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医療法人の株式会社化雑考 (4)

前回までは、情報の非対称性を主な要因として医療において市場がうまく働いていないんじゃないかという仮説を考えてみたんですが、コメント欄でbunさんから指摘を受けたように、その他にも医療市場が成立しにくい可能性というのは、いくつかあげられます。

思いつくままにあげてみると・・・

  1. 地域性:医療における地理的な市場というのは、ある程度限定されていて(次にあげるように緊急性の問題もあるでしょうし、通院の負担や(入院の場合の)見舞いの便利)、たとえ評判がある程度機能していても、遠くの名医より近くのヤ○を選んでしまう。
  2. 緊急性:事故や急病で救急車で運ばれる場合が典型ですが、そこまでせっぱ詰まっていなくても、車を買う時みたいに事前に雑誌やネットで情報を収集し、カタログをもらい、候補となる車種を比較検討して・・・といったことを医師選びについて行うことは稀でしょう。
  3. 需要の非弾力性:需要の(価格)弾力性というのは、特売になると普段は買わないカップ麺をまとめ買いしてしまうように、価格の変化に対して需要がどのぐらい敏感に変化するかということですが、直観的には、病気や健康に対しては、「あっちの病院だと1万円安いから」といったことで病院選びをするわけではないでしょうし、ましてや保険制度の下では見かけの価格はそんなに変わらないので、ますます弾力性は弱くなっているんじゃないかという気がします。(「見かけの」といったのは、例えば払う金額が同じでも、受けられる医療の質やリスクが異なれば、実質的な価格は異なり得るからです。)

他にもあるかも知れませんが、とりあえず医療において市場がうまく機能していないと疑う理由には事欠かない感じです(※)。

何れにせよ、医療市場自体の競争性と課題というのは、それ自体で一つの分野をつくることができそうな話でしょうから、この辺りで切り上げて、本題(のはず)だった「株式会社化」の意義に戻ってみましょう。


何故「株式」会社なのか?

医療法人という文脈をひとまず離れて、何故「株式」会社なのか?ということを分析的に考えてみると・・・①「有限責任性」、②「株式市場へのアクセス」、③「収益の分配」(営利性)ということになるような気がしますが、現行の医療法人でも①有限責任制は確保されているので(※2)、ポイントは残りの二つということになるように思われます。

もっとも、②「株式市場へのアクセス」については、大規模資金調達手段に関しては「銀行借入」という資金調達ルートがあるので、これでは不十分という理由を考える必要があります(※3)。
バブル崩壊後の銀行の貸し渋りの苦い経験から資金調達の多様性を確保したいというのは、まだ分かりますが、銀行借入を断られる企業が情報の非対称性のより大きい株式市場(や社債市場)で資金調達をするための実質的な資金調達コストは、更に高いので、この理由付けはコーポレート・ファイナンス的には、ちょっと疑わしいところが・・・そもそも、穿った見方かも知れませんが、「株式による資金調達は利子がつかないから、借入よりも有利」というコーポレート・ファイナンス的には全くの「誤解」に基づいている可能性がないかは疑ってかかる必要があるかも知れません。

もっとも、借入と株式による資金調達では事業リスク(※4)に対する許容度が異なる部分があり、仮に事業リスクが高くキャッシュフローが安定しないということであれば、借入よりも株式による資金調達の方が望ましい場合もあります。

なので、コーポレート・ファイナンスの観点から、②「株式市場へのアクセス」ということを株式会社化の理由にあげるのであれば、そもそも医療事業のリスクは、借入に頼るのが難しいほどに高いのか(不安定なのか)ということを考える必要があるような気がします。
(そもそも、医療法人の株式会社化がいわれるときに、どこまで「上場」が念頭に置かれているのかもちょっと?なところもありますが)

この丁度裏側になりますが、株式会社化して、株式という形で資金調達を受け容れるということは、事業リスクをとるプレッシャーが強まることも意味します。

しばしば、「営利性と公共性」の相克ということで言われる、「株式会社化すると利益最優先になって医療の公共的な性格がないがしろにされる」という主張について、次回はもう少しコーポレート・ファイナンス的にリファインして考えて、私なりの結論につなげてみたいと思います。

 

(※)もちろん、情報の非対称性も含めて、こうした要素は「医療」といっても、その内容に応じて違いがありそうです。よく分かりませんが、例えば美容整形とか歯科みたいなものは、比較的こうした問題が少なく、市場が結構機能していそうな気もします。

(※2) 手許に民法の本が全くないのですが、医療法を見る限りは、社員が無限責任を負担する旨の規定はないので、民法44条2項の不法行為に関する決議・履行責任を除いて有限責任になるはずです。違う解釈や判例がとられている場合は、お許し下さい。

(※3)余談になりますが、「ガバナンス」という面から見たときに、負債の方がエクイティよりも規律効果を持たせ安いことも、コーポレート・ファイナンスの世界ではよく知られています。

(※4)ここでの「リスク」というのは、不確実性とか不安定性という意味合いであって、ボラタリティと言い換えてもいいんですが、念のために。

Posted by 47th : | 13:59 | Law & Economics

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コメント

いまさらながら恐縮ですが、医療法人の株式会社化で医師は取締役になるということでしょうか。それとも従業員になるのでしょうか。上場を念頭におくと、事業リスクをとるプレッシャーを感じながら医師が取締役、ましてや代表者になることは難しいですよね。また、資金調達面からですと大手民間医療法人はシンジケートローンを組んだりしてかなり市場型に近い資金調達をしているようです。また、税制面ではどうなんでしょうか。なんだか株式会社化するインセンティブをイメージ出来なくなってきましたが先生の結論が楽しみです。

Posted by fuji : 2006年08月27日 22:22

こんにちは。

株式会社化以前の部分を膨らましてしまいまして恐縮です。しかし「医療サービスの市場化」と「医療法人の株式会社化」で混同があったところが整理していただいたおかげで大変すっきりしました。お手数をおかけしました。

株式会社化について考えると、私にはちょっとひっかかるところがありまして、それは医療法人の資金調達なんてどうにでもなるじゃん、と思ってしまうところなんであります、バブルの頃でなくても、最近個人経営の医院が信用で10億やられたがびくともしなかった、なんて話を聞いておりますし、お金に関する性格・能力についても私の知るお医者さんの多くははお金のことには本当に無頓着だし、お金をうまく動かす能力が皆無というか、一切考えたくない、で一生過ごせてますよね。養老孟司氏のエッセイで読みましたが氏は「自分のところに貯金ができると、誰か困っている人がいるのではないかと気が気でなかった」と(笑)。あまりの純朴さに衝撃を受けたことがあります。そのように周りがお金でじゃぶじゃぶでしかもお金に興味も関心もないとなると勢い「どうしてわざわざ株式会社化なんてして見ず知らずの利害関係者を入れなきゃいけないの、めんどくさいし危険だわ」ということになるのではないか、と。特に個人経営性の強いところになると株式会社化のインセンティブは薄いのではないかと思います。もっともこれはまたしても47thさんが議論の対象とはされていない法人の話でしょうから恐縮なんですが。

>「営利性と公共性」の相克ということで言われる、「株式会社化すると利益最優先になって医療の公共的な性格がないがしろにされる」という主張

続編を楽しみにしております。まずは議論の形として、こういういかにも耳障りがいい、さもわかったような気にさせる形の主張は、まずはじきたい衝動に駆られますな(笑)。これを声高に言っている間はさぞかし気持ちいいでしょうが。これを言うくらいならむしろその真逆の方が実際に近かろう、嘲笑されても真逆を主張したい、というのが第一感であります。

たとえ一般の株式会社であっても、公共性をないがしろにしてあげられる利益なんておよそ短期的かつ少額で、計上しないほうがいいくらいのものでありまして、そんなことしてまでオンバランスにされる利益は企業の社会的信用という資産の不当廉売に過ぎず、現代ではほとんど企業の継続性の放棄に等しい、と言えますね。そんな利益をあげるのはきっぱりとやめて、その代わりに失わないで保持していられる信用のほうが、よほど価値があるんでありまして、いわんや株式会社化された医療法人においてをや、だろうと思います。

他方、ガバナンスについて思うのは、株式会社においては、もともと経営は株主の手に余るので専門家に任すということで所有と経営が分離され、その分ガバナンスの重要性が増しているわけですが、株式会社化された医療法人となると通常の株式会社とは比較にならないくらい経営に高度な専門性が生じていますので、株主総会になんて有効なチェックがほとんど期待できないですよね。そこで弊害は生じないのでしょうか。

最後に、いまさらそもそも論になるしまた「医療サービスの市場化」がらみで恐縮ですが、一般に、医療に関わるモノやサービスは、市場で処理しようとするとたちどころに強い抵抗や問題を生じますね。(医療・生命)保険・臓器移植・献血・・・お金でやるなと言いたいんでしょうが、どれについても現状よりはもっと市場が使えるのではないか、もっと使った方がむしろ最大多数の公共性を実現できるのではないかと思っていて、その点47thさんも同じお考えだと思いますが、同時に、「じゃあお前の肉を1ポンド・・・」というえげつない要求をするヤツとは思われたくない(笑)という気持ちもあったりして(笑)。もとい、医療法人の株式会社化に限らずこれらも切れる論理をおもちでしたら是非抽出させていただきたいと思ってます。

Posted by bun : 2006年08月28日 11:50

こんばんは
一連のエントリを拝見していて、直感的に株式会社化する意味はないのでは、と思っていました。
ファイナンスについては高額の医療機器についてはリースという手段もありますし(現実的にはこれが多い?)あえてエクイティ・ファイナンスによる必要はないように思います。
また株式会社化した場合には税制の恩典もなくなるのでしょうが、そもそも論として日本の健康保険制度のもとで、医療株式会社の診療報酬収入を法人税などの形で国庫に還流するのが効率的かという問題があると思います。
その意味では("ER"を見た程度の知識しかないですが)アメリカのように公的保険制度がないモデルで「株式会社化すると利益最優先になって医療の公共的な性格がないがしろにされる」のかどうかという議論をするほうがなじむような感じもします。
そうすると、市場原理とセーフティーネットという上限金利規制の問題と似てきてしまいますかね・・・
続編、楽しみにしています。

Posted by go2c : 2006年08月28日 13:02

>fujiさん
制度設計のあり方は色々と考えられるところで、株式会社化する場合には、サービサーと同様に取締役の一部は医師資格のある人に限るといったことが考えられるんじゃないでしょうか。
メリットがあるかどうかは、個々の主体が判断すればいいという考え方もあるので、問題は株式による資金調達が他の方式にないデメリットをもたらすかどうかということかなと思っています。

Posted by 47th : 2006年08月28日 13:48

>bunさん
私も考えるにつれ、(ちょっと穿った見方ですが、)株式会社化というのは、医療側からの要請なのではなく、規制業種として高いレントの分け前を求める資本側からのプレッシャーなのかも知れないという気もしてきています。
そうだとすると、上場して大規模資金調達ということではなく、例えば、代々続く病院の○代目にPEファンドが声をかけ、ストック・オプション的な報酬パッケージを用意しつつ病院経営に乗り出すといった状況が現実的に起きることなのかも知れません。

>まずは議論の形として、こういういかにも耳障りがいい、
>さもわかったような気にさせる形の主張は、
>まずはじきたい衝動に駆られますな(笑)。
>これを声高に言っている間はさぞかし気持ちいいでしょうが。
>これを言うくらいならむしろその真逆の方が実際に近かろう、
>嘲笑されても真逆を主張したい、というのが第一感であります。

私も同じ衝動を覚える天の邪鬼の口です^^
ただ、今回は、その逆方向にある、安直な「民営化」議論と似た市場主義万能的な批判の方に「口当たりのよさ」を感じてしまった、と。
もちろん、公共性があるから云々というのは、それ自体は理由になるわけではないのですが、有限責任という仕組みが持つ外部性の問題は医療のような場合にはより深刻じゃないかなという気がしています。
株主による経営監視が効きにくいという面もありそうですが、資本市場が競争的なら医師資格を持っているアナリストとか経営コンサルタントとか現れそうな気もするんで、そちらは何とかなりそうな気もするんですが、財・サービス市場の構造が現在のままだと患者への外部性が価格という形で内部化されないまま残ってしまう危険があるのかな、と、そちらの方が気になっています・・・と、これが結局結論なわけですが。

それにしても、人の命というのは、冷静な議論を難しくしてしまう面があるのは仰るとおりで、そこはなかなか・・・そもそも、よく考えれば人の命だけでなく、金貸しの世界ですら理論に裏打ちされた議論に嫌悪感が示されてしまうわけですから・・・

Posted by 47th : 2006年08月28日 13:54

>go2cさん
究極的な利益の行き先という視点は重要ですよね。
結局、保険制度の下で医療界に一定の超過収益が生じているのは確かなんでしょうから、医療の問題として語れることを非常に大ざっぱに経済学的にとらえれば、そうしたレントに関して分配基準が明確でなかったり、レント・シーキングが起きているということなんではないかという気もします。
で、株式会社化というのは、実はレントの分配基準としてエクイティ・ホルダーに残余分配権を専属させるということなんでしょうが、その結果、医療に関するレントのほとんどが投資ファンドに行ったりということでいいのか、とか、レントが生じないような競争的な市場にするのが適当なのか(できるのか)という話なのかも知れませんね。

Posted by 47th : 2006年08月28日 14:04

本文中の③営利性のお話は次回(5)に触れられると思いますが、株式会社ではない社団法人のままで営利性を達成する方法(*)と株式会社化とはどう違うのかも教えていただけると嬉しいです^^/

*現行法上は収益分配は禁止されていますがこの規定をいじる事で③の目的は達成できるのではないかと思われるからです。もちろん,
社団法人持分と株式とでは流動性は違うので、そうすると結局②株式市場へのアクセスの確保が至上命題となるのでしょうか?
ちょっと古いのですが、資料を別途メールでお送りしました。

Posted by NYlawyer : 2006年08月29日 03:34

>NYlawyerさん
資料ありがとうございます。
お察しのとおり②と③を分けたのは、利益分配を認めることと、社員資格の柔軟性の問題を分けて考える必要があると思ったからです。
結論としては、(税金の問題は別として)利益分配は認めてもいいけれど、社員資格については、やはり医師資格を前提にするという弁護士事務所のLLP的な構造辺りではないかという気がしています。

Posted by 47th : 2006年08月29日 12:29

fujiです。ホールド・アップ問題も検討してきただきたいですね。株式会社化は公益性から営利性に重点がおかれることとなると思いますが、たとえば検査データ=カルテ?の開示というのは後退していく問題があるようです。

Posted by fuji : 2006年08月29日 18:26

>fujiさん
仰るところのホールド・アップ問題が、どういう文脈でのものかにもよると思うのですが・・・営利化で検査データやカルテの開示が後退するということと関連するということであれば、医療側の事後的な機会主義的行動の問題ということでしょうか?
医療契約は、締結時の情報の非対称性が高く、長期にわたり、外部的状況の変化に応じた対応が必要といったことから、契約が不完備になりやすいという意味では、ホールド・アップ問題の発生はあり得ると思いますが、他方で、医師には患者に対する高度の注意義務が課せられているので、機会主義的行動に対する一応の法的な歯止めは存在しています。
問題は、法的歯止めがどれだけ実効的かという点と、法的なもの以外の歯止めがどれだけあるかという話なのだと思うのですが・・・私の手許には、こうした一般論以上の議論をするだけの材料がちょっとないので・・・ただ、今回のエントリーとの絡みでいえば、競争市場における歯止めが効きにくいということは言えるのだろうと思います。

Posted by 47th : 2006年08月30日 20:14

エントリだけでなく皆さんのご発言からも
非常に勉強させていただいております。
(レス遅れてすいません)

>それにしても、人の命というのは、冷静な議論を
>難しくしてしまう面があるのは仰るとおりで、
>そこはなかなか・・・そもそも、よく考えれば
>人の命だけでなく、金貸しの世界ですら理論に
>裏打ちされた議論に嫌悪感が示されて
>しまうわけですから・・・

医療に片足つっこんだ人間としては、
この部分に対する「議論する力」が医療者自身に
大変希薄な印象があります。むしろその周辺の
会計士さんや税理士さんや弁護士さんたちに
まかせきり、という。自分達がまず理解し考えないと
いけないということを職業教育の段階でもっと
気付かせるべきかなあと、エントリや皆さんの議論
を拝読しながら感じました。

大抵の医療者は今回のテーマのようなことを
論拠なくナイーブな職業倫理(的なもの)で
考えていたりしますし。

今後も自分なりに考え続けていくことになりそうな
テーマです。

Posted by taka : 2006年08月31日 09:38

>takaさん

中にどっぷり浸かってしまうと、分かっていても敢えて言わない話も出てきたりしますからねぇ・・・私も、医療の話を通じて、実は頭の中にあるのは弁護士業界の話でもあるんですが、インサイダーとしては、直接に取り扱うには余りにも生々しいところもあるんでしょうね。
とはいえ、人の命がかかっているからこそ、頭を冷やして冷静な議論が求められるところですし、実際に現場にいる人と外の人間がうまくコミュニケーションできるようになることは必要ですよね。
その辺りもtakaさんの研究テーマに入ってくるんだと思いますが、これからも色々と教えてください。

Posted by 47th : 2006年08月31日 15:14

 
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