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権利の「しがらみ」とYouTube

GoogleによるYouTube買収に関しては、既にIT関係の専門家の方が色々と考察しているので、今さら何かを付け加えるようなこともないのですが、bewaadさんの「追い詰められたYouTube、あるいはGoogleが2,000億円の価値を認めた理由に関する一考察」を拝見していて、ふと思いついたことがあったので、メモということで。

YouTubeの将来性について、多くの方はテレビ局などの映像保有者からの訴訟を懸念されたり、あるいは、bewaadさんのように過去のコンテンツから収益をあげるビジネスモデルが見えれば、そもそも既存のメディアがその分野を放っておかないんではないかということを仰っています。

ただ、最近の(というか、昔から本質的にそうなんですが)テレビ局やなんかの「映像コンテンツ」というのは、それ自体が、更に色々な権利関係の集合体になっています。
最近でも確かテレビアニメか吹き替え映画かの関係で声優の方がテレビ局に二次使用分の使用料の支払を求めたりといった話があったと思うのですが、テレビ局の有するコンテンツ自体が、第三者の有するコンテンツの集合体となっている状況の下では、テレビ局自身も自由にコンテンツの再利用や改編をできるわけではありません。

その意味では、映像に対する需要があるというだけでは過去のコンテンツの再利用ビジネスは成り立たず、その際に生ずる他の権利者との調整コストを差し引いてもなお収益があがることが必要になりそうです。


この「調整コスト」には、色々なものが含まれそうですが、代表的なものである使用料一つとっても、前述の声優さんからの訴訟などを見ても未だなお不確実性がありそうです。

また、そもそもこうした再利用を前提に予め契約で権利分配を決めておくことも考えられますが、あるコンテンツが将来的に有する価値に関して権利者間で合意をとりまとめることは、それ自体非常にコストがかかります。
映画のように、かかっているステークスが大きいものについては、事前に相当の交渉コストをかけて権利の分配を明確化しても割りにあうでしょうが、日常的に生産されるテレビ・コンテンツについては、そうした交渉は必ずしも容易ではありません。
特に、こうした将来利用については、個々のコンテンツ・ホルダーはいわば「拒否権」を持っている状況にあるわけですが、拒否権の価値は個々のコンテンツ・ホルダーの有するコンテンツの価値に比例しないため、事前に権利を売り渡すよりもごねることによって、本来自分の保有するコンテンツ価値を超える割合の権利を要求してくるかも知れません(※)。

こうした権利関係の「しがらみ」がテレビ局自身によるコンテンツの再利用の障害となっているとすれば、YouTubeというのはテレビ局自身にとっても、そうした「しがらみ」から逃れる術となっているのかも知れません。

もし、YouTubeである番組の過去のコンテンツが大きなアクセスを集めているというデータがスポンサー獲得などにおいて有利に働くとすれば、テレビ局としては、YouTubeを「黙認」することで、自らがコンテンツを再利用しなければならないときに踏み込まなければならない「しがらみ」には踏み込まずに広告料収入の増加という正の外部性を享受できるという形で、YouTubeとテレビ局がWin-Winの均衡関係が成立する可能性はありそうです(※2)。

ローエコ的にいえば、「権利」というのは取引費用が存在する世界において効率的な資源配分を可能としたり、インセンティブ問題を解決するために設定されるものですが、それは一方で、新たな取引費用やインセンティブの歪みをもたらす可能性があるということで、YouTubeというのは、知的財産権保護が強力に推し進められる過程で生まれた徒花なのかな、などということを呑気に考えたりもする日曜の午後でした。
 

(※)いわゆるホールド・アウト問題ですが(ホールド・アップ問題とは違うことにご注意を)、現実には、コンテンツ・ホルダーの力が弱い場合には、テレビ局側は事前のアレンジに合意しない人間は使わないという形でバランスをとることも考えられますが、これはこれで合意の法的効力に疑義が生じたり、独禁法上の問題が出てくるという点において欠点のあるバランス調整手段です。

(※2)個々のコンテンツ・ホルダーによるアクションの可能性は残りますが、集合行為問題(個々のコンテンツ・ホルダーにもたらされる利益は、それによるコストに見合わないため行動を起こさないという問題)がここでもあるので、なかなか難しいのではないでしょうか。

Posted by 47th : | 15:41 | Law & Economics

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コメント

男性アイドル専門の某プロダクションが、自社の抱えるタレントが写る番組がネットに流れることを絶対に許していないという話はよく聞きますね。
こういう経済的利害を超えた理屈を持つところなら、YouTube/Google相手の訴訟を起こす可能性もあるのではないでしょうか?

Posted by Baatarism : 2006年10月22日 21:09

>Baatarismさん
男性アイドル専門の某芸能事務所は、いわゆるファンサイトといわれるところに事務所所属タレントの写真を使うことすら許していませんから、その可能性は十分にありそうですね。そこまで締め付けるメリットってなんなんでしょうね・・もし女性アイドルの芸能事務所がそのような対応をとったら間違いなくファンは飛んでしまいますが(笑)

Posted by Nベッテンコート : 2006年10月23日 08:57

>Baatarismさん
複数のメディアにわたってコンテンツを持っていて、そのコンテンツの総価値が相当程度ある場合には、コストを投じてもコンテンツの希釈化に対抗することは経済合理性に適っているともいえそうですよね。(ついでに言えば、1件あたりのコストで見れば釣り合っていなくても、それによって脅しの信頼性が高まるのであればやる価値はありますし(チェーン・ストア・パラドックスの話ですが))
そうしたコンテンツの希釈化に対して従前からコストを投じているホルダーとの関係ではYouTubeも自由ではいられないのでしょうが、どちらかというと、そこまで事前のコストを投じているのは少数派のような気もします。
何れにせよ、私はこの辺りの専門家ではないので、大部外野的というか、そもそも知的財産権の制度設計とかいうそもそも論に関わるのかなと呑気に見ているだけで、多分、現場のプレイヤーは既存のルールの中でYouTubeのような存在にどう対応するのが最適かを模索しているところなんでしょうね。
その個々の対応の結果が、どこに行くのか、これまた外野的には興味深いところです。

>Nベッテンコートさん
企業側が希釈化に対する厳しい対応そのものは、経済合理性で説明が付きそうな気がしますが、そうした希釈化防止策に対するファン側の対応としては、女性ファンと男声ファンというのは、行動様式に違いがありそうですね。
女性アイドルと男性アイドルでコンテンツの価値拡大・維持戦略に違いがあるか見てみると、面白い話があるのかも知れませんね。

Posted by 47th : 2006年10月23日 11:48

 
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