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ブログ論壇考(4):書き手のコスト~コストの中身(後編)

引越し準備やら何やらで本文の更新が遅くなりましたが、前回の「探す」「調べる」「考える」の他に書き手に必要となるコストの中身について考えてみたいと思います。

「伝える」コスト:デリバリー・コスト 

実際の流れからいうと「書く」作業の方が先なんですが、説明の便宜上、「伝える」コストから考えてみます。

シリーズの最初でも書いたように、元々、ブログが発達する前は、自分の考えを人に伝えるのは決して簡単ではありませんでした。
紙媒体などの既存のチャネルにアクセスする には、それ相応の集客力が求められていましたし、HPなどのネット媒体も開設や運営にはある程度の知識も必要ですし、多くの人に読まれるためには、何だか んだリアルでの集客力が求められる面があったような気がします。

ブログは、そうした意味での「伝える」コストを大幅に下げました。
先行する人気ブログへのTBや、ぶくマの発達、ブログ同士での他のブログ記事の紹介といった相互作用を用いることで、潜在的に多くの読者層にアクセスすることが可能となったわけです。

この面でのコスト削減が、ブログで自分の考えを発信する人が増加した直接的な要因ではないかという気がします。

「書く」コスト:アウトプット・コスト

もっとも、潜在的な受け手の範囲が広がったことと、実際に多くの人に伝わるかは別の問題です。

例えば、私が自分のポイズン・ピル論文の抜粋をそのままブログに載せることは可能ですが、それを読んで理解するためには、ある程度の前提知識が必要で、それがない人にとっては「難しくてよく分からない」で終わってしまうかも知れません。

これに対して、必ずしも前提知識を持っていない人にもメッセージを伝えようと思えば、前提知識の部分から丁寧に解きほぐしたり、図や比喩を使って直観的に理解できるようにしたり、といった工夫が必要になります。

そういう意味では、このブログの初期に多かった、私の企業法務関係のエントリーについては、「考える」ところまでは手持ちの貯金でやっていた部分も多く、コストをかけていたのは、この「書く」部分だったような気がします。
例えば、M&Aとか敵対的買収という話を、余りその分野の知識がない人にも伝えるためにはどうすればいいのか?とか、どこから書き始めればいいのか?、とか、そういう辺りです。

ただ、こういう意味でのコストのかけ方というのは、意外と長続きさせるのが難しい面があるような気がします。
私の場合は、初期に一通り敵対的買収とかM&Aの話を書きましたが、結局、それを続けようとすると、後から後から起きてくるM&A絡みの事件に対して、同じ視点を切り口を代えて語るという「繰り返しモード」というか「マンネリ化」に入っていきかけました。

そこで、ちょっと萎えてしまったというか、モチベーションの低下を感じたときに考えた方向性の一つが、同業者向けにもうちょっとマニアックな議論を誘発する話をすることでした。
これであれば、自分の考えの整理にもなるし、同業界の人たちの考えも聞けるかも知れないわけです・・・ただ、これはこれで、そういう話であれば何もブログでなくても紙媒体でやればいいかなという気がしてくるわけです。

結局、実際に進んだ方向というのは、「マンネリ化」によるモチベーション低下を避けるため、切り口を変えていくことで、具体的には企業法務ネタについてもローエコ的な切り口やファイナンス的な切り口で見てみたり、あるいは、そもそも企業法務ネタを離れて一般的な時事や「開発」ネタに入っていくということでした。

こういうものについては、「書く」ことと「考える」ことが、かなりイコールになってきていたような気がします。
前回の話に戻りますが、こういう自分にとっても新しい切り口のネタというのは、「考える」≒「書く」部分で、それなりにコストがかかるわけで、忙しくなってきたときにそれを上手く確保できるかどうかに不安が出てくるわけです。

つまり、私の場合、手持ちネタに勝負するものについては、それをかみ砕くことだけコストを注ぎ続けられる自信がない(というよりも、過去に既に暇な中でもモチベーションが低下しているので、況やをや、と)。
新ネタについては、仕事と直接関係ないところで「考える」≒「書く」コストにどのぐらい時間を割けるかよく分からない、という部分がありそうです。

もっとも、「考える」≒「書く」だとしても、もうちょっと「書く」部分の労力をセーブして、余り口説くかかずに、基本的には自分向けに書いて、あとは分かる人には分かってもらうという道もありそうです。
ただ、そこで問題になってくるのが、一応「実名」とリンクできる形でやっているところで生じる「副作用」の部分のような気がします。

「副作用」コスト

ブログで自分の考えを外に発信することには、非常にポジティブな要素もありますが、やはり一定の副作用はあります。

誰にでも共通するのは、「自分の考えを否定されることの痛み」です。
自分の考えをブログに書いたところ、それに否定的なコメントやTBがつけられてしまうと萎えてしまうというのは、何となく分かりやすい経験ではないでしょうか?
私の場合は、職業柄、時にはお互いに相手の書いてきた書面や理屈を徹底的にたたき合うことも求められるんで、蛙の面に水みたいなところはあるんですが、それでも「どう返事したらいいのか分からない、でも敵意はメチャクチャ感じる」というコメントやTBがガンガンついたら、「そこまでしてブログやるつもりもないよね」と思ってしまう可能性はあります。

もっとも、リアルの存在とのリンクが切れていれば、その痛みは純粋に内的なものですが、リアルの存在とのリンクがあると、そこへの副作用も出てきます。

私の場合は、弁護士という職業柄、守秘義務や利益相反関係、同僚との人間関係といった辺りが、すぐに出てきますが、会社勤めの人なら会社や上司に知られてしまうリスクというのも考えなくてはいけないはずです。

このブログについていえば、企業法務ネタについても扱ってこれたのは、留学中ということで、リアル存在への副作用のリスクが比較的小さかったという点はあげられるだろうと思います。
ただ、日本で実際に仕事に復帰すると、企業法務関係については、いつどんな形で当事者になるかも分からないので、やはり色々な面から書くのは難しくなります。

あるいは、そこまで直接的にリアルに影響がなくても、やはりリアルの部分に敵意を持たれてしまうと、どこで刺されるか分からない怖さはあります。あるいは、敵意までいかなくても、評判の低下というのもあり得ます。
例えば、少し前のコメント欄で、昔の司法試験合格直後のインタビュー記事が教員・学生間で失笑を買っていたというご指摘もあったんですが、司法試験受験界関係者しか読まないであろう予備校誌に1回だけ載ったインタビューでそれなのですから、平均すると毎日1000人以上の人に2年間にわたって曝しているブログでは、「失笑の輪」が広がっている可能性も相当にあるわけです。

そういうことからすると、リアルの存在とのリンクがあると、いくら思いつきで書いたこととはいっても、余計な誤解は避けたいという気持ちは働くんで、そうすると、なるべく丁寧に誤解されないようにということで、文章は長くなり、「書く」コストは高まっていきます。

そう言う意味で「匿名」に戻るというのは魅力なんですが、やはりこれだけ続けていると、文章とか考え方のクセというのは、読者の人にも知られてしまっていると思うんで、余程意識的にテーマ選びも変えて、文体も変えないと、やはりばれる危険があります。
そういうところに気をつかってまでブログをやるのも疲れそうですし、変なところで変な憶測を呼んでもいけないんで、「匿名」でのブログ復帰はまずないと思っていただいて結構かと思います。

・・・と、何だかまとまりがなくなってきていますが、少なくとも私に関していえば、ブログを続けるために、やはりそれなりにコストをかけてきていた気がします。

仕事に復帰していくことによって、「機会費用」としてのコストが更に高まることが予想される中で、今の形で続けていくことは難しい・・・まあ、これがやはりブログ中断の理由になるわけですが、でも、たとえコストが高まったとしても、それによって得られる利益(ベネフィット)が大きければ、いいはずです。

コストの裏には、常にベネフィットが何かを見ることが必要になるわけで、今度は書き手にとってのベネフィットについて、少し見ていきたいと思います。


Posted by 47th : | 12:05 | ブログ論壇考

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