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医療法人の株式会社化雑考 (1)

通算すると小学生時代からのつき合いで、現在カリフォルニアでヘルス・コミュニケーションを研究しているtakaさんが病院経営への株式会社参入についてというエントリーの中で、医療法人の株式会社化に対する賛否について4つの立場をあげてコメントをされているんですが、その中で「一時的措置として必要か、企業の機能・効果に期待」路線ということで、次のように評しています。

(「一時的措置として必要か、企業の機能・効果に期待」路線は)知人・友人からの意見。企業が競争の激しい社会でしのぎを けずって蓄積した競争力を、医療という新しい領域で 発揮することができれば、質を担保しつつ負担を維持または 微増で抑える、ことができるかもしれない。 ガバナンスや企業倫理や社会貢献や経営手腕なんていう ことばが飛び交います。 Patient-Centerd healthcare患者中心医療という言葉よりも 顧客中心主義という言葉の方が早く出来た、という事実 をどう理解するか。

今まで余り競争が見られなかった分野に競争を持ち込めば効率が上がるという基本的な発想は、昨年の郵政民営化議論でも見られたんですが(これについては、関連エントリーであげた郵政民営化pro or conシリーズをご覧下さい)、 最近bunさんとコメント欄で議論したように、日本は『競争』ということに対して誤ったネガティブ・イメージを持っている一方で、こうした「民営化」に対すると素朴な信頼というのもよく見られます。

ただ、「市場」というのは決して完全ではなく、さまざなま「市場の失敗」が起こります。また、市場原理の導入によって既存のプレイヤーの誰もが効率化の恩恵を受けるということは実際にはあり得ません。
むしろ、「市場」が効率化を達成するプロセスというのは、非効率な者が淘汰されていく過程で結果として効率的な者が生き残るという生命の進化プロセスにも似た面があり、この「進化」のプロセスには当然一定の痛みが生じますし、その痛みは単にその業界に生きる者が甘受するだけではなく、一次的な過小供給状態の発生など社会的なコストもかかります。
(なお郵政民営化がいびつだと私が感じたのは、民営化後の会社が市場から退出を迫られる可能性や、迫られた場合の対処をどうするか、更にはユニバーサル・サービスと市場原理のコンフリクトの調整について十分に検討されていないと感じたからです。まあ、もう走り出してしまったので、今はお手並み拝見としか言いようがないわけですが)

現に市場が機能している分野とは違って、これから市場原理を導入しようという場合には、こうした面での影響のシュミレーションと、悪影響の低減のための方策の見当、そのコスト評価といった過程が必要です。
それでも残る不確実性(リスク)については、試行錯誤(trial & error)として踏み出さなくてはいけませんが、そうした基礎的な分析を欠いたまま前に進んでから考えるというのでは、結局、事後的な政策評価やフィードバックも不十分になってしまいます(この辺りが私が上限金利引下げに賛同できない理由ですが(苦笑))。(※)

前置きが長くなってしまいましたが、医療の株式会社化の問題は、弁護士も含めた士業一般の株式会社化と密接に関連する問題なので、私にとっても人ごとではありません。

ということで、医療法人の株式会社化に関して思いつくままに論点の洗い出しをしてみようというのが、本エントリーの趣旨です。


市場化≠株式会社化

まず郵政民営化でも混同されていた感がありますが、財・サービス市場で競争をすることと、資金調達形態として株式会社を選択することは、親和性があることは確かですがイコールではありません。

例えば、個人商店ばかりの商店街でも、あるいは、路地裏に軒を連ねる露店でも、顧客の獲得をめぐって競争は存在しますし、こうした非株式会社は彼らなりに生き残りをかけて効率化をはかっています。

私 は医療の現場については余り知識はありませんが、問題視されているのは、むしろ財・サービス市場での競争の不在ではないかという気もします。もしそうだと すれば、まず最初に検討されなければいけないのは、何故、財・サービス市場レベルでの競争が機能していないのかということではないかと思います。

株式会社はガバナンスが強い? 

財・サービス市場レベルでの競争が機能していない理由については、いくつかの仮説が考えられるのですが、その前に「たとえ市場が現在競争的ではないとしても、株式会社化することによって経営に対するプレッシャーやガバナンスが高まり、結果として、財・サービス市場における競争も進む」という意見について考えておきましょう。

ところで、そもそも経営に関するガバナンスという観点で考えたときに、上場会社と個人商店のどちらが優れているんでしょう?

何となく「上場会社」と答えたくなるところですが、コーポレート・ファイナンスの考え方からすれば、答えは「個人商店」ということになります。
ガバナンスという用語は非常に多義的なのですが、上場会社のガバナンス論で中心的な課題となっているのは、いわゆるエイジェンシー・コストの抑制です・・・といっても、コーポレート・ファイナンスを学んだことのない方にはピンとこないかも知れません。要はスポンサーにお金を出してもらっていながら、経営者が自分自身や第三者の利益をはかることを、どう防ぐかということですが・・・勉強したいといって親から学費や生活費を出してもらって大学に行ったのに、授業もろくに出ずに遊び回っている子供をどうすればいいのか、というと話が分かりやすいんではないでしょうか。

「個人商店」では、資金の出し手と経営者は同一人物ですから、資金の出し手と経営者との間の利害相反は生じません(※2)。これに対して、資金の出し手と経営者が異なり、しかも資金の出し手が分散している株式会社では、経営者が資金の出し手よりも自分の利害を優先する可能性は非常に大きくなります。これが、「所有と経営の分離」から生まれる問題であって、株式会社においてガバナンス論が叫ばれる理由です。

やや逆説的ですが、株式会社はその構造上必然的にガバナンスに脆さを抱えているからこそ、ガバナンス・システムを整える必要があったわけです。
その意味では、ガバナンスという観点で考えるのであれば、わざわざガバナンスの優れた「個人商店」形態からガバナンスの弱い「株式会社」に移行する理由はありません。

かといって、これだけでは「必要ない」という理由にはなっても、積極的に禁じるべきという主張にはつながりません。
選択肢は与えておいて、あとは個々の病院に選ばせるというのも一つの方向性です。

では、こういう方向性はワークするのか?・・・これを考えるには、そもそも何故医療のサービス市場において競争が機能しないのか、その原因に遡る必要があるように思われます。

というわけで、次回は医療市場の機能を阻害している要因について、つらつらと考えてみようかと思います。

もっとも、私は医療の現場についてはほとんど知識がないので、誤り等ありましたらご指摘頂ければ幸いです。

 

(※)試行錯誤は「まずやってみて、影響を見てみよう」というアプローチですが、どういう手法で、どんな影響を見るのかという評価軸の設定や評価手法の画定自体、事前にきちんと問題点が把握されていて初めて可能になるものです。その意味で「試行錯誤」と「蛮勇」は似て非なるものです。

(※2)厳密にいうと取引債権者も会社経営に対するステークスを有しており、その関係でエイジェンシー・コストは生じ得るのですが、議論がややこしくなるので、本文ではごくごく単純化しています。

Posted by 47th : | 13:34 | Law & Economics

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コメント

こんにちは。かみさんが看護婦だったbunです。これを言うとなぜか私以上に興奮する人がいるので普段は内緒にしています。

ここかと思えばまたまたあちら、自由闊達ですな。わかっている人でなければなかなかこういう芸当はできませぬ。

>また、市場原理の導入によって既存のプレイヤーの誰もが効率化の恩恵を受けるということは実際にはあり得ません。
むしろ、「市場」が効率化を達成するプロセスというのは、非効率な者が淘汰されていく過程で結果として効率的な者が生き残るという生命の進化プロセスにも似た面があり

あーまた先に言われてしまいました(笑)。そうなのです。参入者が市場化前よりも必然的に効率化するという誤解がありますが、間違いですね。

たとえば受験直後の大学1年生と1000人の中学生を集めて、大学生が合格した大学の入試問題で競争をさせる。何の効率化もしないまま大学生の一人勝ちであります。

もうひとつ、たとえば1匹の金魚の水槽に1000匹のミジンコをいれて生存競争をさせる。数少ない進化したミジンコが金魚を圧倒して勝ち残ってほしいものですが、そんなわけありませんで、金魚があまたのミジンコを「シュ」と吸い込んで、終了であります。

このように参加者に効率化が戦略として選択されるには参加者の力関係等にそれなりの条件が必要であります。上記の例をお考えいただければわかるように、あまりに競争が簡単だったりするとかえって非効率化する可能性も十分にありますね。ミジンコ的な力しかない潜在的な参加者が、市場化に反対するのも当然ですね。

>次回は医療市場の機能を阻害している要因について、

楽しみにしております。

Posted by bun : 2006年08月18日 17:14

トラバありがとうございました。
試験も終了して余裕が出てきたと推察しました^^;

そうですね、よく考えると小学校からか・・・長いね。

立場上、医療関係者から意見を求められることが
多く、MBAで学んでいる者としてはおとぎ話の
コウモリ状態で(知識もまだ浅薄だし)色々考え
悩んでおります。

医療関係者のアレルギー状態に目を向けすぎて
ああいう論になっていますが、47thさんの

>「試行錯誤」と「蛮勇」は似て非なるものです。

というご指摘はよく分かるつもりです。
問題はそれ以前の段階で(医療内部での)議論が
思考停止している点だと感じていて、試す、と
腹を決めればじゃあどういう風にムダを少なく
するか、という話も出てくると思うのですが(本来
賢い人たちのはずだし)、試す、ということに
まず至らないので(トップの問題か、トップにつく参謀の
問題?)、政治的・なしくずし的な話になっている
ように感じます。

次回も含め、47thさんのエントリから大いに
勉強させていただきます。よろしくです。

Posted by taka : 2006年08月18日 19:12

最近、日本で中公新書の「入門 医療経済学」を読んで興味を持ち始めたところメディカ出版からも『「改革」のための医療経済学』もでて買って読んでみようかなと思っていたところでした。医者と弁護士と牧師は昔から経済的視点とは相容れない職業と言われてきただけに続編エントリーを楽しみにしております。

Posted by fuji : 2006年08月19日 07:36

>bunさん

奥様が看護婦だったとは、さすがbunさん(笑)
仰るとおり競争というのは、いくつかの条件が整ってはじめて成り立つものなんですが、驚くべきことに、現に存在している競争では、そうしたバランスが達成されているので、ついその存在の重要さや人為性を忘れてしまうんですが、回帰分析の前提のチェックと同様に常にチェックが必要なものなんですよね。

医療市場については、多分、きちんと分析されたものもあるんでしょうが、とりあえず思いつくところをあげてみようと思っていますので、また宜しくお願いします^^

>takaさん

ちょっと強い表現になっちゃいましたが、試行錯誤と蛮勇の話は、ちょっと最近はまっている上限金利の問題が念頭にあったんですよね。
それぞれの業界において、既得権益とか保守性を打破するための勢いというのが必要な場面はあることは理解できます。ただ、そうした戦略的な言説を用いる場合には、どこでブラフを効かせているのかを煽る側は冷静に認識していなくちゃいけないんではないかという気もします。
本文にも書きましたが、医療の現場で起きていることは、弁護士の業界でも共通するところが多いと思っていて、その辺りも念頭に置きながら、ちょっと考えてみたいと思っていますので、またご意見を聞かせてください。

>fujiさん

そういう本も出ているんですね。
このエントリーは、そういうきちんとした検討をしたものではありませんが、士業のビジネス化に対する素朴なアレルギーの中に、経済合理的に説明できる部分があるんじゃないかと考えているところです。


Posted by 47th : 2006年08月19日 19:50

なるほど、コーポレート・ファイナンス的には、確かに個人事業主がもっともガバナンスが強いと言えますね。冷静に考えればそうなんですが、先入観からすると意外ですね。

ところで、「医療法人」のガバナンス度が考察されていないのが気になるところですが、配当や議決権の面から、株式会社以上に弱いように思います。
ということは株式会社の参入を認めることにより、(医療法人と比べ)資本調達がしやすくなり、医療の高度化に対応できる、ということでいいんでしょうか?

Posted by Apricot : 2006年08月20日 22:09

こんなおもろいネタやってたのに参入するの忘れてました。
bunさん、奥様によろぴく。

この分野のお話、日本では、実際には、医療機関の株式会社化という議論をすっ飛ばして、医療ファンドの議論がずいぶん進みつつある部分もあるように思います。
その一方で厚生労働省が進めている施策のひとつの「医療の均霑化(「きんてん」と読みます)」という方向感と大学の医学部の制度改革と派遣されてた医師がどしどし大学(病院)にもどっちゃってる医療現場とか日本固有の問題が結構あって、株式会社化の議論と平行して、日本でそれを今のまま導入しちゃったらどういうことが起きるかというイメージを作るための要素というのは存外に多いような気がいたします。

Posted by ろじゃあ : 2006年08月21日 09:30

>Apricotさん
>株式会社の参入を認めることにより、(医療法人と比べ)資本調達が
>しやすくなり、医療の高度化に対応できる、ということでいいんでしょうか?

ちょっと結論を先取りされてしまいましたが^^;、その部分こそ、私の問題意識の行き着く先で、「なぜ借入ではだめなのか?」ということと、「医療のように市場が不完全な状況で株式会社化をすることは、過度のリスク・テイキングによる取引債権者(患者)から株主への利益移転のインセンティブを与えてしまうのではないか?」というのが、おそらく、この先のエントリーで行き着く結論(の予定)です。
といっても、これだけでは分かりにくいかも知れませんが^^;、続編エントリーについても、またご意見をお聞かせ下さい。

>ろじゃあさん

歴史的・構造的な問題も相当に絡むんだと思うんですが、そこまでは私の知見の及ぶ範囲ではないので、エントリーの中では、私の分かるコーポレート・ファイナンス的な観点からの分析でやっていこうと思っています。
もっと生々しいところについては、ろじゃあさんの「絡み」を楽しみにお待ちしてます^^

Posted by 47th : 2006年08月21日 13:03

bunさんの奥様が元看護婦さんというところに興奮しているとっくりです。なぜかというとうちも奥さんが元看護婦だから。

病院にも個人商店から大企業までいろいろで、個人商店が株式会社という形態をとるのはたしかにガバナンスが弱くなることにつながると思えます。

しかし大病院では、予算の執行権限が院長以外にも与えられている場合などに「ちょっとガバナンスって仕組みと考え方を持ち込んだほうがいいんじゃないの」と思えるような事例が当たり前に横行しているのも事実でして。

あと経営の効率化というか、「やればいいことをやってないせいで商売アガッタリ」なケースが非常に多いように見えるため、そういうときに経営者をすげ替える仕組みは、あったほうがいいのではないかと思います。

Posted by tockri : 2006年08月21日 21:09

>tockriさん

>大病院では、予算の執行権限が院長以外にも与えられている場合などに
>「ちょっとガバナンスって仕組みと考え方を持ち込んだほうがいいんじゃないの」と思えるような
>事例が当たり前に横行しているのも事実でして。

そうなのかも知れないと思いつつ、私にとって腑に落ちないのは、「それなら院長がガバナンスの仕組みを入れればいいのに、何でいれないの?」という部分です。
ひょっとしたら、フリンジ・ベネフィットは、給与以外の形で構成員が利益をシェアするためのシステムなのかも知れないと妄想したりもするわけです。
株式会社におけるガバナンスというのは、極端にいえば、「明示的にステークスホルダーに分配されない利益を確実に株主がコントロールするための手段」であって、これと同様の措置をワークさせるためには、病院におけるステークスホルダーの権利内容を、より明確にする必要があるんじゃないでしょうか?

ちょっと思考実験ですが、もし野心的な院長が株式会社的なガバナンスを大胆に進めて、慣行として存在するフリンジ・ベネフィットを全て剥奪して、それによって上がった利益を全て自分の手許にくるようにしたら、病院経営はうまくいくんでしょうか?・・・なんかそうではないような。
上の「院長」を「株主」に代えたら、どうでしょう?

そんなことを考えてみると、これまでの病院経営の仕組みというのは、イメージよりは「効率的」なのかも知れませんよ^^

Posted by 47th : 2006年08月22日 18:09

 
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