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高金利均衡についての補足 (2)

前回は(借り手優位の)「情報の非対称性」が高金利・高リスク層均衡を生み出す、ごく基本的なロジックを見てみたのですが、ここで自然と生じる疑問は、では上限金利規制は、この状況を崩すことが可能なのかという点です。

「利鞘」を考えてみる 

前回のごく単純なモデルに、新しいパラメータとして貸し手の「利鞘」を入れてみましょう。
つまり、前回は信用リスクに応じた金利でしか提示しないことを前提としましたが、ここでは借り手側は、自らの信用リスクに対して+7%までであれば貸し手側に「利鞘」を与えることを認めるとしましょう(※)。

つまり、低リスク層の借り手は、金利が17%までなら借入を行い、高リスク層の借り手は、金利が27%までなら借入を行うという具合に考えてみるわけです。

単純化のために、全人口を100(従って高リスク層と低リスク層の人口はそれぞれ50ずつ)とし、一人当たりの貸出は100として考えてみましょう。

まず、27%の提示する場合には、貸し手の利鞘は7×50=350になります。
一方、低リスク層に合わせて16%の金利を提示するとすると、貸し手の利鞘は、低リスク層への貸付で同じく350の利鞘を稼ぐことができますが、高リスク層への貸付は逆に▲3×50=▲150の損失を生むので、結局、純利得は200になってしまいます。

というわけで、利鞘を考慮に入れただけでは、前回の高金利・高リスク層均衡は動きません。単に、(20%,高リスク層のみ )という均衡が(27%、高リスク層のみ)となって、貸出ボリュームは変わらず、7%は貸し手側に入るだけです。

ここで上限金利を引き下げ22%に設定したとしましょう。
Xとしては、どういう金利設定をするのが合理的になるでしょう?


上限金利規制+高金利提示

今、上限金利規制ぎりぎりの22%を提示したとしましょう。
この場合、借入れが成立するのは、高リスク層だけですので、(全人口を100、一人当たりの借入額を100とすると)、「利鞘」は50×2=100になります。

これに対して、17%の金利を提示するとどうなるでしょう?
今度は低リスク層との間でも借入が成立するので、その分の利鞘は7×50=350です。
もっとも、高リスク層との間でも借入が成立して、その分については貸倒で損失が出てしまいます。
その額は▲3×50=▲150で、結局、「利鞘」は差し引き200ということになります。

この場合、17%の金利を提示した方が、22%の金利を提示するよりも貸し手にとってはトータルの「利鞘」が増加するので、上限金利規制を導入したことによって、低リスク層も高リスク層も17%で借入ができるという結果になる可能性が出ることになります。

この設定の下であれば、上限金利規制は、(高金利、高リスク層)均衡を崩す効果を持つ可能性があり、(私の理解している範囲では)これが上限金利規制によって厚生が高まるというロジックではないかと思います。

このロジックはどこまで一般性を持つのか?

問題は、このロジックがどこまで一般性を有するかという点ですが、例えば、利鞘が7%ではなく5%だったとすると、金利を15%に設定した場合の利益は差し引きでゼロなので、上限金利が20%よりも僅かでも高い水準であれば、依然として高金利均衡が成立したままになりますし、逆に20%を切った水準に設定してしまうと、貸し手自体が存在しなくなってしまう可能性があります(※2)。

そうすると、苺掲示板の中でも指摘されていましたが、そもそも、このロジックの有効性は、貸し手と借り手の利得構造の所期条件に大きく依存することになってしまうように思われます。

「評判」の持つ役割?

ところで、前回のエントリーに関して、fujiさんから、「銀行はより高金利でより多く貸付したいが評判を落としたくないから結局信用割り当てで平均的に利益を上げざるを得ないですが、もともと評判の悪い(厳しい取立て等)消費者金融業者は評判など気にする必要が無いから、より高金利でより多く貸付を行うのではないでしょうか。」というコメントをいただきました。

このコメントに対する直接のお返事はコメント欄でしたのですが、上の逆選択モデルに、この「評判」の要素を組み込むとすれば、高金利貸出の「利鞘」は「評判の低下」というマイナス要因によって減少してしまう(つまり、高金利では27%の貸出を行えるが、「評判の低下」のマイナスが5%分生じるという具合に考えてみるということです)というモデルを考えれば、「評判の低下」がマイナスになるのであれば、低金利均衡が生まれることになります。

もっとも、もし銀行が実際に高リスク層に対しても低金利で提供する方針をとっているとすれば、今度は、そもそもそれより高金利を提供する業者が淘汰されないのは何故か?という疑問に答えなくてはいけませんし、実際の銀行の貸出慣行を見る限り、情報の非対称性やモラル・ハザードの緩和の方策に対しては消費者金融業者以上に慎重です。

その意味で、コメントにも書きましたが、銀行は低金利ですが、それは上のような逆選択モデルが成立しているというよりも、慎重な信用リスク判定によって低リスク層を(完全ではありませんが)選別しているからと見るのが妥当ではないかという気がします(※3)。

・・・ということで、一応、私の理解している範囲での、法学徒向けへの「高金利均衡」理論への補足でした。




 

(※)ここでは「利鞘」という用語と(その総和を)「利得」いう用語で、非常に曖昧な形で逆選択問題が金利規制で解消されるロジックを説明しようと試みました。基本的な考え方は、苺掲示板の中で「立川」氏が利得構造を変化させることで高金利均衡を説明していたことから、それをもう少し直観的に分かりやすいよう「利鞘」というパラメーターに仕立てたものですが、高金利と低金利で貸し手側の利得に差をつけられるのであれば、それを「高金利に対する罰」と表現しても、「高リスク貸出に伴うモラル・ハザード・リスクの増大」といったもので表現しても本質は変わらないと思います。
ところで、「利得」ということを考えたときに、資金調達コストとの関係を考えると、現在の「利得」水準が超過水準にあることを前提としないと、低金利均衡に移行するというストーリーは成り立たないことには注意を要するように思われます。以下の数値例を使えば7×50=350の「利得」で資金調達をして事業として継続されているものの、「利得」が200になったとしても、なお資金調達を行い事業継続が可能であるということが暗黙の条件となっているわけです。
ただ、そもそも消費者金融の事業リスクを考えれば、一定の「利得」水準以下では資金調達が不可能になることも十分に考えられます。2000年の上限金利引下げの後で多数の中小消費者金融業者が廃業に追い込まれた事実からも、事業者側の「利得」が減少しても事業が依然として提供されるという、この「暗黙の前提」については、なお懐疑的であるべきではないかという気がします。
また、ここでは法学徒向けということで、極めて単純な構造のモデルを考えています。この先にシグナリングの話などを考えていくこともできるのでしょうが、その辺りにご興味があれば、前回紹介したいちご掲示板あたりを追っていくといいかも知れません。

(※2)また、これは結局低リスク層から高リスク層への補助金と同様の効果を持つことからすれば、このような低リスク層に対する貸付の安定性にも疑問が残らざるを得ないように思われます。

(※3)なぜ、同様の審査で高リスク層に進出しないかといえば、これもコメント欄に書きましたが、高リスク層の信用判定のノウハウの不足や、銀行本体のリスク管理の厳しさから説明できるのではないかと思います。特に、近時、銀行グループが消費者金融大手をグループ内に収める動きからも、「評判」よりは(グループ内でも違う会社であれば「評判」は関係ないとすれば別ですが)、ノウハウや規制構造の差に要因を求める方がしっくりくる気がします。

Posted by 47th : | 11:04 | Law & Economics

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コメント

『法学徒向けへの「高金利均衡」理論』は本当に勉強になりました。興奮のあまり本文にてコメントについて解説頂いたことに御礼を申し上げるのが遅くなってしまいました。ありがとうございます。今の学生さんは学部でこのようなことを学ばれているのでしょうかね。私のころは無かったなあ。一度もう少し体系的にビジネスマンの為の法と経済学シリーズをして頂くとありがたいのですが(いっそ新書レベルの本を出されてはどうでしょう)。

Posted by fuji : 2006年10月03日 18:18

>fujiさん
楽しんでいただけて幸いです^^
今の法学部教育でどのぐらいファイナンス理論が教えられているのかは、私も興味があります(私もこちらのロースクールに来るまでは全くの独学でしたので)。
実は、某出版企画の関係で資金調達面でのファイナンス理論と会社法の絡みのさわりを紹介する原稿を実験的に準備しているところです。

Posted by 47th : 2006年10月07日 21:23

丸善にいけば、アメリカのcorporateファイナンス論の本はいくらも並んでます。法学部でなくて、MBAの授業を取れば、勉強の機会はあるのでは?
実際、微分積分行列確率や統計の世界が入ってくるので、どこで基礎を学ぶかが課題です。
法律の世界で、ファイナンスの本といえば、ファイナンス大全を弁護士事務所が商事法務から出している。実務というか、これからプラクティスに入るpractitioner向けというか。
また西村総合は、かなり何冊も(どこの出版社かわすれたが)数学のないファイナンス実務なのか、単行本を出している。
これは、仕事に入る前の若手弁護士たちの研修用に、若手が書いたものでしょうか。
金融の実務に携わる金融マンは、勉強の機会がありますが、彼らを応対してドキュメンする弁護士らは、勉強の機会がない。
だから、事務所が、司法業界のため弁護士のためファイナンスの導入編をだしているのやら。

Posted by とも : 2006年10月11日 03:31

>ともさん
コメントのご趣旨が今ひとつ理解できないのですが、事実関係について私の知っている範囲で申し上げると、(私自身執筆者に名を連ねていますが)ファイナンス法大全(ファイナンス大全ではなく「法」が入っているところがミソなんですが)は、あくまで実務に存在する金融取引のニーズを前提にした上で、取引に付随して生じる法的問題にフォーカスした書籍で、いわゆるファイナンス理論と法制度の架橋を目的としたものではありません。
私をはじめ、ごく一部の執筆者が趣味のレベルでファイナンス理論にも言及していますが、それはあくまで付随的なものですので、「ファイナンスに関する法制度」と「いわゆるファイナンス理論(企業金融理論)」というのは分けて考えて頂いた方がいいように思います。
私も同僚が書いたものを全部チェックしているわけではありませんが、ファイナンス関係で弁護士が書くものというのは、基本的に「ファイナンスに関する法制度」の問題ですので、おそらく数学は使わないでしょうし、また、その範囲であれば数学を直接用いる必要もなかったのではないかと思います。

その上で、法学徒が「いわゆるファイナンス理論(企業金融理論)」を体系的に学ぶ機会がどれほどあるのかということについて、独学で学ぼうと思えば機会はいくらでもあるという趣旨であれば、その通りだろうと思います。
ただ、現実的にロースクールなどにいる法学徒の場合は、ロースクール卒業と司法試験合格ということが最優先の課題となるので、カリキュラムの外のことをどこまで深くやれるかについては難しさもあるのだろうと思って、ロースクールのカリキュラムの一環としてファイナンス理論の基礎などがあると法学徒一般のファイナンス理論リテラシーも上がるのかなと思った次第です。

Posted by 47th : 2006年10月11日 11:56

法学部教育でどのぐらいファイナンス理論とあったので、最近は本屋に行くと、いっぱい弁護士事務所が書いたファイナンスのタイトルがついた本がならんでいるなと。
知り合いの金融機関出身の弁護士に聞いたら、初心者practitionerが金融の法務に入るに、何の資料もなく、金融実務のプロの書いた本もとっつきにくく、それで研修用で書けばうれるだろうと
いうか、最近人数が急拡大していて、どこも経験のないassociateをプロジェクトチームに加えてるが、教育研修もあるだろうが、顧客からみると、何も知らないのがはいって、もし料金だけ加算させるのではと不安な気分。ファイナンス法大全は、いろんな分野をカバーしているので、それなりに意味があるかと。でもそれほど法理論、法技術、法解釈論、法律構成、法構造、法的性質決定論に踏み込んだ(研究)論文集もでないような、実務書でしょうか。他の初心者向けの本は、どうしても未経験者が読めるという意味で検収的イメージがでてしまう。もっとも巷本とは、数千冊うれないと出してくれないから、教育用であることは否定できませんが。

とも at 10.11は、経済誌に経済学の議論 at 10.11を見つけた功労者ですので、お許しを。
経済学者論考は、巻頭のおことばですが、仮説を当てはめるのは、emperical studyを欠いていれば、現実社会の解決にはなりません。
そうするとどうしても、1000件ほどをサンプルチェックして、情報の非対称性の状況とか逆選択の発生の確率を推定しなければ、仮説は棄却されるかどうかもわからないので、巻頭では紙面が限られているので、そういうところまで踏み込んで、キチンとしたのを出して欲しい。
あの分量では、このサイトのほうが質が高い。

Posted by とも : 2006年10月11日 21:46

>ともさん
そうですね「大全」シリーズは位置付けとしては、あくまで実務書、というか、実務で起きていることをまとまった形で提示するということがコンセプトで、ただ執筆者や分野によってその提示の仕方が微妙に変わるというところでしょうか。
経験のないアソシエイトを案件に加えているという部分は実に耳の痛いご指摘です。一アソシエイトの私がいうことでもありませんが、事務所内では「大全」よりも踏み込んだ実践的な指導教育を行いながら、経験に応じた作業分担を行うことで全体としてプロジェクトの運営が効率的に行われるように心がけているということだろうと思います。

Posted by 47th : 2006年10月12日 18:51

 
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