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事件の「風化」と社会「科学」の不在(1)

この記事は旧ブログの同名記事を転載したものです。オリジナル記事に寄せられたコメント、トラックバックなどは、旧ブログをご覧ください。

先日の福知山線の事故に関する記事については、いろいろな方からトラックバックをいただきました。
本当にありがとうございます。

最初に高田さんのブログをきっかけに、規制緩和と安全の関係という切り口で考えてみたのですが、その後は「リスク」との付きあい方の問題なのではないかとも思い始めていました(よろずもめごと論さんに近い感じ?)
でも、トラックバックを頂いた方々の記事を読んでいると、(当たり前ですが)他にもいろいろな切り口があるということに気付かされました。((例えばにょぷろさんbunさんの書いたことを読んでいると、日米の違いとかリスク管理ということに単純に帰することができな問題のような気もしてきます)
・・・とかいって考えがまとまらない・・・そうかと思うと、R30氏のように「JR事故が経営者の責任じゃないならいったい誰の責任だというのか」と、(意図的にあおっているところがあると思うのですが)断定的に言い切る方が現れ、(で、R30氏の狙ったとおりというところもあると思うのですが)それに対して「そうじゃないだろう」というコメントが山のようにつけられていく。。。
そうした状況を見ていて、ふとデジャ・ヴュを感じました。


これまでにも、何か大きな「事件」が起きるたびに、「識者」がマスコミに登場し、いろいろな切り口で、それぞれ、それなりにもっともなコメントをしていく・・・・
そして、そうした「識者」を集めて議論もあるのですが、結局、「あなたは分かっていない」「問題の捉え方が小さすぎる(or大きすぎる)」といったことの末に見えてくるのは、「思想や立場の違い」・・・
そのうちに、しばらくすると、次の「事件」が起きて、前の事件に関する議論は忘れ去られ、また「思想・立場の違い」に帰着する論争が繰り返される・・・

先にあげたR30氏のエントリーとそれに対する反応に、この構図が典型的に現れているような気がするので、ちょっと例としてとりあげさせて頂きます。

脱線のメカニズムは理系の専門家の分析に任せるとしても、マスコミもブログ書く人も、文系なら文系なりのロジックをもう少し持って考えてほしいと思うんだが。

 この問題を超マクロで見ると、25日の「ニュースの現場で」のエントリのように「リストラ社会」に原因があるように見えてくる部分もあると思うのだが、それは問題の設定を巨視化しすぎだと僕は思う。「ニュース~」の高田氏もさすがに少し考え直したのか、27日のエントリで改めて朝日新聞の6年前の記事を引きながら問題の核心に触れているが、要するにこの問題は企業としてのJRWの安全管理の仕組みの問題である。それ以上でもそれ以下でもない。

 どんな業務でもそうなのだが「あるルーティンワークを人間にさせる時、二律背反となるようなルールを同時に課してはいけない」というのが、オペレーション・マネジメントの基礎の基礎だ。

私の読み方が悪いのかも知れませんが、R30氏は『「文系なりのロジック」とは、「安全管理の仕組みの問題」であり、それは結局「オペレーション・マネジメントの問題」である』ということを前提として、この後に続く安全管理上の問題について氏のロジックを経て、最終的に経営陣の責任だと結論づけています。
ところが、「安全管理の仕組みの問題」「オペレーション・マネジメントのロジック」でこの問題を論じるのが適切なのかどうかという前提部分についてをとる理由については、実は述べられていないようにみえます。例えば高田さんの見方について「問題の設定を巨視化しすぎだと僕は思う」(強調は47thです)で終わっていて、それ以上の根拠や、あるいは、そういう枠組みの設定に際してR30氏が用いている基準や枠組みそのものが示されていません。
したがって、『今回の問題が「「安全管理の仕組みの問題」であって「オペレーション・マネジメントのロジック」で考えるべき問題である』という前提を共有できる人の間ではR30氏の見方は理解され、その上で安全管理のあり方(具体論)について議論を交わしていくことが可能になるのですが、その前提部分に同意できない人とは議論がかみ合わない・・・そして、最終的には「思想・立場の違い」で終わってしまう・・・
もともと、R30氏のブログはマーケット社会時評ということで、マーケット論とかマネジメント論から物事を見ることが前提だと言ってしまえば、それまでかも知れませんが・・・それなら、同じ土俵に立っていない高田氏の見方に触れることには違和感も覚えます。

もっとも、この「社会科学」と呼ばれる分野での縦割り状況というか、最後は「思想・立場の違い」で片付けられてしまいかねないという問題は、今に始まったわけではなく・・・特に法学なんていうのは、伝統的には、「正義」という概念を振りかざして議論することが正面から認められている世界なので、法学をやっている人の間の中ですら、「あなたと私の違いは『正義』に関する思想の違いだ」なんていうことが平気で起きてしまう世界です。こうなると、もういくらやっても議論はかみ合いません・・・(というわけで、今さらながらに、平井(宣)先生の見識の深さに感じ入るわけですが・・・また読みたい・・・)

こうした「社会科学」の縦割り状況が悲劇だと思うのは、結局、自然科学的な事故原因は判明したけど、じゃあ、事故の再発防止のためにどうすればいいかというと、A氏はXという、B氏はYという、C氏はZという・・・
でも、リソースが限られている中で、どれを優先すべきなのかが分からない・・・あるいは、XとZを同時に実践しようとすると矛盾が生じる・・・
そして、結局は、そうした百家争鳴の状況そのものが「何もやらないこと」の言い訳に使われたり、あるいは、効果的かどうかは分からないが、もっとも簡単な解決方法をとることを正当化に使われる・・・
その頃にはマスコミも識者も別の事件に関心を向けていて、被害者や遺族はその対策が本当に効果的なものなのかどうか、自分達の痛みが悲劇の再発の防止に役立ったのかという確信を得られないまま、事件は風化していく・・・
風が吹けば桶屋が儲かる式の論法で、ちょっと気がひけるのですが、何だかそういう気がします。

・・・と、この記事を書いているときに、この事故で元同僚の方と上司夫妻がお亡くなりになったbleuさんからTBを頂きました。
改めて事故の悲惨さを思い知らされました。亡くなった方の御冥福、生死の境にある方々の御無事・御回復をお祈りすると共に、被害に合われた方の関係者の方々へのお悔やみ・お見舞いを申し上げたいと思います。

この事件が私を含めた第三者の議論のネタになった挙句、結局、風化してしまうことのないためにどうすればいいのか、私なりに引き続き少しずつ考えていきたいと思います。ちょっと、しょっちゃいすぎかも知れませんが、宜しければお付き合い下さい。
また、こうした社会科学の方法論的なところは、ちゃんと勉強したわけではないので、思い違いがあるかも知れません。もし、読んでくださっている方の中で、こうした問題についてご存知の方がいらっしゃったらコメントやTBをいただければ幸いです。

追記

早速、設定に失敗して、無用なTBをあちこちに送ったかもしれません。
重複してTBをお送りしていましたら、どうかお許しください。

Posted by 47th : | 08:09 | 時事

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トラックバック時刻: 2005年05月03日 17:51

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トラックバック時刻: 2005年05月04日 17:18

コメント

TBありがとうございます。
私はこの事故に関連して3本、論点の違う記事を書きました。
そして論点、切り口はまだ多様であると思います。
他の方も同じだと思いますが、それぞれ多様な論点を持ちながら、ブログにする際にはテーマを絞って記述されているのではないでしょうか。少なくとも私は1記事、1論点とするように心がけています。

今後のことを考えて最も重要なのことの1つが事故の再発を防ぐことがあると思います。(もちろんそれだけではありませんが。)そのために重要なのがこれまでのリスク管理のあり方を点検し今後改善することである、というのが私の問題意識です。
私が想定しているのは(ずるいかもしれませんが)広義のリスク管理なので、他の多くの論点をその内側に包含している(したい?)と思っています。

Posted by はいじゃんぷ@よろずもめごと論 : 2005年05月03日 20:25

>はいじゃんぷさん
コメントありがとうございます。
私もリスク管理論の問題なのかなとも思ったのですが、bunさんやにょぷろさんの記事を読んでいるうちに、そうとも言えないのではないかという気がしてきたのが、この記事を書くきっかけでした。
鉄道に限らず航空、水上運輸、あるいは、道路交通など、高速度交通のリスクを管理し切れるかどうかということ自体も、また論点なのではないかという気もしはじめています。
最終的には、限られたリソースの中で対策はとられなくてはいけないのですが、その優先度の決め方自体が恣意的であったり、パブリック・イメージだけが基準にならないといいなというのが、私の願いです。

Posted by 47th : 2005年05月04日 12:47

 
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