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「開発」と「文化」と「進化」

Law & Developmentは、今週から「開発」と「文化」のかかわりに入っていきます。

これまた色々な論点があるんですが、つらつらと思いつくままに

文化の価値

まず、そもそも「文化」というのは、どういう価値を持っているんでしょう?
経済発展に役立つという功利的な見方の前に、文化それ自体に価値があるという見方について考えさせてくれるのが、Stephen A. Marglin, Towards the Decolonization of the Mind in Dominating Knowledge:Development, Culture, and Reistance (1999)です。

経済成長が人間の選択肢を拡大するという見方に対して、実際には、成長は従来持っていた選択肢を奪い、ある一定の方向の新しい選択肢に置き換えているに過ぎない。「自由」が最高の価値という考え方、あるいは資本主義社会自体が、一つの西洋的な信仰(belief)の産物に過ぎない。処女の生贄を神に捧げることと、自由のために若者を戦争に送り込むことは、その本質において異なることはなく、近代的な西洋文明がアステカ文明よりも「優れている」とする根拠はどこにもない・・・彼はそう主張します。

西洋の資本主義が優れているとは限らない・・・西洋的資本主義とは拝金主義であって、お金で買えない美しいものが世の中にはある・・・Marglinの主張は、どこかで聞いたこうした声と方向性を同じくするものです。そして、この主張の中には、やはり否定できない真実があるような気がします・・・

おそらく、文化にはそれ自体に価値があり・・・そして、それは往々にして資本主義、あるいは、そもそも物質的な意味での満足の拡大をめざす近代的な世界そのものと相容れない場合があるんだと思います。前に幸せってなんだーっけというエントリーを書いたときに、テクノロジーの進歩が「幸せ」を増したとは限らないんじゃないかということを言ったわけですが、同じように経済成長や客観的な真実が幸せをもたらすとは限らない・・・

・・・けれども、どんなに優れていても、あるは美しいとしても、それが生き残ることができるかどうかは全く別の話です。

「文化」の「進化」と栄枯衰勢

Marglinは、西洋文明は優れていると限らないことを力説した上で、こう述べます、

文化的な多様性(cultural diversity)は、人間という種の生存にとって必要であり、生物学者が滅亡しそうになっているスネール・ダーターを遺伝子プールの多様性を確保するために保護するのとまさに同じように、人間という種がこれまでにはぐくんできた理解、創造そして協力の形態の多様性を保持するために、消滅しようとする文化を守るべきなのだ

けれども、生物の世界でも、常に「優れた」種が生き残るとは限りません。「進化」は、適応の産物であり、「進化」の過程で生き残ったことが、当然にその優秀性を示すものではありません。
構成員がみな合理的で紛争は言論をもってのみ解決される文化Aと紛争は暴力で解決され弱肉強食がモットーの文化Bがあったときに、個々の文化として見れば、文化Aの方が、より洗練された文化といえるかも知れません。しかし、文化Aと文化Bが衝突すれば、文化Aはその洗練さ故に文化Bに滅ぼされてしまうでしょう。

比較制度経済分析という手法は、こうした進化ゲームの枠組みを使って、既存の経済制度の比較を試みる領域ですが、そこには、ある経済制度の存在は、その経済制度が絶対的に優れているからではなく、こうした他の文化との適応の中で生き残ったに過ぎないという冷徹な視点が存在します。

ゆく川の流れはたえず、そして、沙羅双樹が示す理からは、なぜ文化や社会も逃れられません。

失われた文化の尊さを偲び、あるいは、その文化の断片でも伝えようとすることは美しいと思います。ただ、そこから「政策」を導くことはできない、あるいは、すべきではない・・・これが、Marglinの主張に共感を覚えつつも、同意することはできなかった理由でした。

そしてまた、典型的なソーシャル・キャピタル論についても、同じような理由から違和感を覚えたわけですが、その話はまた今度ということで。


Posted by 47th : | 03:10 PM

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コメント

こんにちは。


経済や文化や社会ということについて考えていると、あまりに1回性と実験不可能性に満ちているため工学的な発想では分析できないことが多く、つい生物学の成果を借りたくなるのですね。かくいう私も告白すれば、人間がこれまで生き延びてきたという事実に頼って、免疫系の働き方と経済政策の働き方の間にしかるべき活動原理や使えるアナロジーがないかを考えたことがあります。

しかしながらご指摘の通りで、人間が生き延びているからってそもそも望ましいものか?という話があるんですよね。地球のガンなんていう人もいたりして(笑)。仮に上記のような活動原理なりアナロジーが発見できたとて、それはやはり免疫系そのものの優秀さを説明するものに過ぎず、飛躍してそこから政策を導いたりすることはできない、のであります。ご指摘の通り。

Marglin氏の論考を拝読したことはないのですが、西洋の否定と人間の謳歌という論理構成そのものが、全くもって典型的な「西洋」ですからね。この、我々日本人には全くごまかされずにすっと見える「西洋」の欺瞞や独善を、彼らにわかる形で批判してあげるというのは、アジア人に期待できる大きな役割だろうと思います。

続編も楽しみにしております。

Posted by bun : February 6, 2006 08:18 PM

> しかし、文化Aと文化Bが衝突すれば、文化Aはその洗練さ故に文化Bに滅ぼされてしまうでしょう。
僕もまさにこの理によって、ソーシャルキャピタルを形成することが困難だと感じました。
日本が「食われる」側になってしまうだろうという予測が、最近僕を含む日本人をいらつかせている原因なのではないかと思います。「食う」側になんてなりたくないし、でもただ「食われる」のもやだし…
でも過去何度か調子に乗ってさんざん他を食い荒らして回った事実もあるので自業自得とも。

Posted by tockri : February 6, 2006 08:29 PM

>bunさん
そうなんですよ。人間は生き残っているから優れていて、狼が絶滅したのは種として劣っている・・・というわけでもないだろう、と思ったんですよね。
「哀れな未開の者たちよ。西欧の見方を捨てて目を開くがよい」というのは、本当にこれこそヨーロッパ人の傲慢ですよね(笑)
Law & Developmentを教えているUpham教授は、この分野のものでは、書いている人間がどういうバックグラウンドの人間かをよーく見極めろと言うんですが、まさにその通りで、一見親切なことを言っている奴が実は一番偏見に満ちているということもよくある・・・ということを自戒を込めて心に留めておかなくてはいけませんね。
>tockriさん
私は日本人というのは、実はかなりタフな民族なんじゃないかという気が最近しています。
我々は、時代時代で異なる文化と接触する度に見事なほどに適応進化を行ってきた民族で、その適応力というか、一見制されているようで実はいつの間にか相手を制しているというところが強みなんじゃないでしょうか。
具体的なところは、またソーシャルキャピタルに絡めて考えてみようと思っていますが、実は、一番の大敵は「伝統」という名の下で、そうした柔軟さや適応力を封じ込めようとする日本人の中での動きなんじゃないかという気がしています(まあ、それに「抵抗勢力」というアドホックなレッテルを貼っていくのもどうかと思いますが・・・)。

Posted by 47th : February 6, 2006 11:56 PM


>人間は生き残っているから優れていて、狼が絶滅したのは種として劣っている・・・というわけでもないだろう

そうなんです。現実は、決定論的な選択の束ではなくて、確率論的な当座の正解の束。決定論的な選択の束であれば生き残っている人間だけを考えればいいのですが、確率論的な当座の正解の束であれば狼のほうが生き残ったかもしれない世界についても検討しなければならないですね。

ただ、ご指摘の通りで進化論だとダメですけど、面白さということでいえば、確かに免疫学の説明って、経済や法学で使えそうな、面白い話があることはあるんです。

たとえば、「内と外」とか「味方と敵」ということについて。

われわれの免疫はほとんどの外来のタンパク等を異物として徹底的に排除していますが、排除してばかりだと困ることがありますね。妊娠。夫のタンパクすらも細菌ないしウイルスと同じ扱いで排除してしまうのでは子供ができません。まあ、家庭内の扱いとして、扱いが細菌ないしウイルスと同等という夫は少なくないようですが、それはともかく(笑)。

それに、妊娠でできる子供も母とは別の個体で母とは異質ですが、10か月余の間、排除せずに体内に抱えて置かなくてはなりませんね。我々の体はそういうときだけ上手い具合に緩めているのですが、これ、望ましい買収者とそうでない買収者の話とか、望ましい外資とそうでない外資の話で使えないかと思ったわけです。面白い話がないかと思ったのでした。

私のナッツ頭だったからダメだったということもあるかもしれませんので、この場をお借りしてネタだけ提供させていただきました(笑)。

Posted by bun : February 7, 2006 08:48 PM

>bunさん
なるほど、友好的提携相手として最初は歓迎されて永遠の統合を誓ったのに、しばらく共同作業をしているうちに、邪魔者扱いをされ、最後は追い出されてしまう・・・
結婚・離婚率とM&Aの傾向の相関関係を見てみたら、面白いことが出てくるかも知れませんね。やってみようかな。
それはともかくとして免疫が強すぎると、アレルギーのためにかえって自分を殺してしまうといった辺りには、確かに経済制度や買収対応に応用できる含意が豊富にありそうですね。
今度、勉強してみます^^

Posted by 47th : February 7, 2006 11:18 PM

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