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医療法人の株式会社化雑考 (2)

前回は市場化と株式会社化は必ずしも一致しないということと、ガバナンスだけを考えるなら株式会社化が望ましい方向とは限らないという話をしてみました。

そうなると、問題は(a)「株式」という形態で資本市場にアクセスする必要性がどの程度あるのか、ということと、(b)「株式」による資本市場に対するアクセスを認めることによる副作用には何があるのか、ということになってきます。

この二つの問題を考えるにあたっては、医療、あるいは私が密かに念頭に置いている弁護士を含む士業が直面している財・サービス市場の特殊性を考えなくてはいけません。
そこで、「医療」というサービス市場の特殊性、もっと端的にいえば、「医療」を対象とする市場が通常の市場に比べて機能するのが難しい理由を考えてみましょう。

情報の非対称性?

おそらく、もっともよく指摘されるのは、情報の非対称性の問題でしょう。

つまり、医療には高度の専門性があるため、患者(買い手)は医者(売り手)の提供する医療(サービス)の質を正確に評価することができないというものです。
経済学的には、これは「レモン問題」と呼ばれて、よく知られている問題です。レモンというのは、中古車のことを指しますが、売り手は中古車のコンディションを知悉しているのに対して、買い手はその中古車に対して限られた情報しか持っていないという「情報の非対称性」がある場合に、市場取引がうまく機能しない、より具体的には、最低の品質の製品についてしか取引が成立しないという現象を指します。

医療に関する情報の非対称性の帰結も、原理は中古車と同じことになるわけです・・・が、読まれている方は、即座に「でも、中古車は現実に立派に市場が成立しているでしょ」と疑問を持たれるんじゃないでしょうか?


「情報の非対称性」と「評判」「情報生産」

「レモン問題」は、情報を取り扱う経済学における「いろはのい」の大原則ですが、実際の世の中の取引においては、このレモン問題の解決が図られていることもよく知られています。

もっとも有名なのは、おそらく「評判」でしょう。
中古車の取引が一回限りの取引なら、買い手に対して嘘の情報を流したり、あるいは、重要な情報を秘匿することで儲けることが可能かも知れませんが、取引が複数回にわたる場合には、こうした「裏切り」をするよりも、誠実に情報を開示して、買い手に信じてもらう方が利得は増します。
もっとも「誠実かどうか」は、買い手にはよく分からないわけで、その際に重要になるのが、売り手の過去の行動によって蓄積された「評判」です。
中古車の売り手にとっては、誠実な情報開示をすることによって「評判」を蓄積することによって、取引におけるトータルの利得を増やすことが可能になります。また、こうしたインセンティブを持っている売り手の開示する情報であれば、買い手としても信用できるわけです。
中古車取引で個人取引よりも、専門のディーラーを介した取引の方が主流なのは、専門のディーラーは、継続的な取引主体ですので、こうした「評判」蓄積のインセンティブを持っているからです。
あるいは、最近だとヤフオクなどで、出品者の過去の取引に対する評価が重要視されて、トラブルのあった出品者だと取引が成立しにくかったり、安値で叩かれるといった現象をイメージすると分かりやすいかも知れません。

もう一つは、このような「情報」が重要な価値を持つ市場では、情報生産活動自体が盛んになるという現象があります。
中古車の例でいえば、中古車市場ではディーラー同士がしのぎを削っているため、走行距離、年式は勿論のこと、ワンオーナーかどうか、事故歴の有無、整備記録の有無など、ディーラーはさまざまな情報を競って開示するだけではなく、走行距離の偽装チェックや、事故車かどうかを判定するポイントなども買い手に対して伝えられます。
あるいは、電器製品などでも、ユーザーが認識していない他社製品の欠点を(暗に)指摘したりしながら自社製品の優位性を訴えることにより、ユーザーのリテラシーは飛躍的に上がっていきます。
もう一例あげると、コーポレート・ファイナンスにおける情報の非対称性の典型は、資金の借り手と貸し手の関係ですが、いわゆる格付け機関のように、中立的に格付けを評価する機関に対して、資金の借り手(企業)は報酬を払って「格付け」という情報生産を依頼するわけです。
これらは何れも競争的な関係の中で積極的な情報生産が行われて情報の非対称性が解消されていくプロセスです。

多くの市場では、こうした「評判」と「情報の生産作用」によって、売り手と買い手との間の情報の非対称性はかなりの程度軽減されているわけです。
例えば、パソコンやデジカメだって、普通に考えれば、売り手と買い手との間には相当の情報の非対称性があるわけで、本当のところCPUのクロック数の差やグラフィック・ボードの違いが、どのぐらいパフォーマンスに影響を与えるかを本当に理解している買い手は限られるわけです。
だからといって、市場が成立しない、ということはなく、新宿あたりの量販店にいって店員にきくと、「そこまでのスペックは普通は必要ないですよ」とか言われたりしながら、いくつか店を回っていると、大体、自分の求めているものはどの辺りかということは分かるわけです(※)。

・・・と、いつものように口説くなりましたが、なので「医療では情報の非対称性がある」というだけでは、市場が機能しないことの理由にはならず、本当に問われるべきは、他の市場で機能している「評判」や「情報生産作用」が、何故医療の世界では機能していないのかというところにあるんではないかと考えるわけで・・・続きます。

 

(※) なお、実は量販店と買い手の間にも、「量販店がメーカーからどういう形でリベートをもらっているのか」とか「利幅がどうなっているのか」という点での情報の非対称性は存在します。ただ、新宿や秋葉原のように量販店が競合しているところでは、ユーザーサイドに立って情報を伝えているかどうかという「評判」が量販店間の競争において重要なので、実はコスト・パフォーマンスに劣るがリベートが入るので特定のメーカーの製品を勧めるということは難しくなっているところもポイントです。

Posted by 47th : | 12:52 | Law & Economics

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