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開発におけるPrivate Normsの可能性と限界 (3)

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製品市場による規律の限界と制度設計へのインプリケーション

とりあえず私が文献を渉猟した範囲なんですが、製品市場による規律メカニズムについては、後述の認証制度における集合行為問題の解消を除いては経済学的なモデルを使って分析したものは見かけませんでした(もしご存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただけると大変に助かります)。

余りにも自明だからということかも知れませんが、念のために確認しておきましょう。

基本的な発想は、例えば「途上国での生産活動において労働条件に関する一定の規範を守る」ということが、一種のブランドと同じ効果を持っており、「規範を守る」ということによって、より高い価格で製品を販売できるというものです。本格的にモデルをつくろうとすると、元々の製品の市場へのフィードバックも考慮しないといけないのですが、ひとまず、「規範を守る」ということによるメリットは、本体の製品自体の価値に比べれば十分に小さく、短期的には本体製品の競争条件(各生産者による製品自体の生産量)には影響を与えないということにしましょう。更に、単純化のために、「規範を守ること」を本体とは異なる独立した財Xとして扱い、本来の製品の生産者が十分に低い投資で市場に参入退出できる状況を仮定します。

ここで、製品1単位辺りのXの価格(p)は供給量(y)と消費者のXへの選好の強さ(u)に依存するものとします。
Xの生産、つまり規範を遵守することによる限界費用を一定(C)とすると、ある企業が規範を守るかどうかは、pCの大小関係に依存し、p>Cであれば、企業は自発的に規範を遵守することになります。

ある意味当たり前のことですが、①製品市場における規律が有効かどうかは、規律を守ることに対する消費者の評価の高さとそのためのコストの大小によって定まり、②価格は供給量に対する減少関数で与えられるので、多くの企業がこの規範に従うにつれその価値は下がり、一般にはp*=C*となる生産量y*で釣り合うことになります。
(②については解釈が難しく、規範に従うかどうかは、本体の製品自体の競争条件に全く影響を与えないとすれば、全ての製造者が規範に従うとは限らないことを意味します。この場合に、各企業が純粋戦略だけしかとれないとすると、誰も規範に従わないという選択肢が均衡として成立する可能性もあるわけですが・・・実際には、何らかのフィードバックがあると考えられることと、混合戦略的な対応(工場の一部についてのみ規範を遵守するとか?)もあり得ることからすれば、今回はこれ以上詰めて検討するのはやめておきます)

これだけなら何ということのほどもありませんが、少しモデルを拡張して、製品市場が分断されている状況を考えてみます。典型的には、アパレルメーカーが中国の工場で製品したスニーカーが、日本やアメリカなど複数の地域に出荷されている状態です。このとき、コストは出荷先によらず一定(C)ですが、選好の強さが市場によって異なるとすると・・・長期的にみて、本体製品の生産条件にも影響を及ぼすとすれば、(規範に従わない、市場による選好の弱い市場への出荷を増やす)(規範に従う、市場による選好の強い市場への出荷を増やす)という分化が進む可能性があります。この場合、途上国における規範遵守による効果は、選好の弱い市場の存在によって希釈化されることになります。実際には、規範の内容によっては、例えば労働基準の場合、途上国内部での賃金相場の上昇という形で明示に規範を採用しなかった企業に対するスピル・オーバー効果が生じる可能性もあるので、必ずしも希釈化がそのまま起きるわけではありませんが、単独市場による規律付けは必ずしも十分な効果を持ち得ない可能性があるという点は心に留めてもいいように思われます。


次に、先のモデルでは、コストと選好は所与のものと考えましたが、実際には両者は内生的な関係にあります。
例えば、フェアトレードを採用したスターバックスは、自らフェアトレードの認知度を高める活動をすることで、市場のフェアトレードに対する選好を高める戦略をとりました。
企業による私的規範の拡大を予測する論者が根拠とするのが、こうした規範を遵守することを決定した企業自らによる規範の認知度拡大運動です。彼らは、こうした企業の活動により、ますます市民の認知度が高まり、それによってますます企業は認知度を高める活動に費用を投じるというシナリオを念頭に置いています。

しかし、こうした永久機関のような話に対しては眉に唾をつける必要があります。
簡単な方からいくと、そうした規範を採用する企業の数が増えると、フリー・ライダー問題が深刻化するという点です。
スターバックスの例でいえば、フェア・トレードを採用する有名企業がほとんどスターバックス1社のような状況であれば、スターバックスは啓蒙活動に費用を投じるインセンティブを持つのは自然ですが、それによって採用する数が増えてくると、啓蒙活動に投じた費用に対する「ただ乗り」の懸念から資源の投入をためらうようになるでしょう。
その意味で、継続的な啓蒙活動を可能とするためにはフリー・ライダー問題を解決する何らかの枠組みが必要です。そのための一つの手段がそうした規範の運営を管理する組織を用意し、規範の利用者に対し応分の金銭的負担を要求した上で啓蒙活動はそうした組織が中心となって行うことです。
もう一つの問題は、効用逓減則です。当たり前の話ですが、啓蒙活動に費用を投じたとしても、その効果は逓減していくことが予想されます。従って、限界効用が限界費用と一致した時点で啓蒙活動への投資は均衡します。
このときに達成される市場における選好のレベルが、高度の(従って高いコストを必要とする)規範の正当化に十分なレベルとなり得るかは必ずしも明らかではありません。
その意味では、こうした啓蒙活動が永久機関的になされるというシナリオには疑わしいものがありますし、こうした意味でのリテラシーを高めるための政府の介入の余地は相当に残っているように思われます。

さて、最後に残る厄介な問題は、情報の非対称性から生じるレモンとフリー・ライダー問題です。
ある企業が、当該規範を遵守しているかどうかは外からは必ずしも明らかではなく、さりとて、消費者は規範を遵守していると称している企業の中に「裏切り者」あるいは「レモン」が潜んでいることを知っているとします。
このまま放っておくと、最低の品質のものしか取引されない-つまり、生産者は誰も規範を遵守しないし、消費者は誰も規範の遵守という声明を評価しないという状況を作りだすわけです。
この問題を回避するためになされているのが、フェアトレードを初めとした各種の「認証制度」です。「レモン」の喩えでいえば、優良中古車認定制度をつくったということになります。
もちろん、これはこれで有効なのですが、認証の客観性と精度を向上するためには各種のコストが必要になります。これに余りにも費用がかかるということになると、結局規範遵守のコストが上昇し、規範の自己拘束力が弱まるというジレンマを抱えてしまいます。
別のルートとしては、法による関連情報の開示強制という可能性もありますが、これも行きすぎるとコストの増加につながり、逆効果になりかねません。
その意味では、そうしたトータルでのコストの上昇を限定しつつ、違反者に損失を負担させるという意味での責任(liability)システムの有用性にも目が向けられるべきように思われます。
完全に私的な枠組みの中で制裁システムをつくるというのも一つの可能性ですが、共同ボイコットなどの形態はそれ自体として社会的に望ましいかどうかという問題もあります。
その意味では、認証制度で消費者に対する信頼の外観を作出した場合、認証制度を遵守していたかどうかが法的責任の基準として機能するという形で取り込んだり、あるいは、監督官庁による行政的サンクション発動のトリガーとなるといった形で責任システムを利用するという方向性が考えられるように思われます。

というわけで、製品市場による規律付けを利用する手法は、それ自体として可能性を持っている制度だと思いますが、それを有効に機能させるためには、公的なシステムとの連携が重要ではないか・・・それが、ひとまずの政策的インプリケーションということになるような気がしています。(続く)

Posted by 47th : | 00:27 | Law & Development

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