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レッドソックスの「ルール違反」?

西部の松坂選手の大リーグ移籍話が盛り上がっているのは、もちろん知っていましたが、私的には、①阪神ファンとして井川の去就の方が気になる、②去年だったらNYで見ることができたが、来年は自分がNYにいないのでアウト、ということで、余り熱心には追ってなかったんですが、西部がポスティング応諾の決断を延ばしている背景に「ルール違反の可能性」があるというニュースを見かけたので、ちょっとぐぐってみたところ、中日スポーツで次のような記事を見つけました。

レッドソックスが松坂に“不正入札”をした疑惑が浮上した。ポスティングシステム(入札制度)でメジャー移籍を目指す西武・松坂大輔投手(26)は、13 日に西武球団が取締役会で最高入札額を受諾する見込み。その後に大リーグ機構から落札した球団名が伝えられて入団交渉がスタートするが、ここにきてレッド ソックスが、ヤンキースへの入団を妨害することだけを目的に破格な金額を応札した疑惑が浮上。その場合は、2番目に入札額が高い球団に独占交渉権が移る可 能性も出てきた。

オークションの設計はゲーム理論絡みで面白い話がたくさんあるんですが、この辺りは、それこそ最先端の経済学でホットな分野なんで、うかつに手を出して火傷してもいけないので(というか、そもそも書き出すと長くなりそうなんで疲れそう) 、ここは法律家らしい話として、次の部分に着目(下線は引用者付加)。

米4大ネットワークのFOX傘下にあるFOXスポーツ(電子版)は11日、「レッドソックスのオーナーは多くの資金を持っているが、チームの最終目的はヤ ンキースを妨害することだ」と報道。そして「ソックスが松坂との契約に誠実な努力をしなければ、コミッショナー事務局は(松坂と入団交渉する)権利を2番 目の入札額の球団にするだろう」と伝えた。

要は、「本気で交渉する気がなく他球団を妨害するために入札しただけなら、交渉権を失うよ」と言っているわけです。

この話は、実はM&Aのビッドでもある話で、企業買収で複数の買い手が一つの企業(事業)をめぐって競合しているときに、買い手は、まず「優先交渉権」の獲得を目指して、最初の条件提示を行います。
この「優先交渉権」を与える段階での手順とか条件の付け方も色々と面白い話がテンコ盛りなんですが、その際に気をつけなくてはいけないポイントとして「本気で買うつもりはないのに、いい条件(高い価格)を提示してくる買い手にどう対処するのか」という問題があります。

もちろん、「本気で買うつもり」があるのかどうかは、「優先交渉権」を与える段階では分かりません。

そこで、出てくる対処法の一つが、優先交渉権を与える契約の中で「誠実交渉義務」を課して、もし「誠実」に交渉しなかった場合には、交渉を打ち切る権利を他方当事者に与える方法ですが、実際には、この「誠実さ」の認定というのは非常に困難だというのは、すぐに分かるのではないでしょうか?

なので、実際のM&Aの現場では、こんな巷の契約書雛形にも出ていそうな「誠実交渉義務」に頼り切ることなどせずに、そこに至までのプロセスや優先交渉権の付与契約で、色々とケース・バイ・ケースの対応をやったりします。
多分、この辺りは、経済学的に分析するとシグナリングの使い方をはじめ、色々と面白いことが出てくると思いますし、弁護士の側としても経済学の分析枠組みを知った上で、自分のやっていることを見つめ直すと新たな発見や工夫の余地が見つかる分野だと思いますし、気が向いたら、またこのポスティング制度でも例にとって考えてみたいと思いますが、今日のところは、ここでいう「誠実さ」のとらえ方の違いという当たり障りのない話でお茶を濁しておきましょう。


「誠実さ」というと、Billy Joelの名曲で有名な"honesty"がすぐに浮かびますが、英文契約では、むしろ"good faith"という用語が用いられることが普通です。

"honesty"は、私の感覚では、日本語の「誠実さ」に近く、「率直であること」や「地道さ」みたいな価値観を背後に控えた言葉に思えるんですが、"good faith"という言葉は、それと比べるともう少しドライな価値観を背景にしているような気がします。

例えば、本当はまだ余裕があるけれど「この価格では到底飲むことはできない」と言って妥協を迫りつつ、他の条件で譲歩をとれれば価格引き下げに応じるような交渉の仕方は"bad faith"(※)ではありません。
ただ、こうした虚々実々の駆け引きを駆使することは、日本語的な「誠実さ」という言葉のニュアンスとはちょっと違っているのではないでしょうか?

逆に、ブラフもなく最初からぎりぎりの条件を提示して「これがうちの出せる限界の条件で、これ以上は絶対にひけません」とやって直球勝負を挑むのは、日本人的には「誠実」と言えるかも知れません。
ところが、こういう具合に全く交渉の余地を与えずに"take or leave"(こちらの出した条件をのむか、さもなければ破談)という形の交渉を相手方に強いるのは"bad faith"な交渉の仕方と捉えられる可能性があります。

もちろん、その境界はケース・バイ・ケースで曖昧ですが、「誠実さ」という言葉で日本人がイメージする交渉スタイルと、「誠実交渉義務」の背後にある英語の"good faith"という言葉が秘めている交渉スタイルにはズレがあることは知っておいて損はないのではないかと思います。

"good faith"という価値観そのものはドライな価値観ですが、だからといって「感情の動物」としてのアメリカ人が日本人よりドライだとは限りません。
日本人が「(自分たちの目から見て)誠実とは思えない相手とは長期的関係は築けない」といって感情的になる可能性があるのと同じぐらいに、アメリカ人が「(自分たちの目からみて)"good faith"にやっていけない相手とは長期的関係は築けない」と感情的になる可能性は存在します。

というわけで、こうした意味でのギャップを認識して、そんなところの行き違いでまとまるはずの交渉がまとまらなくなることを防止するのが、弁護士の交渉能力の一つなんじゃないかと私は思っています。

もちろん、こうしたギャップの認識・通訳能力というのは言語が違う場合だけでなく、企業文化が違う場合や、 部門毎の文化が違う場合、更にはシチュエーション(平時と危機発生時)が変化した場合など、いろいろな場面で生じるわけで、実務法律家の能力が法律知識だけでは決まらない由縁もこういうところにあったりします。

・・・と、最後は弁護士というお仕事の宣伝とか、心構え的なものになってしまいましたが、依頼者の側からは、この辺りの能力はどう評価されているんだろうというのも、実は気になっているところです。
例えば、「そんなジェネラルな能力は企業内でも育成できるし、弁護士資格がなくても身につけられるんだから、弁護士は法律知識の研鑽に精を出せ」というのもありかも知れませんし、企業の法務部の方との棲み分けというところとも関連してくるんでしょうね。

 

 

(※)正確には「good faithでないことはない」でしょうが、読みやすさのために「good faithでないこと」を「bad faith」と言い換えています。もちろん、現実には、「bad faithとまでは言えないが、good faithとも言いにくい」というグレーゾーンもあり得ます。

Posted by 47th : | 13:42 | Law & Economics

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