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「前提」の大切さ

私のような企業法務をやる弁護士にとって重要な仕事の一つに、法律意見書や法的論点の分析をしたメモランダムの作成というのがあります。

「法律意見書」と「メモランダム」の線引きというのもなかなかに味わい深いものなのですが、今日の論点は両者において共通する点-「前提」の重要さということについて、一つ考えさせられるニュースを。

「風車が回らず発電しない」、つくば市が早大を提訴 (asahi.com)

茨城県つくば市が小中学校に設置した小型風車がうまく回らず、計画通りに発電できていない問題で、同市は7日、風車設置の基本計画作成やシステム設計をし た早稲田大と風車を製造した大阪市のベンチャー企業を相手取り、風車23基の設置費用2億9860万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。 

何故地元の筑波大学に頼まなかったんだろうとか、該当する小学校の理科の先生が児童に「何でうちの学校の風車は回らないの?」という質問をされて答えに詰まってしまっているんではないかという野次馬的な関心もさることながら、私にとって気になったのは、次の部分です。

訴状などによると、市は04年度、発電量の調査やシステム設計を早大に業務委託。これを基に市は回転部分の直径が約5メートルの風車23基を設置した。し かし、早大が算出した予測発電量は直径15メートルの風車が前提で、市が設置した風車では予定を著しく下回る発電しかできないとしている・・・
これまでの協議の中で市は・・・「予測発電量が直径15メートルの風車で算出されたことは知らなかった」と主張。早大側は「(予測の際の風車と設置された風車が)違うことを市は知っていたはずだ」と反論していた。

早大が、どういう形で成果物を提出することになっていたのかは分かりませんが、この書きぶりを見ると、「発電量の調査やシステム設計」にとって中核となるべき「風車の大きさ」について書面等で明確にはされていなかったんじゃないでしょうか?


これを弁護士の世界に置き換えて見ると、結論を導くにあたって中核となる前提条件を明確にしないままにある取引について「適法である」という法律意 見書を出したところ、後で訴訟で「違法である」と判断された場合に、弁護士側が「意見書には書いていないが、暗黙の前提としていた「前提事実」が変わった からだ」ということになります。

人によって違いはあるのかも知れませんが、私の個人的意見では、前提事実(assumption)や意見の有効性(qualification)といった「前提」部分は、場合によっては意見本体よりも遙かに重要な場合があります。

余りにも限定的な「前提」は実際に依頼者が直面している状況に役に立たないことがある一方で、余りにも緩やかな「前提」の下に形成された意見の実際の価値(訴訟になったときの予測としての正確性や相手方・裁判所に対する説得材料としての有効性)は限定的です。

単に「弁護士からの『お墨付き』さえあればいい」と依頼者が思っている場合や、一定のフォームが固まっている場合(例えばM&Aのクロージングの際に弁護士が発行するオピニオン)は別として、テイラーメイドな要素のある意見書やメモランダムでは、こうした部分について依頼者と共通認識をつくっておくこと、そして、その共通認識をきちんと言語化して書面に落としておくことが極めて重要です。

それを怠っていると・・・冒頭のような行き違いが生まれてしまうわけです。

昨年の東証のシステムの時も仕様の特定が不十分だったのではないかという話がありましたが、こうした「前提」を「暗黙の了解」で済ましてしまうのではなく、きちんと言語化して認識を共通するための努力というのが、今後ますます求められていくんではないでしょうか。

Posted by 47th : | 14:02 | 雑感

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コメント

Legal Opinion とMemo 投資銀行の仕事をしていたときに費用と取引の重要性でどちらにするか熟慮したことがありました。

Posted by シギー : 2006年04月07日 14:10

おっしゃるとおりだと思います。一番怖いのは、共通認識がないのに、お互いに「十分理解し合っている」と思いこんでいる時なのでしょうね。
前提条件がA+B+C+Dの時と、A+B+C+Eの時では、結論が異なる可能性があるでしょうし、最悪の場合、180度異なる結論になることもありうるでしょう。
この意味で、弁護士さんに意見やコメントを求める時は、どんな些細なことでも、背景や事実関係等の情報は極力伝えるように努力しています。自分が不要だと思う事項が、他人にとって重要な事項である可能性もあるわけですから。
「きちんと言語化して認識を共通化するための努力」という基礎工事をきちんとしておかないと、その上の建物(オピニオン、コメント等)の信頼性が揺らいでしまう可能性が出てくると思います。法務担当者としては、より良い意見やコメントをもらう為に、基礎工事の部分には細心の注意を払う必要があるのでしょうね。

Posted by taghit : 2006年04月07日 20:00

>シギーさん
そうして「熟慮」していただけると弁護士冥利につきます。
「どっちでもいいから早くて安い方」と言われると悲しいので^^;
>taghitさん

>弁護士さんに意見やコメントを求める時は、
>どんな些細なことでも、背景や事実関係等の情報は
>極力伝えるように努力しています。
>自分が不要だと思う事項が、他人にとって重要な
>事項である可能性もあるわけですから。

そういう思って頂いていると弁護士の方も極めて仕事がしやすいんですよね。
同時に弁護士の方もカウセリング能力みたいなものを磨かなくてはいけないのだろうと思います。お医者さんにも通じるのかも知れませんが、依頼者が自分自身明確に意識していない部分を含めて何を求めているのかを相談の中で見つけ出していく能力が求められるんではないかという気がしています。

Posted by 47th : 2006年04月08日 12:41

 
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