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金利上限議論への若干の補足:馬車馬さんへのお返事

金利上限規制論について、馬車馬さんから「利息制限法を巡るあれこれ」というTBを頂き、内容が興味深かったので、私もちょっとコメントして議論させて頂きました。

で、最後に馬車馬さんが議論を次のように総括されているのですが、若干、私の感じていることとは違うところもあります。(以下、このエントリーで私がコメントしておきたい関心とは直接に関連しない部分は省略していますし、これまでの流れがあるので、そちらも是非ご覧頂きたいのですが、とりあえずこのブログだけご覧になっている方の便宜のためということで)

47thさんやnight in tunisiaさんが依拠しておられるモデルの(私にとっての)最大の問題点は、モデルに取立行動のメカニズムが全く存在していない点にあるように思います。そもそも、今回の議論の根幹には(私の勘違いでなければ)貸金業者による過剰な取立の問題があり、それに対して47thさんは金利規制より取立規制(事後規制・手段規制)で対処すべき、と主張されています。
であるなら、「そもそもなぜ(過剰な)取立が発生し、それがどのように経済に(welfareに)影響を及ぼしているか」がモデルの中に組み込まれていないのは問題ではないでしょうか。最初の方で頂いたコメントで「取立規制は厚生損失を伴わないので望ましい」とおっしゃられましたが、モデルに取立が含まれていないのですからそうなるのは当然です(逆に、取立が更に苛烈になったところで一切厚生損失はないわけです)。つまり、「厚生損失を伴わない」というのはモデルから得られる結論ではなく、単にあらかじめそう仮定しました、と宣言しているに過ぎないのです。
ちなみに、私のモデル(というほど大層なものでは有りませんが)にも問題があります。・・・つまり、私のモデルでは「なぜ簀巻きで東京湾がいけないか」は説明できません。とにかくそれはまずいよね、という価値観さえ共有できていれば、私のモデルは機能します。一方で、取立がそもそも存在しないモデルでは、「取立はただの借り手いじめであり、そうすべき理由もなければ、それによる貸し手借り手の行動に対する影響も無視できるほど小さい」という理解を共有せねばなりません。

まず、最初に細かいところで恐縮なんですが、本人的には「取立規制は厚生損失を伴わないので望ましい」と言ったつもりはなく、次のように申し上げただけです。

一律事前規制は返済可能な人に対するクレジット・アクセスも閉ざしてしまうい不可避的に厚生損失を伴う点で、事後規制や手段規制に劣るというところにあります。

(タイポ発見(汗)・・・まあ、それはともかく)紛らわしい書き方かも知れませんが、このコメントは、論理的には一律事後規制以外の規制が厚生損失を伴うかどうかは何も言っていないわけで・・・私のインプリケーションは「少なくとも一律事後規制よりは手段規制の方が厚生損失発生の可能性と規模は(遙かに)少ない」という程度で、流石の私でも「取立規制は厚生損失は生じない」なんて大胆な主張はいたしません。はい。

まあ、言葉のあやといえば言葉のあやなんですが、やっぱり全く非現実的な仮定を置いて議論しているかのように言われてしまうの気になるので、一応・・・ただ、私が、厚生損失という点において、取立規制の方が価格規制よりも望ましいと考えていることは全く否定するつもりはありません。

その上で、馬車馬さんは、「簀巻きで東京湾はまずいよね」という価値観さえ共有できれば、ご自身のモデルは機能すると仰いますが、その価値観が共有されても、なぜ「取立規制」よりも「価格規制」が望ましいということは導かれないんじゃないでしょうか?
「簀巻きで東京湾はまずいから取立規制を強化しよう」という議論も、同じ程度には成り立ちますよね。

むしろ、馬車馬さんとの立ち位置の違いは、やっぱり、規制手法として「取立規制」と「価格規制」のどちらが望ましいと考えるのか、というところに集約されてしまうんではないでしょうか。

馬車馬さんは、「取立規制強化」と「価格規制」は同視できると仰るのですが、やはり私なんかにとっては、この政策選択の問題こそが本質的なところがあって、今回の流れが「価格規制」でなければ、それほど強く反対する理由はなかったように思います。 

この辺りについては、おそらく、bewaadさんの次回のリジョインダーで語られると思いますので、ここでは深入りを避けますが、私自身も、今同時並行でやっているデマンド・サイドの議論の中でも価格規制のようなStrong Paternalismを忌避するのには十分な理由があることは触れる予定です。

最後に、過剰取立の要因については、若干中途半端に終わっているのですが、私自身も既に考えたことがありますので、ご参照いただければ幸いです。

ただ、これらは「何らかの規制が必要か?」という問いにはつながりますが、政策選択として価格規制が望ましいということをサポートするものではないというのが私の考えです。

最後に、色々と申し上げましたが、馬車馬さんには、私の長いコメントにもいやな素振りも見せずに丁寧な返事を頂き、おかげで私自身の考えや立ち位置を確認する上でも非常に役立ちました。上限金利関係は、(何故か)このブログのメイン・トピックの一つになりつつあるので、これに懲りずに今後ともたまにおつきあい頂ければ幸いです。


Posted by 47th : | 01:34 | Law & Economics

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TBを頂いてから随分と時間が経ってしまったが、マーケットの馬車馬: 利息制限法を巡るあれこれに対する返答をしたい。 まずは馬車馬さんのエントリの僕な... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年05月25日 11:09

コメント

47thさん、TBありがとうございました。コメントが遅れてごめんなさい。

事後規制が厚生損失を伴わないと書いたのは私の間違いでした。ただ、要は事後規制が事前規制よりも「本質的に」損失が小さいなら同じことであり、ゼロであるかどうかは議論にはあまり関係がありません(そんなわけで、あまりこの部分の表現に注意を払っていませんでした)。むしろ、事後規制の厚生損失について47thさんのモデルからは何もインプリケーションを得られない(=理屈ぬきで損失が事前規制よりも小さいことを仮定するしかない)ことが問題だと思ったわけです。(もう少し厳密に書きますと、47thさんのモデルでは取立がモデルから切り離されているために、事後規制の損失がゼロであることと小さいことには意味上の違いが存在しないのです。)

その上で~で始まる段落のご指摘は全くおっしゃるとおりで、私のモデルは取立規制と金利規制が同値であることを示しているに過ぎず、そこから金利規制優先、という結論は導けません。本質的には同じなのだから、どちらを採用するかは実行が容易なものを選べばよい、そして金利規制にもメリットはあるよね(デメリットもあるけど)、というのが私の主張です。そして、注4で書きましたとおり、この実行段階でのメリットデメリットは比較が難しいものが多く(透明性のメリットと個々人の違いを無視するデメリット、などなど)、この部分についてはあまり実りのある議論は難しいのではないかと思っています(特に門外漢には)。

価格規制を選ぶかどうかこそが本質だ、というのは良く分かりませんでした。価格規制がより問題だとされる理由は何でしょうか?不完全情報にせよ、不完全競争にせよ、市場機能が制限され、均衡価格がゆがめられている状況下では、価格規制が「より問題である」とは限りません。例えば、night in tunisiaさんの書かれたような需要供給曲線は当初の均衡価格で経済が効率的になっていることが仮定されているわけで、すなわち市場の完全性が仮定されています。そして、消費者金融市場を完全市場と見做してよい、という理解とセットでなければ、47thさんの「価格規制は”本質的に”問題であり、価格規制だからこそ反対する」という議論は成立しないように思います。

後のエントリー「市場支配力(2)」で価格規制の問題が説明されていますが、結局のところそれらは規制の実行段階においてさまざまな問題がありうる、ということに過ぎず、それらは個々のケースで異なってくる以上、一般的な議論として「価格規制がより問題である」ということは言えないように思います。(事後規制にも、同様にケースバイケースでさまざまな問題があるわけです。そして、それらを客観的に比較・評価することが困難である以上、これはもはや個別市場の実務家レベルで考えれるしかない話ではないかと思います)

繰り返しになりますが、金利規制に問題があるのはその通りであるとして、金利以外の規制にも問題はあるわけです。最終的な結論が「事後規制優先」であるならば、その2つを直接比較しないと意味がないのではないでしょうか。取り上げていただいたコメントにも書いたとおり、使われているモデルに取立が全く組み込まれていないために、議論が偏ってしまっているような印象を受けました。まぁ、私の結論は同値(どっちでもいいじゃん)という毒にも薬にもならないものだったわけですが。

Posted by 馬車馬 : 2006年06月03日 08:38

>馬車馬さん
「市場の失敗」に対応する際には、個々の主体の選択肢を奪わない手段であればあるほど望ましいわけで、価格規制というのは、個々の主体の選択肢の中でも最も重要なものを剥奪してしまうという点において望ましくないというのが、私の基本的な立場です。
これについては、デマンド・サイドの議論の中でSunsteinの言葉を借りて説明しようと考えているところです。
実は、未だに馬車馬さんの仰る「取立がモデルに組み込まれていない」という意味が、よく呑み込めていません。ただ、これは、上限金利規制と取立規制を同値で考えることができるという点において、私が納得できていないかも知れませんので、また何れ考えてみたいと思います。

Posted by 47th : 2006年06月03日 13:39

 
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