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上限金利規制の論拠を考える:市場支配力(1)

さて、テスト期間中放置していた上限金利規制絡みのお話ですが、ぼちぼちと再開してみましょう。

まず最初にボトム・ラインの確認ですが、「上限金利規制に反対する」ということは、「消費者金融業者の活動を放任する」ということとは全く異なります。例えば、過剰取立規制を強めることや、事前説明・書面交付を義務づけること、あるいは、広告宣伝活動の規制については、(多分)後で述べるような理由に基づいて十分な合理性があると思っています。

こうした手段規制については経済学的な発想をする人の中でも意見は十分に分かれ得ると思いますが、「金利規制」という「価格規制」になると、経済学的な発想をする人のほとんどは反対するのではないかと思います。

「価格規制」がそんなに悪いのかという点について疑問を持たれる方は、まずはつれ数さんのこのエントリーを読んで復習をしておきましょう。その上で、消費者金融業者の提供する金利には、①調達金利部分、②(真の)貸出リスク・プレミアム、③金融仲介サービス部分の3つの構成要素があり、企業金融と違って、消費者金融においては、情報の非対称性、貸出ロットの少なさ、貸出期間の短さから③の部分が重要になっているという点については、「貸金業者が売っているものは何なのか?」辺りをご覧頂きましょう。

こうした辺りを一応理解した上で、なお取立規制や貸出手段規制ではなく上限金利規制を支持するとすれば、その主張は次の二つに集約されるのではないかという気がしています。

  • サプライ・サイド(消費者金融各社)は「暴利」を貪っているので、上限金利(価格)規制が必要である。
  • デマンド・サイド(消費者側)は、放っておけば「無謀な」借入を行うので、これに歯止めをかけてやる(ある価格以上では買えないようにしてしまう)必要がある。

あくまで経済学の基本的なロジックを押さえた上で、それに適切な批判がなされるのであれば、こうした議論は有益なものとなり得るわけです。
そもそも、私が一連のエントリーを立てた趣旨は、ア・プリ・オリに消費者金融の「現状」を擁護するためではありません。
これらのエントリーは、一つの頭の体操として、「望ましい法政策パッケージに至るために考えなくてはいけない要素とは何か?」ということを考えるためのものですので、教科書的な市場規律が働いているのかどうか?、働いていないとすれば、どのような法政策が用いられるべきか?という疑問は当然にわき出てくるものです。

・・・というわけで、まず、サプライ・サイドの問題から検討を始めてみましょう。


サプライ・サイドの問題というのは、経済学的に言い直せば、「消費者金融各社が市場支配力を持っているために、競争均衡価格よりも高い価格で市場が均衡してしまっている」状態ということになります。
この場合、上限価格規制は、価格を引き下げると共にアウトプットを増大させることができる可能性があります。
図式すると、こういうことになります。

左側は業者側が価格支配力を持っている場合です。
競争的市場では価格(P)と数量(Q)はそれぞれPc、Qcで均衡するはずなのですが、業者側が価格支配力を持っているために、現実には、(P*,Q*)となる点で均衡してしまっているとしましょう。(この点が選ばれるのが、この点が業者側の利潤を最大化する点だからです。)
このときに、Puの上限価格規制がなされるとすると、企業は価格を下げアウトプットを増やす方向で生産を調整し、右の図でいうところの(Pu,Qu)の点で均衡します。この場合、価格は下がると共にアウトプットも増大していますから、(P*,Q*)よりも効率的な状態が達成されているわけです。

もっとも、上限価格を厳しくし過ぎてPrまで下げてしまうと、今度は(Pr,Qr)の点で均衡してしまいます。この場合、価格は下がっていますが、アウトプットはQ*よりも少なくってしまっているので、効率性から見るとマイナスです。

また、(Pu, Qu)でも、競争均衡である(Pc,Qc)よりはなお非効率です。
つまり、競争均衡が達成される場合には、競争均衡が最も望ましいことに変わりはなく、これと異なる水準で上限金利規制を行う限りは、不可避的に非効率な結果になってしまうという点には注意が必要です。

さて、このロジックによる上限金利規制が有効であるためには、少なくとも、現にサプライ・サイドが市場支配力(market power)を有しており、価格が競争均衡価格よりも高い水準で均衡していることが必要になります。
但し、この価格支配力の有無の認定は決して簡単なことではなく、米国における反トラスト法における事実認定としても、最も難しい点です。

これこそ、相当な客観的なデータに裏づけられた証拠が必要になるわけで、安易に「暴利をむさぼっている」という類の決めつけが通用する世界ではないわけですが、敢えて市場支配力の有無に関して考えるべきいくつかの観点を見てみましょう。(続く)

Posted by 47th : | 00:03 | Law & Economics

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» [economy][law]しつこく金利上限規制を論じてみる・後編(上):馬車馬さんへのリジョインダー from bewaad institute@kasumigaseki
#本来このエントリは「中編」とし、「後編」としては現在の金利水準が競争市場での均衡金利を上回っていれば上限金利引下げは経済学的に妥当といういちごでのすりら... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年05月24日 14:32

コメント

ありがとうございます。わかりやすくてすばらしいと思います。

世のBlogなどを見ておりますと、cool-headedな上限金利賛成論者の多くは、デマンドサイドへの歯止めに根拠を置いているように思いますし、私も(あえて上限金利に賛成するなら)デマンドサイドへの歯止めが理由です。

サプライサイドについては、グレーゾーンが(銀行などの)参入障壁になっていると私は思っているので、グレーゾーンがなくなれば価格は競争均衡価格に近づく(つまり、下がる)と思っています。
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kasikin/gijiyousi/20060310.html
の消費者金融業者と思われる発言者の「最近貸金業界に、銀行やIT関連企業等も参入しており、当然、今後競争原理によって、金利は下がってくるだろう。」という発言も、現時点の価格は競争均衡価格より高いと当事者自身が認識していることを示していると思います。

まぁ、これはグレーゾーン廃止の主張であって上限金利のそれではないので、やはり上限金利規制をサポートし得るのはデマンドサイドへの歯止め説と思っています。デマンドサイドへの言及も期待しています。

Posted by Apricot : 2006年05月24日 14:18

>Apricotさん
デマンド・サイドについては「何らかの規制」を必要とする(市場に放任しない)根拠は十分あると思いますし、一応米国での最新の議論結果も踏まえてご紹介しようと思っていますので、今しばらくお待ちを。

Posted by 47th : 2006年05月25日 10:25

 
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