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Beckerが語る臓器移植論 (1)

このブログにも時々コメントを下さるさなえさんのところを経由して5号館のつぶやきさんの「移植臓器の売買はどうしていけないのか」と「臓器移植というパンドラの箱」というエントリーを拝見。

この問題は複雑すぎるんで深入りする気は全然なく、数か月前にBeckerとPosnerが、この話題を採りあげたときにも、一瞬紹介しようかと思ってやめておいたんですよね。ただ、最近消費者金融の制限金利問題についてローエコ的な発想をすると、「何寝ぼけたこと言うてんや、おまえは」という反応をされることもあるんですが(洒落ですよしゃれ)、世の中には、私の比なんかではないもっと凄い発想をする人がいるということを示すために、昨日紹介したFreakonomics日本版のついでに、Beckerによる「Should the Purchase and Sale of Organs for Transplant Surgery be Permitted?」(移植用の臓器の売買は解禁されるべきか?)を簡単にご紹介しようかと思います。(それにしても、よく見ると、このエントリーは今年の元旦じゃないですか・・・Beckerの気合いを感じますね)

ちなみに、Beckerって誰?っていう方のために簡単に紹介しますと、シカゴ大学の経済学の教授・・・そういわゆるシカゴ学派の代表的経済学者で、犯罪とか家族関係とか従来市場が成立しないと思われていたところにまで経済学を適用してしまうという恐るべきお方で、その経済学の版図拡大の功績が認められて1992年にはノーベル経済学賞を受賞しています。(もっと詳しいプロフィールはこちら(英語)を)

そんなBeckerのスタート地点が、現実に起きている現象を「需給のアンバランス」という観点から見つめることは、ある意味自然なことです。

There were about 50,000 persons on the waiting list for kidney transplants in the United States in the year 2000, but only about 15,000 kidney transplant operations were performed....In 2000, almost 3000 persons died while waiting for a kidney transplant...
If altruism were sufficiently powerful, the supply of organs would be large enough to satisfy demand, and there would be no need to change the present system. But this is not the case in any country that does a significant number of transplants.

(米国では西暦2000年の時点で腎臓移植のウエイティング・リストに約5万人が登録していた。しかし、わずかに15000件の腎臓移植手術がなされたのみである。・・・2000年には、ほとんど3000人の人々が腎臓移植を待っているうちに亡くなった。
仮に利他主義が十分に力強いものであるならば、臓器の移植は需要を満たすのに十分存在するであろうし、現在のシステムを変える必要もないであろう。しかし、臓器移植を相当な数行っている国の何れにおいても、これは当てはまっていない。)

Beckerは、経済学の観点から、この状況の原因と対策を次のようにまとめています。


To an economist, the major reason for the imbalance between demand and supply of organs is that the United States and practically all other countries forbid the purchase and sale of organs....
If laws were changed so that organs could be purchased and sold, some people would give not out of altruism, but for the financial gain. The result would be an increased supply of organs. In a free market, the prices of organs for transplants would settle at the levels that would eliminate the excess demand for each type of organ.

(経済学者にとっては、臓器の需要と供給の不釣り合いの主たる理由は、米国をはじめほとんど全ての国において臓器の売買が禁じられているからである。
もし、法が臓器売買を可能とするように変更されれば、利他主義からではなく金銭目的で臓器を提供する者が現れるだろう。その結果、臓器の供給は増加する。自由市場においては、移植用臓器の価格はそれぞれのタイプの臓器の超過需要を打ち消すようなレベルに落ち着くであろう。)

その上で、臓器の自由市場が形成されることのメリットについて次のように述べます。

An open market in organs would sharply curtail the present black market where some persons in need of transplants have them in poorer countries like Turkey where enforcement against selling organs is slack. Since the quality of the surgeons and hospitals in these countries is much lower than in advanced countries, this often greatly reduces the quality of the organs used and how well they are matched to the organ types of recipients.

(臓器についての開かれた市場は、現在の闇市場を急激に浸食するであろう。闇市場では、移植を必要とする人はトルコのように臓器売買禁止のエンフォースメントが弱い国で臓器を手に入れようとするが、そのような地域では手術や病院の質は先進国よりも悪く、臓器の質やマッチング手法に劣っているからである。)

もっとも、Becker自身も、このような議論に対する反論は強く、実際に臓器市場が解禁される可能性は低いであろうと予測します。

Beckerの予測する批判とそれへの反論については・・・ちょっと長くなってきたので、今日はこの辺りで。余り間を開けずにアップする予定ですが、我慢できない方はどうぞ原文の方を読んでいただければと思います。
でも、Beckerへの批判を私に向けるのはご勘弁を(と、逃げておく)。

Posted by 47th : | 00:26 | Law & Economics

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コメント

BeckerとPosnerのBlogは47thさんにご紹介いただきときおり読んでいます。
このエントリはシカゴ学派の面目躍如というかんじでしたね。
確かこのあと闇マーケットはdamagedな臓器が多い可能性がある云々と更にディープな話が続いたと記憶してます。
このあと47thさんのエントリとしては上限金利論つづきで「腎臓売れ・角膜売れ」話に続くとか・・・
(人様のエントリで話を発展させてしまうのもどうかと思うのですが)「自発的な人的資源の換金」をローエコ的にどうとらえるか(借金返済のために片方の腎臓を売るのと睡眠時間を削って深夜まで残業やアルバイトするのはどう違うのか=健康への影響と言う意味では後者の方がかえって多きいかもしれない)というのも悩ましいところですね。

Posted by go2c : 2006年04月29日 08:14

倫理的な問題は置いておくとして、どんなことでも経済的な処方を考える点でBecker氏はまさにプロですね。可能性は低いですが、もし臓器市場ができるとしてその取引方法はどうなるんでしょうかね。金融関係に就職予定の人間としては臓器信託や証券化なんてものが有り得るかもとか考えてしまうんですがねぇ。次エントリーも非常に楽しみです。

Posted by かっち : 2006年04月29日 09:45

>go2cさん
Beckerの議論は、経済学的な枠組みとしては、かなり隙の少ない話です。なので、私も当然に「二つあるものは売っておけ」と言わなくてはいけないはずなんですが(笑)、そう思い切れないのは、生きる権利をオークションで分配するシステムが正統性を持ち続けられるかという迷いがあるからです。
別の言い方としては、政策目標が臓器配分の『効率性』であるというところににコンセンサスが得られるかどうかということでしょうか。その点で、消費者金融問題とは、(私にとっては)違うんですよね。
>かっちさん
臓器信託ですか^^
Beckerは、実は、ちょこっとそういうアイディア(生きている間に臓器売買の代金をもらっておくとか)にも触れているんですよね。
こちらは、純粋に技術的な問題もあると思いますし、逆に技術的な問題の進展によって人々のコンセンサスが変わる可能性もあるんでしょうね。例えば、生きている間にドナーになることに対して対価が支払われると共に、その品質管理として日常的な健康管理がなされるような設計であれば、直観的な感覚としてもwin-win的なのでコンセンサスが得やすくなるかもしれませんね。

Posted by 47th : 2006年04月29日 12:45

 
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