« 誤発注問題を裁判所はどう裁くのか? | メイン | 悪法への挑戦と戦略 »

医療法人の株式会社化雑考 (3)

前回までは、医療には「情報の非対称性」があることは確かかも知れないとしても、何故、他の市場のように「評判」や「情報生産作用」によって、それが緩和されないんだろうという問題提起をしました。
というわけで、今回は引き続いて、その点について簡単に考えてみましょう。

品質の事後的検証可能性

前回「レモン問題」という話で中古車の話をしたわけですが、中古車の場合は、買う前は分からなくても、買った後は実際に使ってみて隠れた問題があるのかどうかということが大体分かるわけです(※)。

でも、医療の場合はどうなんでしょう?
医療の現場は直接に知らないので、私の知っている弁護士業界で、例えば訴訟について考えてみると・・・
ある弁護士を訴訟代理人に選任した場合、(和解をひとまずおいて)訴訟に勝つか負けるかという意味での「結果」は極めて明白に出るわけですが、その「結果」がその弁護士の能力によるものなのかどうかということは、なかなか判断が難しいものがあります。
全く同じ訴訟を複数の代理人にやらせてみて、その結果を比較できればいいのでしょうが、訴訟は一回限りのものであって、「同種」の訴訟はあっても、「同一」の訴訟はありません。
個々の事案の微妙な違いが判断を分ける場合もありますし、他の裁判所での同種事案の判断の有無や有力な学者の見解の公表といった外在的なタイミングの問題もあり、その意味で訴訟というのは、まさにケース・バイ・ケースにならざるを得ません。
この場合に、たとえ訴訟に負けたとしても、それが雇った弁護士の能力や努力水準の低さのせいかどうかを判断することは容易ではありません。
結構好き勝手なことを書いているこのブログでも、個別事案において「後知恵」的に代理人の活動について論評することを避けているのは、あとで後ろから刺されるのがいや・・・というだけではなく、個別事案における様々な制約条件というのが分からない以上、ある「結果」が代理人のせいなのかどうかは、極めて判断が困難な面があるからです。

こうした状況は医療の世界でも同じじゃないかというのが、私の想像なんですが(違っていたらすみません)、そうだとすると「評判」による品質コントロールというのは、機能しにくいことが予想されます。


「評判」のミスマッチ

もっとも、これについては、「いや医療の世界でも、(あるいは弁護士の世界でも)『評判』は重要だ」という反論があるかも知れません。

もちろん、医者や弁護士も人気商売であって、その意味で評判が大事なのは言うまでもありません・・・ただ、ここでいう「評判」は、何を指標にしたものなのか、ということは、もう少し注意して見る必要がありそうです。

これも印象だけになるんですが、「能力が高い」という意味での「評判」というのは、実際に存在していると思うのですが、極めて限られているような気がします。というのも、「能力が高い」という評判を獲得するためには、まず評価する側に能力の高さを見極める鑑定眼のようなものが必要になりますし、先ほどあげたケース・バイ・ケースという性質から、そうした鑑定眼をある人にとっても、ある結果がその医者(あるいは弁護士)個人の能力のせいなのかは見極めが難しいからです。
こうしたハードルを超えてなお「能力」という面で「評判」を獲得している医者の方というのは、実際にいるとは思うのですが、それはごく限られているんではないでしょうか?
多くの場合は、医療については専門知識はないけど、「人柄のよさ」や「説明の丁寧さ」あるいは「経験」、はたまた「出身大学」「所属する病院の規模」といった代替的な指標に頼っているんではないかと思うんですが、それがどのぐらい「能力」を適切に表しているかは、よく分からないところです。

情報生産のインセンティブ

もっとも、こうした「能力」を適切に代替する「評判」が機能するかどうかは、それを形成するインセンティブの強さとも密接に関連しています。

私が知っているのは、ほんの断片的な部分でしかありませんが、もしアメリカの医療界が日本よりは競争的で市場が形成されているとすれば、その一因は情報生産のインセンティブの強さにあるんではないかという気がします。

有名な話ですが、アメリカには日本のような政府レベルでの健康保険制度は基本的に用意されていません(マサチューセツでは、限定的ながら導入されたという噂もありますが、私の住んでいるニューヨーク州にはありませんので、そこを念頭に入れて考えてみます)。
そのため、医療保険は民間によって提供されているわけですが、これらの保険では、加入者は、①予め特定の主治医を選定して、その主治医が第一次的な窓口になって必要に応じて専門医を紹介する、②実際の治療は原則としてその保険のネットワークに参加している医師によって行われ、ネットワーク外の医師を使った場合には、治療費の全部又は一部は自己負担となる、という制度がとられていたと記憶しています。

おそらく、一つの目的は、患者側が保険を利用して不必要な治療を受けることを防止することにあるのだと思うのですが、究極的には、できるだけ速やかに患者が回復することが総医療費の抑制につながることからいえば、保険会社はネットワークに加入させる医師の「品質」をできるだけ高く保つ強いインセンティブを持っています。
しかも、こうした保険会社は、たくさんの患者の診療記録をデータベースとして持っているわけですから、医師の「能力」を評価することも可能です(※2)。
少なくとも、治療期間や治療の手間が他の医師に比べて明らかに長期化する傾向にある医師や、治療の成功率が低い医師というのは、長期的にネットワークに留まることは難しいのではないかと推測されます。

また、「主治医」となった医師の観点からみても、担当患者の総医療費のような指標がパフォーマンスの目安として使われているとすれば、患者の症状に適切な治療を行える医師の中で、もっとも効率的な医師を紹介するインセンティブを持つことになります。
イメージだけですが、医療という世界ではインサイダー内部で濃密な情報が共有されている世界だとすれば、これは医者の間での「腕が立つ」という評判を、素人あるいはアウトサイダーである患者も「主治医」を介して利用することが可能になるということを意味します。

加えて、医療訴訟対応という面もあって、セカンド・オピニオンをとることも慣習化しつつあるという話もありますし、ここでも情報生産活動の素地があるということになります(※3)。

で、これに対して日本はといえば・・・良くも悪くも極めて充実した健康保険制度の下では、上のような形での総医療費抑制のインセンティブを持ってコストをかけて情報生産を行おうとする主体は見あたらないような気がします。

ということを考えていたら、「医療不審死、厚労省が08年度にも究明機関設置へ」(読売新聞)というニュースをみかけました。

医療行為中の不審死(医療関連死)について、第三者機関が原因を究明する仕組みを構築する作業が、来年度から本格化することになった。
・・・厚労省では、医療関連死の数を年間1万件前後に上るとみている。しかし、公的に死因を究明する制度はなく、患者側が病院の説明に納得できない場合は、民事訴訟を起こすか、捜査機関が立件するのを待つしかないのが現状だ。

これは、一つの情報生産への取り組みとも考えることができるかも知れません・・・ただ、こうした公的な検査機関制度については、それはそれで色々と工夫が必要なんじゃないかという気もします。
この辺りはモニターのインセンティブ問題ということで、また機会があればと思っていますが、とりあえず、医療がうまく市場原理を採り入れるためには、この辺りの情報生産作用について踏み込んで考える必要があるんではないかという気がする・・・というところで、次回はこうした市場機能がうまく働いていない状況での株式会社化の持つ問題点をコーポレート・ファイナンス的な視点から考えてみたいと思います。

 

(※)素人でもしばらく走っているうちに気づく問題もあるでしょうし、車検や転売の際にショップに持っていったら、そこで指摘される場合もあるでしょう。何れにせよ、売手が気づいているけど開示しなかった問題が、あとあとまで分からないまま終わるという可能性は、中古車のように日常使われるものであったり、あるいは流通市場が整備されている場合にはかなり難しいことになります。
余談になりますが、民法では瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)という規定があって、1年以内に「隠れたる瑕疵」(通常の注意では購入時に見つけることのできない欠陥)がある場合には、損害賠償などができることになっています。これもローエコ的にみると、情報の非対称性から生じるリスクを売手に負担させることで、情報の非対称性の問題を軽減する仕組みだと理解することもできるわけです。

(※2)先に医療はケース・バイ・ケースと言いましたが、そうは言っても、「同種」の事案が1000件、1万件と積み重ねれば、そこから「標準的な医師の水準」をはかる一定の合理的な指標を抽出することは可能になってきます。

(※3)更に付け加えると高度の分業化で、例えば事前検査を担当する病院と手術を行う病院が異なるということも当たり前で、(患者からすると、何だかたらい回しされているみたいで善し悪しですが)これも情報生産作用を補完している可能性がありそうです。
こうした情報の非対称性解消という観点から、アメリカの医療慣行を眺めてみると、色々と面白いことが出てきそうですが・・・アメリカなら、既に誰か研究をしているんでしょうね。 

Posted by 47th : | 13:36 | Law & Economics

関連エントリー

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://WWW.ny47th.COM/mt/mt-tb.cgi/512

コメント

評判についてですが、こんな法律があります。
医療法第69条  医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関しては、文書その他いかなる方法によるを問わず、何人も次に掲げる事項を除くほか、これを広告してはならない。 (略)
「何人」に対する規制なので、評判を大声で語るのは、現行法に違反すると言えそうです。

Posted by オオタ : 2006年08月23日 20:31

fujiです。興味深く読ませて頂いております。
私的に気になるところは、今のところ「評判」の問題など医者側の立場の考察をされていると思うのですが、患者側の考察もして頂きたいところです。すなわち、患者側は高度な医療を受けたくても、その情報がないまたはアクセスする術も知らない場合や、もしくは経済的に医療を受けられない場合がありますよね。訴訟においても、例えば、交通事故の損害賠償でも経済的弱者は泣き寝入りすることが多いと聞きます。このような弱者?をバッサリ切り捨てられないところに問題の本質があるように思えるのですが。

Posted by fuji : 2006年08月23日 20:40

こんにちは。スティグリッツを復習しながら楽しく拝読させていただいております。「官僚は予算と権限を最大化する」など日本を知るのに重要な知見で満ちていて相変わらず新鮮です。現在進行形で最大化してますからね(笑)。

>訴訟は一回限りのものであって、「同種」の訴訟はあっても、「同一」の訴訟はありません。

御意。統計では「主観確率」の扱いに絡んできますね。一回限りの事象の確率の評価。真の値はいつまでも神のみぞ知る、で、絶対にわからないのですが、わからないからといって何もできないかというとそうではなく、ご指摘の通りで様々な対応があるわけですね。

他方、この事例は、ドラマでは「白い巨塔」の財前教授の扱いに絡んできますね(笑)。常日頃は世界レベルでもトップクラスの腕を発揮していたのに、院内の権力闘争に気を取られたがために医療過誤事件を起こした医師。

>代替的な指標に頼っているんではないかと思うんですが、それがどのぐらい「能力」を適切に表しているかは、よく分からないところです。

おっしゃる通りですし、仮に100%評価できる指標が開発できたとしても、一番大事な、「この」、「私の」、病気・怪我について、当該先生がどれくらいよく働いてくれるのかについてはどれほど指標をそろえてもわからないところが必ず残りますね。しかもそのわからずに残るところこそが、患者側からすれば最大の関心事なのであります。全く人の世ってのは、いちいちやっかいでありますし、これがドラマないし感動がいつまでも生まれる一因でもありますね。余談ですが、人についてのみならず、証券その他の金融取引をしてもこれは常に感じることです。どれだけ指標がよくても、「今から」、「これが」、あがるのか。どこがロードス島なのか。

人について評判が重視されない原因については、私見では、一般に、平均点が高く、能力の高く、評判のいい人間には、どれくらい社会的地位が高かろうと、その能力に、自ら勝ち得た権力として安住する誘惑があります。それがよくよく警戒されているということではないでしょうか。換言すると、自分の気に入らない案件について、「1回くらいならいいだろう」と、あるいは「俺様の機嫌を損なうとこういう目に遭うのじゃ、覚えておくがいい」という暴挙もしばしばあるでしょうか(笑)、普段のその人からは想像もつかない手の抜き方をする誘惑が。そんな理由もあって私は当該案件以外の事例に関する評判や過去で、次回のその人の働きを推測したり、ミスを免責する考え方が余り好きではありません。全てランダムウォーカー扱い。厳しいようですが全ての仕事は一期一会・完全独立でやるしかなく、一度でもミスったらそれについてはしかるべき責任をとらなければならない覚悟でやる、という。医療に限らず、お店で評判の売り子さんでも、「この」「私に」愛想が悪かったら「なんなのよー。ぶー」と思いますし(笑)。そうしたサービス業(人のすること)に関する情報の価値に対する割引き方が、ご指摘の、自らに関する評判・情報生産のインセンティブの日米差に現れている一因ではないでしょうか。

また全く別の話としては、業界全体の信頼を重視するためでしょうか、腕のいい士・師業の士・師が自分の腕に関する情報を流通することが、多くの場合で、私的に抑圧ないし公的に禁止されている点も見逃せません。が、そうした抑圧・禁止の社会的利得・損失について再評価すべき時期に来ているのは確かでしょうね。

では、これまでの日本では医療業界あるいはひろく士師業に関する情報に関する市場が機能してこなかったのか、というと、うーん私は機能はしているものの、なぜなんだか価格がいつまでも卵みたいに安く、情報を金を出してきちんと買う人がいない、そういう特徴があるもののしかしやっぱり機能はしてる、ということなのではないか、と思っております。なぜ安いのかはうまい説明が見つかっておりませんし、その辺是非細かいところまでつき合わせてみたいので、次回も楽しみにしております。

ところでここに書いたのも、新しい考え方ではないのを自覚しております。20年前、日本で情報そのものを売ろうとした人がいて、結局、もっと情報そのものを売ることにしたかったものの、旧来からある出版・広告業というところにおそらく不本意ながらでしょう落ち着いた方がおられたのではないでしょうか。江副浩正氏。日本で人に関する情報が安いのはなぜかについて是非意見をお伺いしたい方です。

Posted by bun : 2006年08月23日 21:04

「株式会社化」とは直接関係ないですが、医療の市場化ということを考えると、このニュース(http://www.asahi.com/international/update/0823/009.html)は面白いかと思います。
(URL貼付間違えました)

メッセージ(JQ:2400)の橋本社長は医療法人の理事長でもあるわけですが、医療期間に対する経営コンサルティングを行う会社も多数あり、また企業・上場するような人材も少なからずいる、ということであれば現在の形態(医療法人)でも一定程度の経営効率化は可能だと思っています。また、ny47thさんが(現状)主に論点とされているのは、「情報の非対称性」や「情報生産に対するインセンティブの低さ」から市場における競争が必ずしも十分に機能するわけではない(とまではまだおっしゃっていませんが)、ということだと思いますが、いわゆる外圧的な経営効率化の要請が効きにくい分野であることは確かであるように思われます。

一方で資金調達の面から考えると、東芝なんかの福利厚生目的を起源とする株式会社立病院(厚生労働省リストPDF:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kisei/tousin/030715/kankei/1-1.pdf)が(たぶん)問題なく運営されていることを考えると資金調達の多様性を担保することはある程度合理的なのかもしれないなぁ、いわゆる専業のチェーンというよりも、電力会社のように資金力があって必死で新規事業を考えているような企業が医療事業に参入する(まあもう持っていますが)、というのは結構健全なのかなぁ、と愚考しています。

Posted by 風街 : 2006年08月24日 00:55

米国における医療保険制度と医療市場との関係について、興味深く読ませていただきました。私を含め多くの日本人は諸外国の制度についての情報を持っていないと思うのです。

米国は私の今までの経験からして、市場主義が最も発達した所と思っております。医療制度は、各国の国民がその制度設計を行い、必要な法を整備すると考えますが、理念ではなく事実を分析してTry and Errorで作り上げていく以外に方法は無いのだろうと思っているのです。即ち、外国の実状は極めて参考になると思っております。時間がかかっても良いので、紹介いただければと思う次第です。

又、以下のような指摘もあり、「米国から学ぶものはない。」との意見も聞かれます。
医療費対GDP比率と高齢化比率
国別平均寿命の分布

全て、そう単純ではなく、例えば、米国人と日本人の食生活や生活習慣の違いによる部分も大きいのだろうと思うのです。このような点も含めて、参考となるような点があれば紹介願えればと存じます。

Posted by 売れない経営コンサルタント : 2006年08月24日 03:02

やっぱり医療に関する評価情報が少ないのは広告規制のせいじゃないかと思いますねぇ。
広告抜きでは調査に金をかけられないでしょう。
かといって、解禁したところでグルメ本や「るるぶ」で旨い店を探すのが難しいように金を払った店(=病院)が高評価を受けるようになるのは必須でしょうけど。
身の回りでは医療の最大の消費層たる御老人たちは相変わらず口コミに一番信を置いている感じです。読むと失笑することが多い週刊誌の名医ランキングよりいいかもしれないなぁと個人的にも思います。

Posted by 田舎医者 : 2006年08月24日 07:06

例えばS&Pのような、評価会社があるとよいような気がしますね。

Posted by oxistudio : 2006年08月24日 07:16

>オオタさん、田舎医者さん
広告規制は弁護士業界でもおなじみなんですが(最近、少しずつ規制緩和されていますが)、そもそも自分や広告代理店(「何人も」というのは、この種の意味で、例えばマスコミで病院が紹介されたりというのは、これに当たらないと思いますよ^^>オオタさん)が発する情報というのは、「手前味噌」になりがちというところを割り引かないといけないので、その意味では情報の非対称性の解消の効果は限定的なのかなという気もします。
>fujiさん
患者が医療にどうアクセスするかという問題は、今回のテーマとは独立した問題になってきますが、一つ言えるのは、市場システムが機能するようになれば、現状よりは「効率的」な資源分配がなされる可能性はあります。
ただ、ここでいう「効率的」というのは、臓器売買について紹介したように、「価格」というシグナルを利用して希少な資源(優秀な医者や高度な治療)が、より高い価格を支払う者に分配されるという意味でしかありません。
結果として、「社会全体」としてみれば、高度な治療技術への投資水準も高まることはあり得ますし(それが現に米国で起きていることですが)、そうした高度な技術がコモデティ化して、価格水準が下がっていくスピードも速くなるかも知れません。
他方で、現在の高度治療がコモデティ化するまでの過渡期には、低所得者層にとってのアクセスは悪くなるかも知れません。
市場というのは、それを機能すれば全てがうまくいくのではなく、その調整過程があり「痛み」が生じます。
この「痛み」をできるだけ避けてきたのが、日本の医療システムで、「痛み」を受け容れたのがアメリカということかなという気はしています。
アメリカの現状が優れているかというと、それはそれで一概に言えないわけですが、こうした対立する利益を的確に把握して、得るものと失うものを冷静に比較して取捨選択していくことが必要なのかな、と。
これは、何も医療界に限らず、経済システム一般にも言えることですし、このブログの中で「ああでもないこうでもない」と色々な問題提起をしてきているのは、私自身のそういうポリシーを反映している・・・という辺りで、とりあえずのお答えにさせて下さい^^

Posted by 47th : 2006年08月24日 11:14

>bunさん
最後の部分は、リクルートとbunさんの因縁浅からぬ関係を思うと(分からない人は、明日ホラを読み直しましょう)、深いですねぇ。

>これまでの日本では医療業界あるいはひろく士師業に関する情報に関する市場が
>機能してこなかったのか、というと、うーん私は機能はしているものの、なぜなんだか価格が
>いつまでも卵みたいに安く、情報を金を出してきちんと買う人がいない、そういう特徴があるもののしかしやっぱり機能はしてる、
>ということなのではないか、と思っております。

求めている情報の種類というのもあるかも知れませんね。ブラックジャックはいらないんで、普通にやれるかどうかが重要、と。
そうすると、医者も弁護士も、伝統的には地域に密着していて、それこそ小学校の頃からの行状に関する評判が蓄積しているんで、少なくとも「普通にやる奴か、どうしようもないぼんぼんか」に関する情報はそこら中に転がっていて、近所の奥様方に「あの先生は子供の頃から不器用だったからねぇ。絶対難しい手術なんかやらせちゃだめよ」とか、言われていたんではないでしょうか。
その辺りの土着的な評判のネットワークは、粗悪品の割合が限定されていて、目的が粗悪品の排除ということに限られるのであれば、非常に効率的に機能してきたのがこれまでなのかも知れないという気もします。
それが、より高度な医療への要求の高まりや、医療技術が進展してカバーできる疾患の範囲が広がる一方で不確実性が高まって医療技術が及ぼす影響が高まっている、あるいは、そもそも地域的なネットワークが粗になりつつあるというところで、変わってきているんじゃないかという気もします。

Posted by 47th : 2006年08月24日 11:31

>風街さん
興味深い記事を教えて頂きありがとうございます^^
そもそも「わいろ」が何故悪いのか?一種の価格シグナルではないかという議論は、前に少し書きましたが、開発の分野でもしばしば問題となる話なんですが、診療費が固定化されている医療制度の中での、こうした非正規報酬の位置付けは、もっと議論されるべきですね。
結論に至るのは、あと2つぐらいエントリーを立てる必要がありそうですが(笑)、私も株式会社化に反対というよりは、株式会社化=効率化のようなイメージの落とし穴を確認しないといけないというのと、アメリカも含めて士業では依然として資格を持たない者がエクイティ・ホルダーとなってはいけないという制度をとっていることには一応の経済合理性があるんではないかということを考えてみようという趣旨です。
結論的には、サービサー会社のような制度設計の方向性がいいんではないかという気がしています。

Posted by 47th : 2006年08月24日 11:45

>秋月さん(売れない経営コンサルタントさん)

まずは身近な話からいきますと、NYの日本人留学生の間では「歯が痛み出したら日本に帰った方が安い」という笑い話があり、実際、①診察を受けて、②神経を抜いて、③かぶせものをする・・・日本なら保険で余り値段を気にせずに2,3回治療を受ければ終わりのこんな処置が、アメリカ(NY)では、①から③まで全て別の医者が担当し、いちいち予約をとった上に、総額50万円也の世界・・・というのが、これは体験談です。
数年前にJohn Qという映画がありましたが、医療費が高額のため診療を受けられない層がいて、そのために米国の黒人男性の平均的な寿命はインドの貧困地域よりも低くなっている(Sen, Development as Freedom p.22)というのも現実のようです。
これは米国の負の側面ですが、より大きな文脈での貧困(所得の再分配)の問題と密接に関連している問題で、単に医療制度だけをとりあげて論ずると議論が混乱してしまうような気もします。

私の知識は「医龍」とかの漫画ものレベルですが、一方で先端医療において米国が先を走っているのは、高度な治療に対しては相応の対価が支払われるという市場原理が機能している部分もあるんじゃないかと思います。

fujiさんへのコメントでも書きましたが、求められているのは、こうした光と闇の両面を見ながら、その因子を分析的に見て、改善の緒を見つけることであって、日本と米国どちらが優れているかを決めるという話ではないだろうというのが、法制度や経済制度なども含めたものに対する、私の基本的なスタンスになっています。

Posted by 47th : 2006年08月24日 12:03

>oxistudioさん
格付け機関というのは一つのアイディアだと思うのですが、S&Pが機能しているのも、いくつかの前提条件があるからです。
思いつくままにあげれば・・・
①実際のデフォルト率を見れば、S&Pの格付けの信頼性に対して事後的に検証が可能であることと、他の格付け機関との競争が存在することによって、S&P自身の「格付け能力」に対する検証が可能であること。
②資金調達市場で競争を行っている企業は、情報の非対称性から生じる信用割当を回避する強いインセンティブを持っており、S&Pのサービスに対して高い報酬を支払うインセンティブを有していること。
③S&P自身が、先にあげたような事後的な検証可能性の下で、依頼者である発行企業に不利な情報(格付け)であっても、それを公表することによって、「格付け機関」としての評判を高めるインセンティブを有していること。
これらの条件のうち、①が難しいことは本文で述べたとおりですし、②についても、医療の場合は地理的な制約で競争が限られており、患者側の価格弾力性が一般的に低い(命や健康がかかっている場合には、多少の価格差に患者は余り敏感ではない)という辺りで機能しにくいんじゃないかという気もします。
何よりもbunさんが指摘されているように、「人に関する情報」にどれだけの対価を、誰が支払うかという問題が残るんじゃないか、と。
一般的にみれば、S&Pのような形で格付けが成立する資金調達市場の方が、極めて珍しい市場であって、例えば、既にある程度市場が発達している中古車市場でも企業の資金調達市場のレベルまで効率的にするにはハードルが高いような気がします。
もちろん、試してみる価値はあると思いますが、現実的なところでは、広告規制の問題を除けば、今でも理論的にはそういうビジネスは可能なわけで、どういう形にすれば参入する人が現れるかですよね。

Posted by 47th : 2006年08月24日 12:18

こんにちは。
個人的な感触では、地元の診療所・病院に関しては、「奥様方の口コミ」などで、かなり信頼度の高い評判が流通しているように感じます。

ところが、弁護士となると、そういうものはほとんど形成されてないように感じます。BtoBな仕事が多いからでしょうか?あとやはり揉め事関連なので内緒にしてしまいがちなのでしょうか。

Posted by Apricot : 2006年08月24日 12:19

話題がそれて恐縮ですが、売れない経営コンサルタントさんの「医療費対GDP比率と高齢化比率」をみるとアメリカの医療費対GDPが突出しいますね。これは先生の「高度な治療技術への投資水準も高まることはあり得ますし(それが現に米国で起きていることですが)、そうした高度な技術がコモデティ化して、価格水準が下がっていくスピードも速くなるかも知れません」との予想とは違う結果がでています。むしろ高度な治療技術への投資が非効率な構造を生み出しているのではと思います(「クルーグマン教授の経済入門」でも指摘されてましたが、現状は違ってきているのでしょうか)。

Posted by fuji : 2006年08月24日 12:22

>Apricotさん
弁護士は詐欺師と紙一重の口先商売なんで、そもそも何をもっていい弁護士というかが難しいからではないでしょうか。「あの子は昔から勉強ができて、真面目で、嘘をつかない子だった・・・から、弁護士としてはちょっとねぇ」とか(笑)
まあ、それは冗談ですが、医療だとまだ何となく必要な能力に関するイメージがわくけど、弁護士って、そもそもどういう仕事しているの?というのが分からないので、子供の頃からの姿と仕事の質とのイメージがうまく結びつかないというのは、少しありそうな気もします。
あと、確かに弁護士の仕事内容を知っているということは、もめ事に絡んでいるということですから、実は知っていても余り口には出せないというのはありそうですね。
余談になりますが、企業法務では、企業の法務部というのが情報格差の是正に一役買っているような気がしています。アメリカの企業のGeneral Counsel(法務部長相当)は法曹資格も持っていて、弁護士事務所や他の企業のGCともネットワークを持っているので、そこでの評判というのは、かなり機能しているような印象です。

>fujiさん
クルーグマン教授の経済入門は未読なんですが、どういう議論だったのか興味があります。
標準的な経済学の文脈では、過大投資が問題となるのは情報の非対称性や契約の不完備性を前提とするはずなので、高度な治療技術への投資自体の問題と言うよりも、そこへの過大投資を促進するような市場構造の問題のような気もするんですが・・・
とまれ、私は医療の現状は知らないので、コモデティ化の議論は、どちらかというと弁護士業界での現象を念頭に置いた想像ですので、事実とは違うのかも知れません。
ただ、例えば、タイガー・ウッズや宮里藍も受けたという近視治療のLASIKなどは、片目250ドルとかいう値段の広告も見かけるといった光景をみると、コモデティ化というのは、日本に比べると早いんではないかという気がします。

Posted by 47th : 2006年08月24日 12:39

こんにちは。

>求めている情報の種類というのもあるかも知れませんね。ブラックジャックはいらないんで、普通にやれるかどうかが重要

>より高度な医療への要求の高まりや、医療技術が進展してカバーできる疾患の範囲が広がる一方で不確実性が高まって医療技術が及ぼす影響が高まっている、あるいは、そもそも地域的なネットワークが粗になりつつある

なるほど。昔ないし田舎では取引所の形式をとらない簡素な市場代替的な人的ネットワークが市場の機能を代替してきたけれど、そうしたものでは処理しきれなくなっている、ということですね。

2つ付け加えさせていただきたいのは、

     1.人的サービスの供給量には上限があるということ

でありまして、人のサービスで万人単位の供給ができるのはいわゆるチケットもののイベント(コンサート・演劇等)くらいで、東京ドームで万人を治療する(笑)というのは、医療行為というよりはむしろ宗教行為(笑)であろう、という点であります。これは遠隔地からネット経由で診断を受けることができるようになるであろう将来も、変わらないだろうと思っております。同質な大量需給が仮定されている分析の結論を使うと間違えちゃいますね。

また、ご指摘の「患者側の価格弾力性の低さ」ということで説明し切れているのかもしれませんが、

     2.医療行為の需要にはしばしば緊急性あるいは時限性があります

ね。世界的な名医のところで1か月待ち、よりは、近所のやぶにすらなれないという噂でガラガラの竹の子医者の方が望ましい場合が。

と、いいつつ、上記2点について、「いやーそんなの自分が第一発見者のようにおっしゃってますがそれはミクロの世界では単にこういうことです。常識っす」とところがありましたら、軽くサクサクとぶった切って整理していただければ(笑)、幸いです。涙を隠してマクロの国に帰ります(笑)。

また別の業界もちだして恐縮なんですが、予備校の先生で評判の先生というのが何名かおりまして、こういう人達って大々的に売り出してもすぐに尻すぼむんですよね。金○○先生とか。授業受けたら「なーんだ、本に書いてあることまんましゃべってるだけじゃん」とか言われちゃって、前評判の高い人って失望されやすい。そういう流行につき合うのがそもそもばかばかしいというので、多くの士・師業で、そういう売り出し方を注意深く忌避しておられる、できた先生というのも、少なくないはずですね。

あ、そうそう、最後になりましたが、「ピノコ」様から伝言を預かってます。いわく、

「47th先生へ。先生はふつうの風邪だって上手に治すゆのよアッチョンプリケ」

Posted by bun : 2006年08月24日 21:15

アメリカとかならともかく、日本では決して弁護士のイメージは悪くないと思います。
日本の一般市民が、弁護士に持っているステレオタイプ的イメージは、「まじめ」で「賢く」「正義感が強い」けど、「頭が固く」「面白みがなく」「権威主義」ってなところじゃないかな、と。(推測です)

「弁護士のくず」の漫画&ドラマ、私も見ていたのですが、日本では、前述のようなステレオタイプ的イメージがあるから、それと異なる破天荒な主人公が成立しているのかなと思いました。
これがアメリカなら、「弁護士が下品で女好きで正義感ゼロで人間のくず?あたりまえじゃねーか」で終わってしまいそうな。(^_^;;

#主題と離れまくりで申し訳ないです。

Posted by Apricot : 2006年08月24日 23:44

コモデティ化というと何となく後ろ向きなイメージですが、モジュール化と理解するとなるほど先生のおっしゃることが理解できる気がしてきました。弁護士業界も巨大事務所が垂直統合的に処理するより、モジュール化された事務所が水平的に事件を処理する方が効率的になるかもしれないですね。ところでクルーグマン教授は「医療の根本的な問題は、モラルの問題であって市場構造の問題じゃない」ともいってます(10年前程に書かれたもので見解は代わっているかもしれませんが)。

Posted by fuji : 2006年08月25日 04:28

>bunさん

私も思いつきで書いているんで、一般的なミクロの国ではもっと違う議論がされているのかも知れません(fujiさんによると、クルーグマン教授(ミクロか?)が医療の問題はモラルだと仰っているようですし)

ただ、アメリカで暮らしていて感じたのは、①定期検診や日常的な診療のように技術の差が出にくい医師と、②難病手術などのように技術の差が結果につながる医師とに分かれていて、①は日常の患者とのコンタクトと②のような専門医とのネットワークの深さで勝負をしている、②の医師は、例えば本拠地はボストンでも週2日はNYで手術をするといった感じで①のタイプの医師とのネットワークを使って地理的な制約を緩和しているような印象を受けました(もっとも、私の情報は断片的なものなので、事実関係自体間違っているかもしれませんが)

あと、日本の場合は、大学病院を頂点としたネットワーク構造が持つ意味も掘り下げて考えてみる必要があるような気もしてきました・・・とかいって、きっと私が読んでないだけで、その辺りを経済学的にアプローチした文献というのは、既に相当蓄積があるんでしょうけど^^;

>ピノコさんへ

大変、失礼いたしました。
先生はどんな病気でも治しちゃいますし、もちろん、ピノコさんは大人の女性でちゅ。
(・・・って、わかんない人には、何だか危ないやりとりに見えるような・・・)

Posted by 47th : 2006年08月25日 11:38

>fujiさん
定義の問題かも知れませんが、私自身は「コモデティ化=かつては供給が限られアクセスが難しかったサービスや財の供給が増えて一般にアクセスできるようになる状態」で「モジュール化=かつては一体として供給されていたサービスや財がより細分化された単位で供給されるようになる状態」という漠然とした使い分けをしています。
その意味では、アメリカの医療界ではコモデティ化とモジュール化が同時並行的に進んでいるということかも知れません。
ちなみに、弁護士業界でもコモデティ化は進んでいて、例えば、数年前は弁護士がかなり深く関与しないと進めることができなかった証券化の案件も、ある程度取引が定型化してベースとなる契約が入手できるようになれば弁護士の関与は少なくなっていったりしています。
これはこれで、今後の企業法務弁護士が対処しなくてはいけない問題?の一つになっています。

Posted by 47th : 2006年08月25日 11:45

>Apricotさん

「弁護士のくず」は、ドラマ、漫画共に未見なのですが、日本でも・・・(以下自粛)

ところで、同じ弁護士でも一般民事の弁護士はドラマや漫画の題材に頻繁にとりあげられるのに、企業法務弁護士というのは、ほとんど扱われませんよね。

キムタクか中井君辺りを主役に、メチャクチャ脚色を入れて、外資と戦う(笑)企業法務弁護士ものドラマとかどうですかね。

Posted by 47th : 2006年08月25日 11:53

>ただ、アメリカで暮らしていて感じたのは、

私もそのように見聞きしております。②に属する医師・歯科医師はメディアを使った宣伝も積極的にしていて、最近では美容整形ですが「SWAN-私を変えて-」という番組が放映されていましたね。何度か見たことがありますが、選ばれた視聴者が、栄養士・歯科医師・美容整形外科医らの指導の下、3か月ほどダイエットや美容整形手術を行い、見違えるほど美しくなろうという番組でして、これがまたなかなか劇的な変わり方なんですよ。日本の放映に際してTという著名な美容整形外科さんが提供していましたが、日本人を参加者にして同じ番組を作ることができるかと問われると、うーん、できてもまだまだずっと先の話だろう、と思いました。

モラル、ということについていうと、日本人は、薬・カウンセリング・手術に対して、アメリカ人がほとんどもたない抵抗感を強くいだいていると思います。で、その一方で日本には、医師・薬剤師・栄養士がまともに監修しているとは思えない、首を傾げたくなるような、ニッチというか土着的というか・・・でも意外に巨大な、ダイエット・健康食品マーケットがありますね。私にはこの対照が大変興味深く思われます。

>大学病院を頂点としたネットワーク構造が持つ意味

そうですね。人の動きにアメリカにない縛りがあって、ギルド・徒弟制的なところがあるでしょうから、②のようなタイプの医師は生じにくいでしょうね。いずれにしてもこれまではそうそう非合理なことにはなっていなかったのではないかと楽観してきましたが。これからはさて、ということでしょうか。

Posted by bun : 2006年08月26日 13:27

>bunさん

いつものように適当に思いついたことを書いているだけなんで、きっときちんと真面目に掘り下げている人もいるんでしょうね^^;

結局、弁護士業界に所属する身としては、医療界の動きや日米比較の示唆するものというのは、何だか気になる・・・ということで、無理矢理、自分の問題意識を当てはめて考えているところがあるのかも知れません。

Posted by 47th : 2006年08月27日 14:07

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
このブログをご覧になる際の注意点や管理人の氏素性についてはAbout This Blogご覧下さい。