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ブログ論壇考(3):書き手のコスト~コストの中身(前編)

ブログを書く際の「コスト」の中心が「時間」であり、そのコストは「機会費用」(その時間を使ったら他に何ができるか?)の大きさに左右されるという観点からみたとき、ブログを書くという一連の作業の中にある過程の意味は異なっているようにも見えます。

自分の経験を下にブログを書くという作業のコスト構造をみると、次のような感じで分類できるような気がしています。

「探す」コスト:ファインディング・コスト

端的にいえば、「ネタ探し」の時間です。
新聞(全国紙)のHPやポータル・サイトのヘッドラインをチェックするだけであれば、そんなに時間はかかりませんし、そもそも世の中から取り残されないためには、何れにせよ必要になるコストですから、それ自体は「どうせやらなきゃいけないこと」です。
これに、他の人のブログが入ってくると、少し大変になってきます。もっとも、これも「どうせ必要な情報収集という側面もありますし、RSSリーダーやぶくまを使えば、大部効率的になります。

「調べる」コスト:リサーチ・コスト

次に、書きたいなと思うネタが見つかったときに、前提となる知識や関連する情報を調べるための時間が必要になってきます。
私の場合、このリサーチ・コストは、記事によって大部変わってきます。
中には手持ちの知識だけで何とかなるものもありますし、中には自分が感じたもやもやをもう少し形にするために、文献や教科書に当たらないといけないものもあります。
あるいは、その論点について他の人がブログで何か考えを発信していないかを参考にするために、普段の巡回先に入っていないブログに行ってみたりということもあります。
もっとも、リサーチの部分に力を入れる時というのは、結局、紙媒体の出版物につなげる予定があったり、ロースクールの授業の理解とつなげていたり、あるいは、何れきちんと調べておこうと思っていたことであったり、ということも多いので、イメージほどには追加的なコストがかかるわけではありません。
そもそも、ブログのよさの一つは、このリサーチ・コストを節約して「思いつき」や「印象」レベルでも書けるというところにあるので、リサーチ・コストは、それほど大きな負担ではありません。
私のように一応紙媒体へのアクセスがある場合はなおさらそうですが、そうでない人にとっても、専門論文に必要なレベルの前提知識の習得は不要という点で、リサーチ・コストの負担がネックでブログが書けなくなるというのは、それほど多くはないような気がします。
この「リサーチ・コストの負担が少ない」というのは、ブログのメリットの一つですが、ブログでの意見交換の今後を考えたときには、逆にボトルネックの一つともなり得る気がしますが、それは、また後にして、先に進みましょう。

「考える」コスト:シンキング・コスト

リサーチが終わった後で、そのリサーチ内容をブログにそのまま書く場合は別として、いろいろと調べて知識や情報を得た後で「考えをまとめる」という作業が必要になることがあります。
この内容も二つのパターンがあって、一つはリサーチ・コストと重なる部分もありますが、膨大な情報を自分の中で理解して整理するために必要なコストで、専 門的な論文だと、この部分の労力というのが、かなりの割合を占めることがありますし、ブログでも一つのテーマについていろいろな意見が示されているときに は、それを整理するためのコストというのは、それなりに必要になってきます。
もう一つは、もっと純粋に自分で「考える」時間です。
これは分かりやすいといえば分かりやすいのですが、人間は「自分で考えている」ようにみえて、単にどこかで見た人の考えをそのまま繰り返しているだけと か、水伝絡みでちょっと考察してみたように、「考えている」ように見えて、実は単に自分にとって「都合のいい」あるいは「耳障りのいい」結論に理由をこじ つけているだけということもあります。
そうしたものを排除して、純粋に自分の「考え」をまとめていくことというのは、本当はそれなりに時間がかかるものです。
私の場合、企業法務ネタなんかは仕事や原稿書きの中で一回このプロセスを経ていることが多いので、そういうものは苦労しないのですが、そうしたプロセスを 経ていないものの場合は、道を歩いているときとか、食事をしているときとか使って、そういう頭の中に浮かんだことを自分なりに
整理する時間というのが必要になってきます。

この「考える」時間の確保というのは、結構重要な気がします。
日本で仕事をしているときは、経済学や開発といったことについて考えたいと思っても、なかなか考える時間すらとれないというのが実際でした。食事をしたり 風呂に入っているときでも、今とりかかっている案件の方が大きい比重を占めていることの方が多いわけで、ブログのための「考える」時間のコストというのは 忙しくなると、かなり大きくなります。

かといって「考える」時間を使わないエントリーを書くことが、読者や、何より私自身にとってどれだけの意味があるのか、というと・・・この辺りは、 また改めて検討するつもりですが、何だかんだこのブログを続けられたのは、この「考える」という点(と、次の「書く」という点)にある程度のコストを割い てきたからじゃないかなと思うので、ここにエネルギーを注がない(注げない)「ふぉりあと」の存在意義には?がついてしまいます。

というわけで、ちょっと長くなってきたので、今日はこんなところで。
次回は「書く」コスト、「伝える」コスト、「副作用」コストについて考えたいと思います。

(続く)


Posted by 47th : | 12:04 | ブログ論壇考

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コメント

池田先生のブログの「過剰の経済学」のエントリからの孫引きで恐縮ですが
>ハーバート・サイモン(1971)の有名な言葉を
>引用すると「情報の豊かさは、それがそれが
>消費するものの稀少性を意味する。情報が
>消費するものは、かなり明白である。それは
>情報を受け取る人の関心を消費するのであ
>る。したがって情報の豊かさは関心の稀少性
>を作り出し、それを消費する膨大な情報源に
>対して関心を効率的に配分する必要が生じ
>る。」
中略
>つまり情報生産においては、資本主義の法
>則が逆転し、個人の関心(時間コスト)を効率
>的に配分するテクノロジーがもっとも重要にな
>ったのである。
これを読んだときいたく感動してトンデモコメントをしちゃったんですが、ブログの「コスト」について掘り下げて考察される点は非常に興味深いですね。続きが楽しみです。

Posted by fuji : 2006年11月17日 16:01

自分はブログに書くとき、たいていそんなに考えてないですね。うーん。まあ、出来損ない見切り品大廉売の看板をあげているので、許して欲しいと。
このエントリを見たあとで、自分の新エントリを書いてて、「年をとったせいか、思い出すにもコストがかかるようになった」と思いますた(笑)。

Posted by kumakuma1967 : 2006年11月17日 21:22

仕事をしている間に常にいろいろな価値判断をしているという点では、自分が興味のあるネタがどのブログのどの辺にいま転がっているのかというデータを日常的に取っていると、後は仕事をしているときでもなんとなくそのネタのことは(あくまでも潜在的にですけど)頭に常駐していうるかもしれません。
それが仕事と能率との関係で親和性がとりにくい分野だと仕事の妨げになりますが、かぶっているネタだと仕事してるときの発想にもいい影響を与えることも結構あるわけで。
そうするとこのネタの峻別と常駐の際の優先順位の仕分けができてると常にブログについては臨戦態勢(これが仕込みになる部分もあるかもしれません)、換言すれば仕事についても臨戦態勢ということに持っていこうと思えば持っていけるのではと。
いうは易しなんですが(^^;)。
47thさんがおっしゃってるようにサブカルネタとかのが仕事との関係では大変ですよねえ。
これは人それぞれでしょうが、そのサブカルネタから仕事のほうに寄せて考えるか、仕事やってたときにその周辺領域の背景とかに関係するネタを思いつくと書き込んどくとかすると、結局、仕事の関係をある程度持たせて論じることも可能は可能ですよね。
日常業務中はさすがにこれはやらないのですが(^^;)。
ただ、存外にこの営みが気分転換や発想の転換につながることが多いので夜中にこの領域で書き込んでると翌日の仕事はさわやかにしかも効率的になったりすることが多いような気がします。

Posted by ろじゃあ : 2006年11月18日 12:36

>fujiさん
どこまでいっても、人間の活動には何らかの制約があるんで、その中での資源分配の仕方を考えるのが経済学の一つの重要な意義だと思っているので、こういうコストとベネフィットを掘り下げていくと、その辺りが見えるかも知れないというところで、やってみていますが、まだまだ思いつき段階ですので、何か気づいたことがあれば教えてください。

>kumakuma1967さん
もちろん、引き出しの深さの違いというのもあるんで、私の場合、思い出す前に、思い出すネタがなかったりとか、一生懸命考えたはずのことを後でどっかで見つけて、力が抜けるとか、そんなことの方が多いんですが・・・そういう意味では引き出しを増やすのに使う時間をブログに使っているという意味での機会費用もありそうな・・・

>ろじゃあさん
まあ、考える時間については、実際に現場に戻ってみると、またうまくバランスを見つけられるのかも知れませんし、そうすると備忘録+一言ぐらいのところでやるという手もあるんでしょうね。

Posted by 47th : 2006年11月19日 17:09

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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