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マイクロ・ファイナンスと上限金利規制

ユヌス氏のノーベル平和賞受賞と上限金利規制のタイミングが重なったことで、この両者の関係をどう捉えるかについて興味を持たれる方が結構いらっしゃるようですので、今日は、マイクロ・ファイナンスと上限金利規制との関係についてのサーベイであるCGAP(マイクロ・ファイナンスに特化した研究機関)の研究員Bright Helms=Xavier Reille, Interest Rate Ceiling and Microfinance; The Stroy So Far (English PDF)というそのものズバリのペーパーの紹介です。

そもそもマイクロ・クレジットの金利は何故高いのか?

上限金利規制との関係に入るに先立って、筆者らは、最初に何故マイクロクレジットの金利が通常の貸出金利よりも高いのかということについて、必ずしも借り手の信用リスクが高いからではないと述べます。

マイクロクレジットのコストは高い。しかし、それは貧しい借り手層への貸出のリスクが本質的に高いからではない。寧ろ、よいマイクロクレジット・プログラムの貸倒率は通常の商業銀行よりも低い。マイクロクレジットのコストが高いのは、借り手との直接の接触を有する小規模な取引に要するコストの高さと、定型的な契約やコンピュータ化されたクレジット・スコアリングの代わりに個別化された契約を用いているからである。

このブログでも貸金業者が売っているものは何なのか?というエントリーで書いたことがありますが、信用リスクに応じた貸出金利は貸し手にとっては原料の仕入れと同じ意味しか持ちません。
貸出額が小規模で与信管理に手間がかかれば、信用リスクが一定でも貸出金利は高まります。また、元本額が小さければ、そうした手数料相当部分の割合は元本に対して大きくなりますから、金利という指標を使えば自ずから金利は高くなります。

ペーパーの筆者達は、こうした点を指摘して、どんなに効率化を進めたマイクロクレジットでも、その金利は従来型の金融に比べれば高利にならざるを得ないということを指摘します。


ところで、高利、高利というのは、どのぐらい高利なんでしょう?
そもそも金利というのは個々の貸出条件が異なるものを一緒に比べてもしょうがないところもあったり、名目金利と実質金利の差もあるので、一概に比較するのは難しいのですが(そもそも、このこと自体に金利を一定の数値で切る規制のナンセンスが出ているわけですが)、このペーパーでは、筆者らは次のように商業銀行とインフォーマル金融との比較で各国のマイクロクレジットの金利を提示しているので、これを見るとイメージが多少掴みやすいかも知れません。

この数値をどう見るか、とか、日本のサラ金の金利に比べてどう見るかというのは、お任せ致しますが(というよりも、おそらく数値の集計方法をもっと詳細に見ないと何とも言えない)、まあ、こんな感じのようです。 

上限金利規制の弊害

続いて筆者らは上限金利規制がマイクロクレジットに与える弊害について、次のように整理します。

一つめは、上限金利規制によって前述のように少額個別融資に伴って不可避的に生じる貸出コストの上昇をカバーできなくなった貸し手の市場からの撤退です。

筆者らは、例えばニカラグアで上限金利規制の前後でマイクロクレジットの成長率が30%から2%未満に落ちた事例や、マイクロクレジットの貧困層への普及度の平均が上限金利規制の有無によって20.2%/4.6%と大きく違う点などから、上限金利規制はマイクロクレジットの普及を阻害する可能性があることを指摘します。

二つめは、「金利」規制への対応として、貸し手が従来金利に織り込んできたコストを手数料として別途徴収するようになることによる弊害です。
手数料体系が複雑になれば、借り手は貸出コストを的確に比較することが難しくなるため、結局、貸手間の価格(金利)競争阻害という効果が生まれてしまいます。
筆者らは、後で競争の進展が金利の引き下げにおいて最も効果的であると主張しますが、この主張からすれば、貸手間の競争を阻害する副作用を有する「金利」規制は実質的な貸出コストの引き下げには結びつかないことになります。

こうした点から、筆者らは「上限金利規制は貧困層の保護には役立たない。寧ろ、貧困層のクレジット・アクセスを縮小するという点で貧困層を害する政策である」と結論づけます。

真の意味での借り手保護とは

とはいえ、筆者らも貧困層に対する搾取的な貸出の危険は認識していますが、それに対しては、貸し手間の競争の促進、苛酷な取立手法に対する規制、開示の充実、消費者教育の充実で対応していくべきであると結び、最後に今後の研究アジェンダを提示します。

個別の内容については詳細は省きますが、要するにsilver bulleteはなく、こうした地道な手段で対応していかざるを得ないという、ある意味で至極真っ当な結論だと思われます。

というわけで、上限金利規制は、一見弱者保護のように見えても、その実弱者を害するものであるという警鐘は、日本の消費者金融業者のポジション・トークだけではなく、ノーベル平和賞の対象となったマイクロ・ファイナンスの世界でも主張されているという話でした・・・まあ、CGAP自体がマイクロ・ファイナンス普及目的のための機関だとすれば、これまたポジション・トークということで済まされてしまうのかも知れませんけど(笑)


Posted by 47th : | 11:51 | Law & Development

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コメント

はじめまして。いつも参考にさせていただいております。ためになる資料を紹介していただきありがとうございます。

引用されたペーパーのなかで
>マイクロクレジットのコストが高いのは、借り手との直接の接触を有する小規模な取引に要するコストの高さと、定型的な契約やコンピュータ化されたクレジット・スコアリングの代わりに個別化された契約を用いているからである。

とありましたが、アメリカなどクレジットスコアリングが徹底されているところでは、相対的に信用リスク以外のスプレッドは小さくなるはずですが、実際のところはどうなんでしょうか?

いきなり聞いてしまってすみません。

Posted by 害債 : 2006年10月27日 23:06

消費者金融については
大竹先生のブログ
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2006/10/post_f3e4.html#comments
内の池尾先生と大竹先生の議論が私には興味あるものでした。参照されている文献はまったく見ていないのですが....

Posted by 小僧 : 2006年10月28日 05:40

>害債さん
はじめまして。
アメリカでもマイクロ・ファイナンスは実験的にやられているという話はあるのですが、私も詳しいことは分からないので、その関係では状況は分かりません。
より一般的な話で言うと、アメリカの消費者向けローンの中心はクレジット・カード・ローンなのですが、導入金利が多用されていたり、リボ払いの利用が高かったりということで、そもそも金利のとらえ方が難しい面があるのと、コストの中に純粋な信用コストだけでなく、クレジット・カード・システムの管理コストや宣伝、附帯サービスのコストなどが多くを占めているようなので、クレジット・スコアリングが発達しているから、スプレッドが小さくなっているというわけでもなさそうな印象です。
何れも実証的なデータに基づくものではなく、印象論に留まるもので申し訳ありません。
何か実証的なソースがあれば、またご紹介いたします。

Posted by 47th : 2006年10月28日 12:13

いつも勉強させて頂いております。ご教示いただきたいのですが、米国での金融業者への規制は日本とどこが大きく違うのでしょうか。日本の問題は、法律のグレーゾーンが企業の収益源泉であり、法制度の対応が不明確に過ぎていた・債権回収方法に問題が多すぎる・センティメンタルな言い方をすれば戦後餓死することは無いといわれてきた日本で餓死の新聞記事を見るほど社会階層が細分化されてきた中での企業経営の前近代性のため欧米の制度の中で都合の良い部分のみ利用。なお、日本の銀行の場合審査・契約ともに定型化し管理も子会社に委任しコストダウンしていますが、事務処理速度・管理面での洗練度さらにはリスクテイクに伴う収益の拡大は遅れているというよりも出来ないのではないでしょうか。以上印象ですいません。

Posted by うだつあがらず : 2006年10月28日 22:22

>うだつあがらずさん
私は日米の規制の差を語るほど知識はありませんし、そもそも「規制」面だけを論じても仕方がないのではないかと思います。
格差の問題はアメリカの方がより深刻ですし、企業経営も世界的に進出する巨大企業とそこら辺の個人経営のデリの差は日本以上にあります。
破産者の数でいっても、アメリカの方がいいわけではありません。
リスク帯に応じた貸出事業があって、そこで収益を得るのはそれ自体は正当なことで、日本では「グレーゾーン」という言い方で、その事業自体に問題があるかのようなイメージ操作がされていますが、アメリカであれば、上限金利を設けている州もありますが、全国的な大手カード会社は上限金利を設けていない州に設立することで、実質的にその規制を免れることが可能なので、これも「グレーゾーン」といカテゴライズすることもできます(もちろん、そうしたカテゴライズには意味はないと思いますが)
にもかかわらず、問題の現れ方は異なるわけで、単に一つの規制のあり方では説明できない国家間での差(その一つは破産というものについての社会的なスティグマの大きさだと思っていますが)があるということだと思います。
もっとも、たとえ問題の現れ方が同じであっても、それに対するアプローチは相当に異なっただろうという気はします。
仮にアメリカで、多重債務者問題と金利規制の有効性という極めて経済学的アプローチになじむ問題があがった場合には、多くの経済学者が理論面・実証面双方からオープンな議論が交わし、それが政党間での対立にも反映されていった可能性が高いように思われます。
個人的には、この政策に対するアプローチの差というのは、利益状況が目まぐるしく変わっていく時代で生起する新しい問題への対応力という面で非常に致命的なものとなっている(くる)んではないかと思っています。
・・・と、余りお答えになっていないような気もしますが、こんなところでお許し下さい。

Posted by 47th : 2006年10月28日 23:44

このエントリのはじめに大竹先生のブログが面白いですよ、とのコメントをしたのですがスパムとしてはじかれたのかなあ。私としては池尾先生の見解に対する47thさんの感想を是非聞いてみたいです。

Posted by fuji : 2006年10月29日 02:30

ちょっと話はそれるのかもしれませんが、最近米国では、破産法の改正があり、その影響で駆け込み破産が多くあったと耳にしました。

もし、この内容(改正のポイント等)をご存知でしたら教えてください。

Posted by たつ : 2006年10月29日 18:29

>fujiさん
すいません。こまめにチェックしているつもりなのですが、
スパムに落ちていたのかも知れません。
これに懲りずにお願いいたします。

ところで、大竹先生のブログは拝見しているのですが、池尾先生の元原稿を拝見していないので、ちょっとコメントは難しいところです。

>たつさん
破産法改正については、Wikipediaでもまとまっていますが、ご関心の部分でいうと、破産法改正によって個人破産者の免責の要件が厳しくなった部分があります。
仰っている駆け込み破産は、この免責要件が厳しくなったことの影響で起きた現象の話ですが、この改正で主導的な役割を果たしたのがクレジット・カード会社のロビーイングだったと言われています。

Posted by 47th : 2006年10月29日 22:28

 
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