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エンロンはいつでも起きる (Enron Happens)

・・・という刺激的なタイトルのHENRY T. C. HU(テキサス大学教授(会社法・証券取引法))がNew York Timesに寄稿した論説の紹介。

別にライブドア事件を念頭において書かれたのではなく、こちらではエンロンの元CEOケネス・レイらに対する刑事事件のトライアルが始まったと言うところで、折しもエンロン回顧ムードが高まりつつあります。

そんな中Hu教授は、こんな書き出しで論説を始めます。(以下日本語訳は適当に意訳もあり)

エンロンがまた起きることは「あり得る」か?あり得るだろう。では、それは我々のコーポレート・ガバナンスのシステムが詐欺的な行為を抑止するのに十分でないかだろうか?いや、必ずしもそういうわけではないのだ。
(CAN Enron happen again? Yes. Does this mean our corporate governance system isn't doing enough to deter fraud? Not necessarily. )

そして、次のように述べて一定の詐欺的行為の存在は社会にとって望ましい状態であると述べます。

確かに株主の利益は唯一の指標とはなり得ない。会社による詐欺的行為は株主のみならず、とりわけ市場に対する一般的な信頼を傷つける。サーベンス・オクスレー法や他の手段を通じて政府が株主にとって最適な水準よりも、より厳しい水準の抑止措置を求めることは筋が通っている。
それでも、会社の取締役に必要以上の時間を見回りに費やすようにしむけることには現実的なコストが生じる。詐欺的行為を重視しすぎることは、経営陣の選任・監督、報酬システムをの設計、戦略的なアドバイスの提供といった株主の利益にとって重要な活動に注がれるべき労力を別の方向にそらすことになる。そして、結局のところは、詐欺的行為のコントロールに対する注意を少なくして、より経営陣の監督に意識を向けることが、単に会社の業績を上げるだけでなく、詐欺的行為を減らすこともあり得るのだ。

(Obviously, shareholder welfare cannot be the sole touchstone. Corporate fraud hurts not only the shareholders but also, among other things, general market confidence. Through the Sarbanes-Oxley Act and other means, it makes sense for government to require more in terms of deterring fraud than may necessarily be optimal for shareholders.
Still, there are real costs associated with forcing corporate directors to spend too much time playing sentry. Focusing on fraud diverts directors from activities like choosing and monitoring management, devising compensation systems and offering strategic advice — all things that are important to shareholder welfare. And as it turns out, concentrating less on fraud control and more on overseeing management may not only enhance corporate performance but can sometimes also reduce fraud.)

ここに見られる、「一定の悪はむしろ社会的に望ましい」というドライな発想は、たぶん、アメリカでも一般うけはしない発想だと思うのですが、ドライなだけに真実をついているという面があると個人的には思っています。察しの言い方は既にお気づきのとおり、私は、かなりの部分でこういう基本的な発想をしております。
実は、Becker-Posnerの例の臓器売買の話についても、私はあんまりアレルギーは感じないところで・・・ただ、臓器に関しては、生態適合性みたいに価格シグナルの中に織り込めない情報が資源配分の効率性においてキーとなる(高い価格がつけられても、適合性が不足して臓器が廃棄されれば損失が生じる)というところと、予算制約線による制約が簡単にヒットしそうなので、初期資源の配賦の公正の問題を避けて通ることはできないんじゃないの?(逆にいえば、貧富の差の小さい社会なら別にいいかも・・・)・・・という、極めてドライな理由により、Beckerのポジションに必ずしも賛同していないだけだったりします。まあ、これは蛇足ですが・・・

(本当は全文をご紹介したいんですが、著作権が怖いんで・・・ただ、WSJと違って、NYTは基本的なサブスクリプションは無料なのでご安心下さい(過去記事は有料ですが))


Posted by 47th : | 17:52 | Corporate Governance : Compliance

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コメント

「ドライな発想」とありますが、素直に受け入れることができました。
アメリカはわかりませんが、必要悪という概念は(表向きはどうあれ)
普遍的なものと感じているので、違和感はないですね。

また面白い記事がありましたらぜひ教えてください。

Posted by 通りすがり : 2006年02月01日 20:50

>通りすがりさん
確かに、必要悪とか、清き流れのすみにくさというのは、日本人の伝統にも本来はあるはずですよね。なのに、たまーに日本の言論界に息苦しさを感じることがあるのは、気のせいなのか・・・
また、面白いものを見つけたらご報告いたします^^

Posted by 47th : 2006年02月02日 00:03

はじめまして。前からよくお邪魔して勉強させていただいておりましたが、コメントは初めてさせていただきます。
後段が少し?だったんですが、リンクくださっていた全文を読んで納得いたしました。面白かったです。
企業改革法の実務に携わるものの意見として適切ではないかもしれませんが、当たり前ですがいくら内部統制にお金かけて不正が発生しないようにしたって会社の業績は上がりませんし、完璧な内部統制などというものは存在しないので、株主から見ての費用対効果がみたされ+@(社会的秩序を保つ外形)位があるべき姿だろうなと思います。(まずくはない程度にアグレッシブにやってもらわないと業績も株価が上がんないでしょって発想。)
そしてそうである以上、今の監視システムをもってしても次のエンロンは発生するだろうし、まったく企業会計に不正が発生しないような世の中という方が考えにくいだろうとも思っております。ドライというか現実的な考えですよね。
まあ大企業で会計不正勃発/監査人報告しておらず、のたびに大手事務所がお取りつぶしになっていく業界に属するものとしては、厳しい現実でもありますが(苦笑
今後もよろしくお願いいたします。

Posted by lat37n : 2006年02月02日 17:00

>lat37nさん
コメントありがとうございます。
実際に監査に携わっていらっしゃる方から「現実的」と仰っていただくとほっとします^^
コストとベネフィットのバランス感覚が大事なんだと思いますが、実際に問題が起きると、なかなか言い出せなくなるんですよね。

Posted by 47th : 2006年02月03日 17:09

こんにちわ。
ライブドア事件で、ファンド規制が論議されていますが、私は、「原則自由、罰則強化」のスタンスです。本来、ある意思(経済価値追求ないしはそれ以外の価値追求)で参画したファンド組合員(法人および個人)が、組合(すなわち民法上は企業、Enterprise)という結社を作り、ある目的のために事業を行うことは、根本的に独立性が保たれるべきというのが資本主義ではないでしょうか。仰るとおり、「起こるものは起こらざるをえない」が資本主義の一端だと思っております。

Posted by 言うだけ番長 : 2006年02月06日 01:57

>言うだけ番長さん
事前規制から事後的規制へのシフトということかと思いますが、私もそういう考えを持っています。
ただ、事後的規制であっても、それが余りにも厳しいものであれば、翻って事前の萎縮効果を生むわけで、場合によっては事前規制よりも経済活動の活力を奪うこともあり得ます。その意味では、事後的な罰を、どの範囲でどの程度課するかというのも悩ましい問題なのかな、と考えているところです。

Posted by 47th : 2006年02月06日 14:03

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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