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国益と競争法?

少し前になりますが、ろじゃあさんの「JALとANAの合併話?:やっぱりさすが東スポ(^-^)・・・国策的企業救済合併と独禁法?」というエントリーを拝見して、ふと思ったのが、「国益」と競争法の微妙な関係です。

東スポだけのネタのようですので信憑性は大いに薄いわけですが、要は航空会社の経営の厳しい折り、外資に乗っ取られる前に両社を合併させてしまいましょうという発想のようです。
これとは若干パターンは異なりますが、例えば、海外市場における競争力を確保するために国内企業同士の合併を認めるべきだという主張も、これに近い発想があります。
つまり、国内の競争が厳しすぎると日本企業の海外での競争力が失われてしまうから、「国益」の観点からは余り合併規制を厳しく運用すべきではないというものです。

もちろん、この主張のロジックに誤りはないわけですが・・・例えば、こうした「国益」重視の主張に共感を覚える方は、次のような主張にはどれぐらいの共感を覚えるんでしょうか?

昨今の国内○○業界の競争の厳しさに鑑み、○○料金に一定比率の目的税を賦課することとし、その税収は等分して国内○○業界最大手2社に分配することとする。
これにより得られた収益により国際的な○○業界の競争力を確保すべきである。

厳密さという点では少し問題もあるんですが(※)、国内での競争を制限して、海外での競争力を高める/破綻を防ぐというロジックは、要は独占による消費者から生産者への余剰の移転によって生産者を助けましょうという話ですので、国家が税金→補助金という形でそれを行うのと本質的には同じなわけです。

さて、こうした特定の分野における消費者→生産者への余剰移転を行うことが総体としての国内における富の蓄積を促進するかどうかは、ひとえに適切な産業において、適切な範囲の消費者→生産者への余剰移転がなされるかによるわけです。

こうした産業調整は政府がやった方がうまくいくのか、それとも市場に委ねる方がいいのかについては、それ自体果てなき論争のタネなので、ここでは深入りしません。
ただ、「国益」と競争法を対立させる見方というのは、還元すれば、この「市場」vs.「政府」の問題になっていくということは、やはり意識されるべきなんではないかと思います。
合併を「自由」に認めることは「市場メカニズム」じゃないか?・・・とか、あくまで主体は「民間」じゃないか?・・・という疑問もあるかも知れませんが、「どの市場」において独占による消費者→生産者への余剰移転を「誰に」認めるかということ自体、政府の判断ですし、全ての市場において独占を認めるというのは社会主義と同じなわけで、市場メカニズムが働くかどうかは、主体が民間かどうかが問題なのではなく、「競争」が確保されているかどうかが重要・・・というのは、郵貯民営化のことなども念頭に入れながら考えるといいかも知れません。

もう一つは、そもそも、外資の参入を防止する何らかの参入障壁がない限り、独占で経営を安定化させようとしても、独占利益が生まれた瞬間にそれを狙って外資が参入してくるわけで、独占利益をとらせて経営を安定化させようとする発想自体の実効性も実は疑わしさが残ります。
さらにいえば、ただでさえ実質的に補助金をやっているのと同じなわけでWTO的な枠組みの中でも問題が出てきてもおかしくないわけで、そこに加えて参入障壁なんていうことになれば、そちらの方でも色々と問題を抱えてしまう・・・ということで、「国益」のために競争法を緩やかに適用せよ、という主張については、そのロジックについて、ちょっと慎重に考える必要があるよね・・・と、思ったわけです。

 

(※)企業は、こうした補助金の存在に反応して、この補助金の獲得という面での競争が発生するので、目的税→補助金による消費者から生産者への移転部分は、新たな競争で相殺されてしまいます。その意味では、単に補助金を与えるのではなく、その分配まで含めた競争制限システムを構築しないと完全にはワークしないわけです。

Posted by 47th : | 23:49 | Competition Law

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コメント

こんにちは。先日は取り乱しまして失礼しました。後日とても恥ずかしくなりました。

不当な廉価で外資に企業・インフラを売り渡すなどはもっての他ではありますが(新○銀行の件などはどうだったかと思います)、「外資」が最終的な理由になっている主張は、全部聞くに値しないと思います。私見では「外資脅威論」というのは脅迫の一形態に過ぎず、理論的な正当性が主張の主眼でなく、脅す必要のない人を脅して国内の諸々の動きを自分の思い通りにするのが主眼なので、ご指摘のような理論的な詰めの甘さが必ずありますね。で、外資脅威論を唱える人々の言動を見てみると、そうした論調は厳しいが詰めは大変に甘い主張をする一方で、やっていることはと言えば「それでいいのかよ」と教えてあげたくなるような、外資を利することになることを平気でやっていたりします。結局彼らには、本物の外資なんて実はどうでもよいのでしょうね。自分では見たことも聞いたこともないお化けを使って、身内の人々を脅したいだけなのですね。

そうした目的税があってやっと生き延びられる企業は、単に撤退させるべきですね。

ご指摘の主張を生む一因として蛇足ながら指摘させていただきたいのですが、国内における(経済の)「競争」という言葉の使われ方が、逐一ネガティブに過ぎるのではないかと常々思っています。勝者は苦しんだり疲れたり傷ついたりしてやっと勝つという勝手なイメージがあるのかもしれませんが、労せず楽勝できても勝者は勝者なんですよね。なぜなんだかそういう勝ちが許されない感じが日本にはあります。いくら厳しい競争でも楽々勝ち抜いていいじゃないかと思うんですよね。鎧ぼろぼろで矢が刺さった平家の落武者みたいな勝者のみが勝者らしい勝者されている感じがします。そんなのほとんど敗者ですよ(笑)。

分野は違いますが、たとえば教育論で語られている実際とは全く違い、私がみた受験競争の勝者は、みな一様に、元気で明るくノー天気だったのに驚かされすらしたもので、教育の行く末を眉間の皺で語る論者とは無縁のところに皆いたものです・・・同じことが企業の競争にも言えるのではないでしょうか。

最後に、これほど「国益」について丁寧に論じられている方に向かって、「じゃあ国益はどうでもいいのか」というアホな反論が出ないことを祈っております(笑)。

Posted by bun : 2006年08月08日 08:35

>bunさん

>国内における(経済の)「競争」という言葉の使われ方が、逐一ネガティブに過ぎるのではないかと常々思っています。

そうなんですよね。
今朝日本語放送を見ていたら、損保会社の保険金不払い問題の原因が「保険業界の自由化による競争の激化のせいだ」という言われ方をしていて、「それなら、アメリカは保険金不払い大国じゃなきゃいかんだろう」とつっこみたくなりました。
受験も「受験戦争」とか呼ばれ、非常にネガティブなイメージで語られることが多いわけですが、能力と努力に基づく選択の幅が大きいということの素晴らしさはもっと語れてもいいですよね。

Posted by 47th : 2006年08月08日 11:40

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
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