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Upham教授の"Law & Development"を振り返る (3)

日本はGWに入り皆さんもゆっくりされているんではないかと思います・・・が、こちらではいよいよ試験期間スタートです。とりあえず、私は、Distribution関係に特化した反トラスト法科目のテストに備えて、ひたすら判例を読み込んで(MTで)データベース化しています。

ただ、ひたすら反トラスト法の判例を読んでいるとさすがに飽きてくるんで、ここらで気分を変えて「法と開発」の回想にひたりましょう。

前回までの記事は、Upham教授の"Law & Development"を振り返る (1)Upham教授の"Law & Development"を振り返る (2)ということで。

Strutural Adjustmetn and the IMF/ World Bank

世銀とIMFが'governance'は'politics'とは違うというパラダイムの下にStructural Adjustmentを途上国に条件付けることが、実際には発展への道筋について一定の政治的選択を伴っていることを、「国家」の役割を6つの面から分析したBiersteker(1990)を使って見た上で、実際にはStructural Adjustmentが途上国の貧困層に苛酷な結果をもたらしているというSAPRIN[2002]で確認しました・・・ただ、何ででしょう、単に私がぼーっとしていたせいかも知れませんが、何だか余り印象は強くありませんでした。

Corruption

開発の場面で「問題」とされることの多いCorruption(不正とでも訳せばいいんでしょうか)ですが、経済理論的にはその功罪は必ずしも自明ではありません。
また、法的にみても「贈賄」が金銭を使って自己に有利な政策の実現を試みるものだとすれば、「合法的な」政治献金との区別は相対的なものでしかありません。
ここでも、Corruptionは、外形的に「ルール」をもって判別できることを前提に政策を組み立てようとするエコノミストからの視点と法律家の視点の対立が描かれます。

ただ、ここで印象的だったのが、Upham教授のKaufmanに対する苛立ちです。Corruptionが統計的な数値に出ないときには無視して、開発にはgovernanceが重要だと主張していたKaufmanが、corruptionについて定量的なデータを入手した途端、それが重要だと主張する・・・

「彼らにとっては、定量化されなければ目に見えないのと同じなんだよ」・・・異例の時間の割き方でKaufmanの二つの論文を比較させたのは、そうしたスマートなエコノミストたちの変節ぶりを学生自ら感じ取って欲しいという願いだったようですが、残念ながら、私を含め、Upham教授のこの苛立ちを共有するには、まだまだ苦い経験が不足していたのかも知れません。


Law, Development and Democracy

Amy Chuaの”World on Fire"(民主主義と市場主義を同時に輸出することが、近年のethnicity間の深刻な対立の源であるという主張をした・・・らしい本(元ネタは未読)・・・おっと、アマゾンで見ていたら邦訳もあるみたいですね・・・「富の独裁者」??レビューでも書いている人がありますけど、この邦題は確かに相当ミスリーディングですね・・・)に対するGinsburgの批判的レビューを読んだわけです。
うーん、ただ、この辺りは別件のペーパーのことで頭がいっぱいだった時期で、何か今ひとつ集中が切れていた感じでよく覚えていません。
アメリカの連中は、市場で負けてもそれは自分のせいだと思っている脳天気な国だとか言っていた記憶はあるんですが・・・

African Case Study

授業も終盤に入り、現在最も深刻な貧困問題を抱えているアフリカに焦点を当てたケース・スタディを見ていきました。
Upham教授は、アフリカが貧困にあえぐ幾つかの考えられる原因をあげていきますが・・・正直、知れば知るほどにやりきれなさと無力感に襲われるばかりです。
結構まじめにノートもとっているんですが、今見直しても、いくつもの断片的なアイディアがぐるぐる回るだけで、とてもうまくまとめることができません。
ただ、一つだけ分かったのは、アフリカの貧困や現状の原因そのものが極めて特定の難しいものであって、何かが分かっているかのように語ることはやめるべきだということでしょうか。

Foreign Aid and Legal Assistance

これは、ロシアの市場化に際しての法制整備支援に対して批判的に見ていくというものでしたが・・・課題論文の筆者はBlack=Kraakman!!・・・いや、ようやく見慣れた名前が出てきて正直ほっとしました。
それにしても、会社法の論文がこんなに読みやすいとは、はからずも、ある分野における土地勘とか足腰を養っておくことの意義を思い知った感じです。その意味では、今回、法と開発の分野について、ゼミも合わせてそれなりの量の論文を読む機会が得られたのは、よかったなぁ、と・・・

で、本題ですが、実は時間が少ないこともあって授業では余り時間をかけてもらえず(涙)、Black=Kraakmanに対しては、「モデルをつくって、あてはめてもうまくいかないんだ」とばっさり(涙)。

まあ、Trivial TheoryのBlackが強行法規てんこ盛りの会社法を設計したのが間違いで、Eisenbergにやってもらった法がよかったかもというのは冗談ですが、「仮に1年で近代的な資本市場を立ち上げる」ことが目標として設定されてしまった場合には、彼らのやったことは会社法的にみればBest Effortsだったわけで・・・Black=Kraakmanの反省文(Black=Kraakman=Tarassova[2000])も読んだんですが、ここでの教訓は、要は基本的な政策設定の誤りは法制度をいじくってもどうにもならんということではないかという気もします。

Migration/ Brain Drain 

最後はKim Barry(2年前に不慮の事故で亡くなったそうです)の遺稿をベースに、移民と発展との関係について、少しだけ論じました。

この分野を研究しているらしい学生とインドからの留学生が発言していましたが、日本人の私にとっては、移民を受け容れることの問題の方に関心が強いせいか、必ずしも自分のフォーカスには合わない・・・と、思って話を聞いていたら、何だか日本の中で起きている農村の過疎化、出稼ぎ問題とも連続するような気もしてきました。ただ、そうなると分からないのは、県境と国境の重みの差で・・・例えば、今のメキシコ人にとってカリフォルニアとメキシコの国境の重みというのは何なのか?・・・あるいはEUは?・・・とか、考えているうちに、授業は終わってしまいました。

というわけで

何だか僅か3か月ちょっとの間に余りにも多くのトピックを扱い、若干消化不良なところもあるのは正直なところですが、ちゃんとした体系書があるわけでもない法と開発の分野を学ぶ上でのベースとなる土地勘を養うという意味では、本当にいい授業だったと思います。

あとは、3000語のエッセイかぁ・・・

Posted by 47th : | 13:05 | Law & Development

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コメント

昨日の続きで恐縮ですが、
>民間の支配層が社会的弱者に対するセーフティー・ネットも用意できるほどに強力
なっなるほど!Developmental Stateで描かれる強力かつ“インフォーマル”な行政の役割というのは実は幻想(少なくとも物事の一面)で、強かったのは業界団体だったり(労働組合もか?)の民間支配層だったということなのかもしれませんね(双方の力が同時に弱くなったのはそのためか)。

 Kaufmanの部分は経済学的なアプローチに方法論的な限界があり、そこにリーガルなアプローチの役割があるっていうメッセージなんだろうかとうんうんうなっています。
 素晴らしいエントリ達本当にありがとうございましたm(__)m (何もできなくて心苦しい限りです) 頑張りましょう。

Posted by そらまめRRZ : 2006年04月30日 01:18

>そらまめさん
テスト期間が終わったら、一度反省会でもしましょうか^^
とりあえず、お互い頑張りましょう。

Posted by 47th : 2006年05月01日 10:13

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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