提示せざるを得ないからです。

この申し出に対して、Aさんはどう対応するでしょう?
低リスク群の人であれば、15%という金利は高すぎるので、結局貸出は成立しません。
逆に高リスク群の人にとっては、15%という金利は好ましいので、貸出は成立します。

ところが、これだと、結局、貸出は高リスク群の人としか成立しないことになってしまいます
これが、よく言われる「逆選択」の状態ですが、この結果、Xが実際に貸し出す相手は、世の中の人一般ではなく、高リスク群の人達のみになるわけで、Xとしては、金利を12.5%から引き上げていかなければ採算がとれなくなってしまいます

・・・で、結局、どこで均衡するかといえば、Xは誰に対しても20%の金利を提供して、Aが高リスク層の借り手であった場合にのみ借入が成立するというところで落ち着いて(均衡して)しまいます。

その2 ランダム判定パターン

Xがとり得るもう一つの方法は、ランダム判定パターンです。

つまり、確率50%でAさんが低リスク群か高リスク群かに振り分けて、10%と20%の金利を提示するというものです。

この場合、借り手側が高リスク群の場合、提示される金利が10%であろうが20%であろうが、貸出は成立します。
一方、借り手が低リスク群の場合には、提示される金利が10%であれば契約は成立しますが、20%であれば契約は成立しません。

・・・ということは、このままだと高リスク層に対して10%で貸出を提示した分だけ、Xとしてはやはり採算がとれなくなってしまいます
そこで、その帳尻を合わせるために、ランダムな判定率を修正して、間違って高リスク群層に対して10%の金利が提示されないようにしていくと・・・行き着く先は、やはり借り手を100%の確率で高リスク層だと判断するというところになってしまいます。

結局、このパターンでも高金利・高リスク均衡は変わりません。 

これが、(借り手優位の)「情報の非対称性」から生じる「高金利=高リスク借り手群」均衡ということの直観的な意味です。

この場合、低リスク群の借り手は借入ができなくなってしまうわけですから、情報の非対称性がない場合に比べると、社会的に望ましくないことはすぐに分かると思います。

逆選択と信用割当

ところで、上のモデルでは、貸し手側が1回限りで金利を提示するモデルを考えましたが、現実の、特に企業相手の貸付では、金利の決定はもう少し複雑な過程を辿ります。

例えば、企業は、貸付の目的となっているプロジェクトに関する情報を開示して、貸し手はそのリスクを判断して金利を提示するわけですが、有限責任制度の下では、金利がある水準を超えてしまうと、経営陣側の真面目にプロジェクトを遂行する意欲が薄れてしまいます(※4)。
従って、プロジェクトのリスクがある一定限度を超えてしまうと、いくら高い金利を払うと借り手が約束しても、貸し手は貸出を行わないという現象が出てきます。
これが信用割当と呼ばれる現象で、企業金融の世界では、こちらの方が一般的に知られている現象です。

私もきちんと整理したことがあるわけではありませんが、信用割当の問題は、①全くの情報の非対称性を想定しているのではなく、ある程度、事業のリスク判断などはなされている段階の問題であることと、②事前の段階での逆選択の問題のみならず(あるいは、それよりも)、事後的に生じるモラル・ハザードの問題が要因となっているという点で、高金利均衡のモデルとは異なっているように思われます。

なお、②のモラル・ハザードの問題の大きな要因は、法制度として有限責任が採用されているという点なので、免責が認められない限りは無限責任を負う個人貸付への適用については慎重に考える必要があるように思われます。

fujiさんへのお答え 

・・・と、ここでfujiさんの質問に私なりに答えるとすると、まず前提として、そもそも「高金利均衡」のモデルは、かなり単純なモデルであって、現実の消費者金融の状況を代替している保証はない・・・あくまで、一つの理論的な可能性として提示されたモデルであって、前のエントリーでも、「そういう状態であるとすれば」という「ればたら」の話をしただけであって、現実に「高金利均衡」が成立しているかについては私自身は懐疑的です。

次に、銀行貸付で起きる一般的な「信用割当」は、企業貸付の文脈では、有限責任の下で生じるモラル・ハザードと合わせて考えると当てはまりがよく、実証的にもサポートされているのですが、個人貸付に対して、どの程度当てはまるかは少し慎重に考える必要があるんではないかと考えている・・・といったところが、とりあえずのお答えになるかと思います。

蛇足として~何故高金利均衡が上限金利規制で崩れるのか?

ところで、蛇足になりますが、頭の体操として、上にあげた単純な形での高金利均衡が成立しているとして、このときに上限金利規制をすると、何故、より社会的に望ましい結果が生じる場合があるのか?

この点について、ちょっと次のエントリーで考えてみたいと思います。ということで、続きます。

なお、いつもの通り、経済学徒の方からの(お手柔らかな)間違いのご指摘、法学徒(だけに限りませんが)からの素朴な質問を歓迎しております。
 

(※)なぜ、この区別が重要かといえば、「大企業である消費者金融業者と一個人である消費者の間には『情報の非対称性』があるので、規制が必要」という議論は、「借り手優位モデル」ではなく、「貸し手優位モデル」を前提としていることになるからです。
しかし、「貸し手優位モデル」については、結局は、業者間で「低リスクの客に対しても高金利を提示する」という形での共謀が成立しているか否かという問題に集約していき、実証的にそのような共謀が推認されるのか、推認されるとして上限金利規制は適切な規制手段かどうかという問題に帰着することになると思われるので、この点は以前のエントリーを参照してもらえればいいかと思います。

(※2)また、借り手側は自らの信用リスクに見合っているかどうかだけをベースに借入を決定するものとします。もっとも、この前提は、消費者にとっての金融の機能が異時点間の消費の選択であることからすれば、必ずしも強固なものではありません。

(※3)直観的にいえば、一生懸命事業を遂行しても、その成果の大部分が金利として持って行かれるのであれば、いっそ競馬にでもつぎ込んだ方がいいと思ってしまうというようなことです。

Posted by 47th : | 18:20 | Law & Economics

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コメント

興味深い分析です。はっとさせられるような思いあたる想定データで含まれており、仮説が現実の経済社会に当てはまるのか、再度現実をとらえなおして、仮説をフィットさせることができませんか。現実社会を評価するための、仮説ですから。仮説を考えるうえでの、現実の姿の制約をいれなければならない。

ケース①

現実1)金額ベースで市場の70%は、貸付資産で3000億円以上を有する以下の営業状態で説明されるとする。
1.1 金利、信用費用を除く営業経費は、貸付資産金額比で、9%とするが、8.5%まで保有資産額、人件費に影響なく、無理なく切り詰められる。
1.2 上場しており、貸付資産の75%をファンディングしている他人資本の支払い金利は、低金利時代に証券市場を含め3-5年の長期で引っ張ってきたので、今も2%にとどまる。25%は株式など自己資本で、仮に総費用を5%(ただし以下計算上無視)
1.3 貸倒れ費用は、年平均7%で、stdev=3%とする。これも金額ベースで考える率で、顧客数ベースでは考えていない。
1.4 貸付資産の金利は、27%であるが、延滞を考慮した実質金利は、26%とする。
1.5 経費総額の経費率は、9+2+7=18%、利益率は、26-18=8%

この数値は、大手業者5社+1兆円を有する外資2を加えた7社の営業実体といする。実際にアコムの経常益からこの例になる。


ケース②

現実1)金額ベースで市場の30%は、貸付資産2000億円以下の業者の営業状態で説明されるとする。
1.1 金利、信用費用を除く営業経費は、貸付資産金額比で、10%とする。規模の経済が働かないので、10倍の規模の業者と同様の業務を営むには、固定費は切り詰められないし、大手のように1.3%の宣伝広告費は避けないので、名前の浸透がないので、顧客は身近に感じないので近づくのに不安を覚え、オーナー経営のため、街金融的営業に近くなる。
1.2 上場しておらず、貸付資産の85%をファンディングしている他人資本の支払い金利は、5-7%で、長期資金は6.5%平均。株式コストはとくに経営に関与しない外部株主がいないのでかからない。
1.3 貸倒れ費用は、年平均11%で、stdev=4%とする。これも金額ベースで考える率で、顧客数ベースでは考えていない。
1.4 貸付資産の金利は、29%であるが、延滞を考慮した実質金利は、28%とする。
1.5 経費総額の経費率は、10+6+11=27%、利益率は、28-1=1%


ケース②から、逆選択の仮説があてはまるか考える。

現実の状況)この規模の会社で資産規模300-2500億円のほとんど多くが、2000.6の29%への金利引下げで淘汰され、大手に統廃合、資産売却していった。特に貸付金500-1500億円業者では、例外を除き、壊滅的打撃を受け、市場から淘汰、撤退された。議論の多くが、営業経費総額で、32-33%係るというものだった。もともと、彼らのビジネスモデルは、33%で作られており、したがって40%からの10%以上の切り下げで、数年と持たなかった。
検証は困難であるが、顧客数で70-80万人の個人破産は、そこで切り捨てられた客から発生しているのではないかと見られる。(金融ビジネス7/25)

上記主張と実際に淘汰されていった現実から、ケース②の営業経費、貸倒れを想定している。

さて、年間貸倒率が11%、STDEVが4%あったら、借入金額ベースで50%の債務者セグメントが11%以上貸し倒れている。貸し倒れ15%を超えるクラスも16%もいる。逆に貸し倒れ7%未満は、16%としかいない。


このケースでは、損益分岐点から、そもそも経費の余裕が1%しかない。申込者のうちほとんど50%が年11%貸し倒れをするとなれば、いくら7%未満セグメントを識別できる術があるとしても、不良化率の高い50%を識別することができなければ、貸し倒れ率7%を優遇している余裕はない。
貸し倒れ7%未満は、15%以上を相互補助する信用組合制度のように機能し、この部分がなければ、逆選択された債務者の信用リスクを補填できない。

セグメントとは、借入件数、借入総額、月収に対しての支払いできる余裕額、与信枠利用可能枠、持ち家・住居形態、職業、勤務年数、住居年数、所得などによって、貸し倒れ推定可能な組み合わせに分けることができるとし、7%未満については、推定可能とする。

ケース②では、所与の経済環境がビジネスモデルとして、やっていけることを認めていない状況にあるから、廃業する選択がなされる。少しでも経費がふれたらという脆弱性がある。外部環境からくる営業経費(不動産賃貸、人件費など)、資金調達力による金利の高さの影響がもっとも早く現れる、失業率など経済環境を受けやすい貸し倒れ率。
全体で1%あがったら、資本を食いつぶしだす。経営者は、居たたまれなくなって、売却をきめる。

ということで、金利は上限に張り付くのが当然で、かなりの多くの利用者が、逆選択をしていることになる。

ケース①では、営業経費は安定しており、上への経費変動は小さく材無力は強固であり、貸し倒れは、年10%を超えるのが資産比17%、貸し倒れ年13%を超えるのは、2.5%程度となる。ただし貸し倒れが10%をこえる金額比17%のうちで、貸し倒れが13%を超える債務者を区別はできない。

大手のケースでは、明らかに客を選べる状況にあり、無尽のような相互補助組合とはなっていない。少なくとも、金額比17%をしめる貸し倒れ年10%の債務者を選択できる状況にある。申込者の質から、逆選択される状況にないだろう。

今回の20%への切り下げで、スコア足きり平均点は、かなり上がる。大手モデルでも生き抜けないので、上記経費率を営業費用7.5%+金利3%+6%±2%=16.5±2% (宣伝広告は、TVが1.3%もあるので大幅カットできる。金利は低金利の調達の借り換えが始まりだすと、さらに上場するが、借り換えで少し上昇したとする。)
収益は、貸付資産の半分に20%金利、残りが18%適用して、延滞率5%を考慮すると、18.5%
利益は、18.5-16.5±2%=2~0% 
これで経営の余裕、柔軟性は一切なくなり、外部経済変動への脆弱性が急激に高まる。

さてこうした現実となれば、金利は完全に上限20%に張り付く。これは、ケース②で29%に張り付いたのと同じ状況となる。

なぜ2000年に40%から29%に社会的混乱なく下げることができたか。
すでに、金利引下げ前の2000年はじめの時点で、大手の5社、金額で市場の6割〔当時ではCFJは統合されておらず、三洋を除くとして)は、29%以下で営業しており、逆選択がなかった。それ以外の中小業者は、金利40%では逆選択がなかったが、29%に引き下げられれば、重大な逆選択が現れた。
したがって、破産者は失業者の急増により増え、業者による多重貸付に起因する破産も70万にも及ぶが、年間20万人程度でおさまり、社会不安なく、調整された。 

18%金利になれば、どうなるか。過去の実体験は将来を予知できるかもしれない。

ここで、逆選択理論では、金額ベースで集合的にリスクをとらえるではなく、利用者単位でみている。これは、与信方針で、拒絶すべき不適格客か承認できる適格客かを判別することができるか、という仮設に基づいているようだ。実際の消費者金融与信で採用されているスコアモデルは、不適格禁止口座を除き、適否の判断ではなさそうだ。このひとであれば、いくらまで貸せるか、50万円出なければ、30万円それとも10万円、minimum paymentを組み合わせて検討する。50万、月支払いが2万円では、却下でも、20万円、支払い2万円ならOKという評価プロセスで成り立っている。affordabilityをみるから。したがって、債務者個々に良否をあてはめていないとすれば、逆選択という仮説をどのように考えるか、また別の問題ではないか。


次に政治的価値評価をともなう経済政策を考えるとき、貸し倒れが15%に達するような債務者に、資金供給を認めるべきか、必要があるかということになり、国家政策として、否とだされた。

そうすると、彼らの生活資金はどうするか、破産させてしまうかという議論になる。29~40%の金利帯にいた債務者数と20-29%に生きている債務者数は、正規分布の山を見ればわかるように、極端に違う。金額上位テールの2.5%の破産が20万人とすれば、今度は17%にまで、影響が達することになる。2003年は、24万人が破産したが、債務整理や調停を加えれば、40-50万人に達することがわかる。当時の利用者は、40%まで許容できるから、母集団は1000万人を超えたであろう。

現在の利用者数が、1400万人と言われる。借入件数1件の半分が返すとして、半分を含めたのが1100万人だとすれば、、180~240万人がさしづめ切り捨てられるひとということか。

Posted by 吉行誠 : 2006年09月30日 22:26

情報の非対称性では、ないのですが、貸倒率が10%の「低リスク群」と貸倒率が20%の「高リスク群」との記述がありましたので、こんな計算がありますと申し上げます。

前提:貸倒率・・・10%の「低リスク群」と20%「高リスク群」
   貸金業者の資金コスト・・・・年率5%
借入条件・貸し付け条件・・・・共に1年後元利一括返済とする

上記の前提で、貸付業者の経費をゼロとして、Break Eaven Pointは貸付た元利が借り入れた資金返済額(100借り入れたとして返済額は105となる。)に見合うことである。従い、
低リスク群:100 x (1-10%) x 1.167 = 105.03 (16.7%で貸付る必要がある。)
高リスク群:100 x (1-20%) x 1.3125 = 105.00(31.25%で貸付る必要がある。)

経費を考慮するともっと高い利率でなければならず、貸倒率が高い相手には、金融は成立が容易ではありません。

Posted by 売れない経営コンサルタント : 2006年09月30日 22:48

吉行誠様

興味ある分析拝読いたしました。参考になります。

Posted by 売れない経営コンサルタント : 2006年09月30日 23:03

信用割り当てついて企業貸付と個人貸付を分ける理由が判然としません。なぜなら銀行は個人貸付に於いても住宅ローンを始めとして信用割り当てを行っていると思うからです。銀行と消費者金融業者との違いは評判(=ブランド)の違いではないでしょうか?銀行はより高金利でより多く貸付したいが評判を落としたくないから結局信用割り当てで平均的に利益を上げざるを得ないですが、もともと評判の悪い(厳しい取立て等)消費者金融業者は評判など気にする必要が無いから、より高金利でより多く貸付を行うのではないでしょうか。

Posted by fuji : 2006年10月01日 05:10

3000万円のローンを組んだします。住宅購入となれば、そう高いローンとも言えませんので、これを想定とさせていただき、
固定金利年3%で30年で完済するようローンを組めるとして、月の元利金合計は126600円必要になります。借入元本に対する月約定率は0.422%
金利が変わるとして、期限30年が最大とすると月支払い額は以下の通り。いくらまで月に支払い可能でしょうか。
金利 月支払額 支払い率
3%  126600  0.422%
5%  161100  0.537%
7%  199680  0.666%
9%  241485  0.805%
11% 285772  0.953%
これ以上は、しませんが。すなわち、3000万円のローンであれば、月平均16万円を払う能力がなければ、金利5%では組めないことを意味します。
それでは、固定金利が10%の場合、満期を30年が最大として、月支払いが15万円までできる場合に金利が変動すれば、いくらまで借入できるでしょうか。
金利 月支払額 借入額   月支払い率
10% 150008  17093000  0.8776%
そもそも住宅が購入できません。

借入額は、金利と月支払い率、満期によって決まりますが、期限が長い分、強烈に借入額が変動します。

ある経済事象や行動を説明するために見つけられたひとつの命題なり、仮説を、性格のあわない商品に当てはめようとしてもあいまえん。

Posted by 吉行誠 : 2006年10月01日 07:56

こんにちは。助太刀です。

消費者金融会社は主として「無担保・無保証で即時に小口の資金を消費者に融資する」という業務を営む金融会社をいい、住宅ローンは原則として購入物件が担保として設定されるため支払不能になっても担保物件を処理すれば貸倒コストを償却できますので、住宅ローンは厳密には消費者金融には含まれません。評判よりはこちらの方がより本質的な違いと言えるでしょう。

Posted by bun : 2006年10月01日 08:52

>吉行さん
「逆選択」は、理論的には(大手も含めて)貸付業者が借り手の信用力を事前に判定できないことから生じるものですので、ご指摘のような市場状態(大手と中小が分かれ、大手は準優良顧客層を取り込んでいる(それが可能な程度には借り手側の情報を持っている)ことと、そうした準優良顧客層への信用供給ルートが存在している(モデルでは、そうした低リスク層への資金供給がなされないという結論になる))だとすれば、むしろ、現実ではモデルの想定するような極端な情報の非対称性は生じていないということを意味しているように思われます。
あくまで説明のためにということでモデルを紹介しましたが、私自身は、このモデルが実際の市場状況を説明するものかどうかについては、なお懐疑的です。
とまれ、今般の引き下げで、引き続き中小業者が市場から退出を余儀なくされていくことが、結果としては、大手金融業者の寡占構造を強化していくことになってしまうのではないかという懸念については、私も供給しています。

>売れない経営コンサルタントさん
そうですね。貸倒率と貸出利率をそのまま一致させたのはミスでした。(以前のエントリーで自分自身、このことを指摘していたのですが)
本文の記載は「貸倒率」というよりも、そのまま「20%で貸出が可能な程度の信用リスク層」と読んでもらうのかいいかも知れませんね。
何れにせよ、経費も考慮すると、高リスク層への貸出金利は、意外と高くなるのは仰るとおりだと思います。

Posted by 47th : 2006年10月01日 10:47

>fujiさん
信用「割当」という訳語がいけないのかも知れませんが、原語ではcredito "rationing"といわれていて、「割当」といっても、貸し手が自分の裁量で資金を借り手間に分配するという話ではないので、そこは確認して頂いた方がいいかも知れません。
あくまで、貸し手としては高金利で貸せるものなら貸したいが(従って、評判を大事にして高金利にしていないという話ではない)、借り手のモラル・ハザード問題などを考えると高金利でも貸せない、従って、貸出が実行されるプロジェクトには一定のリスク上限が存在する(rationingがなされる)というのが信用割当の意味になります。(必要であれば、もう少し解説しますが・・・)
住宅ローンについては、bunさんがご指摘の通り、担保物権の評価の問題に帰着しますので、そもそも無担保ローンとは、金利のレベルが大幅に異なって当然ですし、そもそも担保物件の価値が貸出額に見合っているかどうかが融資の基準になるのが基本で、その情報自体はむしろ銀行の方が評価能力を持っているので、「信用割当」理論の基礎となる情報の非対称性も大きくないはずです。
もう少しいえば、企業貸付でも、有担保貸付と無担保貸付については、当然別の制約原理が働きますし、典型的な信用割当は無担保貸付(プロジェクトの将来キャッシュフローだけが宛てとなっている貸付)が念頭にあり、例えば不動産を担保に入れた貸付は、また議論が異なってきます。
その辺りを区別しないと、「情報の非対称性」や「逆選択」の議論は混乱してしまいます。
少し視点を変えて、無担保個人貸付について、何故、銀行系個人向けローン、大手消費者金融、中小消費者金融で市場の分断が起きているのかということに対する疑問だとすれば、一義的には、規制構造の差(銀行本体は厳しいリスク管理体制を規制で求められている)、与信ノウハウの差、借り手側の自己選別行動(借換等)といった道具立てで説明した方がしっくりする部分が大きいように思われます。
敢えて、「評判」をモデルに組み込むことは・・・できないわけではないので、次回のエントリーでやってみますが、現実に対する説明力は、上であげた要因に比べると弱いように思われます。

Posted by 47th : 2006年10月01日 11:02

>吉行さん
ご指摘のように、不動産担保借入と無担保個人貸付では、全く別の商品と考えた方がいいと思います。
fujiさんへのコメントでも書きましたが、実際、本文で指摘した枠組みは無担保貸付を念頭に置いたものです。
具体的な数値例、いつもありがとうございます。

>bunさん
助太刀ありがとうございます^^

Posted by 47th : 2006年10月01日 11:06

どういたしまして。最近こちらでの議論に触発されて、

Francois Julien-Labruyere/Rosa-Maria Gelpi共著"The History of Consumer Credit: Doctrines and Practice"

http://www.amazon.com/History-Consumer-Credit-Doctrines-Practice/dp/031222415X/sr=8-1/qid=1159717193/ref=sr_1_1/104-8749118-6753507?ie=UTF8&s=books

を読みましたが、面白かったですよ。今、日本で議論されていることは世界史的に見てもさほど特殊でないことがよくわかります。日本にはキリスト教の影響が皆無と言っていいほどないにも関わらず、等価な理屈がギリシア・ローマをはじめヨーロッパにおける議論で提出されていたことがよくわかりました。私は「ああ、これほど根が深い論争だったんだな」といらついていた(笑)気が休まる思いがいたしました。コメンテータ氏をそれぞれアリストテレスとかカルヴァンに見立てて遊んだりして(笑)。

邦訳も出ていますが・・・監修と訳が業界の方によるものでして・・・原著作者もCETELEM社の人たちだし・・・記述の中立性については問題は見当たらないのですが、どうもなぁ。研究者が避ける信条も痛いほどよくわかりますが、「ヤばい経済学」が出て一時アマゾンのランキングのベスト10に入ったという昨今、業界に関わらない研究者による研究が待たれます。

Posted by bun : 2006年10月01日 12:02

うーん、分かった様な分からない様な。
不動産担保の住宅ローンは別の制約原理があるとのことですが、担保があっても(たとえそれを処分して回収できるからといって)それなりの年収がないと貸さないですよね。逆に担保を重視するのであれば住宅ローン金利の個別の交渉の余地があっても良さそうですが一律ですし、もっと金利を上げて返済能力の無い人にも貸付しても良さそうな気がしますけど。
評判についても銀行が明日から「サラ金」始めますと言い出したら銀行のイメージはガタ落ちになると単純に考えただけなんですけどね。
次回のエントリーで無知まる出しの法学徒の頭を整理していただけると助かります。

Posted by fuji : 2006年10月02日 07:40

>bunさんへ
助太刀とは弱い方にするものじゃないですか!

Posted by fuji : 2006年10月02日 07:55

>bunさん
企業金融については、極めて多くの研究があるのに、消費者金融になると、何だかリソースが限られるのはどうしてなんでしょうね?
(まあ、企業金融の方が研究者の実利に適うという面ではそうなんでしょうが・・・)
仰るように、どちらにも偏りのない権威の方に、この分野についての考え方を整理して頂けると多くの人のためになりそうなんですけどね。

>fujiさん
私の限られた経験に基づいてしまいますが、住宅ローンでも年利ではなく頭金をどの程度積むかという点で個別交渉はなされているんじゃないでしょうか?
頭金は、担保物件の価格変動リスクと処分費用をヘッジする目的を持っているので、この額が適正であれば、銀行側への資産保有リスクの押し付けは回避できます。
ですので、物件の流動性が低い地方物件では頭金を多くして、他方で、物件の流動性が高い都心部では頭金を少なく要求するといった形でリスク調整は行われているんではないかという気もします。
何れにせよ、そこでは担保物件の処分による回収可能性というのが相当大きな割合を占めているわけで、このことは、無担保ローンで数千万の借入が認められることはまずないのに、「住宅」ローンであれば認められることからも示されているんじゃないでしょうか。(これは担保物件のあるローンに共通の性格で、会社勤め初年度のサラリーマンが200万円無担保で貸して下さいといっても貸してくれるところは少ないでしょうが、自動車ローンなら十分にあり得ますよね?)

>評判についても銀行が明日から「サラ金」始めますと言い出したら銀行のイメージはガタ落ちになると単純に考えただけなんですけどね。

大手消費者金融業者の多くは、現在、銀行と同一の資本グループの中にありますし、提携関係をむしろ売り物にしていますが、「評判」というのは、グループ内であっても法人格が別であれば関係がない、あるいは、企業名に同じ財閥系であることを示す表示がなければ傷つかないということになってしまうんでしょうか?
「評判」という概念も、それを適切に定義して使わないと、説明のつかないものを「評判」で説明するという一種のマジック・ワードになってしまうような気が私にはしています。

Posted by 47th : 2006年10月02日 11:21

>Fuji様

俺は強いモノに助太刀しては取り入って生きてきたし、これからもそうするつもりじゃ。これで俺の正体がわかっただろう、せいぜいこれからは近づかぬようにし、俺を見かけ次第、好きなだけ後ろ指を指すなり、陰口を言い募るなりするがよい。かかかかかかかかか。

冗談はさておき、あなたの疑問に対する説明にも助太刀にもなってますよ。あっれーちゃんと読んでます?

>企業金融については、極めて多くの研究があるのに、消費者金融になると、何だかリソースが限られるのはどうしてなんでしょうね?

はい。調べてみたらあまりに露骨な(明らかに有意ですね 笑)差があるので驚いた次第です。数学的な研究対象としては無担保の方が面白そうなんですが。

研究されない理由について思いつきを書くと、

1.消費者金融がノンバンクで、銀行(バンク)のように預入・引出を通じて一般的な消費者と接するということがないので世論に支持されにくいということがあった(と思ってたのですが、ちょうど今転換点になっていますよね。研究対象としては明らかに無担保の方が面白いと思いますので、銀行などの参入後は増えるかもしれませんね)
 
2.無担保といいながら非人道的な「担保」をとっていると疑われている(笑)(自分が経営したときのことを考えてみれば、そんな担保を、生で、なんて、くれると言われても要らないことがすぐにわかるはずですが、こういう前近代的な、身体の安全にかかる恐怖タンというのは根強くて払拭されにくいですから)

3.1件あたりの金額が小口で研究しにくい。大口の無担保個人融資には異性間の、なり親子間の、なり、なんらかの「愛」が必要ですね(笑)。

4.欧米ではずっと哲学ないし宗教論争の主題であったため科学たるべき近代経済学の対象でないと考えられている(「ヤバい経済学」がブレークスルーになる?)。

といったところに思い当たります。私は貴殿と同じく、ことさらに黒い方に興味をもつべきだと言いたいのでは全くありませんし、そんな怖いの僕ちんも大嫌いなのれすが、「経済」というからには経済活動をする人を(つまり全ての人を)無視できないはずですよね。「行動」とか「感情」が取り上げられつつある昨今、アリストテレスまでとはいいませんが、ウェーバーあたりまで遡って、しかるべき研究が埋められてもおかしくないと思います。

Posted by bun : 2006年10月02日 19:48

>bunさん
ありがとうございます。
欧米だと宗教的なタブー視が根強かったのかも知れませんね。
あとは、行動バイアスの大きい分野のようにも思えるので、ちょっとデータをとって分析してみるとバイアスが大きくて上手く解釈ができなかったので、最近の行動経済学の発展が進むまでうまく研究対象にのってこなかったというのもあるかも知れません。
現に、最近、行動経済学的なアプローチからクレジットを含めたカード利用については、色々と研究も出てきています。もっとも、この辺りを、紹介すると言ったきり放り投げているのは私ですが(笑)。

日本の場合は、そもそもデータセットが手に入りにくいのでしょうが、その原因を更に深く考えると、学問サイドも現実の経済行動をモニタリングするという意識が弱いので、それほどデータの非開示を問題しない、とか、実務サイドも学問側にデータを開示してそのフィードバックを得ることでビジネスを進展させることができると思っていない、とか、いう、そもそもアメリカで成立している(ようにみえる)産学の相互作用が弱いという構造的な問題もあるのかも知れませんね。

Posted by 47th : 2006年10月03日 11:56

>そもそもアメリカで成立している(ようにみえる)産学の相互作用が弱いという構造的な問題もあるのかも知れませんね。

はい。実にもったいない不幸な事態であると認識しています。すぐに住み分けちゃうんですよね。おたくは何屋でうちは何屋。普通の議論がすぐに勝ち負けとか喧嘩とかいじめだ、いじめでない方面の話になるのが原因かもしれません。貴殿が心がけておられるように昇華させて得られる成果を仲良く分配した方がいいと思うのですがそこで均衡しないんですよね。

>色々と研究も出てきています。

伝聞するところを総合すると、無担保融資では与信審査のノウハウが核になりますが、どの会社でも驚くほど似たノウハウをもっていて、かつそれでほとんど間違えていないという印象をもっています。ベテランの社員と与信審査の経験のない一般の人とで、被審査人に関するいくつかの個人情報と調査機会を与えていくらまでなら貸しても貸し倒れないか判断してもらう実験をすれば、有意性についてチェックする必要すらないほど疑いのない結果が出るでしょう。また無担保融資を仕事にしている人々の他に証券会社などで個人を相手に証券投資その他の営業をしている営業マンにも同等なノウハウがあると思います。例外的な富裕層を除き、今一番仕事をしやすいお客さんは30代・40代の独身エンジニアだと、みなさん口を揃えておっしゃいます。

こういう、他人の経済状態に関する嗅覚のようなものがどこで獲得されるのかわかりませんが、あまり上品な知見でないと考えられがちだからでしょうか、表だって流通しませんね。人の足下の調べ方ですからね。

Posted by bun : 2006年10月05日 07:55

>bunさん

>他人の経済状態に関する嗅覚のようなものがどこで獲得されるのかわかりませんが、あまり上品な知見でないと考えられがちだからでしょうか、表だって流通しませんね。人の足下の調べ方ですからね。

同感です。
アメリカの強みは、こうした上品でない知見に大義名分を与えて開き直れるところにあるのかも知れませんね。
ヤバい経済学にしたって、日本で一流大学の助教授と大手新聞社の記者が組んでああいうネタで本を書くというのは、ちょっと考えにくいですもんね。

Posted by 47th : 2006年10月07日 21:26

週刊東洋経済(2006/10/7号)大阪大学社会経済研究所大竹文雄教授のいう経済学の議論が掲載させてました。

 貸金業規制法の改正論議が自民党内で9月15日に合意され、臨時国会に法案が提出される予定だという。刑事罰を伴う出資法の上限金利(年29・2%)と利息制限法の上限(年15~20%)の間には、グレーゾーン(灰色)金利と呼ばれる部分がある。200万人といわれる多重債務者問題は、消費者金融がこの高率の灰色金利で貸し出したことが原因だとされてきた。今回の改正案は、上限金利の引き下げ、借り手情報の整備による貸出総額規制、業者に対する罰則強化が主な内容となっている。
 多重債務者問題を解決するのに、上限金利規制が有効か否かという問題は、極めて経済学的な問題である。しかし、この問題について、経済学の観点から議論が十分に整理されているとはいえないのではないか。悲惨な多重債務者を救うためには金利を引き下げればよい、という感情論の議論が中心ではなかったか。筆者は消費者金融の専門家ではないが、標準的な経済学の考え方から、消費者金融にどのような規制が考えられるかを議論してみたい。
 まず、借り手が「後悔しない」という意味で合理的な意思決定を行っている場合を想定しよう。このとき、借り手に関する情報が完全で、消費者金融市場が競争的だとすれば、金利の上限規制は、お節介なだけでなく、リスクが高い借り手がおカネを借りられなくなるという意味で非効率性が発生する。では、貸し手が独占的だったらどうなるだろうか。貸し手は、ほかに貸し手がいない状況を利用して金利を高くして利潤を高めることができる。この場合、上限金利規制は貸出額を増やし効率性も高めることになる。実際、貸し手に関する情報の不完全性が貸し手側の独占状態を発生させている可能性はある。
 次に、借り手に関する情報が不完全な場合を想定しよう。金利を高くすると危険な借り手しか借りてくれないという「逆選択」問題が生じる。すると、貸し手はあえて低い金利にして希望者全員には貸さないという信用割り当てを行う。ただしこのときは、高い金利で担保なし、低い金利で担保付きという貸し出し条件をつければ、危険な借り手と安全な借り手を識別できて逆選択を解消できる。つまり、この議論からは上限金利を正当化することはできない。
 このほか、借り手の返済能力に対するバブルという問題が、借り手の情報が不完全な場合に発生する可能性がある。いつ倒産するかわからない危険な借り手を貸し手が「ババ抜き」のようにたらい回しにして過剰貸し出しすることである。いずれにしても情報の不完全性から発生する問題は、借り手側の情報を整備することで対応すればいい。今度は、借り手が「後悔する」タイプの人間だと考えてみよう。つまり、人が将来の大きな利益よりも目先の小さな利益を選んでしまうという特性(双曲割引)を持っていると考えるのだ。双曲割引を持った人は、つい借りすぎて後で後悔してしまう。この場合、上限金利規制は多重債務者を減らすだろう。しかし、双曲割引の人が借りすぎて後悔することは変わらない。技術的に可能なら短期金利の税率を高く長期金利の税率を低くするのも解決方法の一つだ。
 結局、規制に加えて情報を整備すること、人間の本能的ともいえる双曲割引を矯正するメカニズムを導入していくことが必要ではないか。

Posted by 経済誌に経済学の議論 : 2006年10月11日 03:22

w(゜o゜)w オオー!ーなんと大竹先生の議論とダブってる。経済誌に経済学の議論さん感謝です。ところで双曲割引についてはNTT出版の「誘惑される意思」を読んでたんで、これまた驚きです。

Posted by fuji : 2006年10月11日 10:48

>経済誌に経済学の議論さん、fujiさん

個別の解決法への賛否は別としても、大竹先生のように規制の根拠となり得る理論を提示した上で、その対応策を示して頂くような議論が、経済学の専門家の方からなされていれば今回の上限金利規制問題も全く違う様相になっただろうにと思うと、つくづく残念ですね。

Posted by 47th : 2006年10月11日 11:43

ご参考に「通説粉砕WOW!WOW!経済塾 多重債務者問題には金利制限以外で解決すべきだ」
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授野口悠紀雄氏が出ています。週刊東洋経済(2006/10/14号)

Qこの問題については、どのような議論があるのでしょうか?
 「金利制限を強化する必要がある」とする議論の根拠は、つぎのようなものだ。金利が高すぎると利子支払いがかさみ、その支払いのために借りて、さらに利子が膨らむという悪循環を起こす。さらに、ヤミ金融に手を出す者も出る。取立てが過酷なため、自殺者も出る(これが「多重債務者問題」である。多重債務者は、200万人近くいると言われる。なお、利用者の状況は左頁図に示すとおり)。金利は普通の商品の価格と違ってその意味を実感しにくいので、安易に借入れをして無駄遣いする人もいる。また最近では、生活費をまかなうために止むをえずに借りる人が増えている。このような利用者は、金利が高すぎるから借入れを控えるという行動を取ることができない。つまり、価格を勘案して合理的な取引をするという、市場原理の大前提が満たされていない。したがって、罰則のある出資法の規制金利を引き下げて、消費者金融がそれを順守せざるをえないような状態にすべきである。そうすれば、多重債務者の増加を抑制することができる。また、消費者金融業者の収支を圧迫する最大要因である自己破産の件数を減らすこともできる。消費者金融側にも、借入れ希望者の収入をきちんと調べず、他社からの借入れ件数があっても返済能力を無視した貸付けを行なうという「過剰融資」の問題がある。また、消費者金融業者が高い金利を課す結果、儲け過ぎになっていると指摘する人もいる。他方で、貸金業者は、規制強化に反対している。規制金利が低くなれば、融資を受けられない人が増え、ヤミ金に流れる。それは、事態をかえって悪化させると主張している。これに対して規制強化の立場からは、ヤミ金が広がったのは、90年代以降、暴力団が多重債務者をターゲットにしたビジネスを始めたからであると主張する。そして、特例の導入や経過措置に強く反発する立場を取っている。 

Qでは、この問題をどう考えるべきでしょうか?
 この問題は、一般には、「消費者金融業界と借手保護の対立」と捉えられている。そして、前者が族議員を動かしていると考えられている。これに対して後者の立場を取るのが、自民党内の若手議員だ。そして、この立場がマスメディアと世論の大勢になっている。後者の立場からは、90年代以降の多重債務の主な原因は、遊興やぜいたく品の購入ではなく、失業や倒産に伴う収入減と生活費困窮であると強調される。こうして、格差問題や「小泉構造改革」批判と結び付けられて問題が提起されるわけだ。多重債務者問題が深刻であるのは、間違いない。しかし、ここでは、「それに対して利息を制限することが適切か?」という立場から問題を考えることとしたい。金利も価格の一種である。だから、金利制限は、価格統制の一種である。現在の経済では、医療費を除けば、価格統制が行なわれている例は、ほとんどない。金利統制は、きわめて特殊な例だ。金利は、基本的には、「節約」(現時点で消費しないこと)に対する報酬である。また、「リスクプレミアム」(リスクを取ることに対する報酬)も含まれている。このため、貸し倒れになる危険がある貸付先に対しては、金利も高くなる。金利が価格の中で特殊なものと考えられるのは、「何に対する価格か」がはっきりしないからだろう。また、「不労所得に対する報酬」という考えも古くからあった。しかし、金利が価格の一種である以上、「価格制限は望ましくない結果をもたらす」という一般論は、ここでも成立する。実際、イスラム圏では、宗教上の理由から利息を禁止してきた。しかし、そのために十分な資本蓄積ができず、それゆえに経済発展が遅れたという歴史的事実がある。また、規制するにしても、「どの水準にすればよいのか」は、はっきりしない。「利息制限法までなら多重債務者が発生しない」などということはないのである。だから、規制金利引下げが多重債務問題に対する本質的な答えでないことは明らかだ。価格統制の最大の問題は、表面的に価格をコントロールしても、実際には抜け道ができてしまうことだ。価格統制は闇取引をもたらすのである。「ヤミ金融」がまさにその問題である。公的なコントロールがきかない取引が増大すれば、問題は深刻化するだろう。多重債務問題の根本的原因が所得の低下にあるのなら、それに正面から対処することこそ、解決の基本である。本来行なうべき政策を行なわずに価格を規制するのは、安易な糊塗策と言わざるをえない。新聞論調を見ると、金利統制は当然との前提に立った議論がほとんどだ。しかし、「価格を統制すれば問題が解決できる」と考えることこそ、大問題なのである。価格統制は、自由であるべき私的取引に対する政府の介入である。自由な経済取引がさまざまな問題を引き起こすのは事実だが、それを解決する方法は、価格統制以外にある。「官から民へ」とか「小さな政府が望ましい」と言っていた人が、政府規制の強化に賛成するのは、まったくの論理矛盾と言わざるをえない。

Posted by 金利制限以外で解決 : 2006年10月12日 01:36

メディアはどうして法案が通る前日になって、急に経済学者の議論をもちだしたのでしょうか。

政策研究大学院大教授・福井秀夫氏

金利引き下げは俗論迎合 円滑な融資を妨げる

毎日新聞(2006/10/16朝刊) 
◇引き下げは俗論迎合 円滑な融資を妨げる--政策研究大学院大教授・福井秀夫氏
 多重債務者の救済が緊急の課題であることに異論はない。しかし、それを上限金利の引き下げで解決しようとするのは効果が乏しく副作用のみ大きい。上限金利のない英国に比べ、上限のある仏独の方がかえって多重債務被害は深刻だ。少なくとも高金利が多重債務者をもたらすという相関関係は見当たらず、グレーゾーン金利(年20~29・2%)の撤廃は問題解決にならない。むしろ円滑に融資を受け、返せている健全な借り手をむち打つものだ。消費者金融に限らず、金融機関は一定の確率で貸し倒れが起きるリスクを含めて金利を決める。リスクはコストであり、その分散は保険同様重要だ。強制的に引き下げれば、業者は返済リスクの高い顧客を排除せざるを得ないから「信用収縮」が発生する。金利規制の影響を試算したところ、平均貸出金利が年18%になれば、消費者金融の利用者950万人のうち59%が貸し渋りにあい、36%が貸しはがしの対象になる。特に中小企業勤務者や自営業者らの被害は大きい。彼らがヤミ金融に流れ、犯罪の資金源を肥大化させる可能性も強い。消費や投資に深刻な影響を及ぼす。「低所得者は金を借りなければいい」という声もあるが、それを一律に法で強制するのは、疾病リスクの高い患者に健康保険加入を認めないようなものだ。多重債務を抱え、債務整理に追い込まれる利用者は全体の10%程度。金利下げは、その救済にすらならず、大多数の健全な借り手と国民経済に打撃を与えかねない。はじき出された利用者は、5兆~8兆円が必要とも言われるセーフティーネットの対象になる。債務者を公的資金で救済するのは、消費者金融を利用しない一般納税者にまで負担が及び、公平性にも欠ける。多重債務は本来、金銭教育を充実し、カウンセリングや業者の与信管理を強化して返済能力を超えた借り入れを防ぐことで解決を図るべき問題だ。借り入れ情報を一元化したうえで、業者が利用者に対して適切な貸出額を決める仕組みが欠かせない。明確な根拠を示さず、「金利を下げる」という聞こえのいい政策を訴えるのは俗論への迎合だ。禍根を残さないためにも、臨時国会ではデータに基づく、冷静な議論を期待したい。

Posted by どうしていまになって経済学? : 2006年10月16日 21:28

bewaadさんも紹介されていた記事ですね。
ただ「臨時国会ではデータに基づく、冷静な議論を期待したい」といっても、法案立案過程で織り込まれることのなかったデータや理論的な議論がいきなり臨時国会で現れることを期待するのは難しそうですし、何よりもそうした研究が不足している(実質的には一連の早稲田ペーパーしかない)点に問題があるような気もします。
むしろ、ことここにいたっては、せめて政策評価の段階で、今回の政策立案過程のアプローチの適否が振り返られることを祈るしかないような気がします。

Posted by 47th : 2006年10月16日 23:43

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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