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証券取引と民法95条適用の可否(2)

前回から少し間があきましたが、ぼちぼち続きを。(例のごとく、民法についは記憶が頼りなんで、変なところがあればご教示をお願いしたく)

「適用」≠「無効」

これまでにいただいたコメントや他のブログの論調を拝見していると、証券取引に民法の意思表示の規定が適用になると証券取引が極めて不安定なものになってしまうのではないかという点の懸念があるようです。
この点は、ちょっと私が舌足らずだったのかも知れませんが、「適用がある」ということは、「取引が無効になる」ということとはちょっと違います。いくらある規定の「適用」があっても、「要件」が満たされないと取引の効力を否定することはできません。
そして、元々民法の意思表示規定の下でも、無効や取消が主張できる場合は非常に限定されていて、そうそう滅多には効力が否定されるものではありません。日常生活でも「あんなん詐欺じゃん」と言いたくなるようなことや「そんなつもりじゃなかったんだけど」ということは多いわけですが、実際に訴訟を起こして取消や無効が主張できるかというと、これは全然別の問題です。
例えば、今回扱っている民法95条(錯誤)の条文はこんな感じになっています。

意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

この条文からは、①「錯誤」があること、②「錯誤」が「法律行為の要素」に関して存在すること、③「重過失」がないこと、という「要件」が導きだされます。更に、条文には書かれていないのですが、裁判例から③'重過失がある場合であっても、相手方が「悪意」の場合には無効主張はできるということになっています。
たとえ民法95条の適用があるとしても、これらの要件が満たされない限りは、取引は無効になりません・・・で、問題は証券取引に関して民法95条の要件が満たされる場合というのは、どのぐらいあり得るのかということになります。

証券取引と錯誤

例えば、今回の誤発注のような事案ではなく、もうちょっと頻繁にありそうな「思い違い」の例を考えてみましょう。

Case 1
一般投資家のXは、有料配信の速報ニュースで"TCI"に対するSECの調査が入ったことを知り、即座に手許に保有していたTele-Communication Inc.の株式の売却を証券会社Aに委託した。同日に買注文を出していたYとの間で取引は成立した。その後、Xは”TCI"がTranscontinental Realty Investor. Inc.の証券コードであることを知った。

およそ取引では、この類の「思い違い」はいくらでも起こるわけですが、民法95条が適用されると、Xは「間違いでした」ということで取引を取り消せるかというと、答えはNOです。
一般的な理解では、民法95条でいう「錯誤」というのは、「リンゴ」というところを「ミカン」と言ってしまったとかいう「言い間違い」のレベルのことをいい、上の例のような取引に入る動機付けの部分での「間違い」はカウントされないと言われています。ただ、それだと余りにも無効の範囲が狭くなるので、裁判例や解釈上、この「動機付け」の部分が相手方に表示されている場合に限って「錯誤」に当たると考えられています。
上の例でいえば、Xが「私はTCIをTele-Communication Inc.のことだと思っているので売却します」とYに対して表示していれば「錯誤」として取り扱われるのですが・・・・証券市場では、原則として、こういう個別の動機を表示する余地を取引の相手方に伝える余地はありません。
Xは、ひょっとしたら証券会社の担当者と電話で話すときに、「かくかくしかじか」ということを口頭で話せるかも知れませんが、証券会社が市場に注文を取り次ぐ段階で、価格と数量以外の情報は取り除かれてしまうので、YがXと証券会社の担当者との間で取り交わされた話の内容を知る由はありません。
つまり、この場合には、そもそも民法95条適用の最初のポイントである「錯誤かどうか」というところで、要件を充足しないということになってしまいます。
・・・というわけで、普通に証券取引がなされる上で起きる、この種の「思い違い」は、民法の適用があったとしても、要件を満たすことができないため、無効や取消といった効果を生じることはあり得ないわけです。
これは、証券市場が取引の効率性を達成する上で、取引当事者間で交換する情報を、原則として、「価格」「数量」「売り・買い」に集約していることの一種の副作用ともいえます。
この意味において、証券取引に民法の規定の適用があるとしても、実際に要件を充足することは極めて困難ということになります。
ただ、この実務上の困難が例外的に緩和される「特別の事情」がある場合には、どうでしょう?この場合にも取引の効果を覆ることを許してはならないのでしょうか?

Case 2
一般投資家のXは、有料配信の速報ニュースで"TCI"に対するSECの調査が入ったことを知り、即座に手許に保有していたTele-Communication Inc.の株式の売却を証券会社Aに委託した。その際XはAの担当者aに対して「"TCI"にSECの調査が入ったという話を聞いた。なので、Tele-Communication Inc.を早めに処分したい」と伝えてた。その直前にAの自己売買部門のディーラーbは、たまたま同じニュースを知り、過去の経験から誤解をする投資家が出ることを予想し、ブローカー部門の担当者全員にTele-Communication Inc株式の売却注文が入った場合には注文を取り次ぐ前に自分に知らせるように指示をしていた。aは、そのニュースの存在を知らなかったが、bからの指示に従ってXがTele-Communication Inc株式の大口売却をしようとしていることを連絡した。その際に、Xが注文の際に話した売却の理由についてもbに伝えていた。bは、Xの売り注文と合わせる形で買い注文を出し、最終的にXとAとの間で取引が成立した。その後、Xは"TCI"がTranscontinental Realty Investor. Inc.の証券コードであることを知った。

この場合も、そもそもXは自分の取引が誰との間で成立するかをつきとめることが普通はできないので、なかなか難しいのですが、例えば担当者のaが、その後すぐに退職してしまい、Xに対して事情を説明したとか、bがそうした指示を行い取引を成立させていたことがマスコミにすっぱぬかれたりしたとしたら・・・・それでも、民法95条の適用を否定すべきなのか?
この辺りが、今回の事例を考える上での参照点になってきそうな気がするところで、次回に続きます。

Posted by 47th : | 16:27 | Securities

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コメント

 いつも拝読させていただいています。
 経験からして、プログラム売買で機械が安い売り物を自動的に拾うこともあるでしょうし、ディーラーが脊髄反射で買うことだってあるでしょうから、発行済み株式数を超えていただけで、個々の買い手の悪意を推定するのは大変だろうな、という感想です。
 また、日本の証券決済はネッティングによって行われ、取引の成立した時の売買契約の相手と履行の相手が異なるんですよね。しかも、最近では、証券取引清算機関制度(あのクリアリング機構)の下では、売り手と買い手の債権債務関係に清算機関が割って入るんじゃなかったでしたかね。適用して、無効にして、取引を巻き戻す関係者の必死な形相が想像できます。
 これが一部の外国のように、リアルタイムにグロス決済をするのであれば(リアルタイム性はこの場合あまり関係ないかもしれませんが)、取引が成立したとほぼ同時に売買当事者間で証券のやり取り(おそらく口座の振り替え)=履行があります。この場合は、「無効にしよう」「そうしよう」で話は終わりやすいと思うのですが。
 巻き戻しだろうがなんだろうが、やれば出来るじゃないか、と言われればそうなのかもしれませんが。。。結局、どんな理由であれ、巻き戻される可能性がある市場にマトモな人が投資できるか、という実質論に落ち着いてしまうのでしょうか。。。
 法の適用をトコトン突き詰めようとする47thさんの意図に添えない内容ですいません。

Posted by 申年の餃座 : 2005年12月27日 10:57

>申年の餃子さん
貴重なコメントありがとうございます。
プログラム売買の話は「なるほど」と思うのですが、他方で、プログラム売買にも一定の限度があるのではないかという気がするのですが、どうなのでしょう?
今回問題となっているような大口の取引に関しても、プログラム売買が働いているとなると・・・それは、それで市場のノイズが拡大される可能性があるので、別途対応が必要なんではないかという気もするところです。
あと、決済の方なんですが、理想的には勿論決済前に効力関係が確定するのが一番望ましく、その意味で以前紹介したAMEXのようなルールが有用だと思うのですが、事後的に効力の確定を行う必要がでてきた場合には、取引の効力の問題(無効(取消可能)と有効)と救済方法の問題(現物返還か代替物(同種の株券・現金)清算)は分けて考えることができるのではないかと考えているところです。
とはいえ、決済システムと効力・救済の整合性は非常に重要なところだと思いますので、今後ともお気づきのことがあれば是非ご教示下さい。

Posted by 47th : 2005年12月27日 14:05

お聞きしたいことがあります。
証券会社Aは甲株式会社の株式1株60円で顧客に売るつもりであったところ、誤って「甲株式会社の株式60万株を1株1円で売る」との意思表示を顧客Bに対して行い、AB間で成立したのはどのような内容の契約か?またその契約は有効か?
という問題で有効ということは貴方のホームページを拝見させてもらってわかったのですが、根拠条文及び理由の書き方がわからなくて困っています。是非よい解答の書き方を教えてください。

Posted by 困惑している大学生 : 2006年01月20日 11:09

 
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